日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

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米下院、金融法案を否決  党議拘束をかけない投票の面白さ

2008-09-30 15:33:58 | 社会・政治
昨日(9月29日)の朝日朝刊はブッシュ政権が金融安定化法案について米議会と大筋で合意した旨を伝えていた。政府が金融機関などから最大7千億ドルの不良資産を買い取る制度の創設を意図したものである。ブッシュ大統領が早朝、議会の開会に先立ち国民に向けてこの法案の重要性を訴えていた。これで米国の金融安定化政策が一つの大きなステップへ踏み出すものと思っていた。



ところが今朝、インターネットで《米下院、金融法案を否決 ダウ終値、最大の777ドル安》(asahi.com 2008年9月30日5時28分)のニュースを見て驚いた。もはや『既定の事実』のように思い込んでいたことがひっくり返ったからである。それと同時にブッシュ大統領がテレビで訴えた「この救助計画がなければ、米経済への損害は悲惨なことになりかねない」とは何だったのだろうと不思議に思った。その経緯を見てみようとCNNのサイトを訪れたところ、意外な事実に出くわしたのである。

asahi.comは賛成205に対し、反対228で否決されたと伝えたが、その投票の中身は次のようで、なんと民主党の60%が賛成したのに対して共和党の3分の2が反対するというこれまた不可思議な『ねじれ現象』が生じている。ちなみに、各議員の投票内容が同時に公開されている。




昨日の朝日朝刊が伝えるようにブッシュ政権と米議会の合意をうけて、民主党、共和党の議会指導者が、銀行の貸し渋りが拡大して経済が破綻することを防ぐためには、何としてでもこの法案を飲み込むべきであると、それぞれの議員に対して働きかけていた。民主党ではその効果があったものの、ブッシュ大統領のお膝元の共和党で議員が大量に造反してしまったのである。

法案が否決されて、共和党の議会指導者は民主党出身のペロシ下院議長がブッシュ政権の経済政策を批判したことが法案の通過を妨げたと批難している。どの時点か定かではないが投票直前であろうか、ペロシ議長は《the cost of the bailout "is a number that is staggering but tells us only the costs of the Bush administration's failed economic policies -- policies built on budgetary recklessness, on an anything-goes mentality, with no regulation, no supervision and no discipline in the system."》と演説している。7千億ドルの出費がブッシュ政権の経済政策の失敗代とは分かりやすいので、私は彼女の意見はもっともだと思うが、その発言のタイミングが悪かったようである。ペロシ議長、KYの巻だろうか。

民主党、共和党を問わず、この金融政策が納税者に過大な負担を負わせることを懸念して反対に回った議員もかなり多いようである。共和党議員によると選挙民が10:1でこの法案に反対していたとのことである。しかし原則的に自由経済を標榜する立場から、金融マーケットへの政府の介入に危機感を持つ共和党議員が多く反対に廻ったようである。

それにしてもこの金融安定化法案に対して、民主・共和両党各議員が自主判断で投票していることに私は感銘をうけた。《"We've entered into those conversations in a spirit of bipartisanship, with the understanding that each side would have half of our votes to pass the bill," she said.》とペロシ下院議長の言葉を伝えている。二大政党の下にあって党議によって議員の投票を拘束しないことが前提であるからこその判断であろう。行政府と立法府が独立していることから、両者の対立が議会の中での政党の対立より重く受け取られていることが注目される。

日本でも形の上では立法府と行政府は独立であるが、現実には政党間の対立の方がいつも表に出てくる。立法府の議員に国民の代表者としての意識がきわめて低く、議員になることが行政府の大臣への足がかりという発想しかないからだろう。日本の国会で議員に党議拘束をかけるというような幼稚な民主主義から早く脱皮すべきであろう。麻生首相が所信表明で合意形成のルールを打ち立てるべきだと述べたが、そのために自民党では党議拘束を一切かけない、とまず言明したらどうなのか。、民主党も否応なしに追随せざるを得ないだろう。

