[9月20日17:10.日蓮正宗大石寺・六壺(むつぼ) 稲生ユウタ]
「……本日の御参詣、真に御苦労様でした」
「ありがとうございました」
六壺の夕勤行では塔婆供養も行われる。
ここではユタも、顕正会時代に死んだ初恋の相手に塔婆供養をしている。
で、勤行が終わると導師の僧侶が信徒達の前に出てきて挨拶するわけである。
顕正会でも会館における勤行で、朝は導師が『おはようございます』、夕は『こんばんは』と挨拶する。
顕正会しか知らない者は勤行の後で何故挨拶するのか不思議に思うだろうが、実はこれ、宗門で行われているからである。
顕正会も元を正せば法華講。
勝手に勤行を一座にしてしまったが、会館での勤行で、まだ法華講時代の名残が垣間見えるわけである。
もっとも、唱題の時に太鼓は叩かないわ(代わりにメトロノームを流す。会館によっては、それすら流さない)、日曜勤行で諸天供養はしないわ、読経のスピードが遅過ぎるわ(作者の寺院の御受誡・勧誡並み。イエローも。グリーンにやらせると、それより遅い)で、ほとんどオリジナリティ高得点なのだが。
「兄ちゃん、若いのに感心やなぁ……」
ユタが席を立とうとすると、近くにいた年配の女性信徒がユタに話し掛けて来た。
「え?あ、いや。これも罪障消滅の為です。所化さん達に比べたら、とてもとても……」
「どこから来たん?」
「東京第三布教区の正証寺です」
ユタは退出する所化僧(修行僧)達を見ながら答えた。
「ところで、【東京第一布教区】の鼓笛隊で“千本桜”演奏したのって本当ですか?」
「知らんがな!」
何故か作者の所の寺院が疑われてるが、そんなの知らんよ。
(※あくまで、フィクションです。まだ、東京に第三布教区はありません)
[同日17:15.大石寺裏門→第二ターミナル ユタ&威吹]
「お疲れ、ユタ」
裏門の前で威吹が待っていた。
「お待たせ。じゃ、マリアさん達と合流しようか」
2人して進む。
「威吹がさっきいた所、妖狐の匂いがしたんだけど、他にいた?」
「お、鋭いな。御開扉とやらが終わった後、“獲物”と合流して帰って行ったよ」
「へえ」
玉江の“獲物”氏は六壺の勤行には参加しなかったようだ。
「そういえば、フェイスブックで見たことがあるような気がする」
「意外といるみたいだな。ここの信者で、妖狐やら鬼族やらの“獲物”になってる人間」
「ついに藤谷班長という牙城ですら、切り崩されたからねぇ……」
「『法華行者を食うのに牙刃爪は使うな』」
「え?」
「ボク達の間に伝わる格言さ。つまり、法華経を経典とする信者を食おうとする時、ヘタに攻撃はするなということだよ。もっとも、ボクは法華だけでなく、霊力の強い者全般がそうだと思ってる。だから初めてキミと会った時、キミはまだ法華経の信者ではなかったけれども、ボクはキミを攻撃しなかったよ」
「大正解」
威吹は頭がいいのだろう。というか、『妖狐は狡賢いからよ』と、キノが言っていたのを思い出す。
[同日17:40.富士宮市・富士見ヶ丘 ガスト富士宮バイパス店 ユタ、威吹、イリーナ、マリア]
イリーナとマリアが店舗の外で待っていると、1台のタクシーが駐車場に入ってきた。
「お、来たよ」
「はい」
それは店舗の前に止まる。
「マリアさん!イリーナさん!こんにちは!」
タクシーから降りて来たユタは、嬉々とした様子で2人の魔道師達に駆け寄って来た。
「はいはい、こんにちはー」
マリアの手には、杖が握られていた。
それは老人やケガ人が使うものとは違い、装飾が施された錫杖とも言える杖だった。
「それが新しい杖ですか」
「そうだ。……変かな?」
「いえいえ。魔道師らしくていいと思いますよ」
(フツーな答えだね)
ユタの回答に、イリーナはそう思った。
「それより、早く夕餉を」
威吹が3人を促した。
「そうですね。帰りのバスの時間まで、まだ少しありますし……」
[同日18:00.同場所・店内 ユタ、威吹、イリーナ、マリア]
「もう少し、ステッキは短いものだと思ってました」
ユタは運ばれて来たハンバーグを口にしながら言った。
「そうかい?……ホウキに跨った魔法使いが、もう少し短い杖を使っているからかい?」
イリーナはパスタを口に運びながら答える。
「ま、しょうがないね。ホウキに跨るタイプは、ホウキの操縦で片手を塞がれてるからね。さすがに、両手持ちのこっちの杖は持てないんだよー」
「そうなんですか」
本来はエレーナがイメージされるはずなのだが、何故かユタは“魔法使いサリー”の方を思い浮かべた。
「長物だが、バスの中に持ち込めるのか?」
威吹はヒレカツを口に運びながら言った。
「もちろん。ただの杖じゃないんだから」
イリーナは片目を瞑った。
(柄の部分が折り畳みにでもなってるのかな?)
