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旧ソ連憲法評注(連載第20回)

2014-10-30 | 〆ソヴィエト憲法評注

第四編 人民代議員ソヴィエトおよびその選挙手続き

 本編では、ソヴィエト連邦の国名の由来でもある中核的な制度ソヴィエトに関する通則がまとめられている。ソヴィエトはブルジョワ政治体制の議会制と似るが、単なる立法機関にとどまらない人民権力の基盤となる中核機関である。「評議会制」と訳されることも多いが、ここでは「会議制」と訳すことにしたい。

第十二章 人民代議員ソヴィエトの体系およびその活動原則

 本章は、連邦から町村に至るまで、各レベルごとに重層的に設置される人民代議員ソヴィエトの概要が示されている。

第八十九条

人民代議員ソヴィエト、すなわちソ連最高会議、連邦構成共和国最高会議、自治共和国最高会議、地方及び州の人民代議員ソヴィエト、自治州および自治管区の人民代議員ソヴィエト、ならびに地区、市、市内の街区、町および村の人民代議員ソヴィエトは、国家権力機関の統一的な体系を構成する

 ブルジョワ的な議会制のように、中央の国会と各レベルの地方議会が別立てとされるのではなく、会議制では、連邦から町村に至る各レベルのソヴィエトが体系的に構成される。

第九十条

1 ソ連最高会議、連邦構成共和国最高会議および自治共和国最高会議の任期は五年である。

2 地方人民代議員ソヴィエトの任期は二年半である。

3 人民代議員ソヴィエトの選挙は、当該ソヴィエトの任期満了の二か月以前に公示される。

 ソヴィエト代議員の任期に関する規定である。地方ソヴィエト代議員の任期は、連邦及び構成共和国の半分であった。

第九十一条

1 それぞれの人民代議員ソヴィエトの管轄に属する特に重要な問題は、その会期において審理され、解決される。

2 人民代議員ソヴィエトは、常任委員会を選出し、執行処分機関および自分にたいし報告義務をもつ他の機関を設ける

 第二項にあるように、ソヴィエトは執行処分機関その他の下部機関を設けることができる点で、単なる立法機関を超えていた。

第九十二条

1 人民代議員ソヴィエトは、国家的監督と企業、コルホーズ、施設および団体における勤労者による社会的監督を結合させる人民的監督機関を組織する。

2 人民的監督機関は、国家的な計画および課題の遂行を監督し、国家的規律の違反、地方割拠主義および業務にたいする役所的取組みの現象、ずさんな管理、むだづかい、仕事の渋滞ならびに官僚主義とたたかい、国家機構の仕事の改善を促進する。

 ソヴィエトの権限として特に重要なのは、この監督権(監察権)であった。これは人民主権原理の表れでもあり、ソヴィエトには言わばオンブズマンのような役割も期待されていた。第二項では人民的監督機関の仕事が非常に具体的に列挙されているが、ここに監察対象として掲げられているのは、巨大な官僚国家と化していた当時のソ連で起きていた弊害現象であった。それを憲法にわざわざ列挙しなければならないほど問題は深刻化していたものと考えられる。

第九十三条

人民代議員ソヴィエトは、直接にまたはその設置する機関をとおして、国家建設、経済建設および社会的、文化的建設のすべての部門を指導し、決定を採択し、その執行を保障し、決定の実施にたいする監督を行なう。

 本条は総指導監督機関としてのソヴィエトの権限を明示した規定であるが、実際上は共産党が指導政党の地位にあったため、ソヴィエトもまた共産党の指導下にあり、結果として、ソヴィエトは共産党の道具として象徴的な存在と化していた。

第九十四条

1 人民代議員ソヴィエトの活動は、問題の集団的、自由で実務的な討議および解決、公開、執行処分機関およびソヴィエトの設置する機関のソヴィエトおよび住民にたいする定期的報告ならびにソヴィエトの仕事への市民の広範な参加にもとづいて、行なわれる。

2 人民代議員ソヴィエトおよびその設置する機関は、その仕事および採択した決定についての情報を、体系的に住民にあたえる。

 ソヴィエトは市民の参加と報告というフィードバックを通じて住民との直接的なつながりも期待されていた点では、議会制より民主的な面もあったはずであるが、実際上は、共産党独裁により、こうした機能も形骸化していたと考えられる。

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旧ソ連憲法評注(連載第19回)

2014-10-11 | 〆ソヴィエト憲法評注

第十章 自治ソヴィエト社会主義共和国

 自治共和国制度は多民族国家ソ連に特有の民族自治制度であり、ソ連解体後は、ロシアをはじめとする旧ソ連諸国に引き継がれている。

第八十二条

1 自治共和国は、連邦構成共和国の一部分である。

2 自治共和国は、ソヴィエト連邦および連邦構成共和国の権利の範囲外で、その管轄に属する問題を自主的に解決する。

3 自治共和国は、ソ連憲法および連邦構成共和国憲法に適合し、自治共和国の特殊性を考慮した自分の憲法をもつ。

 本条にあるとおり、自治共和国は独自の憲法を持ち、15の連邦構成共和国の内部に設定される少数民族主体の自治体であった。

第八十三条

1 自治共和国は、ソヴィエト連邦および連邦構成共和国の国家権力および行政の最高諸機関をとおして、ソヴィエト連邦および連邦構成共和国のそれぞれの管轄に属する問題の解決に当たる。

2 自治共和国は、その領土における総合的な経済的、社会的発展を保障し、その領土におけるソヴィエト連邦および連邦構成共和国の権限の行使に協力し、ソ連および連邦構成共和国の国家権力及び行政の最高諸機関の決定を実施する。

3 自治共和国は、その管轄に属する問題について、連邦または共和国(連邦構成共和国)に属する企業、施設および団体の活動を調整し、監督する

 本条は自治共和国の権限規定であるが、これは連邦構成共和国に関する第七十七条に相当するもので、自治共和国は自治体といいながら、ソ連および自治共和国が内包される連邦構成共和国の名代の役割を負わされた。

第八十四条

自治共和国の領土は、その同意がなければ変更されない。

 自治共和国の領土の保障規定である。連邦構成共和国と異なり、包摂自治体のため、国境線の概念はなかった。

第八十五条

・・省略・・

 自治共和国はソ連全土に存在したわけではなく、77年憲法制定当時は連邦構成共和国のうち、ロシア、ウズベク、グルジア、アゼルバイジャンの4共和国内にしか設定されておらず、本条にその名称が列挙されていた。

