耐震強度偽装事件が発覚してほぼ五ヶ月経って姉歯氏を始めとする八人が26日に逮捕された。新聞報道などによると姉歯氏に関しては《知人の建築デザイナーに一級建築士の名義を貸した疑い(建築士法違反幇助の容疑)》だそうである。『別件逮捕』らしくてこの是非について私なりの意見があるがそれはさておいて、『名義貸し』が逮捕につながるような重大な犯罪なら論文捏造に関与した東大教授多比良氏も同罪ではなかろうか、とふと私は思った。
多比良教授の関与する捏造論文問題についての私見はすでに「捏造論文問題 疑わしきは罰せよ」で述べているので、ここでは私がなぜ多比良教授の行為を『名義貸し』相当と思ったのかその次第を述べる。
東京大学のホームページに《記者会見「本学教員のRNA関連論文に関する日本RNA学会会長への最終調査報告」》が掲載されており、いくつかの添付資料がPDFファイルで提出されている。
添付資料3が多比良教授の寄せた「東京大学再現性調査委員会の最終調査報告に対する所感」で1ページに納まっている。ここで少々長いが私の注目する部分を引用させていただく。
《既に、これまで様々な機会で申し述べましたとおり、一連の問題は、各論文の実験担当者であった川崎助手が、本来は当然に厳重に保管しておくべき実験ノートを発見・提出できなかった事実に起因するものです。これは、私の川崎助手への信頼と、研究管理の不十分さが招いたことで、責任を痛感しており、倫理的な責めは、私も負担するべきものと考えております。そのため、既にご報告いたしましたように、問題の指摘から約1年が経過した現時点においても、川崎助手によって、実験ノートが発見されていないという研究倫理上の問題を理由として、4報の共同著作論文について、私は、その責任著者として、2006年3月26日付けで、各論文を掲載した科学雑誌の編集者に対して論文を取り下げる旨の連絡を行っております。なお、私は、4報の各論文の責任著者であり、一つの論文では共同責任著者ともなっている川崎助手に対して、この間、論文の取り下げの同意を取り付けるため、説得してまいりましたが、同意を得られなかったことは、重ねて遺憾に思うところです。》
ここで取り上げられた4報の共同著作論文とは添付資料1「日本RNA 学会から再現性に疑惑が指摘された論文に関する最終調査報告」によると
3. Kawasaki H, Taira K. Hes1 is a target of microRNA-23 during retinoic-acid-induced neuronal differentiation of NT2 cells. Nature. 2003 Jun 19; 423(6942): 838-842.
7. Kawasaki H, Suyama E, Iyo M, Taira K. siRNAs generated by recombinant human Dicer induce specific and significant but target site-independent gene silencing in human cells. Nucleic Acid Res. 2003 Feb 1; 31(3): 981-987.
8. Kawasaki H, Onuki R, Suyama E, Taira K. Related Articles, Links Abstract. Identification of genes that function in the TNF-alpha-mediated apoptotic pathway using randomized hybrid ribozyme libraries. Nat Biotechnol. 2002 Apr; 20(4): 376-380.
12. Kawasaki H, Taira K. Induction of DNA methylation and gene silencing by short interfering RNA in human cells. Nature. 2004 Sep 9; 431(7005): 211-217.
