日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

天皇、皇后両陛下のサイパン島ご訪問と私の『靖国神社』問題

2005-06-28 17:27:58 | 社会・政治
天皇、皇后両陛下が27、28の両日、米自治領サイパン島を訪問された。かっての太平洋戦争で多くの戦没者を出した激戦地で、その戦没者の慰霊が目的である。

ご訪問にあたって天皇陛下はこのようにも述べられている。

《 このたび、海外の地において、あらためて、先の大戦によって命を失ったすべての人々を追悼し、遺族の歩んできた苦難の道をしのび、世界の平和を祈りたいと思います。
 私ども皆が、今日のわが国が、このような多くの人々の犠牲の上に築かれていることを、これからも常に心して歩んでいきたいものと思います。》

両陛下は「中部太平洋戦没者の碑」「バンザイクリフ」「おきなわの塔」「太平洋韓国人追念平和塔」でそれぞれ拝礼されたとのことである。

このご訪問によって口のきけないすべての戦没者とそのご遺族の心に、両陛下の積年の思いが素直にしみとおらんことを祈念するのみである。

それにつけても思うのであるが、両陛下は諸般の事情で靖国神社に参拝しがたい現状に胸を痛めておられるのではなかろうか。生き残ったもの、平和な戦後に生まれたものなべて戦没者の心情を『後智恵』でとやかく憶測することほど、戦没者の心を傷つけることはないと私は思う。戦没者はあくまでも家族の幸せと日本の安寧を願い、「天皇陛下万歳」を祈念して幽明境を異にしたのである。戦没者と天皇陛下との約束は歴代の天皇に引き継がれるものである。天皇陛下の靖国神社への参拝なくして戦没者の慰霊はありえない。

私は靖国神社とは異なる国立慰霊施設の建設は不要なものと考える。その場当たりで後世のものが『後智恵』を振り回すべき問題ではあるまい。それよりなにより天皇陛下が参拝できる靖国神社の在り方を先に論議すべきであろう。

何が天皇陛下の靖国参拝を妨げているのであろう。

妨害の『正体』が分かったとしてそれをどのように取り除いていけるのだろうか。
私の『靖国神社』問題はまだ始まったばかりである。

「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」が何故売れる?

2005-06-27 11:33:47 | 読書
山田真哉著「さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学」(光文社新書)にふと手が出た。本屋には山積みされているだけならともかく、「さおだけ屋」という時代離れした商売が出てくるので、それに惹かれたのかもしれない。

あっという間に読んでしまった。

「身近な疑問」として取り上げられたのが七つのエピソード、その最初が「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」である。全編を通じて、誰でも常識として、また生活の知恵として身につけている『ものの見方・考え方』が、ここが著者の『冴え』であるが、会計学の用語に結びつけて語られているだけなので、なるほどなるほど、と抵抗もなく頷きながら読んでしまうのである。

たとえばあるところで《院長は会計に強いわけでもなんでもないが、経験からそのことを知っていたのである》(196ページ)と記されているが、《院長》を《読者》と置き換えればそのまま通用するようなエピソードばかりである。

会計学の用語といってもさほど特殊なものではない。各エピソード毎に記されている「利益の出し方」「連結経営」「在庫と資金繰り」「機会損失と決算書」「回転率」「キャッシュ・フロー」「数字のセンス」などの副見出しがそうである。

では「さおだけ屋がなぜ潰れないのか?」
もちろん本書にはその答が出ている。しかし私がそれをバラスわけにはいかない。推理小説の『トリック』を明かすようなもので、それでは著者に申し訳けない。

エピソード2「ベッドタウンに高級フランス料理の謎」、エピソード3「在庫だらけの自然食品店」、エピソード4「完売したのに怒られた!」・・・、みなしかり、それぞれに『トリック』が仕掛けられている。

