日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

マラソンにも政界にもペースメーカーは不要

2010-01-31 18:31:54 | Weblog
今朝の雨模様に大阪国際女子マラソンが心配になったが、お昼頃には雨雲も薄くなり予定通りマラソン開始の号砲が鳴った。優勝への期待がかかりながらも故障で出場が危ぶまれた赤羽有紀子選手をはじめ、小崎まり選手や初マラソンの木崎良子選手、そして今回の走りで引退を宣言した木幡佳代子選手など、注目すべき選手の活躍をテレビで見守ることになった。

はじめからレースを引っ張っていた赤羽選手が半ばを過ぎた頃から故障の影響か次第に戦闘集団から後れ始め、やがて走りが一転してついに40キロ手前でコーチの夫にレースを止められるという痛ましい成り行きになった。雨と冷たさのせいか記録的には平凡なレースになり、優勝がエチオピアのアマネ・ゴベナ選手(2時間25分14秒)2位がポルトガルのマリサ・バロス選手(2時間25分44秒)で、3位に小崎まり選手(2時間26分27秒)が入り、ベテランのリディア・シモン選手の4位につづき5位に入ったのが木幡選手である。今回も含めて26回のマラソンをすべて完走という記録を打ち立て、有終の美を飾ったのは見事で感動した。初マラソンの木崎選手もそれに続く6位であった。

このレースを観ていて一つ気付いたことは、いつの間にかペースメーカーがマラソンから姿を消えていることであった。ペースメーカーについてはもう5年ほど前になるがかってのブログで次のように書いたことがある。

注文ついでにもう一つ、あのペースメーカーは止めて欲しい。

ペースメーカーはいわば兎の目の前にぶら下げられたにんじん役であろう。ペースメーカーが引っ張るかたちでレースが展開していく。気がついてみるといつの間にか日本でのマラソンレースに『にんじん』が登場してしまった。私は気にくわない。マラソンこそ走る選手のまさに一人勝負ではないのか。だからこそ月桂冠が燦然と輝くのである。もちろんそれまでの練習は監督、コーチをはじめとする支援グループとの共同作業的性格があるだろう。しかし本番で走り出したらもう選手の独壇場である。ペースの配分も含め走りの組み立てるのは自分の体調をもっとも良く知る選手個人である。

選手のその自己完結性に水をさすのがこの『にんじん』である。走りの最初を『にんじん』に引っ張らせて、という発想が間違っている。もっとも肝心なペース作りを選手が『にんじん』に委ねる怠惰さは、マラソン競技の高貴さとは相容れない。日本で率先して使用禁止として、外国の範となるべきなのである。

この願いが通じたのか、ペースメーカーが消えてしまっているのはよかった。何時の頃からだろうか。ひょっとしてマラソンの規約でも変わったのだろうか。そして、それと同時に政治の世界からもこのようなペースメーカー役を追い出したいものだとの思いが湧いてきたのである。昨日の朝日朝刊に次のような記事を見たせいなのかも知れない。


要するに民主党の143人の新人国会議員がここに言う小沢イズムで洗脳され「傀儡(くぐつ)」と化して行きつつある現状が紹介されているのである。その旗振りをしている小沢執行部がいわばペースメーカー役のようなもの、まったく不要の存在である。そう言う判断すら自ら放棄して唯々諾々と旗振り役について走る新人国会議員のどこに国民の負託に応えるという責任感があるというのだろう。私が韓国歴史ドラマにはまっているせいか、これらの新人国会議員が世襲貴族に飼われた私兵のように見えてくるのがなんとも不気味である。早く自分の判断で走り始めて欲しいものである。


楽譜作成ソフト「Finale2010」に熱中

2010-01-27 23:29:45 | 音楽・美術
私は残念ながら西洋楽器が弾けない。自分でピアノが弾けたら新しい歌も覚え易いだろうにそれが出来ない。しかし有難いことにいわゆるDTM(Desk Top Music)の進歩のお陰で、楽譜作成ソフトでパソコンに楽譜を読み込ませてると、好みの音源でその演奏が今や可能なのである。まさにパソコンがピアニストの代わりを勤めてくれるので、私には大助かりなのである。これまで使ってきたのは音楽教師の弟に勧められた河合楽器製作所の「スコアメーカー」でお付き合いは10年ほどになり、現在は「スコアメーカーFX4Pro」まで進化している。このソフトの強みはスキャナーを使って楽譜をまず画像データとして取り込み、それを音源の制御が可能な、すなわち演奏可能な楽譜に変換する機能がきわめて優れていることである。これだと音符、休符などを一つ一つ記入していく手間が省かれるのでとくに私のような不精者には有難い。毎年繰り返されるバージョンアップ毎に1万円前後貢ぐのもなんとなく納得させられる感じである。使いこなすにはかなり高度のスキルが要求されるが、このソフトの楽譜認識機能は、数ある音楽ソフトの中でもかなり高いレベルにあるように思う。

