命日

2020-11-28 07:48:58 | 日記
 四年前の今日、5年にわたる闘病の末、母が亡くなった。

 亡くなる前日、意識の混濁している母の病床で、血流が悪くなって変色した母の足を

 女房と二人でさすってやると、ピンク色になった。

 女房は毎晩そうしてやっていたのだが、わたしはそれが最初で最後だった。

 翌早朝、病床を尋ねた女房が「お母さんが息をしていない」と声を上げた。

 前夜、私がさすってやったので満足したのか安心したのか分からないが

 誰にも最期を看取られずに、ひとりで旅立っていった。

 クリスマスの近いこの時期、うちでは毎年イルミネーションを飾っていた。

 道行く人の「名所」にもなっていて、母は毎年楽しみにしていた。

 亡くなった日の晩も、鮮やかに輝くイルミネーションを見て

 弔問に来てくれた友人が「不謹慎じゃないのか」と言ってくれたが

 「母はこれが楽しみだった。きっとこれを見てる」と言うと分かってくれた。

 亡くなって1年2か月後に、母が息を引き取った二階の寝室の南正面に、事務所を新築した。

 そこは、父と母が50年近く縫製工場をやっていた場所で、解体した跡地に建てたものだ。

 私の机がある場所は、ちょうど母がミシンを使っていたまさにその場所になる。

 仕事に追われる毎日だが、椅子に座って一息ついていると、ふと母が見ているような気になる。

 母が遺した「自慢の息子だった」という遺書を見返して、

 恥ずかしいことはできないと思い直す。

 15年余り続けていたイルミネーションも、何だか役目を終えたような気になって

 その年を最後にやめた。


 

 
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