私は新聞、通勤電車中吊りの週刊誌広告の見出しを連想した。「何だろう」と好奇心を上手に掻き立てて買わせる、あの『見出し』である。この新書の『見出し』はそれに決して見劣りはしない。

そこで読者が本に目を通すと、自分の身についた考え方とか行動が、会計学のちょっとした専門用語で語られているにに出会って、「あれっ、自分てけっこう高尚なことをやっているんだ」と呟いてニンマリとしたらこれで著者の勝ち。この仕掛けが全編に鏤められているから読者は快く自尊心をくすぐられる。2月20日に出版され6月20日にはやくも14刷を重ねているのも宜なるかなである。

ここで辛口を一言。エピソード5で回転率の重要性を説明するのに「トップを逃がして満足するギャンブラー」と題して、麻雀荘での「フリー麻雀」勝負の情景が2ページ半にわたって述べられている。が、麻雀に不案内の私には何のことだかさっぱり分からない。私と言わずす麻雀に不案内の読者も多いだろうに、このような話題を取り上げるのは思慮が足りない。分からないことに字面を追わされるだけで損をした気になる。

著者はその記述に続いてこのように述べている。
《私はギャンブルはやらない性質(たち)だ。まして、マージャンなどルールすら知らない》

オイオイちょっと待て、これこそ『ルール違反』じゃないか、と思わず声が出た。読者どころか著者自身からしてこれでは話にならない。もっともこのようにはさらに続く。
《この話は、知り合いのKさんがフリー麻雀で実際に体験した話である》。回転率を説明するのに適切なエピソードは他にいくらでもあるだろうに、と思った。このエピソードの扱いは杜撰である。

「金返せ」と言いかけてグッと言葉をのみ込んだ。
著者はちゃんと《商売の原則は等価交換》(51ページ)で予防線?を張っているのを思い出したからだ。少し長いが引用する。

《商売には原則がある。等価交換という原則だ。たとえば100円ショップで買ったものがすぐに壊れたとしたら、あなたはわざわざお店まで文句をいいに行ったりするだろうか?おそらく「100円だからいいや」と思ってあきらめるはずだ。しかし、これが100円ではなく、数万円のものだったらどうだろうか?「数万円もしたのになんで?」と、すぐにお店に駆け込むはずだ。》

この新書本は700円也、私は「金返せ」と叫ぶのを止めることにした。


「原爆を投下するまで日本を降伏させるな」の読み方

2005-06-24 17:45:13 | 読書
この本の「はじめ」に著者の鳥居民氏はこう記している。

《アメリカ大統領ハリー・トルーマンと国務長官ジェームズ・バーンズの二人は、原爆の威力を実証するために手持ちの二発の原爆を日本の二つの都市に投下し終えるまで日本を降伏させなかった。これがこの本で考究する主題である。》
《ルーズベルトが急死して、トルーマンが新大統領となり、国務長官のバーンズが彼の新たな協力者となって、日本の二つの都市に二発の原爆を投下するまでの四ヶ月足らずのあいだ、この二人の間の論議はなにひとつ明らかにされることなく、二人が決めたことはなにも文字として残されていない。》

となると、この主題にどのように迫ればいいのか。鳥居氏は『豊かな想像力』と『説得力』をその武器とする。そして《そこで私の主張のある部分は推測を繋げることにならざるをえない。》と「まえがき」を続ける。

ルーズベルトの急死がトルーマンとバーンズに残した恐ろしい遺産が原子爆弾である。原子爆弾そのものが秘密であるのに加えて、『原爆公開』の方法が二人が共有する秘密であった、と著者は説く。

既に原子爆弾の製造に巨額の資金が投じられていて、いずれは議会にその正当性を示さないといけない。「一発で一都市全部を吹き飛ばす」ほどの威力を事実で示せば説明は要らなくなる。さらに戦後。スターリン支配の拡大阻止をはかるにはソ連の指導者を怖がらせ威嚇するに原子爆弾は格好の手段となる。