この演奏機能について言えば、いわゆる電子機器的正確さでテンポを刻んでくれるのはよいが、それだけ無機質的な響きになる。人がピアノを演奏すると否応なしにテンポの揺れがついてまわるが、このような揺れをソフトによる演奏に人為的につけることも不可能ではないが、音符一つ一つの属性を定めないといけないようなので二の足を踏んでいた。ところがアメリカ生まれの楽譜作成ソフトに「Finale」というのがあって、これには揺れの設定なども可能で、HumanPlaybackなる機能が備わっていることなどを最近知った。脱機械的演奏を目指すにはもってこいのようである。そこで先日文楽座を訪れた帰りに梅田のヨドバシに立ち寄り、「Finale」の箱に印刷された効能書きを見たところ、「Finaleが誇るHumanPlaybackは、音楽記号を感知して微妙なニュアンスを再現し、まるで本物のミュージシャンが演奏しているような臨場感あふれるプレイバックが可能です」との説明が目に入った。まさに私の求めているものである、とばかりに迷うことなく手を出してしまった。

「Finale2010」にも実は楽譜のスキャナーによる取り込み機能が付属している。しかしその性能は「スコアメーカーFX4Pro」には遙かに及ばない。しかも修正方法にも問題が多くてあまり実用的ではなさそうである。しかし鍵盤楽器が使えなくてもパソコンのキーボードを使っての音符などの直接入力が可能なので、やり方に習熟するとかなり速く楽譜を仕上げられそうである。ということで、まず目下練習中の日本歌曲の楽譜を作成してみた。2ページの短い曲だが、ご覧いただければ分かるように楽譜としてはなかなか複雑で、最初のことだったのでかなり時間を費やした。そのお陰で入力の基本的な技法は習得できたようである。



しかし「Finale2010」のヘルプ機能は実は私好みではない。元来が米国製なのかマニュアルが膨大なのである。しかもなかなか必要な情報に辿り着きにくい。たとえば「白月」では声部に五線が一つ割り当てられてピアノに五線が二つ割り当てられている。この計三つの五線が一つの組段を構成することになるが、今、声部の五線と下のピアノ譜の五線との間隔を広げて2番の歌詞を入れ易くし、また各組段の間隔も広げたいとする。そこで機能マニュアル「組段」を検索すると「1.組段の最適化ダイアログボックス」から始まり「197.発想記号の縦方向の位置を調整するには」まで、なんと197項目が出てくる。そこで目指す作業に関係の深そうな項目を探して開いてみると、たとえばダイアログボックスの図が出て、どこをどうすればどうなります、との説明が延々と出てくるのでそれだけで読む気力が削がれる。そのうえたとえ読んだとしても、私の目指す結果を得るためには、どのような操作をどのような順序で行えばよいのか、それを自分で見つけ出さないといけないのである。個々の操作についての説明は十分なのだろうが、その操作を組み合わせてある結果を得たいときにどうすればよいのか、その説明が十分でないので試行錯誤を自分で繰り返さざるを得ず、膨大な時間がかかってしまった。

どのような操作を組み合わせると目指した結果が得られるのか、これはいわば実験の組立と同じようなものであり、私の現役時代の攻めの姿勢が甦ったようで、ここしばらくは寝食もそっちのけ(とはちと大げさ)でこのソフトと取り組み、なんとか一通りは使えるようになった。これからが本当の出発であるが、下のようなデフォルトのままの条件での演奏が手を加えることによりどのように変貌していくのか、これからが楽しみである。




消防自動車がやってきた パリ、オペラ・ガルニエでも

2010-01-24 12:17:09 | 海外旅行・海外生活
昨日の夕方、妻が「大変、消防自動車が家の前に止まった」と私の部屋に駆け込んできた。あることに熱中していたので私はサイレンの音にも気がつかなかったが、カンカンと半鐘をならしながらやってきたというのである。火は見えないし煙の匂いもしないのでわが家は大丈夫、と思いながらベランダに出て見下ろすと、すでに消防自動車と指揮車というのか2台とまっていて、道路の消火栓に消防士がホースを繋いでいる。そしてさらに応援の消防車とパトカーが駆けつけてくるし近所の人も表に飛び出してきたが、肝心の火や煙の気配がどこにも感じられない。


