日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

総選挙 よかったこと 失望したこと 面白かったこと

2009-08-31 11:45:55 | Weblog
よかったことの第一は、自民・公明政権が崩壊して民主党中心の新しい政権がとにかく生まれること、歴史的地殻変動が期待できるからである。

その二、世襲議員は大幅に減ったこと。私は次のように期待した。

私が今度の選挙で期待するのは世襲議員がごっそりと減ることである。民主党にも世襲議員がいないわけではないが、自民党に比べると割合は小さい。議員480人中、世襲議員が100名を下回ることになればかなりの出来であると言えよう。80人なら万々歳である。世襲議員には決して投票しないように、と声を大にしたい。

徳島新聞は次のように伝える

世襲は民主10%、自民46% 【世襲】(1)親族に国会議員がいて、地盤(選挙区全体ないし一部)を継承(2)地盤を継承していなくても実父母が国会議員―のいずれかを満たしている場合を世襲候補とすると、自民党は55人で同党当選者の半数近い46・2%を占めた。一方、民主党は32人で10・4%にとどまった。
(2009/8/31 06:59 )

自民が55人、民主が32人で計87人と100人を下回った。世襲議員の定義をやや甘くしてもこの数字であるから、私に言わせると万々歳、世襲議員撲滅の第一歩と期待しよう。それにしても自民党当選者のほぼ半数が世襲議員とは、有権者が情けない。

民主党が308議席もとってしまったのには失望した。私の夢が潰えたからである。選挙区で民主党候補に投票した人のたとえ半分でも、比例代表で民主、自民、公明以外の党に投票するような、ある意味ではバランス感覚を働かせた行動を期待したのに残念であった。共産が9,社民が7と改選前の議席数を維持し、「みんな」が5と1議席増やしたのがせめての慰めである。

11歳の女の子が衆議院選で投票を済ませたというニュースは面白かった。

 大阪市選管は30日、同市西淀川区の投票所で小学生の女児(11)に誤って投票用紙を交付し、実際に女児が投票するミスがあったと発表した。女児が投じた票は他の票と区別できず、公職選挙法上、有効になる。

 市選管によると、30日午後2時ごろ、同区佃1の佃小学校に設けられた投票所で、担当者が女児の父親(47)に比例代表と最高裁裁判官の国民審査の投票用紙を渡した後、女児にも誤って交付した。女児は記載台に寄った後、投票箱に用紙を入れた。その直後、担当者が顔見知りの女児だったことに気づいた。
(毎日jp 2009年8月30日 20時7分)

あり得る話だと思った。投票所に行くとまず家に送られてきた書類(そう言えばこれをしげしげと見たことがないので、なんと書かれていたのか知らない)を町別の受付に差し出す。本人確認で生まれた月を聞かれてなにか紙切れ(これも何と書かれていたのか見もしていない)を貰い、次の受付に進んで紙切れと交換に選挙区の投票用紙を貰う。この投票を済ませると次の受付で比例代表と最高裁裁判官の国民審査の投票用紙を貰い、記入の上投票する。

選挙区の投票用紙は最初の紙切れと交換だから、父親しか投票用紙は貰えない。ところが比例代表と最高裁裁判官の国民審査の投票用紙は担当者の前に現れた人に流れ作業的に渡すので、父親と一緒に来た女の子にもつい機械的に投票用紙を渡したのであろう。元来なら投票所には立会人が何人かいるはずだから、たとえ担当者がミスをしそうになってもそれを防げた筈なのに、ミスが起こるとはこういうことなのであろう。

この父親はどういうつもりで女の子を投票に連れて行ったのだろう。また女の子はどういうつもりでついていったのだろう。11歳といえば投票紙を渡されても、私は違います、と言うぐらいの分別はあるだろう。それを受け取った上、記載台に寄ったというのだから何かを書き込んだのだろう。そして投票箱に入れたとなれば、これは立派に確信的な行動ではないのだろうか。そんなことを想像したものだから面白かったのである。