である(番号は報告書の通り)。
私が凄いと思ったのは特に3と12の論文である。著者は川崎、多比良両氏只二人のNature 論文でなんとも研究者垂涎の的ともなる素晴らしい成果である。二人で組んでやる研究には格別の楽しさがある。まず身近に討論・議論相手がいるということ、これが嬉しい。話し合っているうちに一人では出て来にくいようなアイディアがポンポン飛び出してくる。相手が実験していると結果が出てくるのが待ち遠しい。チラチラと様子を窺いながらも急かしては悪いと自制する。実験中は邪魔すまいと思いつつもつい「どう?」と声をかけてしまい、記録計の針の動きにドキドキしながら目を凝らす。もちろんデータの解析結果や解釈の検討は生データを前にして行う。というより生データが愛おしくてフレームに入れて飾りたくなるぐらいだ。
多比良氏は《一連の問題は、各論文の実験担当者であった川崎助手が、本来は当然に厳重に保管しておくべき実験ノートを発見・提出できなかった事実に起因するものです》と述べている。その通りであろう。しかしこれが共著論文のもう一方の当事者の言葉にしては他人事過ぎる。
「日本RNA 学会から再現性に疑惑が指摘された論文に関する最終調査報告」を見ると調査経過の項で実験ノートと生データに関して以下のような指摘がある。
《5. この中間報告を受けて,実験試料ならびに関連する実験ノートなど実験記録を提出するよう,8月22日に研究科長から多比良教授に要請した.
6. これに対して多比良教授より9月5日に提出された回答と資料から,4つの論文に関する実験データや実験プロトコルなどが記載された実験ノートが存在しないことが明らかとなった.また,その回答と提出された生データを含む資料内容について,9月7日開催の調査委員会にて検討し,提出されたいずれの回答ならびに資料も,実験結果を裏付ける生データの明確な存在を示すものではないことが判明した.》
要は『実験データや実験プロトコルなどが記載された実験ノートが存在しなかった』と言っているのである。私は「捏造論文問題 疑わしきは罰せよ」で、「実験したという証拠がない以上論文の正当性についてのいかなる主張も成り立たないのは明白である。立証責任のある実験者当人が実験の存在そのものを示すことが出来ないのだかこれで一件落着、さっそく当事者を処分すればいい」と述べているのだが、東京大学はご丁寧にも実験ノート、生データがないのであればと追試実験をさせているのである。もちろん川崎・多比良両氏の論文における主張は裏付けされることがなかった。
私は形式的な手続きに過ぎない追試実験をさせること自体無意味と断じる。いかにも『容疑者の人権を考慮しています』と言わんばかりのパフォーマンスに過ぎない。それよりもこの調査委員会はたとえば二編の川崎・多比良共著論文において、両者の寄与の内容をつまびらかになすべきであったと思う。確かに事の起こりは『再現性に疑惑が指摘されたこと』であるから実験担当者のみの責任のように思われるかも知れない。しかしこれはある研究室における未公表の内部データの再現性疑惑ではないのである。すでにNatureという立派な学術誌に公表された論文内容に対する疑惑なのであって、疑惑調査に当たって実験の経過から論文の成立過程で両者がどのように関わり合ったかをまず最初に明らかにしないことには問題の本質の解明にならない。
世間では教授と助手というと偉いのは教授で助手は教授に言われるがまま実験をする人というイメージを持っていると思う。軍隊で言うと教授が上官で助手は部下、部下は只上官の命令に忠実に従う、と思い描くであろう。では川崎助手は実験のプロトコルを多比良教授から与えられてそれに忠実に実験することを求められたのだろうか。(大学制度の一大汚点である現行の助手制度についてはまた論じることとする。)
私はそうではなかったと思う。もし多比良教授が川崎助手に実験プロトコルを与えているのなら川崎助手がたとえ実験ノートを紛失したとしても教授自身がプロトコルの存在を主張できるのである。川崎助手が実験データを提出出来なかっても多比良教授が「いや、私はあの実験の後確かにデータを見せられ説明を受けた」と言えばいいのである。それが出来ないということは多比良教授は実験プロトコルを与えたこともなく生の実験データも見せられたこともないのであろう。とすると多比良教授はこの論文のどこにどのように寄与したのであろう。この点が調査委員会の報告では明らかになっていない。
では実際に多比良教授のやったことは何か、『げすの勘ぐり』ではあるが論文に自分の名前を載せることだけだったのだろう。助手に君の名前だけでは世間に通らないよ、なんて思わせて箔づけとばかりに教授の名前を並べたてるのであろう。それが多比良教授のいう『責任著者』の実体であろう。これはお為ごかしの『名義貸し』に他ならない。いや、それよりも質の悪い『名義押しつけ』であろうか。
姉歯氏が逮捕されているのに同罪の多比良氏がノホホンとしておられるのは何故か。有難やAcademic Havenの住人だからである。