第十一章 自治州および自治管区

 自治州及び自治管区は、自治共和国よりも権限の限られた小さな民族自治体であった。

第八十六条

自治州は連邦構成共和国または地方の一部分である。自治州にかんする法律は、自治州人民代議員ソヴィエトの提案にもとづき、連邦構成共和国最高会議が採択する。

 自治州は独自の立法機関を持たなかったため、それが属する連邦構成共和国の最高会議が委託により、代行立法していた。

第八十七条

・・省略・・

 77年憲法制定当時自治州が設定されていたのは、ロシア、グルジア、アゼルバイジャン、タジクの4共和国であり、本条にその名称が列挙されていた。

第八十八条

自治管区は、地方または州の一部分である。自治管区にかんする法律は、連邦構成共和国最高会議が採択する。

 自治管区は自治州よりも権限の限られた小さな民族自治単位であり、立法はあげて連邦構成共和国最高会議が行なっていた。

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旧ソ連憲法評注(連載第18回)

2014-10-10 | 〆ソヴィエト憲法評注

第九章 連邦構成ソヴィエト社会主義共和国

 前章に続いて、本章では連邦を構成する共和国の定義と権限が規定されている。

第七十六条

1 連邦構成共和国は、他のソヴィエト共和国とともにソヴィエト社会主義共和国連邦に統合された主権的ソヴィエト社会主義国家である。

2 連邦構成共和国は、ソ連憲法第七十三条にのべられた範囲の外において、その領土で国家権力を自主的に行使する。

3 連邦構成共和国は、ソ連憲法に適合し、共和国の特殊性を考慮した自分の憲法をもつ。

 連邦構成共和国は、ソ連邦に統合されながらも、独自の憲法を持ち、連邦管轄事項以外の事項については、自国領土で国家権力を行使する、それ自体も一個のソヴィエト社会主義国家であるとされる。表面上は、通常の連邦国家の州よりも強力な自治権が保障されているように見えるが、後で明かされるように、実態はそうでなかった。

第七十七条

1 連邦構成共和国は、ソヴィエト連邦の管轄に属する問題の解決に参加し、ソ連最高会議、ソ連最高会議幹部会、ソ連政府およびソヴィエト連邦の他の機関に参加する。

2 連邦構成共和国は、その領土におけるソヴィエト連邦の権限の行使に協力し、ソ連の国家権力および行政の最高諸機関の決定を実施する。

3 連邦構成共和国は、その管轄に属する問題について、連邦に属する企業、施設および団体の活動を調整し、監督する。

 連邦構成共和国は、ソ連全体に関わる問題の解決に連邦諸機関を通じて参加する一方で、連邦の協力機関として、連邦の名代も務めさせられた。どちらといえば、後者の役割が主であった。

第七十八条

連邦構成共和国の領土は、その同意がなければ変更されない。連邦構成共和国間の国境線は、当該共和国の合意により変更され、この合意はソヴィエト連邦の承認を必要とする。

 連邦構成共和国の領土及び国境線に関する保障規定である。

第七十九条

連邦構成共和国は、その地方、州、管区および地区への区分を決定し、行政区画のその他の問題を解決する

 連邦構成共和国は、それぞれ四段階の地方行政単位を持つことができた。

第八十条

連邦構成共和国は、外国と交渉し、条約をむすび、外交代表および領事代表を交換し、国際組織の活動に参加する権利をもつ。

 この条文だけ読めば、連邦構成共和国には独立国並みの自主外交権が備わっているかのようであるが、第七十三条第十号で「連邦構成共和国と諸外国および国際組織との関係の統一的手続きの制定および調整」が連邦管轄となっていること、次条で連邦構成共和国がソ連邦の保護国扱いとなっていることから、実際上、外交はソ連邦が一元的に行なっていた。

第八十一条

連邦構成共和国の主権的権利は、ソヴィエト連邦の保護をうける。

 最後に、冒頭第七十六条では「主権的ソヴィエト社会主義国家」と規定された連邦構成共和国が、実はソ連邦の保護国として主権制限されていることが種明かしされて、第八章は閉じられる。

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旧ソ連憲法評注(連載第17回)

2014-10-09 | 〆ソヴィエト憲法評注

第三編 ソ連の民族的国家構造

 ソ連憲法第三編から第七編までは、統治機構に関する長大な条文群が並ぶ。筆頭の第三編では、連邦体制の全体像が定められている。ソ連の連邦体制はアメリカのような州の連合ではなく、多民族国家の現実に合わせ、それ自身の内部に自治共和国や自治州などを蔵する民族共和国の連合―共和国連邦―という特殊な構制を採っていた。第三編では、そうした「民族的国家構造」の仕組みが示されている。

第八章 連邦国家ソ連

 第三編冒頭の第八章では、ソ連の中核を成す連邦の定義と権限が規定されている。

第七十条

1 ソヴィエト社会主義共和国連邦は、社会主義的連邦制の原則にもとづき、諸民族の自由な自決および同権のソヴィエト社会主義共和国の自由意志による統合の結果、結成された統一的な連邦的多民族国家である。

2 ソ連は、ソヴィエト人民の国家的統一を体現し、共産主義の共同建設のために、すべての民族および小民族を団結させる。

 連邦制の宣言条項であるが、第一項では民族自決と対等な連邦形成が強調されている。しかし、実際は、バルト三国のように強制併合によって編入された共和国を含んでおり、本条項は多分にしてプロパガンダ条項であった。
 第二項ではソヴィエト人民の国家的統一と共産主義建設のための民族的団結が宣言され、第一項と第二項には齟齬がある。実際の連邦運営に当たっては、第二項が指示する統合性が優先されていたことは明白であった。

第七十一条

ソヴィエト社会主義共和国連邦に、次のものが統合される。

・・省略・・

 本条は、ロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国を筆頭に、ソ連邦を構成する15の共和国名のリストとなっていた。

第七十二条

各連邦構成共和国には、ソ連から自由に脱退する権利がのこされる。

 第七十条で「自由意志による統合」が謳われていた手前、構成共和国の自由な脱退権が認められていたわけだが、形式的なもので、実際、ソ連が存在していた間に本条に基づいて脱退した共和国はなかった。

