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日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

送り火のあと

2007-08-17 10:32:52 | Weblog

昨夜京都五山送り火の実況中継をNHKで観た。伝統行事を支える人々の地道な活動に頭の下がる思いがする。テレビ画面の大文字をデジカメに納めた。左上の提灯のようなものは室内灯の反映である。

京都にいた頃は東山通りに面した研究室から眺めるのが常だった。街の灯りが次々と消されて送り火の点火を待っていると、やがて火が燃え上がり大の字がくっきりと浮かび上がる。京都の歴史の中に置いているわが身と既に姿を消した人々とのそこはかとなき絆を感じたものである。

ざわめきが静まった頃帰途につく。近衛通から川端通りに出て鴨川沿いに北上する。加茂大橋を渡り加茂街道に入り、加茂川沿いにさらに北上して出雲路橋の手前で西に折れる。私が通い慣れた帰り道であるが、その沿道は五山の火は落ちてしまっても大勢の人で賑わっていたものである。テレビを観ながらこの当時のことを懐かしく思い出していた。送り火を眺めた建物は何年か前に取り壊され、モダンな建物に変わっているはずだ。今は意識してその場所に近づかないようにしている。

昨日はお寺での法要に出て卒塔婆を受け取った。例年だと1時間ほどドライブしてお墓参りをし卒塔婆を立ててくるのだが、法要が終わったのが午後1時をまわり、灼熱の最中だったのでドライブの意欲が薄れ、明日(今日のこと)朝早く出かけることにして早々に帰宅した。

そして今朝、もう日射しがきつい。朝刊第一面トップに「国内最高74年ぶり 熱中症で11人死亡」と大きく出ているし、社説の見出しが「猛暑と熱中症 高温苦手な体をいたわる」である。そういえば弟たちが先にお墓参りをしてくれているし、妻の実家の方も妹がお墓参りをしたとメールが入っていたそうだから、熱中症にかかる危険を冒してまでの墓参は仏様も気を遣われることだろう、と急遽お墓参りを秋のお彼岸まで延期することにした。

なんと卑怯な小池百合子防衛大臣

2007-08-16 15:08:07 | Weblog
防衛省の事務次官人事がマスメディアを賑わしている。

SANNSUPO.COMによると防衛次官人事問題とは

《小池防衛相が守屋次官を9月1日付で退任させ、後任に警察庁出身の西川官房長をあてる人事方針を決断。今月6日に安倍首相にこの方針を伝え、7日に報じられた。守屋氏は事前に知らされていなかったことや、警察庁出身者が後任であることに強く反発。西川氏に「恥を知れ」などと怒鳴りつけた。 省庁幹部人事は正副官房長官の人事検討会議を経て決定するのが慣例で、手続きを無視された形の塩崎官房長官も小池氏に不快感をあらわに。13日には小池氏と守屋氏が代わる代わる首相官邸を訪れ、安倍首相や塩崎氏と会談する事態に。14日に小池氏と守屋氏が会談したが物別れとなっていた。小池氏は15日の閣議での決定を目指したが、内閣改造後に先送りされた。》(2007年08月16日 更新)

これも『バトル』のせいなのか、この「サンケイスポーツ」に加えて「日刊スポーツ」、「スポーツニッポン」、「スポーツ報知」などスポーツ紙のハッスルぶりが目立つ。そのなかに面白い記事があった。

改造間近の死に体安倍内閣で生き残れるのかどうか定かでもない小池防衛相が、なぜこの時期に次官人事を急ぐのか私には不可解であった。ところが「スポーツ報知」の報じる小池防衛相と沖縄県側の『密約説』に、なるほど、と頷いたのである。従来から守屋武昌防衛事務次官と沖縄県側の間に普天間飛行場の移設問題を巡って対立があったのに対して、小池大臣が守谷次官の更迭と引き替えに、沖縄県側に理解(=譲歩、私見)を求めるという筋書きがあったというのだ。8月7日に小池大臣が守谷次官に退任を通告し、なにやら事務的な手続きをして直ちに訪米、8日には米国ゲーツ国防長官に移設進展を報告、歓待を受けたというのだから、話はピッタリ納まる。これが国益に適ったことなのかどうかは別にしてなかなか面白い。

それにしてもそうと決めたら決めたで小池大臣は真っ先に守谷次官に面と向かってクビを申し渡すべきだった。それをせずに逃げた小池防衛相は臆病というのでなければ卑怯である。

敗戦の日を前に岩間敏著 石油で読み解く「完敗の太平洋戦争」 を読む

2007-08-15 17:51:29 | 読書

著者の岩間敏氏は経歴がユニークなお方である。石油公団関係のお仕事が多いが、日本経済新聞社、トヨタ自販系研究所、ハーバード大学中東研究所やサハリン石油ガス開発などにも籍を置いておられる。石油の奪い合いがアジア・太平洋戦争の引き金になったのは周知のことであるが、それにまつわるエピソードが数多く新たに紹介されているのがこの本の魅力となっている。歴史にイフがあれば、と随所で考えさせられてしまった。

「実は、満州と樺太には膨大な石油があった」(33ページ)に戦後開発された大慶油田や遼河油田の話が出て来る。この油田の名前は私も耳にしていたが、旧満州で見つかったと聞かされると、戦前に見つかっておればなとつい考えてしまう。遼河油田の生産量は2006年現在で日産25万バレルであるらしい。これは昭和12年度の石油消費量8万2千バレルを大きく上回ることになる。それだけあれば南方侵攻をせずに済んだはずだからである。