トルーマンには個人的な動機もある。ミズーリの田舎町の雑貨屋、エール大学の出身でもなかればハーバード大学の卒業生ではない。小物と映っている大統領であった。原子爆弾をしっかりと握り、ソ連の指導者を震え上がらせることが出来たら、もう誰にも後ろ指をさされることはなくなる。

二人にとって日本への原子爆弾の投下が至上の課題となる。

ソ連が早々と日本に戦端を開きその降伏を早めて、原子爆弾の効果を示す機会が失われると大事である。それに日本の戦後処理に大きな顔をしてこられても困る。原子爆弾の完成、日本への降伏勧告、ソ連参戦と原子爆弾投下、これらばタイミング良く練り上げられた筋書き通り進行しなくてはならない。

その筋書きの存在を読者に納得させるのが著者鳥居氏の技量である。
そして、とどのつまりそこまで話は進むのであるが、私には少々読みづらかった。
一つは鳥居氏が広範な資料の渉猟で『物知り』であることがその原因になっている。あれやこれや多くの知識があるが故に、自分の主張との『辻褄合わせ』を律儀に行おうとしている。それが一般読者を自認する私には煩雑すぎるのである。

記述方法にも問題がある。何遍も何遍も前の話に遡るのである。論考する立場ではそれでよいのだが、『読み物』を読むつもりでいるものにとっては、そこまで生真面目ににならなくても、という気になる。

「断章 六月二十六日、チューリッヒのグルー」はとても素直に読めた。というよりそこで紹介されるいくつかの挿話に感動を覚えた。2・26事件で殺害された斉藤実子爵の葬儀の場面などがそうである。ところが実はこの章は著者の隠し味なのである。ここではこれ以上触れるのを控える。

それで思ったのだが、もしこのテーマで私のお気に入りダン・ブラウン氏がフィクションとして書き下ろしたとしたら、グイグイ物語に引き込まれたことであろう、と。

主題から外れるので最後に述べるが、前章に記された大戦末期の中国大陸における日本軍「一号作戦」の解説は出色である。戦後の世界大局にも影響を与えたと言われる作戦にまったく無知の私は蒙を啓かれた思いがした。

そうして本当の最後。この本は一気に読むことをお薦めする。間を置くと頭が混乱して放り出したくなる。


書評欄にQRコードを

2005-06-24 11:47:51 | 読書
新聞・雑誌で書評を見るのは楽しい。

毎週日曜日の朝刊で真っ先に開くのが書評のページ、既に読み終えた本の書評が結構目立つが、それでも書評を読んで手を出す本が2、3冊は必ずある。

書名、著者名などをメモすればそれまでなのだが、なんとか楽はできないかと考える。
携帯で必要な箇所を撮影しようとしても、文字の配置がピッタリとフレームになかなか合ってくれないし、また携帯画面でも文字を読み取りにくい。

そこで提案だが、書評に取り上げられた本それぞれの必要データをQRコードで表示して貰えないものだろうか。極めて手軽にデータを持ち歩ける。また本の裏表紙にも同様のQRコードを表示していただくと、今すぐには手を出さないが考慮中ということでメモ代わりに携帯に保存できる。ぜひ出版各社に取り上げていただきたいものである。

一方テキストデータなどをQRコード化するフリーソフトが沢山出回っている。いろいろな活用法が考えられるが、今私が読んでいる本のデータを上のQRコードで表示した。ブログの予告としてご覧ください。

MPEG2ファイルを高速で圧縮するソフトの優れもの

2005-06-22 17:41:39 | 音楽・美術
テレビ番組をMPEG2方式で録画してCD-RとかDVD-Rに保存する際に、以前はDivXフォーマットに圧縮してメディアの節約を試みた。ところが長時間かけて圧縮したDvixファイルをいざ再生すると、画像の乱れが再々生じた。時間をかけて圧縮条件を検討し、選択した上でのことであったが、とにかくトラブルが頻発する。オペラを圧縮してソースを捨ててしまった後でこのようなトラブルに出くわすと泣くに泣けない。そうかと言ってその度に条件探しをしても、結果を見るまでは安心できない。これではフラストレーションが溜まるだけなので、私はDviXへの圧縮を諦めることにした。その代わりすべてのファイルをMPEG2として保存するのである。