第七十三条

ソヴィエト社会主義共和国連邦の国家権力および行政の最高の諸機関によって代表されるソ連の管轄には、次のことが属する。

一 新共和国のソ連への加入。連邦構成共和国の一部分として新しい自治共和国および自治州をつくることの承認
二 ソ連の国境線の決定および連邦構成共和国間の境界線の変更の承認
三 共和国および地方の国家権力および行政の諸機関の組織および活動の一般原則の制定
四 ソ連の全領土における法令による規則の統一の保障ならびにソヴィエト連邦および連邦構成共和国の法令の原則の制定
五 統一的社会経済政策の実施。国の経済の指導。科学、技術の進歩の基本方向および天然資源の合理的利用と保護の一般的措置の決定。ソ連の経済的、社会的発展国家計画の作成および承認ならびにその遂行報告の承認
六 統一的なソ連国家予算の作成および承認、その執行報告の承認、統一的な貨幣制度および信用制度の指導、ソ連の国家予算の編成にあてられる租税その他の財源の制定ならびに価格および労働報酬の分野の政策の決定
七 連邦所属の国民経済部門、企業統合体および企業の指導。連邦的・共和国的所属の部門の一般的指導
八 平和および戦争の問題、主権の防衛、ソ連の国境線および領土の保護、防衛の組織ならびにソ連軍の指導
九 国家的安全の保障
十 国際関係においてソ連を代表すること、ソ連と諸外国および国際組織との交渉、連邦構成共和国と諸外国および国際組織との関係の統一的手続きの制定および調整ならびに国家独占にもとづく貿易およびその他の種類の対外経済活動
十一 ソ連憲法の遵守の監督および連邦構成共和国憲法がソ連憲法に適合することの保障
十二 全連邦的意義をもつその他の問題の解決

 連邦の権限を列挙した規定である。連邦国家では必須となる条項であるが、アメリカ憲法の対応条文と比較すると、アメリカ憲法では連邦議会の権限として列挙していたのに対し、ソ連憲法では行政的な権限として列挙している点に大きな違いがある。
 内容的にも、アメリカ憲法が連邦の権限を極力防衛を中心とした消極的なものに限定する分権型連邦制を採るのに対し、ソ連では第十二号の包括条項に見られるように、連邦権限は経済指導を含む広範な領域にわたっており、中央集権性の強い連邦制であることが特徴である。

第七十四条

ソ連の法律は、すべての連邦構成共和国の領土で同じ効力をもつ。連邦構成共和国の法律が全連邦的法律と抵触したときは、ソ連の法律が効力をもつ。

 連邦制では当然の確認的な法令効力規定である。

第七十五条

1 ソヴィエト社会主義共和国連邦の領土は単一であり、連邦構成共和国の領土をふくむ。

2 ソ連の主権は、その全領土におよぶ。

 これも連邦国家では当然の領土規定であるが、連邦領土の単一性と包括性を再確認しており、ここにも統合性を優先する発想が見え隠れする。

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旧ソ連憲法評注(連載第16回)

2014-09-27 | 〆ソヴィエト憲法評注

第五十九条

1 権利および自由の行使は、市民によるその義務の履行と不可分である。

2 ソ連市民は、ソ連憲法およびソヴィエトの法律を遵守し、社会主義的共同生活の規則を尊重し、ソ連市民という高貴な呼び名にふさわしい品位をたもつ義務をおう。

 本条から第六十九条までは、ソ連市民の各種義務に関する規定が続く。日本国憲法では国民の義務として、納税・教育・勤労の三つ―第十二条の権利濫用禁止を含めても四つ―に限定されていることと比較しても、義務規定が詳細なことがソ連憲法の特色となっている。
 義務規定の総則に当たる本条第一項にある権利・自由の行使を義務の履行と一体のものとする規定は自由主義に対立するブルジョワ保守主義の憲法思想にも相通ずる部分があり、第二項も「社会主義的共同生活の規則」などの社会主義的な用語を削除すれば、そのままブルジョワ保守憲法の条文として転用できそうである。

第六十条

自分の選んだ社会的有用活動の分野におけるまじめな労働および労働規律の遵守は、労働能力のあるすべてのソ連市民の義務であり、名誉である。社会的有用労働の忌避は、社会主義社会の諸原則と両立しない。

 義務規定の筆頭に労働義務が来るのは、搾取のない労働を基本として成り立つことを建前とする社会主義体制の特質を象徴している。一方、ブルジョワ憲法では最大の国民の義務となる納税の義務は、無税を原則とした手前、憲法上に規定されていない。

第六十一条

1 ソ連市民は、社会主義的財産を大切にし、強化する義務をおう。国有財産および社会的財産の不法領得および浪費とたたかい、人民の富を大切にとりあつかうことは、ソ連市民の責務である。

2 社会主義的財産を侵害する者は、法律により処罰される。

 生産手段の共有を建前とする社会主義体制では、社会主義的共有財産の維持・強化は労働に次ぐ義務と位置づけられていた。第一項第二文で国有財産・社会的財産の不法領得・浪費との闘争を宣言し、第二項で社会主義的財産横領の処罰をわざわざ明記しているのは、それだけそうした経済犯罪や浪費が蔓延していたことの証左である。

第六十二条

1 ソ連市民は、ソヴィエト国家の利益を守り、その力と権威の強化を促進する義務をおう。

2 社会主義祖国の防衛は、すべてのソ連市民の神聖な責務である。

3 祖国にたいする反逆は、人民にたいするもっとも重大な犯罪である。

 本条は、国家に対する忠誠義務を定めたもので、義務規定中最も問題含みの規定である。特に第一項の国益保持・強化義務は、自由な思想・表現活動を同義務違反として抑圧する可能性を含む危険を持ち、実際、そうした政治的抑圧はソ連全土で常態化していた。
 第二項の祖国防衛義務は、第五章で一章を割いて定めていた「全人民の事業」としての国防を、義務の観点から再度具体化したもので、「神聖な責務」という修辞的表現からもソ連体制が国防をいかに重視していたかが窺える。

第六十三条

ソ連軍の軍務に服することは、ソヴィエト市民の名誉ある義務である。

 前条第二項の祖国防衛義務の具体化としての兵役の義務である。良心的兵役拒否の権利を伴わない絶対的義務である。

第六十四条

他の市民の民族的尊厳を尊重し、ソヴィエト多民族国家の民族および小民族の友好を強化することは、すべてのソ連市民の責務である。

 多民族国家ソ連で諸民族が共存するうえで、民族性の尊重は次条の個人の尊重より優先する義務とされた。しかし、このように民族籍優先の発想は、結局のところ民族融和にはつながらず、ソ連解体後に噴出する民族紛争の遠因ともなったであろう。