「軍部は日米の国力差を把握していた」(56ページ)に日本陸軍が大学の研究者や主要官庁、満鉄調査部から優秀な人材を集めて戦争経済研究班を組織して調査研究させた話が出て来る。その成果である「英米合作経済抗戦力調査」結果が昭和16(1941)年7月に陸軍省と参謀本部の合同会議で発表された。彼我の国力差が厳然と出て来たのであるが、《この報告に対して、杉山元 陸軍参謀総長は、「調査は完璧であるが内容は国策に反する。報告書は消却」と指示した》とのことである。いやはや。

しかし収集された資料・データは総力戦研究所に引き継がれていく。《昭和16年4月、国家総力戦を研究する「総力戦研究所」が開所した。この研究所には、中央官庁、陸海軍、民間から平均年齢三十三歳の研究生三十六名が集められた。》(58ページ)そして総力戦研究所が同8月に出した結論は「日本敗北」であったのだ。《この研究結果は、昭和十六年八月下旬、首相官邸で近衛文麿総理、東条陸相らの前で発表された。東条陸相はこの総力戦研究所の研究結果に強い関心を持っていた一人といわれている。》(60ページ)

総力戦研究所は猪瀬直樹氏の「昭和16年夏の敗戦」でよく知られるようになったので、関心を持たれる方はこの本にぜひ目を通していただきたいと思う。



猪瀬直樹氏の近著「空気と戦争」(文春新書)にも東条陸相のある一面を伝える興味深いエピソードが紹介されている。



猪瀬さんは高橋健夫という方の著書「油断の幻想― 一技術将校の見た日米開戦の内幕」の一節を紹介している。高橋さんは東京帝国大学工学部応用化学科を卒業し、人造石油の研究を志していたが、回りまわって陸軍省燃料科に陸軍中尉として勤務していた方である。

その高橋中尉が上司の課長、中村儀十郎大佐に連れられて昭和16年6月23日月曜日の朝陸軍大臣東条英機中将のもとに出頭し、アメリカによる石油輸出禁止を受けての状況説明を行う。石油禁輸ということになれば、日本としてはかねてから想定している「インドネシア進駐」に踏み切らざるを得なくなる。以下高橋さんの著書の孫引きということになる。

《一瞬、沈黙があった。
 「それでどうなんだ」
 東条陸相が口を開いた。静かな調子だった。
 「したがいまして、一刻も早く御決断を・・・・・」
 皆まで聞かず、陸相が口をはさんだ。依然として穏やかな口調であった。
 「泥棒せい、というわけだな」
 中村課長がハッとたじろぐのを、私は見た。(後略)》

そして続く。「侵略」を想定していなかったからこそ、東条陸相が怒ったというのだ。

《「この馬鹿者ッ。長い間おまえたちが提灯をもってきたからこそ、なけなしの資材を人造石油に注ぎ込んできたんじゃあないか。それを今このせっぱ詰まった時になって、役に立つとは思えません、とぬけぬけ言いおる。自分たちのやるべきこをとおろそかにしておいて、困ったからと人に泥棒を勧めにくる。いったい、日本の技術者は何をしておるのだ!」》(猪瀬氏著書69-70ページ)

まだ後が続くが、この件に関するくだりだけでも猪瀬さんの「空気と戦争」に目を通した価値があった。

岩間氏の著書に戻る。石油ではないが戦争中南方へ兵士を輸送した輸送船の話がでてくる。

 ♪ああ、堂々の輸送船 さらば祖国よ 栄えあれ

と元『軍国少年』の私も大声を張り上げた軍歌があったが、その輸送船の実態である。

《兵員輸送の主力は貨物船であった。貨物船の船倉は、二、三段の木製の棚が設置されて、兵員の居住区に改装された。上甲板へ出るには木製の階段があるだけの薄暗い船内に兵士が詰め込まれた。五000~七000とんの貨物船に二000人から五000人の兵員が乗り込んだ。》(118ページ)

《通常、兵員一人の輸送には三船舶トンが必要とされていた。これを基準にすると、六000トンの船では二000人が適正数となるが五000人が乗船すると一人当たり一・二船舶トンとなって、兵員の専有面積は狭くなり、(中略)換気装置がない船倉内の空気はよどみ、南方海域の航海では、居住区は蒸し風呂状態になった。(中略)甲板上の空きスペースには、最小限数のバラック作りの厠が置かれて、衛生面でも問題があった。》

一方連合軍側はどうであったか。

《大西洋では、当時、最大級の英国の豪華客船「クイーン・エリザベス号」(八万三七00総トン)と「クイーン・メリー号」(八万一千二00総トン)が兵員輸送船(GIシャトル)として一度に一万五000人の兵員を輸送した。この場合、一人当たりの船舶トン数は五・四となる。客船のため、兵員はトイレ、シャワー、食堂が完備した環境の中で快適な航海の時間を過ごすことが出来た。》(120ページ)

人権意識の大きなギャップを浮き彫りにする岩間氏の視点がじつに的確である。

そして辛うじて沈没を免れて南方前線に送り込まれた兵士たちの運命を、水木しげる著「総員玉砕せよ!」が生々しく描いている。この著書にもとづいて製作された8月12日の「NHKスペシャルドラマ・鬼太郎が見た玉砕」を観られた方も多いだろう。兵士たちの白骨がこの本の最後のページを埋め尽くしている。これらの国々には兵士たちの遺骨・遺品がいまだに多く野晒し状態であると聞く。東南アジアでの学術調査もよいが、遺骨収集にどれくらい国費を投入しているのかが気になる。