この消防車の少し先の左側に下り坂の横道があるが、ここには消防車は入れない。外に出てみるとそこを消火ホースだけが走っている。4、50メートル先に空き地があり、枯れ草が燃えていたようであるが、私が見たときはほとんど鎮火していた。現場は擁壁の上なのでどの程度燃えていたのか確認していないが、消防署に通報すべきだと発見者が判断した程度には燃え上がっていたのだろう。自然発火とは思えないし、通行人が吸いさしのタバコを投げ捨てるような場所ではないので、不審火の可能性が考えられる。私の家の裏も以前は長い間空き地になっていて、夏には雑草が繁茂し冬には立ち枯れになるので、万が一燃え上がると危険なので毎年自治会を通じて申し入れ、しぶる不在地主に枯れ草の始末をしてもらっていた。その危険が現実のものとなったが、大事にいたらずに何よりであった。

話は飛ぶが、かってパリ・オペラ座の中を見学していたときにも火事に出会ったことがある。近くで火事が発生したので出入り口を閉鎖するから避難する人はすぐに外に出るようにとのアナウンスが流れたが、舞台装置などを作り上げている最中だったので妻と私はのんびりと見学を続けることにした。


回廊に出ると窓越しに消防車がハシゴを伸ばしているのが見えた。消防署のヘリコプターまでがやってきて広場に着陸する様子を眺めていた。


やがて閉鎖が解けたので外に出たが、まだ周辺の交通は規制されており、鎮火はしたようであるが煙はまだ噴き上がっていた。改装中の工事現場で火災が起きたとのことであった。これは2002年4月4日のこと、記憶に残る経験だったので昨日の出来事に便乗して書き留めておく。






「カティンの森」を観て 不条理な死

2010-01-22 20:17:16 | Weblog
アンジェイ・ワイダ監督の重い映画だった。

1939年9月、ポーランドはナチス・ドイツとソ連の双方に侵略されて分割占領され、その結果ドイツとソ連が国境を接することになった。その時にソ連軍の捕虜になった1万5千人のポーランド軍将校が行方不明とされていたが、1943年2月、スモレンスクの近辺グニェズドヴォ村近くの森で銃殺死体となっていたことがソ連に侵攻したドイツ軍により発見された。4400人ほどの遺体が森に埋められており、やがてカティンの森事件として知られることになった。犠牲者の一人がこの映画の監督アンジェイ・ワイダの父であったことがワイダ監督自身の言葉で語られている。夫の生還を信じ続けた母を身近で見つめたワイダ監督が、この事件にまつわる被害者家族の苦難と悲劇を描いたのがこの作品と言えよう。

カティンの森事件はまずソ連軍の犯行としてナチス・ドイツのプロパガンダに使われたが、戦後はソ連によりナチス・ドイツの犯罪と喧伝され、ポーランドにおいてすらソ連に対する遠慮からか、真相解明は共産主義政権が崩壊するまではなされなかった。ソ連の崩壊後、その最高機密文書によりスターリンなどが下したポーランド人射殺命令の存在が明らかになった。しかし何故射殺しなければならなかったのか不明な点が多く、映画でもその動機が描ききられていないだけに、最後の場面でポーランド軍将校が一人ひとり、拳銃で頭を撃つ抜かれて死ぬところがこれでもかこれでもかと続くのがやりきれなかった。将校の両腕を二人のソ連兵士がとらえて車から引きずり出す。ロープの輪を首にかけてその端を引っ張ると首に巻き付き、そのつづきのロープで後ろ手を縛り上げてすでに投げ込まれた銃殺体の詰まっている大きな穴の縁に引きずっていく。そこで待ち受けているソ連兵士がさっとピストルを取り出し至近距離で後頭部を撃ち、穴の中に投げ落とす。頭を射貫かれた瞬間の将校の身体の反応が余りにも生々しいので、この演技、どうやって身につけたのだろう、それに両脇を抱えているソ連兵士に噴き出た血が飛びかかりそうなのにそんな気配がない、どうしてだろう、なんて考えることで気を紛らせる始末であった。この不条理さが全体を重いものにしたと思う。

Google Earthでカティンの場所を探してみたらポーランドのクラクフ近くにKatyn Memorial,Krakowのあることが分かった。ロシアにある実際のカティンの森とは大きく離れているのに何故と思ったところ、ポーランドにお住まいの日本女性のブログカティンの森事件にその成り立ちが説明されていた。しかもこの映画のロケ撮影の現場をこの女性は経験されたとのこと、不思議な機縁と言えよう。