第六十五条

ソ連市民は、他人の権利および適法な利益を尊重し、反社会的行為にたいして妥協せず、公共の秩序の維持に全面的に協力する義務をおう。

 個人の尊重規定であるが、同時に公共秩序維持への協力義務も定められており、むしろ比重は個々人の尊重より警察的な公共秩序維持にあるように読める。ソ連の管理社会的な一面を窺わせる。

第六十六条

ソ連市民は、子の養育について配慮し、社会的有用労働につけるよう子を教育し、子を社会主義社会の立派な構成員に育てる義務をおう。子は親について配慮し、親を援助する義務をおう。

 本条は第一文で子の教育義務を規定しつつ、第二文では親の扶養義務を課すという親子間での相互扶助的な義務条項である。このような規定にはロシアを中心に、中央アジアも含んだソ連圏の家族扶助的な慣習が反映されているようで、ここでもブルジョワ保守主義と共振する。
 子の教育の義務に関しては、学校教育を受けさせる義務にとどまらず、就労や社会の構成員として育成する義務まで課している点は賛否あろうが、これも家庭教育と社会的適応を重視する保守的教育思想と通ずるものがある。

第六十七条

ソ連市民は、自然を大切にし、その富をまもる義務をおう。

 自然保護の義務を市民にも課するものである。しかし宣言的な規定であり、肝心な政府レベルの自然環境保護は十分と言えず、ソ連時代の環境破壊は今日まで後遺症を残す。

第六十八条

歴史的記念物その他の文化財の保存について配慮することは、ソ連市民の責務であり、義務である。

 本条も前条と同様に、市民に文化財保存の義務を課す宣言的な条項にすぎない。

第六十九条

他国の人民との友好および協力の発展ならびに世界平和の維持および強化を促進することは、ソ連市民の国際主義的責務である。

 義務規定かつ第七章基本権カタログの最後を飾る本条が定めるのは、国際友好協力の責務である。これは冷戦時代、東側陣営盟主であったソ連の平和主義的な対外宣伝にも沿う規定であるが、実際のところは、米国を盟主とする西側陣営と熾烈な諜報戦や代理戦争を展開していたことは、よく知られている史実である。

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旧ソ連憲法評注(連載第15回)

2014-09-26 | 〆ソヴィエト憲法評注

第五十三条

1 家族は、国家の保護を受ける。

2 結婚は、婦人と男子との自発的な合意に基礎をおく。夫婦は家族関係において完全に同権である。

3 国家は、育児施設の広範な設置および発達、生活サービスおよび公共給食の組織および改善、出産手当の支給、子の多い家族への手当および特典の供与ならびに家族にたいするその他の種類の手当および援助により、家族について配慮する。

 本条は、家族の保護と自由婚、夫婦同権原則を定めた規定である。前後に自由権に関する規定が列挙されている中へ唐突に挿入される社会権条項であり、位置関係上は謎が残る。
 本条が第一項と第二項だけなら、社会権を保障する現代的なブルジョワ憲法にもしばしば見られるものだが―日本国憲法では第二十四条に相当―、第三項で育児施設の設置をはじめとする各種の家族福祉サービスの内容を憲法上具体的に定めているのは、特に女性の社会参加を促進するソ連型社会主義体制の目玉であった。
 なお、第二項は結婚を異性間のものに限定する趣旨とも読めるが、憲法制定当時は同性婚について起草者の念頭になく、むしろ婚姻当事者の「自発的な合意」という自由意志の尊重に力点があったのであろう。この点、同種の規定を持つ日本国憲法についても同様に解釈できる。

第五十四条

ソ連市民は、人身の不可侵を保障される。いかなる者も、裁判所の決定または検事の許可がなければ勾留されない。

 本条から第五十六条までは、人身の自由及びプライバシーに関する規定が続く。日本国憲法で言えば、第三十一条から第四十条までに相当するが、ソ連邦憲法の規定は素っ気ないほど簡素であり、人身の自由の保障に弱さがあったことを示唆する。
 本条は人身の自由の保障の筆頭条項として、身柄拘束の憲法的な条件を定めているが、裁判所の決定によらず、検事の許可だけで勾留できる余地を認めるのは、身柄拘束に対する事前の司法審査が万全に行なわれない危険な規定であった。

第五十五条

ソ連市民は、住居の不可侵を保障される。いかなる者も、適法な根拠なしに居住者の意思に反して、住居に立ち入る権利をもたない。

 本条は前条の人身の不可侵に続き、住居の不可侵を定めている。前条が警察・検察等による身柄拘束を想定した規定であるのに対し、本条は家宅捜索を想定した規定である。それにしても、「適法な根拠なしに」という規定はあいまいであり、少なくとも憲法上は家宅捜索に対する司法審査が義務的でないことは、問題である。

第五十六条

市民のプライバシーならびに信書、電話による通話および電信の秘密は、法律によって保護される。

 通信行為を含む広い意味でのプライバシーに関する規定であるが、保護内容は法律に一任してしまっている。その結果、実際には旧ソ連全土に張り巡らされた秘密政治警察網による盗聴や行動監視が常態的に行なわれていたことは、公然の秘密であった。

第五十七条

1 個人の尊重ならびに市民の権利および自由の保護は、すべての国家機関、社会団体および公務員の義務である。

2 ソ連市民は、名誉および尊厳、生命、健康、人身の自由ならびに財産にたいする侵害にたいし、裁判所の保護をうける権利をもつ。

 本条と次条は、受益権に関する規定である。人権擁護を国家機関等に義務づけるとともに、権利を侵害された市民が裁判を受ける権利を保障するものである。

第五十八条

1 ソ連市民は公務員、国家機関および社会的機関の行為を訴願する権利をもつ。訴願は、法律の定める手続きにより、その定める期間に審理される。

2 市民の権利の侵害をもたらす公務員の違法行為または権限をこえる行為は、法律の定める手続きにより、これを裁判所に提訴することができる。

3 ソ連市民は、国家的組織、社会団体および公務員のその職務執行のときの違法行為がもたらした損害の賠償をうける権利をもつ。

 本条は前条の人権擁護義務を前提とし、市民の訴願権と公務員に対する提訴権、国家賠償請求権を定めた規定であるが、独裁的な一党支配国家にあってこれら諸権利がどこまで実効的に確保されていたかは疑問である。

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旧ソ連憲法評注(連載第14回)

2014-09-12 | 〆ソヴィエト憲法評注

第五十条

1 人民の利益にしたがい、社会主義体制を強化し、発展させる目的で、ソ連市民は、言論、出版、集会、会合、街頭および示威行進の自由を保障される。

2 これらの政治的自由の行使は、公共の建物、街路および広場の勤労者とその団体への提供、情報の広範な普及ならびに出版物、テレビジョンおよびラジオを利用できることによって、保障される。