都合の悪い調査報告は無視する。いまだに日本に蔓延る悪癖が空恐ろしく感じられる今日、敗戦の日である。

21世紀COEプログラムのことで

2007-08-14 00:16:57 | 学問・教育・研究
8月9日のエントリー、21世紀COEプログラム「世界を先導する総合的地域研究拠点の形成」傍目八目、で、このプログラムの中核をなす「フィールド・ステーションを活用した臨地教育研究体制の推進」に私は異を唱えた。東南アジア・アフリカ諸国に、臨地教育の拠点として『現地事務所』を設けるやりかたに『押しつけがましさ』を感じたからである。そして《何事もすべて相手国の要請があって、それに応えるというのが基本姿勢でなければならない》と私の考えを述べた。しかしその一文を書いているうちに、なにか真面目に言挙げしている自分にちょっと気恥ずかしさを覚えてほどほどに切り上げてしまった。

「ちょっと気恥ずかしさを覚えて」というのは、上記のエントリーの最後の方の「浮世風呂の外でCOEプログラムは『虚構』とかなんとか、段平を大上段に振りかぶっているようなブロガー(私?)が野暮に見えてくるところが面白い」の部分を受けての言い換えである。京都大学がCOEプログラムの『虚構』をとっくに承知でやっているのに、何を真面目な顔をして、との天の声が聞こえて来たように思ったのである。そこで段平を収めることにした。

ところがこの二三日、「21世紀COEプログラム世界を先導する総合的地域研究拠点の形成」のGoogle検索で800件ほど出て来るなかで、私のこのエントリーが公のサイトに続いて第5位に顔を出しているのである(8月13日現在)。これにはちょっと驚いた。さらに次のようなことがあった。

芥川賞受賞作品の載っている文藝春秋9月号に、江上剛氏が「日本大好きインドネシアの凋落 アジアでもっとも親日的な資源大国が抱える弱点」を寄稿していた。インドネシアは石油、石炭、ガス、ゴム、パーム油、コーヒーなど地下資源から食料品にいたるまで採れないものはない資源大国で、最近は中国がODAを使って積極的な資源外交を展開しているというのだ。そしてこのように述べられている。

《日本も同じだ。資源の安定供給面からこの国を無視するわけにはいかない。
 しかしインドネシア=資源では戦前の軍部の発想とまったく同じではなかろうか。これでは再びインドネシアを侵略するようなものだ。一方的に収奪するのではなく、日本もインドネシアに提供するものがなければ、安定的な関係は続かない。》(強調は私)

私も特に強調の部分はまったく同感である。江上氏はインドネシアに日本が提供できるものとして、日本が誇るもの作りの技術しかない、と主張しておられる。私はそれを少し拡大して、インドネシアの人たちが日本から何か学び取りたいと考えているのなら、実現化の手段の一つとして日本への留学制度を拡充を図るべきだと思った。日本から押しかけ的にフィールド・ステーション(FS)などを設営する代わりに、である。ところが・・・

今日(8月13日)の日経夕刊「アジア留学生事情」に《「アジアの優秀な頭脳を呼び込め」―。日本の大学が中国などアジア地域から優秀な留学生を獲得しようと躍起になっている》との記事が出ていた。《世界的に名声のある京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)と京都大学東南アジア研究所(CSEAS)であるなら、該当諸国から多数の留学生が押し寄せて来るであろう》なんて8月9日のエントリーに記したが、私のこの認識はもはや時代遅れなのかも知れない。とするとFSは留学生誘致の現地事務所として活用できるかも、と思ったりもする。

見応えのある柳本ジャパン

2007-08-12 10:12:29 | Weblog
いい試合を見せて貰った。日本女子バレー、柳本ジャパンとキューバの試合である。第5セットまで持ち込み最後は1点差まで攻め込んだが逃げ切られての惜敗、残念だった。

竹下佳江、高橋みゆき、荒木絵里香、 木村沙織のご常連に久しぶりのご対面、相変わらずの活躍ぶりにパチパチの連発。加えて今日は代表復帰の栗原恵と新加入庄司夕起のアタックが光っていた。ゆっくりとしたテンポではあるが選手の新陳代謝が進んでいるように感じた。

素顔の彼女たちの美しいこと、まさに大和撫子である。男が化粧せずに過ごしているように、内面の美が滲み出てくる年齢に達した女性もお化粧をやめたらいいのにな、と余計なことを思った。

ボールの動きは上からのカメラで見た方が遙かによく分かるし、ゲームをより面白く楽しめる。全体の局面とボールの動きが同時に見られるような撮影法を工夫して欲しいものである。注文といえば相変わらず喧しい応援団、マイクでがなり立てるし太鼓?をガンガン鳴らす。何とかならないものか、せめて肉声だけの応援になって欲しい。相手チームに対してフェアでないと思う。

と、ここまでは8月5日に書いていた。そして夕べ(8月11日)の対オランダがまたよかった。結果は3:2で敗れたが、第2セットでは追いついてからデュースに持ち込み、抜きつ抜かれつを繰り返しながらも28:26でセットをものにした。また第4セットでも同じような経過をたどり27:25でセットを取った。これには感動! 最後のセットでも簡単に逃げ切りを許さず15:11まで追い上げての惜敗だった。