お久しぶり 竹本住大夫さん

2010-01-21 15:34:25 | 音楽・美術

先日開場二十五周年記念文楽公演をやっている国立文楽劇場に出かけた。第一部と第二部の公演が入れ替わった直後の午前の部で、出し物は次の通りであった。

伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)
 竹の間の段
 御殿の段
お夏/清十郎 寿連理の松(ことぶきれんりのまつ)
 湊町の段
日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)
 渡し場の段

圧巻はやはり「伽羅先代萩・御殿の段」での竹本住大夫さんのひとり語りであった。三味線の助けを借りてこの段の前半を一人で作り盛り上げていく。その語りが人形に命を吹き込み、一糸乱れぬ所作の流れを生み出していく。舞台のアンサンブルの精妙な美しさにただただうっとりする。住大夫さんはすでに八十路の半ば、しかし全身からほとばしりでる語りのエネルギーに年齢を感じさせるものは何一つない。磨き上げられた芸の恐ろしさ、そしてなによりそのパワーにただただ圧倒されてしまう。

「お腹がすいてもひもじうない」といういつの間にか私のなかに住み着いたこのせりふ、この起こりが「伽羅先代萩・御殿の段」にあることを、住大夫さんの語りであらためて認識した。食糧難の時代がまたやってきたら、こんなせりふを吐いて育ち盛りの子どもたちに食べ物を譲る自分を一瞬想像して、またうっとりとする。そう言えば昔の人にとっては浄瑠璃や芝居が道徳のお手本でもあったのだ。小沢一郎とか鳩山由紀夫といった道徳を超越しきったお方にも効く演目てないものだろうか。

「お夏/清十郎 寿連理の松」などは、恩のある人のために女が身を苦界に沈めてお金を調達するとか、そんな話が出てくるが、「女」を「秘書」と置き換えるとそのまま通るようなことが小沢氏の周辺で現実に起こっていると思えば、これまた変に腑に落ちてしまう。

横道に逸れたが、私は日本情緒を濃厚に漂わせている文楽劇場の雰囲気が好きである。和装のご婦人方が多くて、伝統芸能の舞台に花を添える大切は役割を自然と演じているのがよい。国立文楽劇場へは阪神三宮駅から近鉄奈良行きに乗車し、1時間足らずでつく近鉄日本橋駅の上に出ると目の前なので、きわめて行きやすい。思い立ったらまた出かけてみよう。

過去ログ 
一弦琴「朝顔」の再再演


JALにはじめてのった時の話

2010-01-20 21:39:01 | 海外旅行・海外生活
日航、会社更生法を申請 再生機構が支援を決定

 日本航空は19日、東京地裁に会社更生法の適用を申請した。官民が出資する「企業再生支援機構」が同日、日航支援を正式に決め、政府が承認した。運航や営業は平常通り続ける。機構は日航を管理下に置き、3年以内の経営再建を目指す。グループの負債総額は2兆3221億円で、事業会社では過去最大の経営破綻(はたん)になった。
(asahi.com 2010年1月19日20時34分)

これは昔流に言えば倒産、すなわち会社が潰れたと言うことだろう。とにかく日本のフラッグシップ・キャリアであったJALの株券が文字通りただの紙切れになるのを目の前で見せられたわけで、これは凄いことが起こったのだと経済音痴の私でも分かった。しかし分かるのはそこまでで、先は分からないことだらけである。倒産したら会社が潰れるわけだから残るのは精算処理だけかと思うのに、また大金を注ぎ込んで再建させるという。いろんな立場からそれぞれの思惑があってこのような処理になったのだろうが、どれほどの成算があるのやら、門外漢にはさっぱり分からない。破産したのにJALの航空機が今も世界の空を飛び回っているとのことなので、ただただ安全運行を念じるのみである。

この日航機に私がはじめて乗ったのは1968年9月27日(アメリカ西部時間)のことである。留学のために一家でアメリカに渡ったのは1966年8月であったが、その時は船と汽車の旅だったので、アメリカから帰る時にはじめて飛行機にのったのである。昔の書類がたまたま目についたので整理していたら、偶然にもそのときのJALの航空券などが見つかったので昔懐かしさに取り出してみた。Santa Barbaraの旅行社にLos AngeresからHonolulu、東京経由で大阪(伊丹)までの切符の手配を頼んだのであるがその搭乗機がJALであった。当時、国際線はJALだけだったのでほかに選択肢はなかったのである。下図はその時に貰ったJALの時刻表の表紙と、太平洋路線西回りのスケジュールに旅行社からの旅程表を重ねたもの、さらに航空券の控えである。