 本条から先は自由権の規定になるが、家族の保護に関する第五十三条を除くと、自由権条項は本条を含めて6か条しかなく、ソ連憲法における自由権の扱いは素っ気ないものとなっている。このことが自由抑圧の直接の根拠ではないにせよ、自由のなかったソ連体制の象徴と見られてもやむを得ない面はある。
 自由権条項筆頭の本条が表現の自由を保障する規定である点は常道的と言えるが、第一項で「人民の利益にしたがい、社会主義体制を強化し、発展させる目的で」という限定が付されていることが、特徴的である。
 この限定は反対解釈すれば、所定の目的を持たない表現活動の自由は保障されず、場合によって処罰される可能性を示唆する。実際、ソ連では体制批判的な表現活動は抑圧された。「人民の利益」といった文言の曖昧さを含め、問題を含む条項であった。
 一方、第二項は表現活動に際して、公共の建物やマスメディアなどから便宜を受ける権利を保障するもので、表現の自由の社会権的な拡張を目指す先進的な規定と見る余地もある規定であったが、これも第一項と読み合わせれば、「人民の利益にしたがい、社会主義体制を強化し、発展させる目的」を持つとみなされた表現活動に限って便宜を受けられるという差別的な対応の根拠となり得るところであった。

第五十一条

1 共産主義建設の目的にしたがい、ソ連市民は、政治的な積極性および自主的ならびにその多様な利益をみたすことを促進する社会団体に、団結する権利をもつ。

2 社会団体は、その規約の定める任務の遂行の成功のための条件を保障される。

 本条は結社の自由を保障する規定であるが、構造上は前条と同様に、目的によって制約されている。しかも、本条は「共産主義建設の目的」と前条以上に狭く限定されている。この規定からすると、本条で保障される結社は共産主義を奉じる団体に事実上限られ、それはつまるところ、共産党の傘下ないし関連団体ということになろう。社会団体の活動に対する支援を定めた第二項の規定が素っ気なく漠然としているのも、そのためである。

第五十二条

1 ソ連市民は、良心の自由すなわち任意の宗教を信仰し、またはいかなる宗教も信仰せず、宗教的礼拝を行ない、または無神論の宣伝を行なう権利を保障される。信仰とむすびつく敵意または憎悪をよびおこすことは、禁止される。

2 ソ連における教会は国家から分離され、学校は教会から分離される。

 かつて西側ではソ連は無神論の総本山と目され、そのことが信仰者の間に強い反ソ主義者を生む原因でもあったが、少なくとも憲法上は信仰の自由と無信仰の自由とを同等に保障する体裁が採られていた。ただ、第一項第一文でわざわざ「無神論の宣伝を行なう権利」に言及されていることは意味深長である。ここでは宣伝を行なう主体は国家でなく、ソ連市民とされているが、無神論を教義とする体制の本音を滲ませた箇所とも受け取れる。なお、第一項第二文は宗教的な憎悪表現の禁止を定めており、これ自体は先進的な規定であった。
 第二項は政教分離と教教分離を定めている。ソ連初期にはロシア正教会への弾圧政策が採られたこともあったが、晩期にはそうした宗教弾圧姿勢を改め、ブルジョワ憲法的な政教分離政策に転換していた。ただし、それは学校の非宗教性まで要求する徹底した分離であった。

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旧ソ連憲法評注(連載第13回)

2014-09-11 | 〆ソヴィエト憲法評注

第四十八条

1 ソ連市民は、国家的および社会的なことがらの管理ならびに法律と全国家的および地方的な意義をもつ決定の討議と採択に参加する権利をもつ。

2 この権利は、人民代議員ソヴィエトおよびその他の選挙制の国家機関を選挙し、これらに選挙され、全人民的な討議および投票ならびに人民的監督に参加し、国家機関、社会団体および社会的自主機関の仕事、ならびに労働集団の集会および居住地の集会に参加することができることにより、保障される。

 本条と次条は広い意味での参政権に関わる規定である。順序としては、社会権と自由権の間に挟まる形で規定されており、社会権より劣後していることは特徴的である。
 狭義の参政権を保障する本条第二項で、参政権の行使は投票に限らず、国家機関ないし公共的機関の仕事に就くこと(公務就任権)、職場や地域の集会に参加することなど多様な形で保障されているように見えるが、実際のところ共産党独裁体制では公職選挙は出来レースであり、各種集会も党公認の官製集会にすぎず、実質的な参政権は確保されていなかったと見られる。

第四十九条

1 ソ連のすべての市民は、国家機関および社会団体にたいして、その活動の改善を提案し、その仕事の欠陥を批判する権利をもつ。

2 公務員は、定められた期間に市民の提案および申請を審理し、それにたいする回答を行ない、必要な措置をとる義務をおう。

3 批判を理由とする迫害は、禁止される。批判を理由に迫害をした者は、責任をとわれる。

 本条は、人民主権原理の表れとして、請願権よりは直接的だがイニシアティブほど直接的ではない、独特の提案・批判権を定める規定である。第三項で批判を理由とする迫害の禁止を注意的に定めているとはいえ、支配政党たる共産党への批判はタブーであり、実際上ソ連の体制批判者は陰に陽に抑圧されていたことは、よく知られている。

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旧ソ連憲法評注(連載第12回)

2014-08-29 | 〆ソヴィエト憲法評注

第四十三条

1 ソ連市民は、老齢、病気、労働能力の全部または一部の喪失および扶養者の死亡のときに、物質的保障をうける権利をもつ。

2 この権利は、労働者、職員およびコルホーズ員の社会保険、一時的労働不能手当、国家およびコルホーズの負担による退職年金、身体障碍年金および遺族年金の給付、労働能力を一部うしなった市民の就職あっせん、老齢の市民および身体障碍者にたいする配慮ならびに社会保障の他の形態によって、保障される。

 前三条の規定が労働‐休息‐健康という中核的な社会権に関する規定だったのに対し、本条からは派生的な社会権の規定が続く。中でも本条は、社会保障の権利を定める。内容的には、日本国憲法の生存権の規定とほぼ重なるが、第二項で権利を保障するための諸制度についてはより詳細に指示されている。ソ連は元来、こうした社会保障制度のパイオニアであり、これが資本主義諸国にも少なからぬ影響を及ぼしたのだった。

