日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

歌手が大化け そしてキリ・テ・カナワも

2007-08-26 17:35:02 | 音楽・美術
数日前、心斎橋そごう劇場に出かけた。出演者七人が第一部では歌曲、ミュージカル、カンツォーネから、第二部にはアリアを歌うという催しで、私のヴォイストレーニングの先生も出演されたからである。歌を気軽に楽しみつつ応援もして、と云った気持ちであった。300席足らずの劇場はチケット完売とのことで、それだけでも来た甲斐があったというものだ。

この日は不思議な体験をした。第一部でトスティを歌ったソプラノの出来があまりよくない。丁寧に一生懸命歌っているのに声がついていかない。少し痛ましい感じすら覚えた。だから第二部でレオンアカヴァッロのアリアで登場したときも、ああ、あの人、とあまり期待をしていなかった。ところが歌い始めるとアレッと思った。そして歌が進んでいくうちに、だんだんと引き込まれていった。丸で別人のよう、『大化け』しているのである。発声が落ち着いてとても安定感がある。高音もまろやかで美しく伸びる。歌がとても楽しい。エッ、エッと驚きも連続で、歌い終わったときは口の中で小さくブラヴィーと賞賛をおくった。

コンサートのあと歌仲間と軽い食事をとった。私が彼女の『大化け』に驚いたと感想を述べたところ、友人も同じように感じたとのことで、私の一人合点ではなかったようだ。出来不出来にはいろんな要素が絡んでくるから『大化け』の本当の理由は分からないが、第一部ではかなり緊張して思う存分に歌えずに、本人も不出来を覚り、それならと居直ることで本来の力を発揮できたのではなかろうか、と私なりに想像してみた。舞台の上に自ら求めて立とうとするような人が、後ろ向きであるはずがないからである。

そこで思い出したのが、この『大化け』とは意味が違うが、歌手の成長という意味で化けの軌跡を残しているキリ・テ・カナワのことである。「The Young Kiri」という二枚組のCDセット(POCL-1085/6)に1964年から1970年にかけての録音を納められている。



オペラアリアにミュージカルに民謡など、ポピュラーな曲ばかりで楽しく聴けるのではあるが、アレッと思う歌もある。たとえばミュージカルの「すべての山に登れ」などはなんと音程が不安定なのである。それに「私の名はミミ」をはじめとする数々のイタリアオペラのアリアを英語で歌っていることもあって、どうも締まりがない。もちろん声は美しいし時には重い質感の片鱗を覗かせもするが、後年の背筋をゾクッとさせる凄みとはまだ無縁の歌い方である。一口にいえば若さに満ちあふれている分、未完さがそれと分かるように顔を出しているのである。

耳年増もどきで偉そうなことを云ったが、その云いついでにこのCDを声楽に励んでいる音大生に勧めておきたい。あの偉大なキリにしてからこういう時代もあったと知れば、精進に励みがつくのではないかと思うからである。