ユタは鬼族の魔鬼が、折り畳み式の薙刀を持っていたのを思い出した。
この4兄弟、それぞれの得物が違う。
キノが威吹と同じ日本刀なのに対し、長姉の美鬼は仕込み刀、妖術に長けた次兄の鬼郎丸は鉄扇とのこと。
鬼族はそのガタイの良さから素手による肉弾戦、下級の獄卒は金棒なことから、如何にキノの実家が特権階級なのかが分かる。
[同日18:30.富士宮市ひばりヶ丘・富士急静岡バス富士宮営業所 ユタ、威吹、イリーナ、マリア]
杖は柄が短くなる……というより、杖自体が小さくなるというものだった。
どのくらい小さくなるのかというと、ペンダントのように首からぶら下げられるくらい。
そこは素人考えを凌ぐものである。
(ユタ達が乗った“やきそばエクスプレス”18号。上り最終便もJRバス関東が担当する)
ガストとは国道を挟んだ反対側のバス営業所に行くと、既に上りの最終バスは建物横の敷地に駐車していた。
「席割は8月の時と同じでいいですね」
「もちろん」
「反対は……できんな」
イリーナはにっこり笑って頷き、威吹は複雑な顔をして頷いた。
乗車券を手に、バスに乗り込む。
運転手が乗客名簿片手に、改札を始める。
「稲生様、1Bですね。どうぞ」
この時点では、まだ乗客は疎らだった。
自作した人形に魔法を掛け、それを配下とする“人形使い”マリア。
ワイド化された座席にちょこんと座るその姿も、まるで人形のようだ。
真夏ならまだ明るい時間でも、9月も下旬に差し掛かるとさすがに暗くなってくる。
バスは定刻通りにドアを閉め、HIDの青白いヘッドライトを点灯させて営業所を出発した。
〔♪♪(車内チャイム)♪♪。本日もJRバスをご利用頂きまして、ありがとうございます。このバスは東名江田、東名向ヶ丘経由、東京駅行きです。……〕
「ユウタ君はまた私の家に来てくれるの?」
マリアはユタの方を見て言った。
「はい。そのつもりです。いいでしょうか?」
「もちろん。ただ、また引っ越すことになりそうだ」
「えっ、そうなんですか?」
「今いる場所も別に危険は無いんだけど、念の為ということで北部に移ることになる。前、来てくれた白馬の辺りだ」
「ああ、あそこですか。また、“ムーンライト信州”でお邪魔させて頂きましょうかね」
「構わない。迎えは寄越すから」
「迎え?」
「新しい杖のおかげで、また色々な魔法が使えそうだ。人形以外の下僕(しもべ)なんかも作り出してね」
「へえ……。それは凄いですね。でも、何でまた引っ越しを?またポーリン師とか、あの辺絡みなんですか?」
「そうじゃない。師匠の予知で、少し危険なことが起こりそうなんだ。私の今の屋敷は安全なんだけど、一応ってことでね」
「ふーん……?」
その1週間後、それは明らかになる。
「……本日の御参詣、真に御苦労様でした」
「ありがとうございました」
六壺の夕勤行では塔婆供養も行われる。
ここではユタも、顕正会時代に死んだ初恋の相手に塔婆供養をしている。
で、勤行が終わると導師の僧侶が信徒達の前に出てきて挨拶するわけである。
顕正会でも会館における勤行で、朝は導師が『おはようございます』、夕は『こんばんは』と挨拶する。
顕正会しか知らない者は勤行の後で何故挨拶するのか不思議に思うだろうが、実はこれ、宗門で行われているからである。
顕正会も元を正せば法華講。
勝手に勤行を一座にしてしまったが、会館での勤行で、まだ法華講時代の名残が垣間見えるわけである。
もっとも、唱題の時に太鼓は叩かないわ(代わりにメトロノームを流す。会館によっては、それすら流さない)、日曜勤行で諸天供養はしないわ、読経のスピードが遅過ぎるわ(作者の寺院の御受誡・勧誡並み。イエローも。グリーンにやらせると、それより遅い)で、ほとんどオリジナリティ高得点なのだが。
