日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

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「十八代目中村勘三郎襲名披露五月大歌舞伎」一幕見席にたどりつくまで

2005-05-31 13:09:01 | 旅行・ぶらぶら歩き
昨年11月、東京に遊びに出かけた折りに、たまたま歌舞伎座の前を通りかかった。「吉例顔見世大歌舞伎」がかかっており、人の行列が目に入った。よく見ると「一幕見席」というのがあって、そのチケットの売り出しを並んで待っているのだ。歌舞伎座の四階が全席自由席で、各演目ごとに開演の直前にチケットが売り出されるらしい。だから早めに並びさえすれば必ず観劇できることになる。これは有難いシステムだなと思い、その日は夜の部の「廓文章」を観ることにした。

発売開始の1時間ぐらい前には舞い戻ってきた甲斐があって行列は一番乗り。お陰で4階中央の前列の席に座ることができた。まさに天井桟敷。ところがいざ幕が上がると舞台全体を俯瞰できてすべての動きが目に入るのがなかなかいい。科白もよく通るし役者姿の小さいことだけを我慢すれば観劇になんの支障もない。気楽に鴈治郎、雀右衛門の「廓文章」を楽しむことが出来た。

今回は浅間温泉での高校のクラス会の後、東京に遊びに出ることにした。第一の狙いは歌舞伎座の「一幕見席」である。前もってインターネットで調べると、なんと勘三郎の襲名披露狂言がかかっている。しかし私が東京に着く翌27日が千秋楽なのである。一日のチャンスを絶対逃すわけにはいかない。27日の朝、宿を後にして歌舞伎座に向かった。昼の部の最後四幕目の「梅雨小袖昔八丈」か夜の部の最後「野田版研辰の討たれ」が狙いである。「梅雨小袖昔八丈」の売り出しが13:30からなので少々早いかなと思いつつ歌舞伎座に着いたのが10時半頃、ところが早くも長い行列が出来ている。その後尾に「夜の部 四階一幕見列 最後尾」の掲示板を手にした法被姿が立っているではないか。「夜の部」は即諦めた。残るは「昼の部」である。



嬉しいことに「昼の部」の行列は三幕目の「弥栄芝居賑」のためのもので、狙いの四幕目はまだ人がいない。ということを係員に確かめてまだ時間があるので早めの昼食を角のPRONTO東銀座店で済ませた。四幕目の先頭になることを期待して歌舞伎座に戻ってきた。念のため何処に並んだらいいかを係員に尋ねると、三幕目の行列の中に一緒に入って、チケットの売り出しが始まったら四幕目ということで新たな行列を作ればいいとのこと。そこで指示に従った。

チケットの売り出しが始まった。列が進むにつれて横に退く人がいる。四幕目への列ができはじめて、早いと思っていた私は辛うじて10番ぐらいになった。次の発売開始までまだまだ待たないといけない。そのうちに「座れる」「座れない」なんて話し声が耳に入り出した。先頭10人までぐらいだったらいいとかどうとか。いったいどういうことだろう、とちょっと不安になった。そして私の勝手な思い違いを悟ることになったのである。

私の思い込みではこうであった。四階自由席は各幕ごとに全席入れ替えなので、行列でその座席数分にはいっておれば必ず座れると。ところがそうでは無かったのである。三幕目のチケットの購入者の中には次の四幕のチケットを連続購入した人がいた。そのうえ既に入場している一幕見席の観客で、上で次の幕へのチケットを買い足しする人も居るとか。
そういうことを私は知らなかった。係員に行列のことで聞いた時に、三幕目と四幕目を引き続いてチケットが買えることを何故教えてくれなかったのだろう、と思ったのも後の祭り。さあ、座って観劇できるのかどうか心配になった。三幕目が終わり階段を下りてくる観客の数も思いなしか少ない。そしていよいよチケットの発売開始。席はほとんど空いていないから立ち見をご了承願います、との無情のアナウンスにガックリときた。