米議会を金融安定化法案が通過するためには13人が賛成に回れば済む。これぐらいのことはすぐにでもやれそうな気がするので、私に余っているお金があれば最安値の株を今こそ買いこむのであるが・・・。

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大勲位の孫に大勲位の息子 北朝鮮に負けそう

2008-09-27 10:05:07 | 社会・政治
新総理麻生さんはよほど英語が喋りたかったのだろうか、組閣を終えるやいなや国連総会での演説にお出かけであった。ところが私には首相就任と国連演説とのつながりがさっぱり分からない。まだ実績のない首相になりたての人物の話に耳を傾ける人がいるとは国連もよほど暇人の集まりのようだ。また麻生さんがあれやこれや国連への貢献の抱負を語ったとしても、せいぜい保ったとしても二、三ヶ月に過ぎない暫定内閣の長の話に耳を傾けるお人好しが国連に一人でもいるとは思わない。よくぞそんなところに政府専用機を使って乗り込むとは麻生新首相は根っからの浪費癖をお持ちなのであろう。

呆気にとられたのはそれだけではない。麻生首相が国連の潘基文事務総長と一緒にいる場面がテレビで流されて記念写真を撮る時になってもう一人の人物が登場した。二人が事務総長を挟んでカメラに納まったのであるが、その人物とは中曽根弘文外務大臣である。私がかって『風見鶏のヤス』の子は不肖の子と称した人物で、このたびは目出度く論功行賞大臣の座を射止めた。しかしそれはまだよい、麻生首相は大勲位吉田茂の孫、中曽根外務大臣は大勲位中曽根康弘の息子であることを思い出した時に、蘇我氏、物部氏が相争い、やがて藤原氏が勃興してきた古代日本にタイムスリップしたかのような異様な感じに襲われたのである。

近いところでいうと北朝鮮では最近金正日総書記が病に倒れ、その後継者の行方に注目が集まっている。マスメディアでは金総書記の父親である金日成大元帥に始まった金王朝の運命やいかに、とある意味では揶揄的な論調も目立つ。しかし他人のことを云えた義理か、と私は思う。北朝鮮では世襲と云っても金日成一系だけを問題にすればよいが、日本では国会に世襲政治家がひしめき合っている。いわば『金日成-正日』家がうじゃうじゃいるようなものである。そして国民が食い物にされている。

北朝鮮においてすら『金王朝』打倒の兆しがあるとかないとか取りざたされているようだ。日本でも本気で世襲議員廃止を実現すべきである。下手すると北朝鮮に負けてしまうではないか。せめて次の総選挙に向けて民主党ぐらいに国会議員の世襲禁止を提案してほしいものである。
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小泉元首相の「後継者は進次郎だ」にはがっくり

2008-09-26 10:41:48 | 社会・政治
昨日小泉元首相の政界引退のニュースが流れた。かって自民党総裁であった小泉さんは党の長老、宮沢喜一元首相と中曽根康弘元首相に政界引退の引導を渡したことがある。そういうことを思い合わせて私は政界引退ニュースを好意的に受け取ったが、今朝インターネットで《「後継者は進次郎だ」小泉元首相、27歳の次男を指名》のニュースを見てガクッと来た。《会合に出た県議によると、小泉元首相は「政治活動は続けるが、国会議員は引退する。後継者は進次郎だ」と、次男の進次郎氏(27)を指名したという》(asahi.com 2008年9月26日1時1分)ではないか。

小泉元首相自体世襲議員である。国民の一人である私の目から見れば世襲議員こそわが国の政治貧困化をもたらすものだから、来る総選挙で世襲議員撲滅に立ち上がろうではないか、と呼びかけたばかりであるので、ことさらこの後継者指名には失望した。「自民党をぶっ壊す」の勢いで「政界引退に伴い選挙事務所と後援会を解体、あとは野となれ山となれ」とでも云えば構造改革路線の一つの仕上げになっただろうにと、ただただ彼の浅慮を憂うのみである。