以前にも紹介したカノープス製Multi R DVD Player(MRD-1)は、市販のDVDに始まって10種類以上のフォーマットのテレビ上でのが再生可能である。そこで私は録画した番組をMPEG2ファイルで保存、再生することに統一した。ファイルの規格を

解像度: D1(720 x 480)
ビットレート: CBR 4Mbps
オーディオ: 128Kbps

とすると、2時間番組はDVD-R1枚にほぼ収まる。最近はメディアの価格も低下して、私の使っているのは1枚当たり100円少々であるのであまり負担にはならない。もちろん要らない民放のCMは長瀬産業製の「SceneCutter2」を用いて除いておく。

HDに溜め込んだ録画のかなりの部分をこのように整理したが、それでもまとまった数のファイルがHDに残っている。映画、オペラの長尺物の5GBを超す大きなファイルである。なんとか時間をかけずに、そしてMPEG2形式のままで質も目立って落とさず1枚のDVD-Rに落とせる圧縮ファイルがないものかと探すつもりでいたところ、今朝方、その圧縮ファイルのパッケージ版の案内が飛び込んできた。その機能を見るとまさに私が欲しいと思っていたソフトそのものである。

早速期間の指定のない『期間限定版』をダウンロードした。インターコム製「Super MPEG2 Transcoder」である。通常版のダウンロードだと本体4600円が期間限定では3308円で入手できた。

操作は極めて簡単、元のファイルを指定し、圧縮率を設定する(5%刻みで選択)と圧縮前後のファイルサイズが表示される。出力フォルダーを指定して圧縮開始、ただそれだけである。

元が5,505,004KBのファイルを75%圧縮することにした。私のPC(ペンティアム4(2.26GH))だと27分22秒で4,127,253KBに圧縮、これで1枚のDVD-Rに焼き付けることが出来る。

同一場面の圧縮前後の静止画像を比べてみる。上が圧縮前、下が圧縮後である。





後者は確かに輪郭が前者より甘くなり、コントラストもやや弱くなっているが、動画としてみる分には違いが問題にならない。

これでHD上の長尺物ファイルが一挙に片付きそうである。

私の『靖国神社』問題 ― 英霊は納得しているのか

2005-06-21 13:28:51 | 社会・政治
現在、どういう資格があれば靖国神社に祭って貰えるのだろうか。

日本が敗戦後戦争を放棄したので、国民の誰しも戦没者にはなれない。祭神数は頭打ちになっているのだろうか。現在靖国に祭られている英霊は日本総人口と異なり減ることはないだろうが、何事であれ増やしたいのは人の情、新しい基準を設けることで靖国は現在でも新たに祭神を迎え入れているのだろうか。お寺では宗派を問わず永代供養を受け付けている。靖国神社も希望があれば宗教を問わず御霊を祭神として受け入れるようになったのだろうか。

新しい祭神はともかく、既に鎮座ましている祭神に靖国神社が『変質』した際に、依然として靖国に止まるかどうか、意思の確認を求たことがあるのだろうか。

私がかって賃貸マンションに住んでいた頃、所有者が変わった際に、継続して居住するかどうか意思の確認を求められたことがある。神さまと人間が同じではないものの、死者に口なしとばかりに、『変質』する神社だけの都合で祭神の扱いを一方的に決めてよいものではないと私は思う。遺族がおればその意思を確認してもいい。遺族は約束を破られた方だから、天皇陛下が参拝をお止めになったことに対して国に『補償』を求めてもいいのではないか。その辺りのことがどうなっているのだろう。その上で靖国に止まりたい霊は止まればいいし、去りたい霊は去ればいいと思うのだが、このような理屈が通るのだろうか。