そしていよいよ平成のご一新が始まる。この歴史の生き証人となれると思うと血湧き肉躍る、である。年をとる暇がありそうもない。



平成ご一新は若い世代で

2009-08-30 00:14:42 | 社会・政治
時代の趨勢というのか、明日の総選挙の結果、民主党を中心とする政権が誕生しそうである。私はそれを幕府に明治維新政府が取って代わる情況に匹敵すると勝手に想像しているが、一つ引っかかるところがある。それは「役者」の年齢である。

明治元(1868)年に年号が改まった時点で、明治維新の主役を演じた人物の年齢は次の通りである。

  勝海舟(1823年生)    44歳
  岩倉具視(1825年生)   42歳
  西郷隆盛(1827年生)   41歳
  大久保利通(1830年生)  37歳
  木戸孝允(1833年生)   34歳
  三条実美(1837年生)   30歳
  伊藤博文(1841年生)   27歳

江戸城明け渡しの主役の一人、幕府側の勝海舟の44歳が最年長で、伊藤博文にいたっては弱冠27歳である。平均寿命が現在の7割程度であったにしてもこの若さは瞠目に値する。実際に明治政府を引っ張っていったいわゆる明治の三傑、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文にいたっては現在の年齢に単純に直しても50歳そこそこ、もしくはそれ以下である。

かって大阪府知事選挙で橋下徹氏が知事に選ばれたときは38歳で、その年齢の持つ意味を橋下徹大阪府知事と大久保利通で述べたことがある。今の流れで民主党が政権をとった暁に、もし小澤一郎氏のように古希を目前とされた方が、「政権奪取」で私どもの悲願が達成された、後は若い者に日本の将来を託す。と還暦を過ぎた同志を引き連れて政界の舞台から姿を消せば、もうこれは千両役者である。残る40歳代、そしてせいぜい50歳代の理想とエネルギーに満ちあふれた若いリーダーが中心になって政治を一新すれば、日本国民も明るい希望を取り戻すことは間違いがない。

夢のようなことを考えているうちに日が変わってしまった。夢が現実になることを夢見て、投票に出かけることにする。


民主党が天下をとると・・・ 「最先端研究開発支援プログラム」は?

2009-08-27 20:32:23 | 社会・政治
朝日朝刊第一面に「民主、320議席獲得も 自民100前後 公明20台」の見出しが大きく出ている。当たるも八卦当たらぬも八卦(失礼)、私は民主党が単独過半数を占めないことを望んでいるが、なにはともあれ結果が待ち遠しい。それにしても朝日の当落予想記事、どんな意味があるのだろう。もう四日もすれば正確な結果が出ているのに、なぜ待てないのだろう。バッカみたい。

先行許す、競る、リード、優位、追い上げ、激戦、接戦、伯仲、猛迫、互角の戦い、苦戦、横並び、肉迫、といった大きな文字が目につく。まるで競馬の予想記事のようだ。ということで中身はすっ飛ばす。

私が今度の選挙で期待するのは世襲議員がごっそりと減ることである。民主党にも世襲議員がいないわけではないが、自民党に比べると割合は小さい。議員480人中、世襲議員が100名を下回ることになればかなりの出来であると言えよう。80人なら万々歳である。世襲議員には決して投票しないように、と声を大にしたい。

ところで政権をとった民主党がお金をどのようにして作り出すかが見物である。消費税は上げないことにしているので、結局は赤字国債なのではないのか。錬金術師ぶりをとくと拝見したい。上手になにかを誤魔化すはずである。

民主党が政権を担当することは、幕府に明治維新政府が取って代わった情況に匹敵するのだろうか。それとも敗戦後日本を占領しにやってきた連合国軍なのか、または太平洋戦争が始まって、東南アジアを占領または進駐した旧日本軍のようなものだろうか。選ばれた途端、偉そうに振る舞う程度の低い人間がかなり紛れ込んでくるような気がする。今からでも遅くない、そのような片鱗を感じさせる人には投票しないことである。