それにしても世襲議員たるもの、後継者指名のようなことをなんの衒いもなくするところがあざとい。私はかって世襲議員をなくすために次のような提案をした。

①後援会を一代限りとする。未処理の資産があればすべて国に納める。
②引退・死去した議員の血縁者(その範囲は適切に定めるとして)は同じ選挙区はもちろん同じブロックからの立候補を認めてはならない。

しかし世襲議員が充満している国会でこのような趣旨の法案が通るはずがない。有権者が目覚めて世襲議員候補者には投票しないことでその意志を表わすしかわが国の政治を変える術がないのである。マスメディアがこの運動の先頭に立つことを期待したいが、いまやマスメディアの担い手に「社会の木鐸」としての気概はこれっぽちも見られない。それどころか「産経」の出している今朝の「サンケイスポーツ」は『最後のサプライズ!小泉元首相が引退』の記事の最後で、《次期衆院選は純ちゃんではなく、「進ちゃん劇場」だ!!》(SANSPO.CO 2008.9.26 05:02)とポピュリズム丸出しの旗振りである。ああ、情けなや情けなや。

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麻生世襲議員内閣の発足

2008-09-24 23:23:38 | 社会・政治
総理大臣と17名の内閣閣僚のうち、独立独歩?の政治家は舛添要一、斉藤鉄夫、佐藤勉、与謝野馨、中山成彬の五氏だけで、残りの13名は世襲議員(県議も含める)もしくは後継者で、全体の七割強に達する。日本の近代化は『世襲議員』の廃止からと訴えている私はただただ白けるばかりである。

そのような議員を選んでいるのは有権者なのである。昨日の新聞だったか、麻生さんが衆院選に初出馬した時に、地元を回っていると訪問先で「代々、麻生家のお世話になっています」とお年寄りが土下座したという記事が載っていた。こういう有権者が闊歩している世の中では世襲議員がますます蔓延るだけである。それを打ち崩すには、政治に白けた有権者が大勢を占めるようになるのも一案であるかも知れない。麻生世襲議員内閣の出現で白けた同志の増えることをただただ念じている。

臨時国会で補正予算案の審議が始まり、あとは与党野党のせめぎ合いのなかで野党が解散の口実をさえ与えればこれで総選挙である。世襲議員候補者だけには投票しないようにすれば世の中は大きく変わらざるをえない。世襲議員撲滅に立ち上がろうではないか。

訂正(9月25日) 昨日の記事で甘利明氏を世襲議員でないとしたが、これは誤り(調査不足)で氏は世襲議員だった。一方、中山成彬氏を世襲議員としたがこれも私の思い込み(中山太郎氏の息子と)による間違いだったので訂正した。

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悟りといふ事は

2008-09-21 16:54:32 | Weblog

日経夕刊に「文学周遊」という欄がある。土曜日ごとに連載されているのであろうか、見たり見なかったりする。昨日は上のキャッチフレーズが目に飛び込んだ瞬間、「なるほど!」と悟りが開かれた思いがしたので記事に目を通した。

正岡子規が明治三十五年に新聞紙上に連載した随筆『病牀六尺』を取り上げている。子規はすでに脊椎カリエスによる激痛にもだえながら、目前に迫る死と向き合っている。《でも、文章から伝わるのは、死の陰がもたらす暗さではなく、今を生き抜こうとする明るさである。》と以下の文章を引用している。

《「余は今まで禅宗のいはゆる悟りという事を誤解していた。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りという事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった」(六月二日)》

なるほど、これなら私にもよく分かる。目から鱗であった。人間に死は一回訪れるだけである。何遍も死を経験することはできない。そのぶっつけ本番で迎えなければならない死が怖いものだから、その恐れを克服するために何か精神修養して悟りを開こうとするのだろう。しかしその悟りが本物であるのかどうかはその瞬間にならないと分からないだろうし、その時に偽と分かってももう修正が効かないから、そのような悟りは考えてみれば(私のような凡人には)気休めにもならない。

それにくらべて「平気で生きて居る事」は命のある限り実践を繰り返すことが可能で、何事が起ころうともそれに対処する心術を磨き上げることが出来るように思う。一言で云えば何事も心を乱さずに受容することであろう。日常生活でそれを成し遂げた思いが人生を豊にするし、その延長で究極的に死を受容すればよいのである。