これらを眺めているといろいろなことが思い出された。われわれ夫婦と子ども3人、計5人のご一行様が1968年9月27日11時30分にLos AngeresをDC-8機で飛びだち、同じ日付の13時40分にHonoluluに到着、そこでレンタカーをして予約していた市内のホテルに直行した。北極回りの路線はまだなかったので、大阪まで直行すると長時間のフライトになる。そこで途中で一息入れることにしたのである。一泊して翌日真珠湾を訪れようとしたがフェンスにはばまれて中に入れなかった。そしていよいよ空港に戻りかけた時に私の視力に異常が発生したのである。交通信号の赤、青、黄の三色がすべて灰色に見えて色の識別ができなくなったのである。今から思うと疲労困憊の極に達していたのだろう。出発までの1週間ほどは睡眠もまともに取れずに、引き揚げのための諸々の準備に大童となっていたからである。しかし空港には急がなければならない。手足は幸いなんとか動いたので交差点に差し掛かると、妻に信号灯の色とGo、Stopを叫ばせながら機械的に手足を動かしてなんとか空港に滑り込んだのである。色が分からなったのはこの時限りである。

東京まで私はぐったりとなってひたすら睡眠を貪っていたが、あとで聞くと生後一年半の次男を連れた妻がスチュワーデスの扱いにかなり不満を募らせたそうである。赤ん坊をなんとなく邪魔者扱いするスチュワーデスがきわめて慇懃無礼であったと言うのである。たとえば白湯を頼んでも何回か言わないと持ってきてくれなかったとか、おむつの取り替えに冷たい視線を向けられたとか、私に言わせるとその程度のことなのであるが、妻の神経の方が繊細であったのだろう。しかし私もカチンと来ることがその後であった。羽田で伊丹行きへの乗り換え手続きにかなり時間を取られて、国際線から国内線へ子どもを引き連れ徒歩で急いだが、ようやく間際になって牽引車のようなものに拾い上げて貰ったもの間に合わず、予定の便はわれわれを置いて出発してしまった。結局一便遅れたが、連絡がないまま搭乗機からわれわれが降りてこないものだから、出迎えに来た双方の両親が心配になって問い合わせて、ようやく様子が分かるという始末であった。妻はもう二度とJALには乗らないとお冠であったが、そんなに気張るまでもなく、JALの航空券はいつも割高で貧乏学者としては敬遠せざるを得なかった。

ちなみに1966年にアメリカから帰ってきた時のチケット代はLos Angeresから大阪まで大人が397.10ドル(子どもはその半額)で、360円の時代だったから約15万円、当時の物価水準を考えると結構高価であったが、それを十分に賄える給料をアメリカが出してくれていたのだからその度量には今さらながら敬服せざるをえない。

JAL破産が何故か昔話になってしまった。




NHK大河ドラマ「龍馬伝」で一弦琴「須磨」が

2010-01-18 13:13:59 | 一弦琴
坂本龍馬の三歳年上の姉、乙女は身長が174cm、体重が112kgの偉丈婦であったという(ウィキペディア)。文武両道の達人で書道・和歌・剣術などを龍馬に教えたのみならず、琴、三味線、舞踊などの芸事にも長けていたそうである。その乙女が一弦琴を門田宇平について習い、それをまた龍馬に教えたという話もあるだけに、今回始まったNHK大河ドラマ「龍馬伝」で一弦琴の演奏されるシーンもあるのではと期待していたが、早くも第三回の昨日そのチャンスが訪れた。龍馬の初恋?の相手、平井加尾が一弦琴を奏でたのである。といっても「須磨」の始めのほんの一さわりで、唄は入らなかった。

加尾の一弦琴の師匠も門田宇平だから乙女と同門で、その流れを汲む一弦琴奏者は高知には大勢いらっしゃる。どなたかが影の奏者を務めたのであろうかと思いつつ、私もこのシーンに触発されて久しぶりに「須磨」を唄った。以前に記した一弦琴「須磨」でこの曲にまつわる話を述べているので、興味をお持ちの方にお目通しいただけたらと思う。

このドラマシーンが切っ掛けになって、一弦琴に興味を持ち、習ってみようかなと思われる方が一人でも多からんことを願う。

追記(1月19日) 平井加尾を演じる広末涼子さんはなんと高知市出身で、一弦琴も先生に稽古をつけていただいたそうである。登場シーンではぜひ一弦琴を!

政局を面白くしたか小沢さん?