朝日の記事によると2700億円の「最先端研究開発支援プログラム」について、民主と国民新は、緊急経済対策ではなく、人材育成や基盤研究の強化につながるよう求めた上で賛成に回った、とのことである。この通りだとすると、民主党が政権をとった暁には現在の「最先端研究開発支援プログラム」の進め方は180度転回を求められることになるのではないか。これは私が「最先端研究助成」よりましな2700億円の使い方があるのでは  追記有りでも述べた抜本的見直しに相通じるもので、この点では期待が持てる。そのせいかどうか、内閣府科学政策のホームページで公開されている「最先端研究開発支援プログラム」の動きが、7月28日に公表された配付資料以降、ピタリと止まっている。それとも選挙日前の最後の明日、28日にでもワーキングチームスケジュールにより進められているはずの作業、すなわち60件程度にまで絞り込まれた研究課題候補が公表されるのだろうか。


旧い大ビル 新しいダイビル

2009-08-25 22:12:36 | Weblog

以前に「大ビル」に昔を懐かしむで書いたことであるが、大ビルが今月いっぱいで立ち入れなくなると言うことなので、最後のお別れに昨日出かけた。



いかにも戦争を耐え抜いてきましたと言わんばかりの趣のあるこの建物に入ると、正面左のエレベーターの扉が開いていた。まだ動いている証である。その横にあるのは私設郵便函と記されたポストで、真鍮であろうピカピカに磨き立てられている。建物の中はガランとして一度に目に入る人影は一人二人である。写真を撮っていると一人の男性に声をかけられた。このビルで働いている人らしい。写真を撮りに沢山の方がこられます、とのことであった。このエレベーターには「閉じる」なんてボタンがないから乗ってご覧なさいと勧められた。のんびりとした時代のエレベーターと言うことなのだろう。



この通路はビルの東の方を向いており、床のタイルがやわらかな光沢を放っている。取り壊しとなったら瓦礫になってしまうのだろうか。そんなことなら庭の敷石に貰って帰りたいと思った。今度は年配の女性に声をかけられる。名残を惜しみにやってきているというのが分かるのだろう、ごゆっくり、と言われた。通路の両川に店舗が並んでいるが、二、三を除いてもう店じまいを完了していた。なかには移転先の張り紙もあった。


そう、渡辺橋からこちらに来る途中に高いビルが建っているなと思ったらそれが中之島ダイビル、すなわち新しい大ビルなのである。旧大ビルの店舗の多くが新大ビルに移ったのだろうか。


帰りにこの中に入ってみた。右側にまず花屋さんがあってその奥隣がワイシャツ屋さんである。正面にシンガーミシンが招き猫のように置かれているので釣られて中に入った。いや、シンガーミシンが目についたもので、と店員さんに言うとこれはクラシックミシンで凄く程度の良いものです、と仰る。ところがよく見ると電動式なのである。わが家には50年以上も使っている足踏み式のがあるんです、とちょっと自慢げに言ってみる。動きますかと聞くから、もちろん、最近も調子が悪くなったのをちゃんと直しました、と答える。若い店員さんなのに、部品の調達はどうすればよいとかなかなか知識をお持ちなので、嬉しくなってしばらくミシン談義で時間を潰した。

その続きにはケーキ屋さんがあって、オープンは9月になるとのこと。そしてその隣にはかって私が不思議な体験をした老舗のMF珈琲店が入っている。ひょっとしたらまた怖い体験を出来るかと思って入ったが、期待に反してとてもモダンなまさに現代風カフェで、禁煙エリアがちゃんと設けられていた。7月13日に開店したとのこと。グラスのしたに敷かれたコースターに書かれた創業年がちょうど私の生年であったので、記念に頂いてきた。

このビルが取り壊される頃には日本はどうなっているだろう、とSF物語の書き手になったような気分で建物を後にした。



民主党に300議席は多すぎる 歯止めをかけるには

2009-08-24 10:12:48 | 社会・政治
朝日新聞、日経新聞、読売新聞それぞれが来る総選挙で民主党の占める議席数が300もしくはそれ以上との予測記事を数日前に出している。私は自民・公明政権はいいかげん崩れて欲しいとは思うが、そうかといって民主党の単独政権を歓迎する気にはなれない。節約すればお金が湧いてくるとばかりに、詰めの甘いまま国庫負担を無闇に増やそうとしているのが気に入らないからである。

