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俺たちは粒じゃない

 砂時計は面白い。サウナに入って5分計の砂時計をひっくり返します。半分くらい落ちたところでギブアップ。二分半ですね、我慢できたのは。半分落ちたから半分の時間がたったと分かります。

 でも、なぜ砂を使うのでしょう。砂時計を作るとき、砂の大きさをそろえるのも大変ですし、液体を使ったらいいじゃないかと思いませんか?ところがそれでは駄目なのです。もし、砂の代わりに液体が入っていたとしたら、最初は勢い良く落ちて、だんだん落ち方が遅くなります。水時計では経過時間を知るのが難しいのです。

 ところが、砂時計では上にいくら砂が詰まっていても下のほうの圧力は一定なのです。だから一定の速度で落ちていきます。これが経過時間を計れる理由であり、また海底5000メートルに海底基地を作るのは難しいけれど、標高4810mのモンブランに、モンブラントンネルを掘ることは出来る理由でもあります。

 満員電車から素早く降りるためにドアを改良するとしたらドアを大きくするか、ドアの数を増やすかですね。しかしその効果には歴然とした差がある。ドアを大きくすると余計に時間がかかることがあるというのです。もともと二人が同時に降りることの出来るドアを二人半ほどの幅にしたときの混乱を想像すれば理解できますね。現在JRでは6ドア車まで導入されています。

 高速道路で渋滞が起きたとき、事故のときもあるが、しばらくのろのろ走っていると、また普通に走り出すときが多いのです。自然渋滞と言うやつですね。百メートルに車が7台以上いるとどうしてもブレーキを踏むことになり、だんごが出来るのだそうです。

 この関係なさそうな三つのエピソード。物事を粒として考える粉粒体工学で解析できるのです。砂や車や人間がお互いに意思疎通の無い粒からなる集団として扱うとこれらの現象が説明できます。

 田口義弘著「砂時計の七不思議」中公新書ではこういったエピソードを交えながら粉粒体の動力学を紹介しています。文章も読みやすいし、物理全体に対する姿勢にも好感が持てるし、お勧めの本です。勿論文科系、体育会系の人でも楽しく読めると思います。特に中高生に読んで欲しい本です。

 でも人間を、お互いに意思疎通しない粒として取り扱うと、色々な現象が説明できると言うのは失礼な話ですね。これからは電車から降りるとき、ちょっと会釈して降りようと思うのです。誰ですか、高速道路でパッシングライトを浴びせているのは?まあコミュニケーションの一方法ではありますけれど、、、


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