2010-01-17 19:26:38 | 社会・政治
今をときめく民主党幹事長小沢一郎さんについて、私は小沢さん、政局を面白くで次のようなことを述べている。2007年9月26日に福田康夫内閣が発足してから間もない11月5日の記事である。

小沢さんが適当な人数を引き連れ民主党を飛び出し、とくに参議院でのキャスティング・ボートを握る新党でも結成すれば、「政局」がより面白くなることは確実である。それで公明党が霞んできたらもっと面白くなる。小泉さんが辞めてから面白くないこと続きの政局の活性化に繋がればと思う。

それから2年で、なんと民主党が衆議院選挙で大勝利して政権の座に着いたものだから、まさに世の中一寸先は闇である。この言い方、なんだかおかしいようであるが、それを心得てのうえの言葉遣いである。そして政局が面白くなったかといえばちっとも面白くない。小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」をめぐる政治資金規正法違反容疑事件で元秘書3人(うち一人は現職衆議院議員)が逮捕され、ここ連日、これにまつわる話が世間の耳目を集めているようであるが、私は意識的にこの話に首を突っ込まないことにしている。検察側が元秘書たちをわざわざ逮捕した理由、経緯を国民に分かるように発表し、また小沢幹事長も土地購入資金をどのように調達したのか、それさえ明らかにすれば終わりなのに、ニュースソースを明らかにしないままマスメディアが賢しらげにとやかく口を出す。あほらしくて耳を傾ける気がしない。

私は上のブログでこのようにも述べた。

小沢さんでもう一つ気に入らないのは、不動産という形で確か10億を超える巨額の政治資金を貯め込んでいることである。「井戸塀」という言葉を知っている世代の人間にとって、お金が減るどころか逆に増えてくるような政治家はそれだけで胡乱くさいのである。ちなみに「井戸塀」とは(昔の)政治家が屋敷まで人手に渡して政治資金を作ったことを、だから井戸と塀しか残らなかったと表現したのである。私財を投入してまで政治に奔走する姿を人々は尊敬の眼で眺めたことであろう。池田勇人氏と自民党総裁の座を争い敗れた藤山愛一郎氏が世に知られた最後の「井戸塀」政治家であった。

その不動産がいかほどのものか、今朝の朝日新聞に出ていた。


金の流れがどうのこうのと、何が本当なのか何が嘘なのか、検証がままならぬ情報に踊らされるのは愚の骨頂で、要はこの事実だけで十分である。やはり小沢さんは胡乱くさい。政治家のふりをした利殖家にはそろそろ政界からお引き取りいただこう。

私と同じような見方をし、それを公の場で口にした政治家が一人、民主党にもいた。渡部恒三さんでasahi.comはこのように伝えた。

「政治資金で土地買うなんて」 渡部氏が小沢氏批判

 民主党の渡部恒三前最高顧問は10日のテレビ朝日の番組で、小沢一郎幹事長の資金管理団体による土地取引問題について「(政治家が)お金に困って土地を売ったという話はずいぶん聞くが、政治資金で土地をお買いになったという話は生まれて初めて聞いた」と述べ、小沢氏側の対応を疑問視した。
(asahi.com 2010年1月11日0時51分)

この勢いで小沢氏の首に鈴をつけていただきたいものである。



今年はドイツ歌曲を

2010-01-15 17:46:23 | 音楽・美術
昨日(14日))は今年はじめてのヴォイストレーニングの日で、しばらくお休みだったSalvatore Marchesi OP.15の勉強を再開した。基本的な歌唱法を正規の音楽教育を受けていない私にはとても勉強になる。これはイタリア歌曲への入門書といった性格のものであるが、それはそれ、今年はドイツ歌曲に力を入れたいと思っている。それで正月早々購入したのが次の畑中良輔編、小林一夫訳「ドイツ歌曲集 2(中声用)」(全音楽譜出版社)である。


Schumann、Brahms、Franz、Mendelssohn、Loewe、List、Wolfなどによる50曲について、ドイツ語歌詞の日本語対訳に加えて、私がはじめて見るような詳しい解説とか曲目紹介が巻末に収められている。ドイツ語の詩の内容をよく咀嚼することが歌の音楽性表現の第一歩で、それを手助けしようとする編・訳者の意気込みが伝わってくる素晴らしい出来の教本である。

50曲の手始めにまず選んだのがMendelssohnの「Venezianisches Gondellied」である。このタイトルで知られる曲をMendelssohnは3曲作曲しており、有名な無言歌集第一巻に出てくるのがOp.19、No.6のト短調ヴェネティアの舟歌 第一、そして無言歌集第二巻に出てくるのがOp.30、No.6の嬰ヘ短調ヴェネティアの舟歌 第二である。それぞれの趣のあるピアノ曲でどちらも好きである。そして6 LiederのOp.57、No.5がこの歌で、Thomas Mooreの英語の詩をFerdinand Freiligrathがドイツ語に訳した歌詞で歌われる。原詩と翻訳を挙げておく。

When through the Piazzetta
    Thomas Moore

When through the Piazzetta
Night breathes her cool air,
Then, dearest Ninetta,
I'll come to thee there.
Beneath thy mask shrouded,
I'll know thee afar,
As Love knows, though clouded,
his own Evening Star.