オランダの高いブロックが日本には文字通り高い壁だった。それにオランダがよくボールを拾っていた。ブロックの隙間を狙って日本が叩き込むのだが、そこにちゃんとオランダのレシーバーが待ちかまえているのだからすぐに拾われる、そんな感じだった。しかしオランダがブロックを作るまでの速攻攻撃はかなり功を奏していた。ところがテレビで観てそこでクイック!と叫んでいるのに、日本側が悠長にボールを高くトスしている場面が多くてイライラすることもあった。高いブロックを切り崩す新戦術をなんとか開発して欲しいものだ。

拾うと云えば日本もリベロの佐野優子がよくボールに食らいついているのが印象的だった。庄司夕起とともにこれからの活躍が楽しみである。

今朝の朝日朝刊がこの試合の以下のように報じている。報道記事の見本のような書きぶりではあるが、味も素っ気もない。



その面積は12×3.4=40.8平方センチ。これに対して高校野球の記事は7ページで38×34=1292平方センチ、8ページで28×34=952平方センチ、9ページがまた1292平方センチで合計3536平方センチ。単純計算ではあるが女子バレーの記事はその1.2%に過ぎない。朝日新聞による高校野球の商業利用にまた食いつきたくなった。

今夜は対ブラジル戦。昨日の教訓を生かして勝をつかんで欲しい。

チキンカツの後は映画「魔笛」

2007-08-11 17:00:07 | 音楽・美術
金曜日(8月10日)の朝、妻が一緒に出かける予定にしていた友人の都合が悪くなったとかで、「映画に行こう」と私にお声かかった。「魔笛」だという。午後1時からの上映に間に合わせるべく家を出た。先ずは朝日会館のシネ・リーブル神戸に行き、整理番号つきのチケットを1000円で購入、証明書を出さなくても堂々とシニアで通るのが恥ずかし嬉しである。

映画の前に昼食を市役所の西側にある「グリル 十字屋」でとることにした。昔からある洋食屋さんで、創業は私の生まれより1年早いらしいが、お付き合いが始まったのは昭和40年代である。以前は天井が高く、天井からぶら下がった羽根の大きな扇風機がゆったりと回っているような、なんとなくエキゾチックな雰囲気の店だったが、数年前に新装開店した。ビストロ風のあか抜けたお店で、終日禁煙なのが嬉しい。チキンカツを注文した。1150円也でご飯が付くと1300円になる。暑さのせいであまり外出することがないので、ランチを外でとるのも久しぶりである。骨を一本だけ残して美味しく頂いた。



映画館は半分ぐらいの入りだった。映画が始まりお馴染み「魔笛」の序曲が流れ出した。何だか変、ヨーロッパの大平原がスクリーンに映し出されたが、戦争が始まりそうである。兵士たちが延々と張り巡らされた地割れのような塹壕に身を潜めている。長距離砲に戦車までが控えている。どうも第一次大戦での決戦間近のような雰囲気である。そしてドンパチが始まった。空には複葉機が舞う。総攻撃である。兵士がバタバタと倒れる。その一人がどうもタミーノらしい、そして歌い始める。そこにやってきたのは三人の侍女の筈だがどうみてもナイチンゲールの扮装、戦場で負傷した兵士を救助に来た看護婦なのである。

いわゆる現代風の演出で、作る方もあれやこれやの趣向を凝らして楽しんでいるようだ。しかし歌や台詞は原作の流れからそれほど大きくは外れていないように感じたから、こちらはこちらで気楽に歌に背景を楽しませて貰う気になった。

説明のパンフレットも見あたらなかったので演出、指揮者、出演者の素性も分からないままであったが、歌はなかなか聴き応えがあった。夜の女王がなんとも迫力のあるダイナミックな歌い方をするのに驚いた。カメラがどういうつもりかアリア「地獄の復讐に燃え立つ」の時に、歌手の大きく開けた口の真正面から喉ちんこにいたるまで、画面に大写しをするのでついつい凝視してしまった。これほどまじまじと眺めたのは初めての経験で、綺麗な歯並がよかった。

パミーナがまるで少女のように歌う。そのように演技しているのだろうか、そうだとしたらなかなかの技巧派である。それにザラストロのバスが豊に響いてとても快かった。全体がお馴染みのメロディーで綴られていくから、目を瞑れば何の違和感がない、と云いたいところだが、目を閉じても言葉がわかるるのには理由があった。言葉が全て英語なのである。タミーノが最初から"Help me! Protect me!"とか叫んでいた。

「魔笛」はSingspiel、つまりドイツで流行った民衆的な台詞入りの歌劇の代表でもあるから、ドイツ語と深く結びついているのであろうが、もう2、30年前にウイーンのオペラ座で始めて「魔笛」観たときに、独・英対訳の小冊子を買っていたことを思い出して帰宅後取りだしてみた。G.Schirmer's Collection of Opera Librettosと表紙にあった。この英語の台本が使われたのだろうか。この映画のデータをまた調べてみるのも面白いと思った。



出だしは度肝を抜かれたが難しいことを考えなければ「魔笛」そのもの、夏の午後の一時を楽しく過ごすことが出来た。映画館の名前を確かめようと思って朝刊を見たところ、「魔笛」の文字がもう消えていた。昨日が最終日だったようである。

21世紀COEプログラム「世界を先導する総合的地域研究拠点の形成」傍目八目

2007-08-09 20:23:59 | 学問・教育・研究
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)と京都大学東南アジア研究所(CSEAS)が中心となり、タイトルの21世紀COEプログラムをはじめた。「フィールド・ステーションを活用した臨地教育研究体制の推進」がその副題で、研究成果報告書(平成14 年度~平成18 年度研究拠点形成費補助金)がネット上に公開されている。人文科学系の研究者がこのCOEプログラムにどのように取り組んでいるのかと思って、PDFファイルにして272頁もある大部の報告書に目を通してみた。