昨日(8月23日)の朝日新聞社説に「09総選挙 高速道料金 無料化は合点いかぬ」と出ていたが、私も同感である。何でもタダにすればよいものではない。高速道路の補修・維持がどのような仕組みで成り立つのか、その具体的な方策のないままで無料化案の行き着く先は、われわれが築き挙げてきた高速道路網の崩壊である。

子ども手当案も危なっかしい。中学卒業まで1人当たり年31万2000円を支給するとのこと、子どもが3人おればこの家族にとっては年間100万円の不労所得である。必ずや親の欲望の充足に使われることが目に見えている。自助努力の精神がこれで押しつぶされてしまう。「家貧しくして孝子顕わる」とも「家貧しくして親老ゆれば禄を撰ばずして仕う」とも、かっては「貧」すら人生に対するチャレンジの原動力となり人間が育ってきたのである。見せかけでない、真のハングリー精神が生きていた。民主党がマニフェストにうたうように、すべての子どもたちに教育のチャンスを作る気があるのなら、個人にお金を渡さずに、その目的にかなった税金の使い方をアピールすべきなのである。これでは子どものある家庭の票をお金で釣り上げるようなものである。

国旗日の丸裁断加工事件というのもあった。国旗二枚を日の丸にかかるところまで裁断してそれを縫い合わせて民主党党旗を作り、演説会場に掲げまたり、またその写真を民主党ホームページに掲載していたと言うのである。テレビニュースで麻生首相が取り上げているので知った。戦争中は日の丸の白地部分に武運長久とかを大勢の人が書き込んだ日の丸を出征兵士がお守りにしたのを目にしているし、また朝鮮で敗戦後、日の丸の上に青色の勾玉模様などを書き加えた太極旗が巷に溢れかえったのを見ているので、国旗の利用の仕方にもいろいろあることは弁えている。しかし民主党としては阿呆なことをしたものだと思った。

いやしくもわが国の国旗である。いろんな人がいろんな思いを持っているのだから、麻生首相の指摘もその一つで付和雷同者が出てきても不思議ではない。ところが麻生首相に指摘されてはじめて鳩山代表がわけのわからない謝り方をするは、民主党のホームページから削除するなどの慌てふためきようは様にならない。選挙戦に入っている状況で、民主党に国旗・国歌にたいする基本姿勢を含めて国体論を問いかけることはしないが、自衛隊の問題をも含めて、国のあり方の基本理念をそっちのけに、道路は無料にするとか、子どもがあればお金をあげるとか、お金でしかものを言えないところに、政党としての頼りなさを感じてしまう。

来週の今頃はすでに総選挙の大勢は決まっているだろうが、単独過半数を取った民主党が上に述べたような愚策に公約だからと一挙に走って欲しくはない。それを防ぐにはどうすればよいのか。民主党に単独過半数を許さず、民主、自民、公明以外の党にキャスチングボートを握らすことである。そして現実にわれわれが出来ることは、小選挙区では民主党に入れても、比例代表では三党以外に投票することである。民主党と明らかに連立を組みそうな党を除外するなら、残るのは日本共産党だけである。建設的野党とか気取っているようであるが、現実にキャスチングボートを握る立場におかれて、共産党がどのように行動するのか、それをとくと見極めたいという意地悪な気持ちもないではない。地方は民主党に投票する人が、比例は共産党にすれば日本の政治が大きく変わることだけは間違い無い。その夢に賭けてみたいと思う。




アフリカ家庭料理 インドネシア観光案内 一弦琴「漁火」

2009-08-22 20:54:45 | 一弦琴
庭仕事で頭から汗がしたたり落ちるし、またシャワーで水を頭からたっぷりあびるものだから、夏は頭髪が勢いよく伸びてすぐにむさ苦しくなる。そのくせなかなか理髪店に足が向かない。でももう我慢の限界なので、今朝早く理髪店に予約を入れようやく重い腰を上げた。

理髪店の入っているビルの裏入り口から外に出るとそこは生田新道である。トロトロと東を向いて坂を下がっていくと、トアロードにぶつかる手前でアフリカ家庭料理のランチメニューの看板が目に入った。わけの分からない料理ならともかく、「牛テールスープ」とか「ビーフシチュー」とかのメニューがある。アフリカに牛がいたかいな、とは思いつつも、好奇心にかられてCLUB ZANZIBAで食事をすることにした。