「兄ちゃん、若いのに感心やなぁ……」
ユタが席を立とうとすると、近くにいた年配の女性信徒がユタに話し掛けて来た。
「え?あ、いや。これも罪障消滅の為です。所化さん達に比べたら、とてもとても……」
「どこから来たん?」
「東京第三布教区の正証寺です」
ユタは退出する所化僧(修行僧)達を見ながら答えた。
「ところで、【東京第一布教区】の鼓笛隊で“千本桜”演奏したのって本当ですか?」
「知らんがな!」
何故か作者の所の寺院が疑われてるが、そんなの知らんよ。
(※あくまで、フィクションです。まだ、東京に第三布教区はありません)
[同日17:15.大石寺裏門→第二ターミナル ユタ&威吹]
「お疲れ、ユタ」
裏門の前で威吹が待っていた。
「お待たせ。じゃ、マリアさん達と合流しようか」
2人して進む。
「威吹がさっきいた所、妖狐の匂いがしたんだけど、他にいた?」
「お、鋭いな。御開扉とやらが終わった後、“獲物”と合流して帰って行ったよ」
「へえ」
玉江の“獲物”氏は六壺の勤行には参加しなかったようだ。
「そういえば、フェイスブックで見たことがあるような気がする」
「意外といるみたいだな。ここの信者で、妖狐やら鬼族やらの“獲物”になってる人間」
「ついに藤谷班長という牙城ですら、切り崩されたからねぇ……」
「『法華行者を食うのに牙刃爪は使うな』」
「え?」
「ボク達の間に伝わる格言さ。つまり、法華経を経典とする信者を食おうとする時、ヘタに攻撃はするなということだよ。もっとも、ボクは法華だけでなく、霊力の強い者全般がそうだと思ってる。だから初めてキミと会った時、キミはまだ法華経の信者ではなかったけれども、ボクはキミを攻撃しなかったよ」
「大正解」
威吹は頭がいいのだろう。というか、『妖狐は狡賢いからよ』と、キノが言っていたのを思い出す。
[同日17:40.富士宮市・富士見ヶ丘 ガスト富士宮バイパス店 ユタ、威吹、イリーナ、マリア]
イリーナとマリアが店舗の外で待っていると、1台のタクシーが駐車場に入ってきた。
「お、来たよ」
「はい」
それは店舗の前に止まる。
「マリアさん!イリーナさん!こんにちは!」
タクシーから降りて来たユタは、嬉々とした様子で2人の魔道師達に駆け寄って来た。
「はいはい、こんにちはー」
マリアの手には、杖が握られていた。
それは老人やケガ人が使うものとは違い、装飾が施された錫杖とも言える杖だった。
「それが新しい杖ですか」
「そうだ。……変かな?」
「いえいえ。魔道師らしくていいと思いますよ」
(フツーな答えだね)
ユタの回答に、イリーナはそう思った。
「それより、早く夕餉を」
威吹が3人を促した。
「そうですね。帰りのバスの時間まで、まだ少しありますし……」
[同日18:00.同場所・店内 ユタ、威吹、イリーナ、マリア]
「もう少し、ステッキは短いものだと思ってました」
ユタは運ばれて来たハンバーグを口にしながら言った。
「そうかい?……ホウキに跨った魔法使いが、もう少し短い杖を使っているからかい?」
イリーナはパスタを口に運びながら答える。
「ま、しょうがないね。ホウキに跨るタイプは、ホウキの操縦で片手を塞がれてるからね。さすがに、両手持ちのこっちの杖は持てないんだよー」
「そうなんですか」
本来はエレーナがイメージされるはずなのだが、何故かユタは“魔法使いサリー”の方を思い浮かべた。
「長物だが、バスの中に持ち込めるのか?」
威吹はヒレカツを口に運びながら言った。
「もちろん。ただの杖じゃないんだから」
イリーナは片目を瞑った。
(柄の部分が折り畳みにでもなってるのかな?)