四階席に足を踏み入れる。入り口のすぐ前の端席が一つだけ空いている。空席!躊躇無く腰を下ろした。落ち着いて周りを見わたすと空席もある程度散在していたようだ。しかし後ろの手すりにもたれざるをえない人もかなり目立った。

そしていよいよ「梅雨小袖昔八丈」の開幕。勘三郎の小気味よい「髪結い新三」に『不良熟年』を重ね合わせてみたり、自分勝手な楽しみ方で大いに堪能した。でもその筋書きなどを述べるのは私の任ではないので話はこれでお終い。
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『禁煙席』で煙責めの怪

2005-05-28 16:01:14 | 旅行・ぶらぶら歩き
勘三郎襲名披露狂言の千秋楽の一幕、「髪結い新三」を堪能した後、銀座をそぞろ歩きしていると「ルノアール」の前にさしかかった。最初に入ったのは2、30年前になる。久しぶりなので懐かしく思い地下階段を降りた。

店内は思いのほか閑散としていた。銀座のど真ん中にありながら、煙草のもうもうとした煙りさえ我慢すれば、時間を気にせずに坐っておれる有り難い喫茶室だった。ご時世か右手の少し高くなったところが「禁煙席」になっている。すでに2、3組の客が席を占めていたので、気に染まなかったが空調機の前の席に坐った。

ココアを注文し本を読んだりメールを打ったりしていた。しかしどうも様子がおかしい。誰かが禁煙席なのに煙草を吸っているようなのだ。ところが両隣向かいも勿論のこと煙草を吸っていない。盛大に煙を上げているのは少し離れた喫煙席の男性のみである。それにしても煙草の臭いが異常に鼻につく。腑に落ちないないまま店を後にした。

外の風が心地よい。胸に深く空気をすいこんだとたん、先ほどの謎が解けた。空調機の吸い込み口の前に私は坐っていたのである。風があたると嫌なのでそれは避けたつもりだったが、まさかその場所が店内の煙が集中して流れ込んでくる濃度の一番高いところだとは思ってもみなかったのだ。

愛煙家の諸氏にこっそりお教えしよう。「ルノアール」では思う存分プカプカしてはあの憎っき天敵嫌煙家を煙責め出来るんだということを。

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満願寺のタタリか『のっぺらぼ-』の怪

2005-05-27 08:59:22 | 社会・政治
信濃26番の札所満願寺を訪れた。貸し切りバスでかなり険しい坂を上り、バスを降りてからも上りが続く。

いろとりどりの躑躅が色ごとに群をなして咲き乱れている。ニコンD70で撮りまくっている間に一行から置き去りにされてしまった。
後を追う。と、立て札が目に入った。「境内のモノを持って帰ると三代までタタリがある」というのである。「なんと心の狭いこと」と思ったが、『花の精』の魂をたったいま、カメラで盗みとった矢先だけにドキッとした。

木立が両側から迫る坂道を急ぐと、忽然と一個の人影が現れた。メンバーの誰かではないようだ。不思議に思い目をこらすとなんだか様子がおかしい。だんだんと近づいてきた。ゾォ-とした。顔に目鼻が見えない、のっぺらぼ-だ…。早くもタタリがやってきたのかと身構えた。しかし運命を避けるわけにはいかない。これでも日本男子なり、である。

ますます迫って来る。若さに任せて私が追い越したのは、後頭部の髪の毛が綺麗に顔の形で欠けているご老人であった。


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浅間温泉の怪

2005-05-26 06:56:19 | 旅行・ぶらぶら歩き
高校のクラス会で浅間温泉にやってきた。JR松本駅からバスで20分。遠くにまだ雪を残した山山は見えるが、浅間山がどこにあるのかメンバーの誰もが知らない。それでも『浅間温泉』なのである。しかも『温泉』であるはずなのになんと『湯』が8階に湧いている。客室はその下にあるのだ。

以前ロンドンのB&Bで就寝中掛け布団の上に水がドサッと落ちてきたことがある。上の客が何かへまをしでかしたとのこと。その出来事を思い出した。

まさか『温泉』の底が抜けて湯が落ちて来ることは無かろうと思ったが、おなじ抜けるのなら、裸の天女も一緒に舞い降りて欲しいものと願いつつ…、だからなかなか眠りに就けなかった。