子規流でいくと私の悟りもかなりのものかも知れない。
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京城府立三坂小学校運動会の歌

2008-09-20 10:51:02 | 在朝日本人
以前のブログ今年も京城府立三坂小学校の同窓会にコメントを寄せてくださった方が、戦後も昭和37、8年ごろまで通っておられた小学校の運動会でこの歌が歌われていた旨を知らせてくださった。どのような経緯で伝わっていったのか興味津々である。歌詞を知りたいとのことだったので、その全てをここに記した。この運動会の歌は開会と閉会の時にそれぞれ歌われるもので、閉会の二番を歌っていると、じんときてしまった。


運動会のうた(開会)

(一)鉄石のごと 身もかたく
   心も強き 国たみは
   とよさかのぼる 日の御旗
   かがやく国の 宝なり
   我等は 日本男児なり
   われらは御くにの おみななり
   日ごろ鍛えし このからだ
   きょうぞ試さん いざやいざ

(二)親しき友も 今は敵 
   まくるも勝つも  いさぎよく
   力の限り たたかうぞ
   我等 不断の覚悟なり
   我等は 日本男児なり
   われらは御くにの おみななり
   日ごろ練りたる この心
   きょうぞ試さん いざやいざ

運動会のうた(閉会)

(一)せきようはゆる かんばせは
   勇士のおもわに さもにたり
   味方も敵も この庭に
   つどえやつどえ わが友よ
   きょうの名残を もとろもに
   声を合わせて うたわなむ
   我等の意気は 天をつき
   楽し勇まし この一ひ

(二)学ばん時も かくのごと
   遊ばん時も かくのごと
   元気はわれらの いのちなり
   心やすかれ ちちははよ
   家をも興し 身をもたて
   国をまもるは このからだ
   鉄石よりも いやかたく
   鍛え鍛えん たゆみなく
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大学院期間を共済組合加入期間に入れるべきでは?

2008-09-19 20:57:00 | 学問・教育・研究
机の周りを整理していたら「ねんきん特別便」の封筒が出てきた。年金加入記録回答票に必要事項を書き込んで送り返すらしいが、未だにほったらかしにしている。知らせて貰った「あなたの加入記録」を見ると、私のデータは6項目が横並び一行に納まっている。あまりにも簡単なので、わざわざ送り返すこともなかろうという気があったのだろう。その記録とは国家公務員共済組合に組合員としての資格を取得した年月日、資格を失った年月日、そして加入月数がおもなもので、最後の加入月数は私の場合404ヶ月となっている。それを見ると大学院博士課程を修了してから16ヶ月は私はいわゆる博士浪人で無職であったことを今更のように思い出した。それに加えてこの404ヶ月というのを眺めていると、これまでも釈然としない思いが甦ってきた。それはこいうことである。

大学院の5年間はまだ学生の身分なのである。だから授業料を大学に納めていた。その頃はそれが当たり前のこととしてなにも疑うことはなかったが、年金生活に入って暇に任せて考え出すと、あれやこれやの疑問が生じてきたのである。1950年代、私の所属していた研究室では学部を卒業するとすぐに助手に採用された先輩がいた。その時から給料が頂けたのである。次の年に卒業した先輩はもう助手のポストが埋まっていたので大学院に進んだ。給料を貰うどころが反対に授業料を払わないといけなかった。しかし両者が研究室でやっていることは目立って違わない。同じように後輩の指導に当たっていた。大学院の先輩は課程博士として博士号を取得したが、助手の先輩も同じ頃に論文博士としての博士号を取得した。表面的には両者に違いは見えなかったが、実は大きな違いがすでに生じていたのである。課程博士の先輩が大学に職を得た時点で、助手の先輩より年金支給額計算の元になる組合員加入期間が最低5年間、すなわち60ヶ月も少なくなってるのである。組合員加入期間は年金はもちろん退職金の計算に効いてくるので、60ヶ月の違いはきわめて大きい。