ユタは鬼族の魔鬼が、折り畳み式の薙刀を持っていたのを思い出した。
この4兄弟、それぞれの得物が違う。
キノが威吹と同じ日本刀なのに対し、長姉の美鬼は仕込み刀、妖術に長けた次兄の鬼郎丸は鉄扇とのこと。
鬼族はそのガタイの良さから素手による肉弾戦、下級の獄卒は金棒なことから、如何にキノの実家が特権階級なのかが分かる。
[同日18:30.富士宮市ひばりヶ丘・富士急静岡バス富士宮営業所 ユタ、威吹、イリーナ、マリア]
杖は柄が短くなる……というより、杖自体が小さくなるというものだった。
どのくらい小さくなるのかというと、ペンダントのように首からぶら下げられるくらい。
そこは素人考えを凌ぐものである。
(ユタ達が乗った“やきそばエクスプレス”18号。上り最終便もJRバス関東が担当する)
ガストとは国道を挟んだ反対側のバス営業所に行くと、既に上りの最終バスは建物横の敷地に駐車していた。
「席割は8月の時と同じでいいですね」
「もちろん」
「反対は……できんな」
イリーナはにっこり笑って頷き、威吹は複雑な顔をして頷いた。
乗車券を手に、バスに乗り込む。
運転手が乗客名簿片手に、改札を始める。
「稲生様、1Bですね。どうぞ」
この時点では、まだ乗客は疎らだった。
自作した人形に魔法を掛け、それを配下とする“人形使い”マリア。
ワイド化された座席にちょこんと座るその姿も、まるで人形のようだ。
真夏ならまだ明るい時間でも、9月も下旬に差し掛かるとさすがに暗くなってくる。
バスは定刻通りにドアを閉め、HIDの青白いヘッドライトを点灯させて営業所を出発した。
〔♪♪(車内チャイム)♪♪。本日もJRバスをご利用頂きまして、ありがとうございます。このバスは東名江田、東名向ヶ丘経由、東京駅行きです。……〕
「ユウタ君はまた私の家に来てくれるの?」
マリアはユタの方を見て言った。
「はい。そのつもりです。いいでしょうか?」
「もちろん。ただ、また引っ越すことになりそうだ」
「えっ、そうなんですか?」
「今いる場所も別に危険は無いんだけど、念の為ということで北部に移ることになる。前、来てくれた白馬の辺りだ」
「ああ、あそこですか。また、“ムーンライト信州”でお邪魔させて頂きましょうかね」
「構わない。迎えは寄越すから」
「迎え?」
「新しい杖のおかげで、また色々な魔法が使えそうだ。人形以外の下僕(しもべ)なんかも作り出してね」
「へえ……。それは凄いですね。でも、何でまた引っ越しを?またポーリン師とか、あの辺絡みなんですか?」
「そうじゃない。師匠の予知で、少し危険なことが起こりそうなんだ。私の今の屋敷は安全なんだけど、一応ってことでね」
「ふーん……?」
その1週間後、それは明らかになる。