《私たちのプログラムでは計画調書にあるように、「フィールド・ステーションを活用した臨地教育・研究の展開」、「地域研究統合情報化センターの設立」、「統一研究テーマ『地球・地域・人間の共生』にそった研究活動の推進」、という3 つの柱を設定し、これらの柱にそってプログラムを推進してきた。》とのことである。フィールド・ステーション(FS)とは何だろうと思ったが、報告書を読んでみると東南アジア・アフリカの何カ所に臨地教育・研究の展開のために作った『現地事務所』のようなものらしい。このプログラムのタイトル「地域研究拠点の形成」の『拠点』なのかとちょっと戸惑った。

『現地事務所』(FS)とは部屋に《事務用机、デスクトップ型パソコン、ミーティング用机、来客用ソファーなどが設置されている。デスクトップ型パソコンは、SEAMEO-CHAT のLAN を経由してインターネットに接続されている。また、国電話についはSEAMEO-CHAT の内線を経由して問題なく交信がはかれるよう整備されている》(ミャンマーの例、私注)とか、《ラオス国立大学林学部研究棟の11階に部屋を借り受けて、連絡事務所を設置した。ここにはコンピュータ1セットと作業机、本棚、標本棚を置き、現地に派遣される教員・学生が活用している》ようなものらしい。

報告書には《このプログラムでは、フィールド・ステーションの設置とフィールド・ステーションを基盤とする臨地教育・研究を強力に推進してきたが、このことは大学院教育に極めて大きく、良好な効果をもたらしたと思われる》との『自己評価』が記されている(58ページ)。確かに『現地事務所』のようなものがあれば、そこを使う日本人には便利だろうが、『現地事務所』を置かれた国の人はどのように受け取ったのだろうか。私は先ずそれが気になった。

たとえば日本の国立大学の一室に、ある日ドカドカと荷物が持ち込まれ、次の日からは片言程度しか日本語の話せない外国人が数人入り込んできて何か仕事らしきことを始める。それを見て周りの人たちはどう思うだろう。それよりなにより、日本の国立大学が日本人であれ外国人であれ外部の人間に気安く部屋を貸すことは出来ないはずだ。『現地事務所』がエーリアンの巣窟になっていなければいいのに、とつい思ってしまった。

FSの効用の一つは《FSを活用した臨地教育(オンサイト・エデュケーション)の成果としては、以下のような点があげられる。まず、大学院生と教員が一緒にフィールドワークをおこなうことにより、その現場において、大学院生の研究方法・目的等の不備を直接に指導し、高度な教育を効率的にすすめることができた。》とのことである。

私は学生時代自分の大学にないものだから、天草にある京都大学臨海実験所まで出かけて(費用は全て自己負担)臨海実験の指導を受けたことがある。海の生き物を勉強するにはこれに如くものはない。FSにおける臨地教育とはこのようなものだろう。それは分かるのだが、現地で何を学ぶのだろう。それに結構費用のかかることだ。そこまでする値打ちがあるのだろうか。この点に関して外部評価委員の一人である英国サセックス大学James Fairhead 教授の以下のコメントは注目に値する。

《Yet finding ways to introduce graduate students to field work is getting extremely difficult. Apart from the usual challenges linked to cost, cultural differences and economic inequailities, fieldwork is increasingly problematic given (a) post-colonial critiques of social scientists and (b) often precarious political conditions. 》(264ページ、強調は私、以下同じ)

植民地支配のトップリーダーであった英国の研究者が、特に強調部分に拘るのはよく分かる。列強による植民地支配の過去の歴史をしっかり学んだ上で現地調査に取り組むべきだ、との意見と私は受け取った。ところが報告書からはこのような準備教育が十分になされているのかどうか、伝わってこない。それどころか大学院生の臨地教育について私が見逃せない報告があった。

《長期滞在が不可欠なフィールドワークを実施するためには、大学院生が相手国において学生ビザなどを取得する必要があるが、フィールド・ステーションに派遣された若手研究者が、そのための支援をおこなったことも大きな成果のひとつであった。たとえばラオスでは、現地の研究機関とのあいだでMOUを締結している場合でも、学生ビザを取得するためには多くの時間を費やさねばならなかったが、フィールド・ステーションに派遣した若手研究員がこの手続きを仲介することによって、大学院生は容易にビザを取得することができた》(26ページ)

このようなことを成果と誇る脳天気ぶりに私はついて行けないが、あえて云わせていただくと、そのような手続きから学生にやらせるべきなのである。学生ビザの取得になぜ多くの時間が必要なのか、国情、政治情勢、外交関係などとの係わりで勉強させることが実地教育の第一歩であろう。院生王子のツアーでもあるまいし、効率重視なのかどうかそのせからしさが気になる。これでは上に述べた準備教育が果たしてなされているのかどうか疑わしく、不安を感じた。

報告書の19ページにこう述べられている。

《これまでの地域研究は、植民地期の旧宗主国や第二次大戦後のアメリカで行われた研究のように、「支配」の確立や政治的意図のもとに行われた研究が多かった。しかし私たちの拠点が目指したのは、地域に密着し、地域の人々との共生に向けた研究であった。具体的には、フィールドワークと現地語による調査を重視した研究を推進することであり、フィールド・ステーションの構築はこうした研究・教育活動を支援・強化するものであった。なかでもフィールドワークは、二次資料の蓄積が乏しいわが国の若手研究者が短期間で卓越した業績を上げるためには、独自の着想により、自らフィールドで収集した一次資料にもとづく研究が効果的との判断によるものであった。》