私たちの頃は大学院に進む以上は大学に残ることを前提にしていたと思う。院生はいずれは大学を背負って立つ教員になるのだから、大学を会社にたとえるともう立派な新入社員である。会社では大卒を社員として採用してからは給料を払いながら一人前の社員に育てていくのが普通であろう。それが大学では社員に相当する院生に給料を出さずに授業料まで取っているのである。院生は将来の大学教育の担い手として、元来国が育て上げるべきところ、真理探求の知的欲望に世間を見る眼が視野狭窄に陥っているのをいいことに、国は実に阿漕なことをやって来たのだと見ることも出来る。わが国の高等教育費の支出水準が国際比較できわめて低いレベルであることが指摘されているが、一番費用のかかる人件費を個人の負担に押しつけているのだから当然である。

大学の重要な構成要員である教員の養成は元来国の仕事であるべきなのに、それを個人(院生)の持ち出しに頼るとはあまりにも不甲斐なき政府の仕業である。自衛隊員は全部国費で養成しているではないか。大学教員の重要性が自衛隊員にも及ばないとは到底思えない。大学院教育の抜本的見直しの前提として、将来の大学・大学院教育を担う院生の社会的位置づけを明確なものにすべきで、それは院生期間を共済組合加入期間に組み入れられるような性格のものでなければならないと思う。この実現に向けて大学人の奮起を期待したい。給料なしに授業料は払わされるは、年金はぐんと減らされるは、とかっての院生はダブルパンチを食らわされているにもかかわらず、なんと健気に教育に研究という社会的責務をちゃんと果たしてきたことだろうと、しばらくの自己陶酔をお許し頂こう。

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事故米騒動で少し分かったこと、そしてメタミドホス汚染米の怪

2008-09-17 17:39:09 | 放言
昨日のブログで《基準値を超える農薬が含まれている米がなぜ輸入されてしまったのだろう。残留農薬の検査をしたから基準値を超える値が分かったのだろう。それならなぜ通関の段階で検査をして、不良品は突っ返すことをしないのだろう。》と私の疑問を述べて、《私(国民?)が本当に知りたいことがなかなか報道されていないことを痛感する。》と結んだ。この声が届いたわけではないだろうが、今朝の朝日新聞「ニュースがわからん!」の欄でこの疑問に答える解説が出ていた。



上の解説図が示すように汚染米の流れに二つのルートがある。解説によると元来は返品もしくは廃棄されるべき汚染米が見つかっても、その処理にお金がかかるから、政府に委託されて食用米を輸入した商社は糊などの原料として活用したとのことである。お金がかかると云ってもそれは輸出国が負担すべきであると思うのだが、それを商社が負担しなければならないような契約を結んでいるのだろうか。また新たな疑問が残るが、汚染米の流れとしてはそれなりに分かった。

もう一つは06年5月から、それまで問題にならなかった農薬のメタミドホスが禁止の条件になったことに由来する流れがが挙げられている。輸入済みの米を調べたところ、基準値を超えるメタミドホスが検出され、今更返品できずに工業用として売ることにしたそうである。これで今の基準によればメタミドホスに汚染された米がなぜ国内に入ってきたことは理解できた。これを以下『メタミドホス汚染米』と呼ぶことにする。

しかしここで新たな疑問が生じる。06年5月以前に正常な食用米として市場に出まわっていた米の中にはいわゆる『メタミドホス汚染米』が含まれていたことになるではないか。93年のウルグアイ。ラウンド合意で年間約77万トンの米を義務として輸入することになったのであるのなら、06年5月にいたるまでどの程度の『メタミドホス汚染米』が入ってきたのだろう。昨日の朝日新聞は《農薬などに汚染された事故米が食用に転用されていた問題で、有機リン系農薬成分のメタミドホスが検出された中国産のもち米は3500トンあることがわかった。中国産もち米は03年度に計5千トンが輸入されており、その7割が汚染されていた計算だ。ほぼ全量が、米穀業者などに売却されたとみられる。》と報じている。