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『こだま』の怪

2005-05-25 13:19:30 | 社会・政治
JRジパング倶楽部を使って信州松本に向かう車中にいる。『のぞみ』が増発されたおかげで『ひかり』が減便されて三割引きの有り難みもやや薄れた。そして今日は新大阪まで『こだま』自由席で行く羽目になった。乗車するとなんだか勝手が違う。それもそのはずグリーン車並に片側ニ座席でゆったりしている。新大阪で乗り換えた『ひかり』の室内が貧弱に見えてしまった。
どの『こだま』もいい座席ならこれからは『こだま』オンリ-でのんびり行くのだが…。

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学生諸君、楽しかった『講義』には拍手をどうぞ

2005-05-25 08:54:12 | 音楽・美術
われわれ男声五人組がトアロード市民コンサートで演奏した模様が、ほんの2カットであるが昨21日夕7時前のNHK神戸で放映された。写真は最初のカットである。

人前で歌った回数はまだ五指に満たないが、なかなか心地よい。拍手を頂けるのが嬉しくて、時間があれば、拍手してくださる方一人一人に目線を合わせ、頭を下げたい思いである。この醍醐味を一度味わうともう抜け出せそうもない。

「感動した」「うまかったよ」「楽しかった」「ようやる」「トチリも愛きょう」「オジイサン、やるね」「続けてくださいね」「シニアのアイドル、頑張れ」・・・・、等々、いろんなメッセージが込められているだろうが、とにかく拍手にはモルフィン効果がある。そして向上への意欲が刺激される。

そこで連想が働いた。

現役時代、いわゆる『講演』などで聴衆から拍手をいただくのは、儀礼的なものもあってごく当たり前なのである。しかし教室における日常の『講義』で聞き手である学生諸君から拍手をしてもらったことは残念ながら一度もなかった。

私は『講義』の準備にはけっこう手間暇をかけた。それなりに『話術』にも気を配った。居眠り学生を目覚めさす努力も等閑にはしなかった。思いがけないところで学生の笑声をさそう儲けものも時にはあったが、おおむね反応の乏しいのが常であった。

「面白かった」「よく分かった」「熱意が伝わった」「次の時間が楽しみ」、要するに何か得るところがあれば『講義』の終わりに学生諸君が教師に拍手を送ったらどうだろう。教師もにこやかに会釈を返しては、自分の努力が報われたことを励みとし『講義』により一層力を注ぐ決意を固めることであろう。もちろん「授業料返せ!」と叫びたくなる『講義』には床をドンドン踏みならせばよい。

こんなたわいもないことをふと思った。
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『JRおでかけネット』(JR西日本)の怪?

2005-05-23 13:14:03 | 旅行・ぶらぶら歩き
今週浅間温泉で高校のクラス会が催される。温泉で一泊してから翌日は松本周辺を観光して夕方に解散の予定なので、私はついでに東京に出て2、3日ブラブラしてから家に帰ろうと思った。そこで新幹線や特急の時刻などをインターネットの『JRおでかけネット』を使って調べることにした。

往きは新神戸駅から新幹線で名古屋まで行き、そこで特急しなのに乗り換えて松本まで行く。これは簡単に決まった。ところが松本から東京行きへの検索で問題が生じた。

往きと同様、マイ・ダイヤのウインドウから出発駅に「松本」を入力、到着駅に「東京」を入力して「GO」をクリックすると「検索条件入力」の画面が現れ、日付などを入力して検索をクリックすると第一経路から第五経路が表示された。しかしそのすべてが松本から特急「(ワイド)しなの」で一旦名古屋まで出て、それから新幹線で東京に行くことになっている。なつほど、これが一番早い行き方か、と納得しかかったがなんだか腑にに落ちない。私は松本から山間を列車が走ってそのまま東京に着くというイメージを持っていたからである。別に時間を急ぐわけではないので、そのような旅を愉しみたいのである。