地域に密着し、地域の人々との共生に向けた研究がこのプログラムを支える根本理念のようであるが、私はここに植民地化政策の残滓を見る思いがする。いや、日本は東南アジアの対象国を植民地としてではなく、占領地として統治したのであるから、統治者意識の残滓と云った方がいいのかもしれない。

かってのアジア・太平洋戦争で日本軍は東南アジアの欧米植民地へ侵攻し占領した。アメリカ領フィリッピン、イギリス領マラヤ、イギリス領ビルマ、オランダ領東印度である。また独立国タイ、ヴィシー政権下フランス領インドシナ(ベトナム、カンボジャ、ラオス)などにも進駐した。その大きな目的の一つが「重要国防資源の獲得」で、石油が最も優先された。元『軍国少年』の私は京都大学東南アジア研究所の名称を見ただけで、この戦争中の記憶が甦る。そこで私が問題にするのは地域に密着し、地域の人々との共生に向けた研究なんて云いだしたのは、東南アジア諸国の人たちなのか、それとも京都大学関係者なのか、と云うことである。

多分京都大学が持ち込んだのであろうと思う。外部評価委員の一人University of Addis AbabaのEndashaw Bekele教授が次のようなコメントをしている。

《The objectives of the program is to build postgraduate level education in Area Studies by integrating research activities and on site education based on previous experience of ASAFAS and CSEAS and is based on noble spirit of guiding moral principles of the Kyoto and basic philosophy adopted in recent years by the University "Harmonious coexistence of the Goobal Community" as well as the University's academic standing tradition as "Positivism on Foot"》

戦争中、大日本帝国が八紘一宇をスローガンに東亜共栄圏建設とか唱えて東南アジア諸国を侵略した。Bekele教授の目に映った"noble spirit and guiding moral principles of the Kyoto"を『京大魂』と置き換えると、他の京大関係者には申し訳ないが、私にはこの『京大魂』が八紘一宇と同工異曲に見えてくるのである。何故なのか。

「ポスト・コロニアル」を標榜しているのであろうが、京都大学の唱える地域に密着し、地域の人々との共生に向けた研究の中身が見えてこない。それより「地域に密着し、地域の人々との共生」の立案者は、相手国の反応をどのように見ているのだろう。私は「地域に密着し、地域の人々との共生」が相手国に対する押しつけに見えてくるのだ。

戦時中に比島派遣軍最高顧問・駐比特命全権大使を務めた村田省三氏がまだ戦争も終わっていない1945年4月に「対比施策批判」を書いた(比とはフィリッピンのこと、私注)。そのなかに「我多数の同胞は教育あるも教養に欠くる所あり之がため稍もすれば異民族に疎んぜらるること」と述べているとのことである。ここでの教養をデリカシーと受け取ってもよかろう。私は「地域に密着し、地域の人々との共生」の押しつけを、このデリカシーに欠けた行為だと見る。何事もすべて相手国の要請があって、それに応えるというのが基本姿勢でなければならない。世界的に名声のある京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)と京都大学東南アジア研究所(CSEAS)であるなら、該当諸国から多数の留学生が押し寄せて来るであろう。現にこのプログラムに参加している大学院生に留学生が多い。その大学院生が橋がけとなりしかるべき手順を踏んでFSが作られたというのなら私にも話が分かるというものだ。

日本人にとって「ポスト・コロニアル」のあるべき姿は『三顧の礼』に応える姿勢を貫くところにあると私は思う。新明解には『三顧の礼』を《目上の人が、すぐれた人を何度も訪問して、自分のために働いてくれと頼むこと》とある。頼まれてはじめて腰を上げる、これが基本姿勢であるが、それに先立ち相手国を目上とみる謙譲の精神がまず日本人の心底になければならない。

この視点が欠けているといろいろと問題を引きおこしそうである。

日本は中国、韓国、台湾などと、例えば漁業資源の調査などの名目で相手国の領海に勝手に入り込むことは出来ない。あらかじめ相手国と交渉し同意があってはじめて可能になることである。このプログラムでも日本人が何をどのように調査するにせよ、相手国の了解と同意があってはじめてなし得ることである。相手国とどのように交渉しどのように合意が得られたのか、この報告書を見る限り表に出てこない。確かに相手国の大学などと交渉した経緯は見受けられる。その程度の配慮でいいのだろうか。

話は古くなるが、幕末にシーボルト事件なるものが起こった。オランダ商館医のドイツ人学者シーボルトが幕府天文方・書物奉行の高橋景保から伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」や蝦夷地図類を入手し、代わりに自分の所持する地理書などを与えた。地図類を国外に持ち出すことは禁止されていたが、シーボルトをそれらを持ち帰ろうとした。しかしその事が帰国直前に発覚し、高橋景保が捕らえられ死刑判決(実際は獄死)を受けた事件である。程度はともかく、これに類するトラブルを現地で起こしていないことを願うのみである。

