郡保家の一日

極く有りふれた家庭です。その生活の一端を記録していきたいと思います。

秋晴れ

2009年10月27日 | 日記

 天気が良いので淀川に散歩に行きました。あぜ道にコスモスが可憐に咲き、稲刈りはすでに終わっていました。昼からはJA高槻でセミナーが開かれるので聞きに行きました。

 

 

今日の夕食は、

 

 

 

 

 

 

 

 

◆おでん ◆つばすの味噌煮 ◆キャベツの胡麻酢和え ◆きゅうりの即席漬け

   ~鍋物の季節になりおでんを煮ました(大根・人参・卵・竹輪・ごぼうてん・蒟蒻・里芋・生揚げ・餅)

 JAたかつき文化セミナー 「心と体の健康について」の題で比叡山金乗院住職 栢木寛照(かやき かんしょう)師の講演を夫婦で聞きに行きました。俗っぽい和尚でTVに今までに5千数百回出ている。また31年間サイパン島へ日本の子どもを連れて行き島の子どもたちと交流させている。と自分の位置づけ、活動をさりげなく紹介。

子どもは先入観がない。レンコンは何故穴がある?、星と空とどちらが上にあるの?と聞いてくる。歳を重ねると顔色を窺がう。顔色が良くても会う人、会う人にどこか具合が悪いの?と言われると暗示にかかり病人になる。退院した人に少し見なかったけどハワイへ行っていたの?と言われると元気になっていく。その言葉は薬となりストレスがかからない生き方に繋がる。自らストレスを感じないような行き方をしようとしたら何事にも感謝、感謝の気持ちを持ち、心を変えることです。なんでも当たり前と思うと不満が出たり、感謝の念が生まれません。たとえば、電源スイッチをonにすると照明が点く。その裏には発電所で働く人、送電線を守る人、照明器具を作る人等が居る。それらの多くの人たちが居なかったら電気は点灯しない。だから、作った人々に感謝し、使わなければならない。何々してくれて当たり前と思うのは浅はかです。この世に当たり前と云うことは無い。あるとすれば死ぬことだけ。人は誰でも死にますからね。当たり前と思わず何事にも感謝して下さい。

農家が作っているお米でもそうです。ご飯は一日300円くらいですがコーヒーでも一杯400円。コーヒーは飲まなくても済みますがご飯は命を守ってくれるものです。もっと消費者に農家の思いを伝えなければいけないと思います。最近の人は楽をしよう楽をしようとします。それだけ本当に忙しいのでしょうか。体が楽になる代わりにその時お金が忙しく働いています。そのお金を得るためにまた忙しく働く。このサイクルは永遠に続く。一度立ち止まって何のために働いているのか考えてみたらと思います。心と体において優れた作家の場合心の中では天皇でも何にでもなれる。一方現実は作家でしかない。体は現実から脱却できない。精神だけが飛びぬけると芥川龍之介、太宰治、有島武郎、三島由紀夫、川端康成などのように自ら死を選ぶ。逆に精神より体が勝ると心の病気になる。体は大人でも心は5歳児。この5歳児に大人の重い荷物を持って歩かせられているような状態で社会に強制的に適応させられている。だから、心が満足しない。満足しないから他人にやさしく出来ない。精神が体より半歩前にでるくらいがバランスが良い。

断食をすると最初の数日は食べ物が頭から離れない。が、6日目頃になると体がスッキリして、もう食べ物を欲しいと思わなくなる。終わりの8日目ではすべての欲から解放される。だから、欲が出るのは栄養過多の状態で起きる。欲が出た時は食べすぎだと思いなさい。ただし、眠たいという欲は取り去ることが出来ない。眠りによりストレスを和らげるように体というものは出来ている。眠ることは大切です。肉体を維持するためには良いものを食べる。坊主なので肉は魚しか食べません。野菜とかをよく食べて下さい。そして小奇麗にし人に好かれたり喜んでもらったりして下さい。そのために人を褒めてあげて下さい。  以上 合掌。

~聞いているときは不自然さを感じなかったが文章に纏める段になると話題の羅列で繋がりがないように思いました。1時間半話すには話があちらこちらに飛ばないと、また笑わせる話題を織り込まないと駄目なのかな?。長時間の一方的な話し方の勉強になったけれど得るものは僅かでした。ここに書かなかった話題もあります。また分かりにくい内容は私なりに付けたしました。


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