メタミドホスがフリーパスであった10年以上の期間には『メタミドホス汚染米』が大手を振ってまかり通っていたのである。その通りだとすると人間の健康に対する影響は今のマスメディアの論調では計り知れないほどのものになるはずだが、過去、食用米を介してのメタミドホス由来の健康障害が報告されたとは私は寡聞にして知らない。おそらく被害はなかったのであろう。そうだとすると今回の事故米騒動でも健康障害が問題になりうる筈がないと云える。

それなのに昨日政府が事故米を手にしていた約370業者名を公表した。これ、いったい何の意味があるのだろう。ばっかじゃなかろうかと思う。中には事情を知りつつ悪事に手を染めた業者もいるだろうと私は思うが、無辜の業者のいることも間違いなかろう。それを十把一絡げに機械的に名前を公表することはあまりにも軽率な行為である。名前を公表するのであるのなら、まずは「三笠フーズ」の不正行為を見抜けなかった農水省担当者の名前をその処分と共に公表すべきではないのか。

昨日も述べたように、関係当局は事故米転売の実情を詳らかにして、不正転売を可能にした仕組みを排除することが先決なのである。

それにしても事故米が末端に届くまでその間に11業者が入っているなんて、日本の流通経済は消費者にとってなんと非能率的に出来ているのだろうとただただ呆れ果てるばかりである。それともこれが騙しのテクニックなのだろうか。
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事故米騒動あれこれ

2008-09-16 17:12:08 | 放言
大阪に本社のある「三笠フーズ」がカビ毒や残留農薬で汚染された事故米を食用に転用し、その米が延べ約370の業者や施設に流通していたそうである。常識的に考えて悪いのは「三笠フーズ」ただ一社だけで、他の業者全てが無辜の被害者ということはあり得ないと私は思う。関係した企業は24都道府県にまたがっているとのこと、少しでも安い材料を仕入れるべく担当者のあがきが正常な判断を狂わせたのかも知れないし、またうすうす事情を承知で仕入れたこともあるだろう。仕入れ・販売価格がどのように変化していったのか、各業者ごとに精査すると必ず不自然な動きが浮かび上がってくると思う。読売新聞によると《三笠フーズが政府から購入した際は約9円だったが、病院や保育園などに納入していた給食会社「日清医療食品」(東京都)には約370円で売られた》とのことである。ただこの記事では「三笠フーズ」から出た事故米がそのまま姿を変えずに「日清医療食品」に流れていったのか、それとも中間過程で事故米が正常米に混入されて姿を変えたのかは分からない。だから40倍強の価格上昇をそのまま受け取るにはためらいがある。朝日新聞によると「三笠フーズ」が事故米となった中国産もち米を1キロ当たりの単価は8.9円で購入し、その米を佐賀県の仲介業者に単価約40円で売っていたとのことである。 もしこの時点で事故米が食用米とされていたのであれば、この仲介業者は単価約40円に不審を抱かなかったのだろうか。



それにしても朝日新聞が示した流通経路ではこの間にかなり多くの『複数仲介業者』―11業者―が関与している。それぞれが程度はともかくそれなりの事情を知りつつ、不当な利潤を上げながら事故米を転売していたと見るのが素直であろう。転売の実情を関係当局は詳らかにして、不正転売を可能にした仕組みを排除することが先決であろう。それにしても時が江戸時代でないのが残念である。世が世ならこのような手段で不当利益をあげた「三笠フーズ」は闕所、首謀者は市中引き廻しのうえ斬罪・獄門と見せしめにしたいところである。

このような不正転売がなぜ可能だったのだろうか。それは元来米粉加工会社である「三笠フーズ」が事故米の購入資格を持ったからだと思う。報道によると「三笠フーズ」が事故米の購入資格をもっていた個人商店「宮崎商店」(福岡県)を買収したのが2002年のことである。《農水省によると、事故米の購入は、工業用のりの製造業務を商業登記の目的欄に記載した業者に限られ》(朝日新聞)るというから、「三笠フーズ」が「宮崎商店」を買収して商業登記の目的欄の記載を変更した時点で、「みそもくそも一緒にする」ことが可能になったのだろう。監督官庁にどのような指導権限があるのか私は知らないが、このような事業形態が認められたことがそもそもおかしい。不正転用を後押ししているようなものはないか。専門家の説明が欲しいものである。

