桒田三秀税理士

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三大がっかり

2020-11-30 07:59:39 | 日記
 「日本三大がっかり名所」というのがある。

 「札幌時計台」「高知はりまや橋」と来て、三つめは諸説あるようだ。

 「長崎オランダ坂」「沖縄守礼門」「京都タワー」。

 私は、「龍安寺の石庭」だと思う。

 大学の時、龍安寺のそばに住んでいたのだが、狭くてセコくて、これが教科書に出ていた

 有名なスポットかと思ったものだ。これはミニチュアで、ちゃんとした庭が別の場所にあるのだろうと

 思っていたら、それしかなかった。

 いずれにせよ、時計台や、はりまや橋の近所の人は

 「勝手に名所にしておいて、勝手にがっかりとは勝手すぎる」と思うのだろう。

 

 
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死の谷

2020-11-29 07:50:41 | 日記
 「死の谷」という古典的で普遍的な経営戦略のコンセプトがある。

 同じ業界で競争をする大企業同士を比較すると圧倒的なトップが儲かり、

 それに続く2番手、3番手の企業は収益が上がりにくい「死の谷」のポジションにあるというものだ。

 たとえば自動車ではトヨタ自動車と比較して日産自動車、ホンダが、

 コンビニではセブン-イレブンと比較してファミリーマート、ローソンが死の谷のポジションにいるとされる。

 死の谷のポジションの企業は、業界が好調のときは利益が上がるが、

 不況になるとまっさきに業績が悪くなる。

 そして業界が縮小して事業から撤退するのも死の谷の企業から始まる。

 興味深いことに業界のさらに下位の企業の中には好業績を上げる企業がる。

 トップと同じことをやっていたら勝てないことが自明なので、差異化を試みて成功するのだ。

 この理屈は、新聞業界でも回転寿司でもあてはまる。

 同じ品質やサービスを提供しているようでも、何でこの店が流行って、あの店がつぶれるのか

 「死の谷」から逃れるには、自分が死の谷の位置にあることを知ることだろう。

  
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命日

2020-11-28 07:48:58 | 日記
 四年前の今日、5年にわたる闘病の末、母が亡くなった。

 亡くなる前日、意識の混濁している母の病床で、血流が悪くなって変色した母の足を

 女房と二人でさすってやると、ピンク色になった。

 女房は毎晩そうしてやっていたのだが、わたしはそれが最初で最後だった。

 翌早朝、病床を尋ねた女房が「お母さんが息をしていない」と声を上げた。

 前夜、私がさすってやったので満足したのか安心したのか分からないが

 誰にも最期を看取られずに、ひとりで旅立っていった。

 クリスマスの近いこの時期、うちでは毎年イルミネーションを飾っていた。

 道行く人の「名所」にもなっていて、母は毎年楽しみにしていた。

 亡くなった日の晩も、鮮やかに輝くイルミネーションを見て

 弔問に来てくれた友人が「不謹慎じゃないのか」と言ってくれたが

 「母はこれが楽しみだった。きっとこれを見てる」と言うと分かってくれた。

 亡くなって1年2か月後に、母が息を引き取った二階の寝室の南正面に、事務所を新築した。

 そこは、父と母が50年近く縫製工場をやっていた場所で、解体した跡地に建てたものだ。

 私の机がある場所は、ちょうど母がミシンを使っていたまさにその場所になる。

 仕事に追われる毎日だが、椅子に座って一息ついていると、ふと母が見ているような気になる。

 母が遺した「自慢の息子だった」という遺書を見返して、

 恥ずかしいことはできないと思い直す。

 15年余り続けていたイルミネーションも、何だか役目を終えたような気になって

 その年を最後にやめた。


 

 
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ある意味気持ちいい

2020-11-27 07:42:18 | 日記
 SNSの傾向は、どちらかに意見が集中するか、真っ二つに分かれることだ。

 多種多様な意見が無く、ある問題が起こると当事者は一方的に叩かれることがある。

 先ごろ、お笑い芸人のたむらけんじさんが、元大阪市長の平松邦夫氏が、たむらさんの自身の5年前の投稿を

 最近の投稿と勘違いしてリツイートしたことから誹謗中傷が殺到したことに激怒した。

 そして「どう責任を取られるのかな」などとつぶやいていた。

 たむらさんは、その後、直接平松氏と話をしたことを明かし「今回の件はもうおしまいです」

 と手打ちを宣言した。

 たむらさんはツイッターで「直接お話させて頂きまして、ご理解して頂きましたので、

 今回の件はもうこれでおしまいです。皆さんもこれ以上の平松さんに対するツイートなどは

 控えて頂けたらと思います」と呼びかけていた。

 そして最後に「より良い大阪になる様に宜しくお願いします」と締めくくっていた。

 何処までもしつこく食い下がって反撃する風潮が強い昨今、ある意味気持ちいい結末だ。
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すべて結果論

2020-11-26 07:23:07 | 日記
 野党や評論家は、コロナ渦における政府の施策を「場当たり的」と批判する。

 しかし、場当たり的で当たり前だ。なにしろ初めてのことだ。

 政府与党が口が裂けても言えない言葉がある。

 「多少の犠牲は覚悟しても、経済を回さなければ国が亡ぶ」。

 経済を回すことと感染防止は相反することになるが、バランスを取りながらやっていくことが必要だ。

 野党や評論家は、結果論でモノを言う。

 責任を取らなくていい人たちの言うことを聞くことはない。

 

 
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