In garb, then, resembling
Some gay gondolier,
I'll whisper thee, trembling,
"Our bark, love, is near:
"Now, now, while there hover
"those clouds o'er the moon,
"'Twill waft thee safe over
"yon silent Lagoon."


Wenn durch die Piazetta
    Transl. by F. Freiligrath

Wenn durch die Piazetta
die Abendluft weht,
dann weißt du, Ninetta,
Wer wartend hier steht.
Du weißt, wer trotz Schleier
und Maske dich kennt,
Wie die Sehnsucht
im Herzen mir brennt.

Ein Schifferkleid trag' ich
zur selbigen Zeit,
und zitternd dir sag' ich:
das Boot ist bereit!
O komm jetzt, wo Lunen
noch Wolken umzieh'n,
laß durch die Lagunen,
Geliebte, uns flieh'n!

ゴンドラに乗って二人だけの世界に逃げていこう、ということだろうが、さすが詩人だけにその情景を言葉で描き出すところがうまい。それを歌でどう表現するかが私のこれからの課題である。

この歌を私が以前に伝説のソプラノ、ロッテ・レーマンとのささやかなかかわりで述べたロッテ・レーマンが歌っているYouTubeを見つけた。1941年10月15日のラジオ放送らしい。真珠湾攻撃のほぼ2ヶ月前で、この頃彼女はすでにアメリカに逃れていた。「Auf Flügeln des Gesanges」「Neue Liebe」「Venezianisches Gondellied」の3曲が歌われており、6分20秒頃からこの最後の歌が始まる。5分50秒頃からは彼女自身による解説を聞くことも出来る。ゴンドラにしては動きが速いように感じるが、私が漕ぐとしたらもっとゆっくりとなりそうである。



外国人参政権問題解決は時間をかけて国籍生地主義を導入すれば?

2010-01-13 16:49:48 | 社会・政治
外国人参政権法案「錦の御旗として今国会で実現」 民団の新年会で民主・山岡氏

 民主党の山岡賢次国対委員長は12日、都内のホテルで開かれた在日本大韓民国民団(民団)中央本部の新年会で、永住外国人に地方参政権(選挙権)を付与する法案について「一日も早く国会に出てくるようにバックアップし、今国会で実現するよう錦の御旗として全力で取り組む」と述べた。また、山岡氏は小沢一郎幹事長が11日の政府・民主党首脳会議で「日韓関係を考えて政府が法案を出すべきだ」と述べたことを紹介。会場からは拍手がわき起こった。
(産経ニュース 2010.1.12 13:25)

何が錦の御旗かこの記事からは分からないが、永住外国人に地方参政権を付与する法案を通常国会に提出して通過させる、と民主党が張り切っているらしい。あまり関心がなかったので、何故このような話が出てくるのかが分からないまま気にも留めずにいた。それが次の国会で成立させるというのだから驚いた。何をそんなに慌てているのだろう。ちなみに民主党マニフェストを「外国人参政権」で検索しても、何も出てこなかったのでマニフェストでの公約ではなさそうである。私なんぞは参政権は国民固有の権利だと思っているので、日本国民がその権利を行使するだけのことであろうに、日本国籍が無くても日本に長く住んでいる人にも参政権を与えようというのだから、ちょっと訳が分からない。ばらまき大好きの民主党がお金だけではなくて、国民固有の権利まで大盤振る舞いをしようとしているのかのようでもある。

伝えられるところでは小澤一郎民主党幹事長がリーダーシップをとっているとのことである。そしてこの間の経緯をどうも次のようなことらしい。

 民主党議員でつくる「永住外国人法的地位向上推進議員連盟」(岡田克也会長)が昨年まとめた提言書は、「地域社会の一員として、日本人と同様に生活を営んでいる」永住外国人に地方自治体の議員と首長の選挙権を与える方針を示した。立候補する被選挙権や直接請求権など、ほかの参政権は除外している。
 08年末の永住外国人の数は91万人。人口1億2千万人の1%に満たず、半数を在日韓国人・朝鮮人など特別永住者が占める。提言は、世論の反北朝鮮感情を意識して、対象を韓国など外交関係のある国・地域の永住者に限る。
(mytown asahi.com aichi 2009年12月02日、以下同じ)