何故そのようなことが気になるかといえば、靖国神社で祭られている英霊が、いっぽうでは故郷の家の仏壇に仏様として祭られているのが珍しくないからである。靖国だけが居場所ではないように思うからである。

さらに英霊の『個人意思』が尊重されるのであれば、靖国神社の性格も大きく変わると思うからである。

つづく

受刑者の人権問題を提起する山本譲司著「獄窓記」

2005-06-20 14:57:05 | 読書
監獄生活を体験した元衆議院議員山本譲司氏の著書である。

どのような罪で起訴されたのか、この390ページに及ぶ著書で、起訴状なり判決文を引用する形で記されていないので、正確には分からないが、第一章の見出しが「秘書給与詐取事件」であるので、そういうことなのだろうか。

逮捕の場面(54ページ)
《・・・H検事は、私の前に一枚の紙をひろげた。
「先ほど、逮捕状がでました」
 慮外の言葉に、私は、呆然となった。》

判決の場面(71ページ)
《 裁判長の口が動き出し、判決文の朗読が始まる。私の心臓が早鐘を打つ。
「主文。被告人を懲役一年六ヶ月の刑とする」
 いきなり冒頭に、判決が言い渡されたのだ。》

起訴の場面でもいかなる罪の容疑で起訴されたかの記述がない。彼の『犯罪』の具体的内容がはっきりしないまま、山本氏は収監されていく。

このあたり、あくまでも理知的であった佐藤優氏の著書「国家の罠」の趣とは異なり、『論理性』の希薄さを覚える。しかしその分『情緒性』が高く、官僚と政治家の対比を私は感じた。

こういう記述がある。

《収容者にとって、看守とは、専制君主のような存在だ。極論すると、収容者は、彼らに生殺与奪の権を握られているのだ。懲罰房に送られるのも、仮釈放を取り消されるのも、看守の一存に委ねられている。したがって、彼らには、どんな理不尽なことを言われても、口答えするわけにはいかない。》(218ページ)

野間宏の「真空地帯」を読んで、帝国陸軍の内務班におけるリンチの凄まじさを始めて知らされた時は、『鉄砲担いだ兵隊さん』のイメージが一挙に崩れ落ちるショックを味わったが、その内務班を彷彿とさせる世界が現実に未だに存在するとは恐れ入った。

その『専制君主』の存在を許しているのが《明治時代から変わらぬ監獄法》(328ページ)であるようだ。

《日本国憲法と監獄法を照らし合わせて読むと、同じ国家に同時に存在する法律とは、とても思えない。
 たとえば、憲法第二十条には、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない」と書かれているが、監獄法第二十九条では、「受刑者ニハ教誨ヲ施スベシ」と、収容者への宗教教誨を義務付けている。しかも、現在、日本の刑務所で行われている宗教教誨は、当局が恣意的に選んだ特定の宗派に限られている。》
《そして、第三十六条に「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」と記されているが、監獄法第六十条には、懲罰の種類として、「作業賞与金減削」「重屏禁」「減食」などの文字が並んでいる。このように、日本国憲法と監獄法を読み比べてみると、相矛盾する点が至るところに見られる。果たして、日本という国は、法治国家と呼べるのであろうか。》(334-335ページ)

こういう部分もある。

《黒羽刑務所の浴場には、縦が約五メートル、横は約一メートル五十センチの浴槽がふたつあった。そこに、五十名以上の収容者が一度に入浴するのだ。まさに、芋を洗うような状態だ。(中略)Bが浴槽に浸かると、必ずと言っていいほど、大便が浮かび上がってくるのだ。(中略)「あっ、ウンコだ。汚ぇーな」誰かがそう叫ぶと、同囚たちは、いっせいに、浴槽がら飛び出てしまう。》(207-208ページ)