多比良教授の関与する捏造論文問題についての私見はすでに「捏造論文問題 疑わしきは罰せよ」で述べているので、ここでは私がなぜ多比良教授の行為を『名義貸し』相当と思ったのかその次第を述べる。
東京大学のホームページに《記者会見「本学教員のRNA関連論文に関する日本RNA学会会長への最終調査報告」》が掲載されており、いくつかの添付資料がPDFファイルで提出されている。
添付資料3が多比良教授の寄せた「東京大学再現性調査委員会の最終調査報告に対する所感」で1ページに納まっている。ここで少々長いが私の注目する部分を引用させていただく。
《既に、これまで様々な機会で申し述べましたとおり、一連の問題は、各論文の実験担当者であった川崎助手が、本来は当然に厳重に保管しておくべき実験ノートを発見・提出できなかった事実に起因するものです。これは、私の川崎助手への信頼と、研究管理の不十分さが招いたことで、責任を痛感しており、倫理的な責めは、私も負担するべきものと考えております。そのため、既にご報告いたしましたように、問題の指摘から約1年が経過した現時点においても、川崎助手によって、実験ノートが発見されていないという研究倫理上の問題を理由として、4報の共同著作論文について、私は、その責任著者として、2006年3月26日付けで、各論文を掲載した科学雑誌の編集者に対して論文を取り下げる旨の連絡を行っております。なお、私は、4報の各論文の責任著者であり、一つの論文では共同責任著者ともなっている川崎助手に対して、この間、論文の取り下げの同意を取り付けるため、説得してまいりましたが、同意を得られなかったことは、重ねて遺憾に思うところです。》
ここで取り上げられた4報の共同著作論文とは添付資料1「日本RNA 学会から再現性に疑惑が指摘された論文に関する最終調査報告」によると
3. Kawasaki H, Taira K. Hes1 is a target of microRNA-23 during retinoic-acid-induced neuronal differentiation of NT2 cells. Nature. 2003 Jun 19; 423(6942): 838-842.
7. Kawasaki H, Suyama E, Iyo M, Taira K. siRNAs generated by recombinant human Dicer induce specific and significant but target site-independent gene silencing in human cells. Nucleic Acid Res. 2003 Feb 1; 31(3): 981-987.
8. Kawasaki H, Onuki R, Suyama E, Taira K. Related Articles, Links Abstract. Identification of genes that function in the TNF-alpha-mediated apoptotic pathway using randomized hybrid ribozyme libraries. Nat Biotechnol. 2002 Apr; 20(4): 376-380.
12. Kawasaki H, Taira K. Induction of DNA methylation and gene silencing by short interfering RNA in human cells. Nature. 2004 Sep 9; 431(7005): 211-217.
である(番号は報告書の通り)。
私が凄いと思ったのは特に3と12の論文である。著者は川崎、多比良両氏只二人のNature 論文でなんとも研究者垂涎の的ともなる素晴らしい成果である。二人で組んでやる研究には格別の楽しさがある。まず身近に討論・議論相手がいるということ、これが嬉しい。話し合っているうちに一人では出て来にくいようなアイディアがポンポン飛び出してくる。相手が実験していると結果が出てくるのが待ち遠しい。チラチラと様子を窺いながらも急かしては悪いと自制する。実験中は邪魔すまいと思いつつもつい「どう?」と声をかけてしまい、記録計の針の動きにドキドキしながら目を凝らす。もちろんデータの解析結果や解釈の検討は生データを前にして行う。というより生データが愛おしくてフレームに入れて飾りたくなるぐらいだ。
多比良氏は《一連の問題は、各論文の実験担当者であった川崎助手が、本来は当然に厳重に保管しておくべき実験ノートを発見・提出できなかった事実に起因するものです》と述べている。その通りであろう。しかしこれが共著論文のもう一方の当事者の言葉にしては他人事過ぎる。
「日本RNA 学会から再現性に疑惑が指摘された論文に関する最終調査報告」を見ると調査経過の項で実験ノートと生データに関して以下のような指摘がある。
《5. この中間報告を受けて,実験試料ならびに関連する実験ノートなど実験記録を提出するよう,8月22日に研究科長から多比良教授に要請した.