第四十四条

1 ソ連市民は、住宅の権利をもつ。

2 この権利は、国有および社会的所有の住宅の発展および保護、協同組合および個人による住宅建設の奨励、設備のよい住宅の建設プログラムの実行にともない供与される住居の社会的監督のもとでの公正な配分ならびに安い家賃および公共料金によって、保障される。ソ連市民は、自分に供与された住宅を大切にとりあつかわなければならない。

 住宅の権利も広くは社会保障の権利の一環であるが、本条はこれを特に取り出して個別に保障するもので、今日でも参照に値する規定である。ただ、第二項にあるように、私有住宅も認められており、純粋の社会権とは異なる面もある。また共産党幹部には特権的に豪華な別荘が供与されるなど、「公正な配分」とは言い難い住宅格差・住宅不足が存在した。

第四十五条

1 ソ連市民は、教育の権利をもつ。

2 この権利は、あらゆる種類の教育の無料、青少年にたいする普通中等義務教育の実施、生活および生産と授業とのつながりを基礎とする職業技術教育、中等専門教育および高等教育の広範な発達、通信教育および夜間教育の発達、生徒および学生にたいする国家からの奨学金および特典の供与、学校教科書の無料交付、学校における自国語による授業を受ける機会ならびに独学のための条件の整備によって、保障される。

 本条は、教育の権利の規定であるが、第二項では学校教育の完全無償化をはじめ、極めて詳細に権利保障のための諸制度が指示されている。特徴的なのは、通信教育や夜間教育などの補習教育や奨学金、さらには独学のための条件整備まで国の責務として言及されていることである。また民族間の平等原則に従い、自国語による授業を受ける権利も保障されている。

第四十六条

1 ソ連市民は、文化の成果を利用する権利をもつ。

2 この権利は、国およびその他の公共機関が所蔵する祖国および世界の文化財の一般公開、国の領域における文化、教育施設の発展およびその均等な配置、テレビジョン、ラジオ、出版事業、新聞、雑誌および無料図書館網の発展、ならびに諸外国との文化交流の拡大によって、保障される。

 教育の権利と並ぶ文化へのアクセス権の規定であり、これも先進的な規定であった。ただ、この権利を保障するための諸制度を指示する第二項にあるマス・マディアの発展を国が支援するという施策は、マス・メディアに対する国家統制につながるもので、報道の自由の抑圧とリンクしていた面は否定できない。

第四十七条

1 ソ連市民は、共産主義建設の目的にしたがい、学問、技術および芸術の創造の自由を保障される。この自由は、科学的研究、発明および合理化提案の活動の広範な展開ならびに文学および芸術の発達によって、保障される。国家はそのために必要な物質的条件を整備し、自発的な協会および創作家の同盟を支持し、国民経済およびその他の生活領域への発明および合理化提案の導入を組織する。

2 著作者、発明者および合理化提案者の権利は、国家の保護をうける。

 本条第一項は、ブルジョワ憲法では通常自由権として規定される学術、芸術の自由を社会権的な構成のもとに規定したもので、これも社会主義憲法の特質ではある。たしかにとりわけ高度な学術研究は国家的支援を必要とするから、社会権的側面は認められるが、一方で学術、芸術の自由は「共産主義建設の目的」に従う限りという制約を課せられたため、反共産主義的な学術、芸術活動は抑圧される結果となった。
 第二項は著作権や特許権を純粋個人の権利とせず、国家的保護を受ける社会的な権利として構成する特色ある規定であるが、明文はないものの、ここでも国家的保護を受ける著作や発明等は「共産主義建設の目的」に従うことが要求されたはずである。

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旧ソ連憲法評注(連載第11回)

2014-08-28 | 〆ソヴィエト憲法評注

第七章 ソ連市民の基本的な権利、自由および義務

 本章は、社会主義的人権カタログの中核を成す章である。ブルジョワ憲法と比較した場合の特徴は、労働の権利を筆頭とする社会権の規定が表現の自由を筆頭とする自由権の規定に先行することにある。これはまさに、社会主義憲法の特質である。このように社会権を先行させる基本権構成は必ずしも自由権を軽視する趣旨ではなかったが、共産党独裁下では自由権が抑圧されたことから、結果的に西側では評判の悪い構成であった。
 しかし、本来からすれば、生存と日々の暮らしに直結する基本権は社会権であり、その保障を最優先することが悪とは考えられない。その意味では、むしろ抽象的な自由権の形式的な保障に終始しがちなブルジョワ憲法が新生ロシア憲法を含め世界的に増加している現在、再発見すべきものを含んでいると言える。

第三十九条

1 ソ連市民は、ソ連憲法およびソヴィエトの法律が宣言し、保障するすべての社会、経済的、政治的および人格的な権利および自由をもつ。社会主義体制は、社会、経済的および文化的発展のプログラムの遂行にともなう市民の権利および自由の拡大ならびに市民の生活水準の不断の向上を保障する。

2 市民は、権利および自由の行使により、社会と国家の利益および他の市民の権利に損害をあたえてはならない

 基本権の総則条項である。第一項第一文では、社会・経済的な権利、政治的な権利、人格的な権利という基本権体系の順序が示されている。第二文では、社会権のプログラム規定性が明らかにされるとともに、社会権を通じた自由権の保障という社会主義的基本権保障の理念が明示されている。
 また第二項は、権利・自由の行使が公益・国益及び他者の権利によって制限されることを示すが、公益・国益による基本権の制限という定式は人権抑圧の根拠にも悪用されるあいまいな規定であった。

第四十条

1 ソ連市民は、労働の権利、すなわち労働の量と質におうじ、国家の定める最低額以上の支払いをともなう、確実な仕事をえる権利をもち、この権利は、適性、能力、職業訓練および教育にしたがい、社会的必要の考慮にもとづく職業、職種および仕事を選択する権利をふくむ。

2 この権利は、社会主義的経済制度、生産力の不断の増大、無料の職業訓練、技能の向上、新しい専門についての訓練ならびに職業指導および就職あっせんの制度の発展によって、保障される。

 具体的な基本権条項の筆頭には、日々の生活を支える労働の権利が置かれる。第一項では職業選択の自由の保障が注意的に定められているが、「社会的必要の考慮」という制限があるように、それは社会主義計画経済の限界内での選択権の保障であった。
 第二項は労働の権利が国家の用意する諸制度を通じてプログラム的に保障されるものであることを具体的に示している。ここに規定される職業訓練などの制度は、今日資本主義体制でも設けられているところである。