ふと、検索の条件に不備があったのではなかろうかと思い、「検索条件入力」の画面に戻ってみた。すると使用路線として「新幹線」にチェックを入れたままにしている。松本から東京に出るのに新幹線が走っているのならそれに乗ってもいい、とぐらいに思ったのであろうか。そこで「新幹線」のチェックを外して再び検索をクリックした。

出てきたのは第一経路のみ。よく見たら夜20:22分に松本を発って翌朝06:42分に東京着となっている。所要時間10時間20分の大旅行である。特急「(ワイド)しなの」で名古屋まで出て急行「銀河」の寝台席に乗り換えるのである。寝台車の旅もいいなぁとは思ったものの、これはちょっと違うので、今度はマイ・ダイヤのウインドウまで戻った。

出発駅、到着駅入力欄の下に「線区名から検索」を選択できるようになっているのでこれをクリックした。「出発駅」から利用線区を選択できるので「JR中央本線(甲府-松本)を選び、「目的駅」からは「JR東海道本線(熱海-東京)」を選んだ。続いて「検索」をクリックすると「検索条件入力」の画面が出てくるので、日付を入力、出発駅に塩尻と出ているのを松本に変更、「新幹線」のチェックを外して再び「検索」をクリックすると出てくるのは第一経路のみ、それが前回と同じく「急行銀河」の寝台席を使った大旅行なのである。

『JRおでかけネット』のホームページの右端を見るとJR西日本のロゴが入っている。
ひょっとして、と思い今度はJR東日本のホームページを開いてみた。そこから「えきねっと」に入り「時刻・乗換案内」を選び「検索開始」の画面からようやくにして松本から「スーパーあずさ」で新宿まで出て中央線快速で東京駅にたどり着くことが出来た。

私は自分がしたいことをはっきりと掴んでいたし、松本から東京に行くのになにがなんでも名古屋経由はおかしいな、と思う判断力がまだ残っていたので、なんとか思い通りのルートにたどり着けた。でも実を云うと、ほとんど名古屋経由新幹線で東京行きの気分になりかけて、その際のおすすめ経路をプリントアウトしていたのである。

後でよく調べてみると『JRおでかけネット』で「検索対象エリア・列車」が以下のように限定されていることを知った。

・検索対象範囲
以下の線区、列車が検索できます。
[1] 東海道・山陽新幹線(東京~新大阪~博多)
[2] JR西日本全線
[3] のと鉄道、北近畿タンゴ鉄道、智頭急行、井原鉄道の列車
[4] JR四国の特急・急行列車(瀬戸大橋線の快速「マリンライナー」を含む)
[5] JR九州の特急・急行列車(九州新幹線を含む)
[6] JR西日本の営業エリアからJR東海・東日本・北海道へ直通する特急・急行 列車
[7] 上越新幹線の「とき」「たにがわ」(新潟~東京)

これでみると私のケースは[6]に該当していて往くには良いのである。『往きはよいよい帰りは怖い、とーりゃんせとーりゃんせ』を思い出した。それにしても利用に先立って『保険契約書』のようなものを読むのは難儀なこと、もっと使いやすいシステムにして欲しいものである。
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鳥賀陽弘道著「Jポップとは何か―巨大化する音楽産業―」を読んで

2005-05-22 10:34:30 | 音楽・美術
私は音楽好きを自認しているが、巷に溢れている音楽にはほとんど無関心、自分で歌ってみたいと思う歌がないのである。でも現在の音楽状況に関心が無いわけではない。今からでも遅くない、人の心を打つ歌を作り、一曲でも大当たりしたら、年金も気にせずに一生安楽に暮らしていけそうだから。そういう私に格好の本が目についた。鳥賀陽弘道著「Jポップとは何か―巨大化する音楽産業―」(岩波新書945)である。

手引き書のつもりで読み始めた。読み終わって『Jポップ』なる言葉が生まれた経緯が一応分かったものの、音楽としての『Jポップ』が何なのかは、結局私には分からずじまいだった。分かったのはせいぜい誰それが歌うような歌という程度である。