そこで山本氏は《手で大便をすくい取る。》
その後で収容者たちはふたたびその湯につかる。刑務所の規則に従うとそうならざるを得ないそうである。

刑務所内で山本氏は『寮内工場』で『指導補助』の仕事を割り当てられる。その『寮内工場』には、《痴呆症はもちろんのこと、自閉症、知的障害、精神障害、聴覚障害、視覚障害、肢体不自由など、(中略)目に一丁字もない非識字者、覚醒剤後遺症で廃人同様のもの、懲罰常習者、自殺未遂常習者といった人たち、それに、同性愛者も》(176ページ)いたのである。

このような障害者を刑務所内で介護する役割を与えられたことが、出所後の山本氏を福祉関係の仕事に駆り立てたそうで、その意味では氏にとっては掛け替えのない経験であっただろうが、私は簡単に割り切れなかった。

銭湯でウンコがブカブカしたとする。さあ、どのような騒動が起こったであろうか。それが刑務所ではただ黙ってウンコを取り除いた湯に受刑者が再び入らないといけないのである。刑務所はまさに外国大使館なみ、すなわち治外法権の場なのである。

このような話を『塀の外』に伝えたことだけでもこの本の出版価値はあると思う。これが切っ掛けの一つとなって、収容者の基本的人権を尊重するべく日本国憲法に従い『監獄法』の法改正を急ぐべきでは無かろうか。南野法務大臣がその存在感をアピールするには絶好の場であるとは思うのだが。

こうなると辻元清美氏の『獄中記』も出てきて欲しい。


私の『靖国神社』問題 ― 知らないことだらけ

2005-06-19 10:47:56 | 社会・政治
靖国神社について私が知っていることを、参考資料に当たらずに今頭の中にある知識だけで述べようとすると、ほとんど何も知らないことに気づいて愕然とした。「明治維新後、戦没者を英霊として祭っている神社」としか云えないからである。ことあるたびに『軍国少年』、正確に云えば『元軍国少年』、を標榜する私としたことが・・・・である。

「次は靖国で会おう」と言い交わして兵士たちが総攻撃に向かったとか、「靖国で英霊として祭られたら陛下がお参りにきてくださる」とか、そのような話は戦時中見聞きすることであった。だからこそ、弾に当たって死ぬときは「天皇陛下万歳!」と叫ぶことになっていた。そういう学習を受けた『元軍国少年』であるからこそこのようなことが云えるだけ、靖国神社についての無知を少しは補うことになるのかも知れない。

あらためて靖国神社のことを学習しないといけないが、漫然とした知識を仕入れつもりではなく、自分の知りたいこと、納得したいことへ直接疑問をぶつけたい。そこで今回は先ず知りたいことをあらかじめまとめることにする。といっても筋道の立った問いかけではなくて、思い浮かぶままの疑問である。

靖国神社の性格が戦前・戦中と戦後でどうかわったのだろうか、それを知りたい。
軍人・兵士は英霊と祭られた暁には天皇陛下がお参りしてくださる、ということは戦前・戦中は自明の理であった。しかし最近は天皇が参拝されたとの報道には接していないので、昭和天皇はいざ知らず、今上陛下は参拝なさっていないのであろう。

私の感覚で云えば軍人・兵士は天皇の御ために名誉の戦死を遂げるのであって、それを象徴するのが「海ゆかば」である。

「海ゆかば水(み)漬(づ)く屍(かばね)
 山ゆかば草むす屍
 大君の辺(へ)にこそ死なめ
 かへりみはせじ」

だからこそ英霊を悼み天皇陛下がお参りなされるのである。

どのような経緯で天皇陛下が靖国神社への参詣を取りやめられたのか知らない。しかし参詣されていないという事実は戦前・戦中、国民と天皇陛下との間にあった『暗黙の取り決め』が失われたことを意味するし、それは同時に靖国神社がある時期を境に『変質』したことを示す、と私は受け取る。