ビルの地下にある。昼でも照明を落としているものだから暗い。店の中は私の庭に欲しいと思っていたガーデンテーブルが4脚置かれていて、一方にはステージがある。だれもいないのかなと思ったら、店の人がカウンターの背景に溶け込んでいるのだった。私の注文は「アフリカ風牛テールスープとライス」、もちろん日本語が通じる。「ヤム芋のミックス煮込み」の説明に、ジャマイカの金メダリストが食べていたと言うナイジェリア産の栄養価の高い芋とシーフード・チキン・ブラウンビーンズ・他とじっくり煮込みました、とあったので、この芋がボルトー選手の世界新記録の源かと試みたくなったが、残念ながら今日は出来ないとのことだったので。



「アフリカ風牛テールスープ」、これは文句なしに絶品だった。スープに形のはっきりと認められるのはタマネギだけで、あとは原形をとどめていない数多くの素材の醸し出す味が複雑で、深みがあって、それでいてマイルド。テールもゼラチンが節度のある柔らかさを保っている。これは美味しいと店の人に言ったら、嬉しいと喜んでくれてアフリカ産果物ジュースをサービスしてくれた。残りの三種類のランチメニューをとにかく全部試してみるつもりである。ただこの小一時間、お昼時なのに客は私だけであった。頑張って欲しい。

星電社に寄ってテレビ電話用にLogicool 1.3-MP Webcam C500hを購入。Skypeを本格的に使うつもりになったのである。ところが顔を見せても良いという話し相手が目下一人も居ない。お相手下さる方、募集中である。出来ればハングルの喋れる方を希望する。ところでこの星電社、名前はまだ残っているのに店はヤマダ電機である。何が何だかわけが分からないが、星電社のポイントカードのポイントをヤマダ電機の方に移して貰い一つにした。

三宮さんちかでインドネシア観光案内のイベントをしていて、立ち止まって眺めていたら手招きされたものだから福引きの行列に並んだ。パソコンを使ったゲーム機というのか、ボタンを三つ叩くと777と出て、一等賞!と言われた。景品は半袖のポロシャツだったが、私の好みではないので孫にやることにした。


地上に出ると3時半から民主党の岡田幹事長が街頭演説をするとかの掲示があった。でもまだ1時間以上も待たないといけないので早々と帰宅した。お陰でヤジを飛ばさずに済んだ。

久しぶりに一弦琴「漁火」のお稽古を最近始めたものだから、適当なところで録音してみた。この曲は私にとっては一弦琴の原点でもあるので、時々ここに戻っては唄う。その時の気分によって、いくつかのヴァリエーションから一つを選ぶことになる。気に入るところまで、まだまだ稽古を重ねないといけないようである


麦門冬湯 ブログあれこれ

2009-08-21 22:12:59 | Weblog
昨日はヴォイストレーニングの日であった。ここ一週間ほど喉の調子が良くない。風邪のようで風邪ではなし、どうも気管支がやられかけたようである。もちろんインフルエンザを用心すべきであるが、今の所は大丈夫のようなので、買い置きの「麦門冬湯」を取り出した。一回に五錠、それを二回服用した。日頃薬とは無縁の未開人状態なので、良く効くことだろうと思う。練習は一応クリア出来た。


「SALVATORE MARCHESI OP.15」は11番のQuartine(四連音)。16分音符の四連音がゾロゾロ出てくるのをしっかりと歌うのは私には至難の業であるが、マスターしないことには先に進めないのでとにかく精進あるのみである。歌は「椿姫」から。「乾杯の歌」ではアルフレードに、「プロヴァンスの海と大地を」ではその父親のジェルモンになる。怖いもの知らずの素人だから出来ることである。「プロヴァンスの海と大地を」なんか、これこそバリトンの聴かせどころとばかりにプロは張り切って歌うが、歌の中身はそんなに景気の良い話ではない。女に心を奪われてふぬけになった息子に、太陽が輝いていた故郷のプロバンスのことを思い出させながら、年老いた父親がどんなに苦しんでいるのか、おまえには分かるまい、とにかく故郷の家に私と一緒に帰ってくれ、とかき口説くのである。だから気持ちを抑えて切々と、そして同情を惹くようにボソボソと歌う方が本当なのかもしれない、と勝手な理屈をつけて声をセーブして歌った。