しかしそれも当然、著者は『音楽』そのものを記述の対象としたのではない。重点は『Jポップ産業複合体』、すなわちレコード会社、広告代理店、スポンサーなどの合議で音楽の作られていく過程の分析に置かれていたのである。そして『Jポップ産業』の興隆につづく退潮、『着メロ』の台頭と話が展開する。巨大化した『Jポップ産業』と政府・政界との接近にまでメスが加えられている。いわば『業界盛衰史』のようなもので、週刊誌記者である著者の長年にわたる豊富な取材に支えられて、随所に説得力のある分析をみる

いくつか私にとっての新知見を恣意的に拾い上げてみよう。

第2章「デジタル化は何をもたらしたか」では、『CDの発明とその普及』『プレーヤーの大衆化、低価格化』など音楽を聴く側の環境変化を取り上げる。作る側でも『シーケンサー+MIDI+サンプラー』一式を駆使して、楽器が弾けなくても音色を簡単に作りうる状況の生まれたことを説く。私たちも、そのようにして作った伴奏でコーラスを歌っているので、この技術革命の中身が素直に理解できる。「スタジオミュージシャンを使う必要がない」「小さなスタジオで済む」「スタジオを使わなくても、自宅での打ち込みで大半がつくれる」ようになり、録音にかける費用が大幅に節約される。まさにそうだから音楽作りが『隠居』の格好のお遊びになってくれるのである。

しかし、デジタル技術がもたらした機械化・」省力化・効率化によって音楽が大量生産されることになり、ひいては音楽の消耗品化の時代が始まった、と聞かされると淋しくなる。

第3章「テレビとヒット曲」では『CMタイアップ』『ドラマ・タイアップ』により大ヒットが生まれた事情が述べられている。これは日本に特有の現象であるらしく、「アメリカでは、歌手やバンドがテレビCMに出演したり、楽曲を書き下ろしたりすることは「アーティストの品格を落とす」としてむしろ敬遠されるからである。まず間違いなく批評家から下酷く批判される」とのことである。そうなのか、コマーシャリズムの毒されているのはアメリカではなく実は日本だったのである。

この『タイアップ』がポピュラー音楽に『規制のプロセス』を持ち込み『自己規制』を日常のものとする。その結果無難な作品のみが生み出される。またCMのような時節ものとタイアップするから楽曲が送り出されるサイクルが短くなった、と云う話も素直に分かる。長年歌い込まれることで生まれてくる『愛唱歌』誕生の素地なんて、とっくの昔に消え去っているのである。

第4章「ココロの時代の音楽受容」。カラオケとバンドブームを「音楽による自己表現の大衆化」と捉えているが、これが一つのキーワードとなっている。2003年現在、日本におけるカラオケの参加人口が4970万人もいて、「音楽鑑賞」人口4540万人より430万人も多いとの統計がこのことを裏付けている。日本人は「音楽を聴くより歌う国民」なのであるとの指摘は面白い。

しかしこのカラオケも『通信カラオケ』が主流になるにつけて、新曲がシングルの発売日と同時に端末に配信されるという。まずはカラオケで曲を聴いてから買う買わないを決めることが出来る。『自己表現ブーム』はいわば『(モノではない)心の豊かさ』を志向するものだったのである。

この自己表現においてはセルフアイデンティティーの確立が一つのキーポイントになる。音楽に傾倒するするにしても「自分にふさわしい音楽や歌手かどうか」が選択の重要な要素になる。文化消費者の自己愛を満たす歌手の到来につながる。

たとえば宇多田ヒカル、「日本のポピュラー音楽が外国と肩を並べた」というファンタジーを満たすがゆえに選ばれる。そして『ファンタジー』そのものであることを示すのが、日本国内でのアルバムの瞠目すべき売り上げに反して、アメリカでのデビュー版の無惨な販売数であったと著者は冷静に指摘する。その指摘の流れで、『疑似英語』で歌う日本人歌手を8組取り上げてその英語歌詞を検証し、宇多田ヒカルを唯一の例外として「英語と呼べるかどうかさえ怪しいものがほとんどだ」との喝破は小気味よい。インターナショナルに見えさえすればよしとする聴取者の姿勢、底が浅かろうがなんであろうが問題ではない。それで『商品』が売れればそれで万事オーライなのである。