第四十一条

1 ソ連市民は、休息の権利をもつ。

2 この権利は、労働者および職員のために一週四十一時間以下労働の制定、若干の職業および職場についての一日の労働時間の短縮、深夜労働の時間短縮、年次有給休暇の供与、毎週の休日、文化的、教育的施設および健康増進施設の広範な設置、大衆的なスポーツ、体育および観光旅行の発展ならびに住宅地域における快適な休息設備および余暇の合理的利用のためのその他の条件の整備によって、保障される。

3 コルホーズ員の労働時間および休息の長さは、コルホーズが規制する。

 本条は、労働の権利に関する前条とセットで休息の権利を保障する。当時としては珍しかった休息の自由に関する詳細な規定であり、ブルジョワ憲法の中では比較的社会権保障に厚い日本国憲法でも、「・・就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」という簡単な法律委任条項(第二十七条第二項)しかないのとは対照的である。
 本条第二項には休息の自由を保障するための諸制度が詳細に定められており、娯楽まで国家が提供する社会主義体制の特質を示している。なお、第三項は、農業労働の特殊性を考慮し、コルホーズ員の労働時間等に関し、コルホーズの自律性を認めたものである。

第四十二条

1 ソ連市民は健康保護の権利をもつ。

2 この権利は、国家保健施設が行なう水準の高い無料医療、市民の治療および健康のための施設の広範な設置、安全技術および産業衛生の発展および改善、病気予防の広範な措置の実施、健康な環境をつくる措置、授業および労働教育との関連のない児童労働の禁止をふくむ成長期の世代の健康についての特別の配慮ならびに病気の予防、罹患率の低下および市民の高齢までの積極的生活の保障をめざす研究の発展によって、保障される。

 これも一般的な社会保障とは別途、健康権を保障する先進的な規定であり、労働‐休息の権利と並ぶ社会的基本権保障の一環である。第二項は医療の無償化をはじめとする健康権を保障する制度の詳細規定であるが、高齢社会の到来を見据え、健康長寿のための国家的研究も視野に収めていたことが窺える。

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旧ソ連憲法評注(連載第10回)

2014-08-15 | 〆ソヴィエト憲法評注

第二編 国家と個人

 総則編としての第一編に続く第二編は、「国家と個人」という見出しの下に、個人の権利と義務に関する条項がまとめられている。いわゆる人権カタログ―言わば、社会主義的人権カタログ―に相当する部分である。その特徴としては、人一般の基本的人権ではなく、ソ連市民の基本的権利(基本権)という形式で規定されていること、またブルジョワ憲法の人権カタログに比べ、義務に関する規定が詳細であり、個人的な自由と社会的な義務を同等に置く傾向が挙げられる。

第六章 ソ連国籍/市民の同権

 本章は人権カタログの総則に当たる部分であり、基本権の前提となる国籍に関する条項に始まり、法の下の平等、男女の平等、人種・民族の平等という三つの平等条項、そして外国人の権利に関する規定を含んでいる。中心は三つの平等条項にあり、自由の前提に平等を置く社会主義的人権カタログの特徴を明確に示している。

第三十三条

1 ソ連においては、単一の連邦国籍が定められる。連邦構成共和国のすべての市民は、ソ連市民である。

2 ソヴィエト国籍の取得および喪失の事由および手続きは、ソ連国籍法が定める。

3 国外にいるソ連市民は、ソヴィエト国家の保護と援護をうける。

 見たとおり、国籍に関する条項である。ソ連は連邦国家であったが、通常の連邦制とは異なり、共和国連邦制という形態のため、すべての市民はソ連邦と構成共和国に二重帰属しつつ、単一の連邦国籍が付与されるという複雑な地位にあった。
 なお、第三項で、国家任務として当然の在外国民の保護と援護を憲法上の権利として保障しているのは、進歩的な規定であった。

第三十四条

1 ソ連市民は、出生、社会的地位、財産状態、所属する人種もしくは民族、性、教育程度、言語、宗教にたいする関係、職業の種類および性格、居住の場所またはその他の事情に関係なく、法律のもとで平等である。

2 ソ連市民の同権は、経済的、政治的、社会的および文化的な生活のすべての分野で保障される。

 法の下の平等条項であり、日本国憲法第十四条と酷似している。自由の前提に平等を置くとはいえ、「法の下の平等」という形式的平等理念は階級分裂を前提とするブルジョワ的な平等哲学に由来しており、それをほぼそのまま踏襲しているのは、ブルジョワ憲法の克服を目指したはずの社会主義憲法としては不足の感がある。

第三十五条

1 女性と男性は、ソ連において平等の諸権利をもつ。

2 これらの権利の行使は、教育、職業訓練、就職、労働にたいする報酬、昇進、社会的、政治的活動および文化的活動において、男性と平等の機会が女性にあたえられること、女性の労働と健康の保護のための特別の措置、女性の労働と母性の両立を可能にする条件の創出、ならびに妊婦と母親にたいする有給休暇その他の特典の供与および幼児をもつ女性の労働時間の漸次的短縮をふくむ母性および児童にたいする法的保護および物質的、道徳的な支援によって保障される。

 本条は両性平等に関する条項であるが、第二項で女性の地位の向上のための社会的な支援が詳細に定められている点で、進歩的であり、形式的な平等にとどまらない実質的な平等の保障を目指す社会主義的な特徴を持つ規定である。この規定により旧ソ連では女性の就労率は高かったが、ソ連解体後、ブルジョワ憲法に後戻りしても、なおロシアの女性の就労率は旧西側諸国より高い。

第三十六条

1 さまざまな人種および民族のソ連市民は、平等の諸権利をもつ。

2 これらの権利の行使は、ソ連のすべての民族および小民族を全面的に発展させ、接近させる政策、市民にたいするソヴィエト愛国主義および社会主義的国際主義の教育ならびに自国語およびソ連の他の民族の言語をつかうことができることによって、保障される。

3 どのようなことであれ、市民がどの人種または民族に属するかによって、直接もしくは間接に市民の権利を制限し、または反対に直接もしくは間接に市民に特権をあたえること、ならびにあらゆる人種的、民族的な排外主義、憎悪または軽蔑の宣伝は、法律によって処罰される。

 本条は、他民族国家ならではの人種・民族平等に関する条項であるが、第三項でヘイトクライムに関する処罰化が明確に規定されている点で進歩的であった。第二項は微妙な問題を含む条項で、民族的平等をソヴィエト愛国主義および社会主義的国際主義の教育と民族語の保持によって止揚的に達成しようとする試みであったが、成功したとは言い難く、むしろソヴィエト愛国主義に偏り、民族性の抑圧につながっていた。