帰宅して郵便受けから取り上げた日経夕刊(8月20日)音楽欄に、さる3日いずみホールで行われた「大野和士のオペラレクチャー・コンサートin 大阪」が紹介されていた。大野和士さんの解説とピアノで、主役級歌手が集まっていたとのことである。演目にヴェルディの「椿姫」が入っていたとは見逃したのが残念!日頃から情報の収集を熱心にしているわけではないので、あとからしまったと思うのが常である。こういう音楽関係の催しをジャンルごとにEメールで知らせてくれるようなシステムがあるような気がするが、また探してみよう。

ブログ記事が1000件を超えて、われながらよく続いたものだと思う。考えをそれなりにまとめて一つの書き物が出来上がると、小さいながらも一仕事終えた気分になる。それが楽しい。現役時代は気のあった仲間とおしゃべりする楽しみがあったが、定年退職でその楽しみが一挙に減ってしまった。ブログ書きがどうもその穴を埋めているようである。おしゃべりと違って私のブログはほとんどが一方的な発信であるが、それでも何かの手応えを感じるときは嬉しい。昨日も18日のエントリー「役に立たない科学」のみへの訪問者数が94人と多かったが、アクセス元URLを見るとhttp://shinka3.exblog.jp/から48カウント、http://shinka3.exblog.jp/12157466/から8カウントとなっており、「5号館のつぶやき」さんのtwitterでタイトルを紹介されたのが大きくきいている。こういう直接の手応えがあると励まされているようで嬉しく感じる。

自分のエントリーがGoogle検索でどの辺りに出てくるのかも面白い。先ほどの検索結果であるが「役に立たない科学」は83万5千件のトップに出てくるし、19日に投稿したばかりの「金大中氏を悼む」も34万件の第四位に出てくるのは驚きである。後者のトップ3はマスメディアのサイトなので、個人サイトとしてはトップになる。



私のサイトはどうもGoogleと相性がよいようで、変てつもないタイトルでない限り投稿して一日と経たないのにかなりの上位に現れることが多い。なぜ早々と上位に出てくるのか、ひょっとして、と思うことが一つある。それは私がブログを四年間にわたり二日に一回以上の頻度で更新していることである。休眠していないところが評価されているように思う。この評価がベースとなって、検索結果の表示順位がかなり上位に押しあげられるのであろう。もう何年も勤勉にサイトを更新してこられた方は、ご自分のエントリーのタイトルで検索すると、間違いなくそれは上位にランクされることと思う。いずれにせよ、継続は力なりである。日々の努力?がこのような形で評価され、かつより多くの人の目につく契機となるのはまた嬉しいことである。


金大中氏を悼む

2009-08-19 23:13:23 | 在朝日本人
金大中元韓国大統領が逝去された。韓国の民主化と北朝鮮との融和に大きな足跡を残されたことが記憶に残る。私が朝鮮に住んでいた1940年から1945年まで、金氏は同じ朝鮮半島のどこかで多感な青年時代を送っておられたはずだ。日本の敗戦の日には打ち拉がれたわれわれとは対照的に、祖国独立の予感に欣喜雀躍されたころであろう。

政治家を志してからは苦難の道が続いた。1971年の大統領選挙では軍事政権の担い手朴正煕氏に肉薄したものの敗れたうえ、偽装交通事故による暗殺計画で股関節に障害を受けた。また日本に滞在中の1973年には韓国中央情報部 (KCIA) によって拉致、ソウルに連れ戻され政治活動の道を閉ざされてしまった。さらには1980年には光州事件の首謀者として死刑判決を受ける。その後紆余曲折があり、米国での亡命生活を経て1997年の大統領選挙で不死鳥のように甦り、第15代大統領に就任したのである。