では対象となる永住外国人がどのような意見を持っているかというと、次がその一例になるだろう。

 外国人選挙権は、在日本大韓民国民団が中心となって求めてきた。在日本朝鮮人総連合会は「まずは(北朝鮮との)戦後補償や国交回復に取り組むべきだ」(総連愛知県本部・文光喜(ムン・クワン・ヒ)副委員長)と以前から反対の立場だ。
 「税金を納め、義務も果たしている。選挙権があれば、参加意識も高まる」。民団愛知県地方本部の副団長、李豊宏(イ・プン・グエン)さん(48)は名古屋市生まれの在日2世。市内で15年ほど不動産業を営み、双子の娘が通う地元中学のPTA会長を務める。地域の盆踊りや餅つきも手伝う。
 反対派の「帰化すればいい」という主張に対し、「民族の歴史と心情を理解してほしい」と訴える。
 植民地化で日本人にされ、敗戦で日本人でなくなり、戦後は差別を受けるなど、在日の人々には国籍制度に振り回されてきた過去がある。「民族の誇りを捨ててしまう気がして、日本国籍取得は心にハードルがある。でも、生まれ育った名古屋への愛着は、日本人と同じなのです」

選挙権がどうしても欲しいのなら帰化して日本国籍を取得すればよいのにと私は思うが、肝心の在日韓国人2世の方が心にハードルがあると仰るとこれまた仕方がないことになる。過去の歴史があるからである。

これまでこのブログの「在朝日本人」というカテゴリーで、私が戦前から戦後にかけて、すなわち幼稚園から国民学校5年生まで朝鮮で過ごした経験に関連した記事を書き連ねてきたように、私には朝鮮の風物に深い愛着があり、故郷と言う言葉で思い出すのは今でも朝鮮なのである。だからここに名前の出てくる李豊宏さんが「生まれ育った名古屋への愛着は、日本人と同じなのです」と言われたことは素直に同感できるし、またその一方、「心にハードルがある」と言われるのも心情的には頷いてしまう。しかしそうかと言って、ではお望みのままに日本国籍を持たないまま参政権をどうぞ、とは言いかねるのである。なぜなら参政権要求の根拠がいかにも便法的と私の目には写るからである。しかも参政権と言いながら地方に限るとか被選挙権は認めないとかまことに中途半端で、その上違憲問題まで取り沙汰されているなど問題山積であるので到底私は乗れない。ではほかに解決策がないのかと言えば、無いわけではないと私は思う。参政権は国民の固有の権利とする原理原則にもどり、それと折り合いのつく解決策を見出せばよいのではないか。

実は私には二重国籍の息子がいる。一家でアメリカに留学していた時に生まれたので、日本国籍に加えて生地主義をとるアメリカの法に従いアメリカ国籍も取得した。わが国では出生や婚姻で自動的に外国国籍を取得した場合には日本国籍留保・選択が認められおり、二重国籍解消は本人の自由意志に任せられているので、現在も二重国籍を保持しているのである。そこで私は思うのだが、外国人参政権なんて中途半端なことでお茶を濁すのではなくて、国籍を生地主義に改めればよいではないか。日本で生まれた限り両親の国籍いかんにかかわらず否応なしに自動的に日本人になるのである。生まれた子供が親の国籍を取得しまた保持することはそれぞれの国の法律との兼ね合いで自ずと決まってくることだろう。今取り上げている在日韓国人について言えば、日本で出生した在日韓国人にはこの法律が発効した時点で自動的に日本国籍を与えてしまえばよいのである。その日本国籍が要らない人は自らの意志で放棄すればよいのであって、その結果参政権を失ったとしてもそれは本人の選択なのである。もちろん日本国籍の自動取得と言っても一定の条件を満たすことを前提に考えるべきなので、すべての永住外国人が日本国籍を得ることにはならないだろうが、何事もすべてが完璧に思うように行かないのは世間の常である、との割り切りも一方では必要になるだろう。

従来血統主義の国籍法をとってきた日本に生地主義に馴染みは薄いが、縁あって異国の日本に生まれた外国人の子どもが、日本人の子どもと同じように育ち、学校に通い、就職もするまで同化する可能性を伸ばしこそすれ妨げることのない環境作りが最重要であると思う。泥縄式の外国人参政権付与より、原理原則が透明な生地主義を採用すべく、国民の間に議論を湧き上がらせるべきではなかろうか。その論議なしの外国人参政権付与を私は拙速と断じたい。蛇足ではあるが、アメリカのオバマ大統領の出現が生地主義の一つの大きな成果であることは間違いない。。