事故米が焼酎、みそ、せんべいなどの米菓に加えて、施設での給食にも用いられていたそうである。今のところ人体被害の報告はないようであるが、酒造会社などでは100万本分を超す酒が自主回収の対象となっているとのことである。またもや『自主回収ヒステリー症候群』の発症である。事故米に云われるような農薬、カビ毒などがある程度残留していたとしても、誰もそのまま生米を囓るわけではない。酒類の製造にせよ、せんべいや味噌の製造にせよ、原料の米を洗浄するのではないか。それだけで原料に含まれるとされた基準値の6~2倍のメタミドホスなら、必ずその基準値より下がるだろうし、製品への混入は無視できるであろう、というのが私の推理である。太田農林水産相ではなしに知名度の高い科学者が「人体に影響がないことは自信をもって申し上げられる。だからあんまりじたばた騒ぐことはない」ぐらいの発言をもっと積極的に行うべきではなかろうか。これも科学者の社会的責任の一端であろう。回収した100万本のお酒、一体どうするつもりか。もしこれ見よがしに廃棄するような酒造会社があれば、なにか後ろ暗いところを隠すために派手なパフォーマンスをしているのだと見たほうがよさそうである。

農水省もおかしい。保管中にカビが生えるような米なら、余計な薬剤が入っていない証拠と受け取れる向きもあるが、その一方、基準値を超える農薬が含まれている米がなぜ輸入されてしまったのだろう。残留農薬の検査をしたから基準値を超える値が分かったのだろう。それならなぜ通関の段階で検査をして、不良品は突っ返すことをしないのだろう。

暇に任せて考えると、今度の事故米騒動でも私(国民?)が本当に知りたいことがなかなか報道されていないことを痛感する。
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自民党総裁選の候補者は本当に本気? そして民主党小沢一郎代表の「国替え」も?

2008-09-15 14:19:25 | Weblog
連日マスメディアが自民党総裁選候補者五人を番組に登場させてなんだかんだとやっているが、私は最初一度見たきりで後はほとんど見ていない。候補者があれをやるこれをやる、と云っても、全くの絵空事に聞こえるから耳を傾ける気になれない。かりに今度の総選挙で自民党プラスアルファで衆議院議席の過半数を占めたとしても、参議院があのままでは、候補者の政策実現に欠かせない法案の成立がままならないからである。小泉さんじゃないが、私は自民党をぶっ壊してこのように政界再編成を断行します、と主張する候補者が一人もいないのがただただ情けない。国民をわくわくとさせるのならともかく、自分たちだけで浮かれているような『五人囃子』なんてお呼びではない。

それと麻生・石原・石波の三氏が政治家として二世のであることが気に入らない。かりに次の総理となっても二度あることは三度ありそうな気になるからである。私が三年前に日本の近代化は『世襲議員』の廃止からに述べた考えは今でも変わらない。

総選挙で民主党プラスアルファで議席の過半数を占めると、確かに両院とも与党である民主党が制することになる。ところが私はあの小沢代表が大嫌いである。あのような人物を無投票で代表に選んだ民主党もまた嫌いになった。小沢氏もまた二世議員で、プッツンで民主党代表の座を投げ捨てようとしたことでも明らかなように、総理の座をも発作的に投げ出す素質はすでに証明されている。今朝の新聞によると来る総選挙に小沢氏が地元岩手県ではなくて東京都から出馬することになりそうで、《小沢一郎代表の次期衆院選での「国替え」を鳩山由紀夫幹事長が明言》(毎日新聞)とまで報じている。確かに地盤を離れることは世襲議員の特権を一部放棄することになるが、この『明言』にはなにか裏がありそうで今のところ本気には受け取れない。

私がすでに述べたように、政策実現に向けて欠かすことの出来ない政界再編成に取り組みを見せない政治家は、ただの口舌の徒にしかすぎない。
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