私が最近見るようになった韓国の歴史ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」や「朱蒙(チュモン)」の主人公にも匹敵する波瀾万丈の一生といえば不謹慎のようであるが、私はここに韓国人の不屈の巨大なエネルギーを感じ取った。日本人は一度落ちたらおしまいである。死刑判決から這い上がって最高の政治権力者の座を獲得するような人物かっていただろうか。そのこと一つだけでも金大中氏は非凡な方であった。朝鮮半島の多くの人々に敬慕されるのもむべなるかなである。韓国国民は国葬で金氏を送り、また北朝鮮も弔問団を派遣することになった。日本による朝鮮の植民地化と日本の敗戦こそが南北の分断をもたらしたものであることを思うと、元在朝日本人の一人である私は、南北の和解と統一の悲願にかける朝鮮半島の人々の思いの深さの前にただ立ちすくむのみである。

心からご冥福をお祈りする。


「役に立たない科学」

2009-08-18 11:52:13 | 学問・教育・研究
あまりにも部屋の中が乱雑になったので片付ける。自慢じゃないが過去のこの状況の方がまだましなのである。


紙切れ一枚まで手にとって不要なものは捨て、必要なものはファイルにまとめる。冊子が出てくると中身をパラパラとめくり、捨てるか置いておくか決める。だからなかなか片付けがはかどらない。でもときどき面白いものが見つかる。たとえば今回目に止まったのは、岩波の出しているPR雑誌「図書」(2008年11月号)の次のような座談会記事である。


見出しがよい。科学の本質を言い当てた「役に立たない科学」を麗々しく喧伝しているのである。池内了、福岡伸一両氏のお名前は多くの著書を通じてよく存じているし、内田麻理香氏も東大工学部の広報活動を行っている方と聞き及んでいる。お三方とも科学のあれこれを世間に発信する現役パリパリの方で、そのような方々が「役に立たない科学」というきわめて重要なメッセージを世間に広める意義がきわめて大きいと思うからである。

いくつかの発言を拾い上げてみる

たとえば疑似科学の一例としてサプリメントについて。

(福岡)「体調が悪いのは重要な栄養素の一つが不足しているからで、それをサプリメントで補給すれば回復する」など、不足に対して人間が持つ一首の強迫観念に付け込む言い方です。(中略)
 このような、ある種の強迫観念に付け込んだシュードサイエンスの背景には、それを信じさせることで儲かる人がいるわけですね。そこには、非常に大きな一つの幻想、つまり「科学は何かの役に立つもの」という考え方があると思います。
 科学者が研究費を申請するときには、それが社会にもたらす成果を書かなければいけない。それで科学者は役に立つことをあれこれ言う癖がついているんですが、本当は内心忸怩たる思いなんです。
(強調は私。以下同じ)

私も以前にiPS細胞の特許問題に思うことで、次のように述べたことがある。

基礎研究の担い手として自分を自覚しているものにとって、科学研究費などの申請書類でその研究の社会的意義を述べる欄を埋めるのは苦痛であったことを思い出す。「風が吹けば桶屋が儲かる」流の屁理屈をひねり出しては、忸怩たる思いでもっともらしいことをボソボソと書き連ねたものである。ある時、私の属していた特定領域研究班の班長さんの教室の人からなるほどと思える話を聞いた。その班長が研究の社会的意義の欄にはただ一言、「この研究は社会的意義がきわめて大きい」といつも書いているというのである。心の中では大いに喝采をしたものの、自分では真似する勇気はなかった。

税金を使わしていただく以上、社会への還元を念頭に置かなければならないという発想からの設問と受け取ればそれまでかも知れないが、いかんせん科学の本質の理解からほど遠い文系お役人的思考に根ざしたもので、なくもがな的設問である。

(池内)日本では一言で「科学技術」と言ってしまうけれども、分けて考えれば科学というのは文化なんですね。役に立とうなんて、本来は思っていなかった。だから、役に立つことを強調しろと言われても、「役に立たないんですよ」と言わざるを得ない。

(福岡)そう。繰り返しになりますが、科学そのものは役に立たないんです。いくらやっても「お得」じゃない。

(池内)それは「やっている本人は面白いかもしれないけれども、私は面白くないんだ」と思うからでしょう。だけど、それを人に伝えられれば一緒に楽しめる。僕はそのためにいろいろな本を書いているし、科学者はそういう役割を果たさなければならない。科学者が自分の好奇心だけでやっていては、なかなか文化として定着しないし、広がらない