「日本は世界二位の巨大な音楽消費地でありながら、そのポピュラー音楽の日本国外での売り上げやオンエアはゼロに等しい」と第5章「日本という音楽市場」で述べられている。「日本人がつくる音楽の99.5パーセントは日本国内で消費され、日本国外で消費されるのは僅か0.5パーセント」。海外進出は0に等しいが、日本人が買うCDや、ラジオやテレビで流れる音楽の四分の一は洋楽という圧倒的に輸入超過国になっているのが現状なのである。

このローカルな日本市場でCDは再販制で価格が守られていて、相変わらず値段が下がらない。それにアメリカのように無数のFM放送局が絶えず音楽を流しているような状況ではない。著者によるととにかく「日本は音楽を公共財として扱う傾向が非常に少ない」のである。我が国では文化消費者が極めて不当に取り扱われているとの思いが深まる。

Jポップ産業は急成長の10年が終わったようなのである。それに取って代わったのが着メロとDVD、とくに着メロである。既に通信カラオケを上まわる大きさに成長しているそうである。15秒、場合によっては5秒になるかならないかの演奏は私にとっては既に音楽ではない。まさに『着メロ』なのである。

音楽を真に愛し愉しみ、そして創造しようとする人はこれからどの方向に進むべきなのか、それがこの本の問いかける課題であるように思う。一曲を当てるなんてなかなか簡単にできそうにもない。
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ストリート・ミュージシャンの大躍進

2005-05-18 14:57:28 | 音楽・美術
雨が降りそうな空模様、出足が挫かれたところに宅急便が到着。先日インターネットでヨドバシカメラに注文していたモニター・スピーカーである。Roland製 CUBE MONITOR CM-30、用途はわれわれ男声五人組、MonStar Dustが街頭で歌うときの伴奏演奏用である。AC電源さえあればCDやMDプレイヤーからの音声を最大30Wで出力する。

私はプレイヤーとしてRoland製のWAVE/MP3 RECORDER EDIROL R-1を用いている。これだとパソコン上で編集した MP3ファイルをコンパクトフラッシュに転送するだけでよいから、使い勝手は上々である。128MBのメモリーに約1時間の伴奏が納まる。

この購入を決めたのもわけがある。実はわがMonStar DustにあのNHKから出演依頼が舞い込んだのである。ことの概要を述べるには決して間違った表現ではない。先月のストリート・ミュージシャンとしてデビュー以来その注目度は瞠目すべきものがある。さらにはモニター・スピーカーとプレーヤーを担いで、東に婚礼があれば祝い歌を寿ぎ、西に葬礼あれば挽歌を奏でにかけずり回る華麗な活動がわれわれを待っているのである。
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「椿姫」と「魔笛」をMPEG2で愉しむ

2005-05-16 17:10:40 | 音楽・美術
昨夜10時からの教育テレビで藤原歌劇団による「椿姫」と東京二期会による「魔笛」、それぞれのハイライトが放映された。オペラ好きにはこたえられない番組であった。
「椿姫」では、実は私ははじめてお目にかかったのだが、ヴィオレッタ役のエヴァ・メイの素晴らしかったこと。声の美しさといい、技量に裏付けられた典雅な歌い方といいとにかく魅了されてしまった。リリック・コロラトゥーラ・ソプラノ女王の風格があり、CDやDVDあさりをこれから始めそうである。アルフレード役の佐野成宏も大好きな歌手の一人、体調がよくなかったのだろうか、声の裏返るところがあってドキッとした。

「魔笛」は舞台装置に衣装がユニーク。演出が実相寺昭雄とあったが、未来都市的な舞台装置とそれに見合ったコスチュームもあれば桃太郎のような武士姿も登場する。それが物語と少しも違和感がないのに驚いた。まあ「魔笛」だから出来たことであろうとは思うが、ファンタジーというか、幽遠の世界が目の前に浮かび上がってくる演出には恐れ入った。写真はその一つのシーン、船が宙づりになっている。