今日19日、2ヶ月近く事故のあと停止していたJR福知山線の運行が再開される。その再開に際してJR西日本が遺族・周辺住民に説明会を開いたが、朝刊には遺族らが説明不十分として怒りの声を上げているなどの報道がなされている。

天皇陛下が靖国神社への参詣を取りやめられることについて、遺族・国民への説明があったのだろうか。もしあったとすればこれは『変質』を解き明かす糸口になるだろう。

一方、戦没者の遺族は天皇陛下の靖国への参詣を当然望んでいると思うが、その意思をどのように具体的な形で表しているのだろうか。『総理大臣』に参詣を求めるより天皇陛下に参詣を求めるのが『筋』であると私は思うから、このような疑問が生まれる。

大日本帝国軍人・兵士は天皇陛下のために名誉の戦死を遂げたのであって(そのように国民学校で私たちは教え込まれた)、今、何かというと取りざたされる『総理大臣』のために死んだのではない。その論で行くと今時の小泉首相が『総理大臣』として天皇陛下を差し置いて僭越にもしゃしゃり出るような問題ではないのである。

ところで私は天皇陛下に靖国神社への参拝を切望するが故にこの論は張っているのではない。その逆、『現実』として戦前・戦中の『暗黙の取り決め』が崩れてしまっている、すなわち靖国神社が『変質』したのであろうとの前提で、その在り方を考えていきたいと思うのである。

つづく

チャールズ・ジェンキンスさんと「The Green Green Grass of Home」

2005-06-18 16:48:34 | 音楽・美術
♪The old home town looks the same
As I step down from the train
And there to meet me is my mama and papa
Down the road I look, and there runs Mary
Hair of gold and lips like cherries
It's good to touch the green, green grass of home


ご存じカントリー「想い出のグリーン・グラス」の歌い出しである。

曽我ひとみさんの夫、チャールズ・ジェンキンスさんが家族と共に米国に渡り、40年ぶりに、故郷ノースカロライナ州で暮らす母親と妹などと再会を果たしたニュースに、この歌を連想した人も多いのではなかろうか。夢に見た故郷、家族との再会である。

私はこの程度しか歌詞を憶えていないが、それでもこのメロディーを耳にすると、かって2年ほど暮らしたアメリカへの懐かしさが甦るってくる。ところが、この度、あらためてこの歌のことを調べると、単にノスタルジアに浸るだけではない、ある仕掛けのあることが分かった。

♪I awake and look around me
At the four gray walls that surround me
And I realise that I was only dreaming
For there's the guard and there's the sad old padre

「目が覚めて辺りを見まわす
 私を取り囲んでいる灰色の壁を
 そして夢を見ていたんだと気づく
 そこには看守と悲しげな年老いた神父が立っているのだから」

そう、この歌い出しは死刑囚が処刑前夜に見た故郷の夢だったのである。
となると望郷の思いがようやく実現したジェンキンスさんに、考えようによっては引っかかりのある歌を結びつけて悪かったかなとも思った。もっともその一方ではCurly Putmanがこの歌を発表したのは1965年、既に北朝鮮での生活が始まっているジェンキンスさんが何らかの機会にこの曲に接したとしたらどのような思いを抱いたであろうか、などと想像を広げてもみたのだが。

その故郷の人々の反応をテレビ報道で観て、アメリカ人が脱走の罪を犯したジェンキンスさんに厳しい目を向けている現実をあらためて知らされ、何事も風化させて『理』を『情』で置き換えるのが得意な日本人とのギャップを思い知った。

ジェンキンスさんには『故郷は遠きにありて想うもの』のほうがよかったのではないか、と思ったりもする。しかし、僅か6年間住んだだけで現地の人の必ずしも好意的ではない目を意識しつつも朝鮮の旧居跡を訪れざるを得なかった私には、ジェンキンスさんの心情が痛いほど理解できるのである。