(内田)私は工学部出身で、今は工学部をPRする立場にいますが、広報室の特任教員になって伝えたいと思ったのは、「工学に夢とロマンを取り戻す」ということだったんです。「役に立つ」とは言わないようにしようと。

せめて技術畑の工学部では「役に立つ」を標榜していただいてもいいような気がするが、「夢とロマンを取り戻す」にはもちろん賛成である。

お三方が「役に立たない科学」と揃って意気軒昂なことに意を強くした科学者が多いことだろうが、科学が文化であることを納税者に理解していただくにも、地道で粘り強い伝道者の存在が欠かせない。才能のある定年研究者には税金を使わずにやれるうってつけの仕事のような気がするが。


お盆休みが終わって

2009-08-17 18:35:40 | Weblog
午前7時15分、NHKラジオ第2放送の「まいにちハングル講座」が始まった。講師のチャン・ウニョンさんの声が懐かしい。というのもふだんなら祝日であろうと月曜から土曜日まで、毎日放送されるこの語学講座が、お盆休みということだろうか、13日から昨日まで珍しくもお休みだったからである。久しぶりのハングルに私の気持ちも引き締まった。

ラジオ放送以上にカレンダーと関係なく毎朝欠かせないのが前栽への水やりである。朝、雨が降っているとほっとする。このお盆休みの間に二日ほどは休めた。今朝はしっかりと水やりをする。妻の起床時間によって、ハングル講座の後になったり朝食後になったりする。ちょっとした手入れなどもしていると、小一時間はあっという間に経ってしまう。それだけで汗まみれになるのでシャワーで洗い流す。

今日は留守番だったので、お昼には坂を10分ほど下りたところにある洋食屋に出かけた。夫婦二人で切り盛りしている名称もプチ・レストランで、なかなかセンスのある料理を出すので以前から時々訪れていた。それが二、三年前に店をたたみ香港へ出稼ぎに行き、そして最近帰ってきて同じ所に開店したというので、久しぶりに足を向けた。ところが残念、月曜日が定休日だったのでさらに5分ほど歩いて、これも夫婦二人でやっているイタリアンの店に行った。アボガドとたばらがにの冷製スパゲッティというのが珍しくて注文したが、なかなかのものだった。

帰りが大変。こんどは坂を登ってくるものだからまた汗だくになる。そしてシャワー。汗だくになるのが嫌で、一夏、もっぱら車に頼ったことがあった。家ではエアコンを入れっぱなしで、汗知らずの夏と文明人を気取っていたら、そのしっぺい返しか夏が過ぎてからの体調がどうもよろしからず、やはり夏は汗をかくに限ると自然人に戻った次第なのである。

お盆休みだからお墓参りを始め仏事を行うのは決まりであるが、珍しく映画館にクリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」「消されたヘッドライン」の二本立てを観に行った。テレビやDVDで観るのも良いが、やはり映画館ならではの迫力に興奮するのは格別である。「グラン・トリノ」が10時半に始まり、「消されたヘッドライン」の始まるまでの休憩時間に、持ち込んだサンドイッチと飲み物で腹ごしらえをする。常連さんが多いと見えて、皆さん、ちゃんと食べ物を用意なさっている。それにしてもクリント・イーストウッドの創作意欲のエネルギッシュなこと。ただただ圧倒されてしまった。

そう言えばお盆休みが始まって早々、1000円ドライブで徳島にも出かけたのだった。またあらためて触れることにする。お盆休みでなんとなくのんびりしているうちに、大切なことを忘れてしまい、これから大童で取りかからないといけないことがあるからだ。この晩秋、例年のようにヴォイストレーニングの成果発表の演奏会があって、今年は「椿姫」がひとつのテーマなのである。私、ジェルモンの歌う「プロヴァンスの海と大地を」のイタリア語を完全に覚えてきます、と前のレッスンで見得をきったもののまだ何一つ出来ていないのである。さああと二日、勝負である。