前者が1月23日東京のオーチャードホール、後者が3月5日の新国立劇場オペラ劇場での公演だったそうだが、このような字幕を見るとつくづく東京近郷に住んでいる人が羨ましくなってくる。せめての憂さ晴らしに私のできることといえば、テレビを録画してあと心ゆくまで繰り返し繰り返し観賞することしかないのである。

そこで今日の主題はいかにテレビ番組を録画して愉しむか、ということにする。

最近はDVD録画が大流行である。人それぞれの好みのやり方があると思うが、ここで私の『やり方』をご紹介したい。綺麗な画質でCMに邪魔されず、それでいてDVDビデオ化に時間をかけたくない、という『やり方』である。

ASAhIパソコンの最新号(2005年6月1日)に三種類のDVDオーサリングソフトの比較記事があり、3.6GBのMPEG2ファイルをDVDメディアへ書き込み完了までの時間が記されている。最短が46分、次が1時間20分、そして一番遅いのでは3時間38分もかかっている。この時間をもっと短縮できないか、というのが私の課題の一つである。答は簡単、極端な場合はMPEGファイルをディスクに書き込むだけの時間があればいい。そう、MPEGファイルのままディスクにデータとして書き込むだけなのである。それが、テレビに映像を送るDVDプレイヤーを選ぶことにより可能になるのである。

私の愛用のDVDプレイヤーはカノープス製Multi R DVD Player(MRD-1)、実勢価格は今や1万円少しであろう。市販のDVDに始まって10種類以上のフォーマットが再生可能である。DivXも含まれていてMPEG1、2ももちろんOK。MPEG2ファイルをDVDのメディアにデータファイルとして書き込むだけでテレビ上での再生が可能になる。テレビから録画したものを再生する方式としてはこれで必要且つ十分である。

テレビ録画は日本デジタル家電の「ロクラクII」を使っている。ハードディスク容量は120GBで、録画ファイルをPCに転送する際にMPEG2ファイルにソフト変換を行う。画質音質を確保しながらもファイルサイズを低く抑えることを目指して試行錯誤の末、私の到達した録画条件は以下の通りである。

解像度: D1(720 x 480)
ビットレート: CBR 4Mbps
オーディオ: 128Kbps

PC上のMPEG2ファイルそのものをDVD-Rにそのまま書き込むのは一番簡単である。
しかしNHK番組のようにCMのない場合でも前後をカットしてスッキリさせたいこともある。ましてや民放の場合はCMカットを行えばスッキリすること請けあい、私はそうしている。そこで必要なのがCMカット用のソフトで、しかもCMを除いたファイルをMPEG2フォーマットで出力したい。私はながらくカノープス製の「MegaCraft2」を使ってきたが、最近は長瀬産業製の「SceneCutter2」を用いるようになった。カット後のファイルの書き出しが断然早いからである。

ここで民放で録画した1時間54分番組からCMカットした例を示す。
用いたマシンはペンティアム4(2.26GH)である。

加工前: 3.39GB 1時間54分

CMカットに要した時間: 36分 9カ所
MPEG2への書き出し時間: 7分

カット後: 2.52GB 1時間34分
DVD-Rへ書き込み: 13分

「SceneCutter2.0」には場面転換を自動検出する「Auto SceneDetector」なるプラグインがある。検出感度を何段階かに切り替えることができるが、中程度の設定で検出だけに34分かかった。マーク数が383で削除したシーンが61と出た。しかしCMだけが削除されたのかどうかもう一度自分の目で確かめる必要がある。とするとこのプラグインを使わずに最初から手動でCM削除を行った方が時間が短くて済む。

MPEG2ファイルの加工が不必要であればDVD-Rへの書き込み時間だけで済んでしまう。

このようにMPEG2ファイルとして保存しておくと、後々自由に加工できる。テレビとパソコンを問わずビデオを再生できるので、録画した番組を個人的に愉しむにはもっとも便利であると思う。多くの方々に勧める次第である。

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