日本人が現地に出かけては我が物顔にいろんな調査はするし、気がついたらあれやこれやの資料を収集して日本に持ち帰る。現に報告書にこのような記載がある。

《21世紀COEに先行するCOEプログラム「アジア・アフリカにおける地域編成―原型・変容・転成」(平成10~14 年度)においては、現地語文献を中心とする7 万冊を上回る図書資料の収集・整理作業を行った。これらの購入図書類は、東南アジア研究所図書室および大学院アジア・アフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻図書室に納められ、京都大学における地域研究の発展に欠かせない情報基盤となっている。本プログラムの図書部会では、この先行事業の任務および物的・人的資産を引き継ぎ、さらなる充実を目指してきた。》

《現在でもCOEによる7 万冊および、本21世紀COEプログラムによる2万冊の購入図書の大半は、京都大学附属図書館に一時的に別置保管を依頼している状況である。学内外の利用者の利便を考えると、このような大量の地域研究図書資料を一括して収納可能な規模の図書室機能が是非とも必要であろう。》

収納場所も確保せずに金にまかせて買いあさったな、というのが私の印象である。関係国の法律に触れた行為でないことを願うが、それにしても相手国にとって重要文化財的な資料が含まれているのではないか、と推測する。まさか十把本を買い集めたとは思われないからである。明治維新後日本の貴重な文化財が大量に外国に流出した。その重要性に気付く日本人がほとんどおらず、法の整備がなされていなかった隙間をつかれたものと云えよう。そういう経験を持つ日本人が相手国の制度になんらかの不備を気付けばそれを教えて相手国の利益となる方向に持っていく、それこそ「地域の人々との共生」であろう。貴重な資料は最新の優れた技術でデジタル化すればよいのであって、実物は先方に残すべきである。購入した本の内容は報告書からは分からないのが、本国では絶対に見られないものを、京都大学に行けば見られる、といったことになって欲しくない。

ところでこのプログラムの評価であるが、CNRS(France)のDr. Cecile Barraudは
《The results so far achieved in such a short period of time is quite impressive: in terms of the mumber of field stations established, of students having undertaken fieldwork, of faculty memners and COE researchers implicated in field research, of seminars and workshops held, of joint local seminars and activities, of international symposia,of fieldwork reports, and of publications.》と述べている。

ほとんどが『数』で数えられものである。確かに『数』が印象的だったのはよいとして、その『質』に対する具体的な言及が欲しいところである。それに関連してFairheadサセックス大学教授のコメントは示唆的である。出版物の多いこと、また成果などにアクセスできる日本語・英語二本立てのウエブサイトを評価しつつも、次のようなコメントを寄せている。

《It seems to me, however, that it would be possible for faculty and graduate students to submit more of their work to leading international journals. The quality of the work done is unquestionable, and the global impact of the programme would be enhanced by a more global publication strategy.》

そして

《Again, I would like to see these doctoral students given post doctoral opportunities to develop their theses into international peer reviewed outputs in English (journal aritcles and books), potentially focusing on the key journals published from within the regions (in English and French) as well as the (from our end) more prestigious US,UK & European based jounals.》と続く。

一口に云えば、仲間内でのみに通じる成果発表でお茶を濁さずに、peer reviewのある世界の一流雑誌に発表しなさい、と忠告しているのである。この言葉を素直に受け取りたいが、英国紳士の仰ることだから別の受け取り方があるような気がする。

ダラダラと続けていたらキリがないので、最後にCOEプログラムの『虚構性』にかかわりがありそうなことを一つだけ取り上げておく。

京都大学グループのこのプログラムの中核をなすのが、FSの設営とこれを利用しての臨地教育である。このFSは14カ所で設営されて平成14年度から18年度までの5年間に派遣された人数のデータがある。派遣人員のカテゴリーは教員、若手、学生となっている。ところがこのデータには21COEプログラム経費で派遣された人数と、21COEプログラム以外の経費で派遣された人数が含まれている。しかもその数が半端ではない。教員、若手、学生を一括りにすると、21COEプログラム経費による派遣者が全体で198人であるのに対して、それ以外の経費による人が153人でほぼ4:3の割合である(エチオピアFSの平成15年度のデータは理由があって除外)。全体で14カ所あるFSのうち5カ所では21COEプログラム以外の経費による派遣者の方が多かった。

それ以外の経費として報告書のなかに記載されているのは以下のようなものである。

環境省地球環境研究総合推進費のプロジェクトとして、「荒廃熱帯林のランドスケープレベルでのリハビリテーションに関する研究」
環境省プロジェクト「東南アジア低湿地における温暖化抑制のための土地資源管理オプション」科研費「森林とともに住む人々のヒューマンセキュリティーに関する研究」
科研プロジェクト「インドネシア地方分権下の自然資源管理と社会経済変容:スラウェシ地域研究に向けて」(基盤研究(A)(2)海外学術調査)
学振特別研究員
文部科学省科研費「バングラデシュとミャンマーの少数民族における持続的農業と農村開発」
文部科学省科研費「ミャンマー北・東部跨境地域における生態資源利用とその変容」
トヨタ財団の研究助成「ラオス Bang Hiang 川流域住民の生業における生態資源利用に関する研究」
文部科学省総合地球環境学研究所による研究プロジェクト「アジア・熱帯モンスーン地域における地域生態史モデルの構築」
松下国際財団助成
京都大学教育研究振興財団助成
文部科学省アジア諸国等派遣留学生などで、なかには私費渡航というのもある。

この中には国策的研究課題のように見えるものもある。21COEプログラムで始めなくても類似の研究テーマが活発に動いているようである。そして21COEで出来た『現地事務所』に、研究経費の出所を問わず山小屋に立ち寄るような感覚で関係者が足を踏み入れている状況が目に浮かぶ。