6. これに対して多比良教授より9月5日に提出された回答と資料から,4つの論文に関する実験データや実験プロトコルなどが記載された実験ノートが存在しないことが明らかとなった.また,その回答と提出された生データを含む資料内容について,9月7日開催の調査委員会にて検討し,提出されたいずれの回答ならびに資料も,実験結果を裏付ける生データの明確な存在を示すものではないことが判明した.》
要は『実験データや実験プロトコルなどが記載された実験ノートが存在しなかった』と言っているのである。私は「捏造論文問題 疑わしきは罰せよ」で、「実験したという証拠がない以上論文の正当性についてのいかなる主張も成り立たないのは明白である。立証責任のある実験者当人が実験の存在そのものを示すことが出来ないのだかこれで一件落着、さっそく当事者を処分すればいい」と述べているのだが、東京大学はご丁寧にも実験ノート、生データがないのであればと追試実験をさせているのである。もちろん川崎・多比良両氏の論文における主張は裏付けされることがなかった。
私は形式的な手続きに過ぎない追試実験をさせること自体無意味と断じる。いかにも『容疑者の人権を考慮しています』と言わんばかりのパフォーマンスに過ぎない。それよりもこの調査委員会はたとえば二編の川崎・多比良共著論文において、両者の寄与の内容をつまびらかになすべきであったと思う。確かに事の起こりは『再現性に疑惑が指摘されたこと』であるから実験担当者のみの責任のように思われるかも知れない。しかしこれはある研究室における未公表の内部データの再現性疑惑ではないのである。すでにNatureという立派な学術誌に公表された論文内容に対する疑惑なのであって、疑惑調査に当たって実験の経過から論文の成立過程で両者がどのように関わり合ったかをまず最初に明らかにしないことには問題の本質の解明にならない。
世間では教授と助手というと偉いのは教授で助手は教授に言われるがまま実験をする人というイメージを持っていると思う。軍隊で言うと教授が上官で助手は部下、部下は只上官の命令に忠実に従う、と思い描くであろう。では川崎助手は実験のプロトコルを多比良教授から与えられてそれに忠実に実験することを求められたのだろうか。(大学制度の一大汚点である現行の助手制度についてはまた論じることとする。)
私はそうではなかったと思う。もし多比良教授が川崎助手に実験プロトコルを与えているのなら川崎助手がたとえ実験ノートを紛失したとしても教授自身がプロトコルの存在を主張できるのである。川崎助手が実験データを提出出来なかっても多比良教授が「いや、私はあの実験の後確かにデータを見せられ説明を受けた」と言えばいいのである。それが出来ないということは多比良教授は実験プロトコルを与えたこともなく生の実験データも見せられたこともないのであろう。とすると多比良教授はこの論文のどこにどのように寄与したのであろう。この点が調査委員会の報告では明らかになっていない。
では実際に多比良教授のやったことは何か、『げすの勘ぐり』ではあるが論文に自分の名前を載せることだけだったのだろう。助手に君の名前だけでは世間に通らないよ、なんて思わせて箔づけとばかりに教授の名前を並べたてるのであろう。それが多比良教授のいう『責任著者』の実体であろう。これはお為ごかしの『名義貸し』に他ならない。いや、それよりも質の悪い『名義押しつけ』であろうか。
姉歯氏が逮捕されているのに同罪の多比良氏がノホホンとしておられるのは何故か。有難やAcademic Havenの住人だからである。