思うにこの京大グループにとって、21COEプログラムは男湯の暖簾、他の研究費は女湯の暖簾のようなもの、暖簾をくぐって中に入ったら仕切りのない浮世風呂を、文化財保存よろしく護り立てているようなものである。浮世風呂の外でCOEプログラムは『虚構』とかなんとか、段平を大上段に振りかぶっているようなブロガー(私?)が野暮に見えてくるところが面白い。

となると論文・著書などの研究成果でも、同じ論文が人によっては21COEプログラムの報告書にも他の研究費の報告書にも同時に現れていると想像するのは難くない。赤城前農水相の不正会計問題で、同じ領収証があちらの報告書にもこちらの報告書にも現れているとの糾弾をふと連想してしまった。


外国人にいうて欲しくないわ

2007-08-06 14:48:11 | Weblog
日曜の朝、「報道2001」をみながら朝食をとることが多い。以前は竹村健一さんが司会をしていたと思うが、今は黒岩祐治さんが司会をして、竹村さんはご意見番よろしく一歩身を引いての登場である。竹村さんの着眼点とか発想が私の感性ともよく合うので、今でも寝坊をしない限りは楽しみながらみている。ところがいつもながら妻のつっこみが耳元でうるさい。

昨日(8月5日)も日本語が達者なコロンビア大学教授が登場して、安倍首相がどうとかこうとか、日本の政情にコメントしていた。と、なにかカツンときたのか、「外国人にいうて欲しくないわ」と妻は叫んでいる。そしてとばっちりが女性キャスターに及んだ。私が「あの女性キャスター、新しい人に替わったね」と云ったばかりに「あの寝ぼけ顔」と返ってきた(女性キャスターさん、ごめんなさい)。「口が悪い」とか一言でも口を挟むと、「お母さんに仕込まれた」と三十数年間、私が単身赴任で家にいない間も同居した私の母を持ち出すので始末に負えない。

ところが「外国人に云うて欲しくないわ」と私も心から思うのが、米下院本会議の従軍慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める決議である。私は3月5日のエントリー「米国下院で従軍慰安婦問題がなぜ今頃?」で《アメリカ下院が何を決議しようと無視すればいいのである》との意見をその理由と共に述べた。米下院本会議での議決にいたるまで、日本政府も何かと米国に働きかけ、また有志がアメリカの新聞に意見広告を出したりしたが、決議を止めさせるには至らず、結局何の効力も発揮しなかった。何もせずに無視しておればよかったのである。

米下院での決議後、どのような手続きがわが国に対して取られたのだろうか。米下院議長から日本国政府に謝罪を求める公文書でも届いたのだろうか。わが国の政府がどうしても何かを云いたいのなら、その時点で反応すればよかったのである。もちろん受け取りを拒絶してもよかった。この辺りの事情などをマスメディアに伝えて欲しいものである。


朝青龍の病状?をペラペラ喋る変な精神科医

2007-08-06 09:00:53 | Weblog
朝青龍を診察したといわれる精神科医が、マスメディアの取材陣に朝青龍の状況を、診断名らしきことまで口に出してペラペラ喋っている。まさに個人情報の漏洩ではないか。私ならこんな口の軽い医者に診て貰う気がしない。ましてや医師には刑法により「正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する」と厳しい規制がかけられている。

精神科医がこのことを知らないはずはあるまい。その上での発言とすると「正当な理由」があるのかな、と考えざるを得ない。一つ考えられるのは朝青龍がその発言を是認というか、朝青龍が望んで医師に喋らせたという可能性である。どのような状況なのか、それをマスメディアに伝えて欲しいものである。

それにしてもマスメディアの前で口の軽すぎるこの精神科医がちょっと気になる。

日曜の朝 蝉の声か耳鳴りか

2007-08-05 10:13:18 | Weblog
わが家の裏側の土木工事が進んでいる。どうしても噪音がでるので日中は窓を閉め切ることになり、朝からエアコンのお世話になっている。エアコンから水漏れがあるものの、簡易対策が功を奏して順調に動いており、日によっては200ccもの水を集めてくれる。

工事は日曜日だけがお休みで、さっそく窓を開けた。とたんに飛び込んでくる蝉の声、多少私の耳鳴りも混じっているのだろうが、間違いなく蝉の大合唱が爽やかな風に乗って耳に届いてくる。

台風の影響もあって工事も遅れがちのようである。それでも古い擁壁は取り除かれて、新しい擁壁のための型枠がようやく昨日出来上がった。

まず擁壁の外側を枠板で形作り、枠板に規則的に配置された小穴から鉄棒が内側に沢山差し込まれる。その端はねじが切られているようだ。そこで鉄筋が組み立てられて、それを挟むように内側の枠板が取り付けられる。高さが3メートル、長さが40メートルほどになるが、外枠板、鉄筋、内枠板がそれぞれ一日ずつ、三日ほどで出来上がった。その作業ぶりを見ていると、キビキビして動きがなかなかよい。つい望遠鏡を取りだして手元まで観察させて貰った。来週早々、コンクリートを流し込み擁壁は完成だろう。



たまたま昨日(8月4日)の日経夕刊第一面に、「建設関連工事 人不足で単価上昇 鉄筋・型枠など 年初比、最大で1割」と大きく見出しが出ていた。景気拡大が続き大都市の再開発需要が見込めるなか、熟練工などの不足感が高まっているそうである。男の子が来ないのなら、女の子にどうだろうとふと思った。

今日も蒸し暑い一日になりそうである。