第三十七条

1 外国市民および無国籍者は、ソ連において、法律の定める権利および自由を保障され、自分に属する人格権、財産権、家族にかんする権利およびその他の権利の保護のため、裁判所その他の国家機関に提訴する権利を保障される。

2 ソ連の領土にいる外国市民および無国籍者は、ソ連憲法を尊重し、ソヴィエトの法律を遵守する義務をおう。

 次条と併せ外国人の権利義務に関する規定を持つソ連憲法は、国民国家の枠組みを優先し外国人の権利条項を欠くことが多いブルジョワ憲法に比べ、国際主義的な視野に立っていた。中でも本条は無国籍者をも外国市民と同等に処遇する点で、進歩的であった。

第三十八条

ソ連は、勤労者の利益もしくは平和の事業の擁護、革命運動もしくは民族解放運動への参加または進歩的な社会的・政治的、科学的もしくは他の創造的活動のため迫害されている外国人に、避難権をあたえる。

 これも通常のブルジョワ国民憲法には見られない亡命権に関する条項である。この規定により、ソ連は世界各国から社会主義者・共産主義者の亡命を受け入れていたが、一方で、ソ連市民の海外亡命は厳しく取り締まっていた。

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旧ソ連憲法評注(連載第9回)

2014-08-01 | 〆ソヴィエト憲法評注

第四章 対外政策

 本章と続く第五章では、ソ連邦の外交防衛政策の基本原則が掲げられている。その基調は非武装平和主義のような理想主義ではなく、常備軍の保持を通じた安全保障というごく平凡な現実主義であった。
 対外政策の基本原則を掲げる本章では、国益の保持とともに、国際関係にも積極的に関与することが定められており、美文調の法文の中にも、まさに世界を二分した一方陣営の盟主としての意識が秘められている。

第二十八条

1 ソ連は、レーニンの平和政策を確固として実行し、諸国民の安全の強化および広範な国際協力のために努める。

2 ソ連の対外政策の目標は、ソ連における共産主義建設のための好ましい国際的条件を確保し、ソヴィエト連邦の国家的利益をまもり、世界社会主義の地位を強化し、民族解放および社会的進歩のための諸国民の闘争を支持し、ちがう社会体制の国家との平和共存の原則を一貫して実現することである。

3 ソ連において、戦争宣伝は禁止される。

 本条の中心は、第二項にある。ここで掲げられている五つの目標のうち、三番目の世界社会主義の地位の強化と四番目の民族解放および社会的進歩のための諸国民の闘争の支持が曲者である。これは要するに、ソ連が自らを盟主として、世界の社会主義陣営を強化し、その目標のために海外の民族解放・革命闘争を助長することをうたっており、まさに冷戦時代の対外政策であった。

第二十九条

ソ連と他の国家との関係は、次の諸原則を基礎とする。主権の平等、力の行使または力による威嚇の相互放棄、国境の不可侵、国家の領土の保全、紛争の平和的解決、内政不干渉、人権および基本的自由の尊重、諸民族の同権および自分の運命を自由に決める民族の権利、国家間の協力ならびに国際法の一般に認められた原則と規範にもとづく、およびソ連の締結した条約にもとづく義務の誠実な履行。

 国際法のごく常識的な原則を列挙しているだけの本条は、これによってソ連が国際法を遵守する国際的法治国家であることをアピールする宣伝条項としての意味を持っていた。現実には、覇権主義的な立場から、米国ともども超法規的に行動することもしばしばであった。

第三十条

ソ連は、社会主義世界体系すなわち社会主義共同体の構成部分であり、社会主義的国際主義の原則にもとづいて、社会主義諸国との友好、協力および同志的相互援助を発展、強化し、経済統合および社会主義的国際分業に積極的に参加する。

 本条は、明言しないものの、ソ連を世界の社会主義陣営の盟主に位置づける条項である。「社会主義世界体系すなわち社会主義共同体」という婉曲表現は、社会主義諸国に対するソ連を中心とした同盟の軍事介入を正当化する「制限主権論」を導く根拠ともなった。

第五章 社会主義祖国の防衛

 本章は国防に関する基本原則を定めている。日本国憲法の平和主義とは全く異なり、国防を全人民の事業として高く位置づけ、兵役義務に基づく軍の常備・臨戦態勢を明記している。ソ連の富国強兵国家としての一面をよく表す部分である。

第三十一条

1 社会主義祖国の防衛は、国家のもっとも重要な機能に属し、全人民の事業である。

2 社会主義の成果、ソヴィエト人民の平和的労働、国家の主権およびその領土の保全の防衛のため、ソ連軍が設けられ、普通兵役義務が定められる。

3 人民にたいするソ連軍の責務は、社会主義祖国を確実に防衛し、いかなる侵略者にたいしても即時に反撃することを保障する戦闘態勢をいつも維持することである。

 国防を国家機能のうち最重要の全人民的事業と位置づけるところから、兵役義務と徴兵制に基づく常備軍の臨戦態勢を規定する。言わば、「先軍政治」の原則である。

第三十二条

1 国家は、国の安全と防衛力を保障し、ソ連軍にすべての必要な物を供給する。

2 国の安全の保障およびその防衛力の強化にかんする国家機関、社会団体、公務員および市民の義務は、ソヴィエト連邦の法令が定める

 本条は前条を受け、国防の物質的・法制的な基盤を定めた条文である。第一項は、軍に対する全面的な物資供給を定めた軍事優先の軍国条項、第二項は、安保・防衛法制の根拠である。

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旧ソ連憲法評注(連載第8回)

2014-07-19 | 〆ソヴィエト憲法評注

第二十四条

1 ソ連においては、保健、社会保障、商業、公共給食、生活サービスおよび公益事業の国家的制度が活動し、発展する。

2 国家は、住民にたいするサービスの全領域における協同組合その他の社会団体の活動を奨励する。国家は、大衆的な体育およびスポーツの発展を促進する。

 本条は、体育・スポーツも含む人民の福利に関するサービス全般が第一次的に国家によって提供され、協同組合等の社会団体は二次的・補充的な役割しか果たさないことを示している。これは資本主義的な福祉国家ならぬ、国家丸抱えの「国家福祉」と呼ぶべき体制である。

第二十五条

ソ連においては、市民が普通教育および職業教育をうけることを保障し、共産主義的養育および青少年の精神的、肉体的発達に奉仕し、労働および社会的活動のために青少年を教育する統一的な国民教育制度が存在し、改善される。

 国民教育制度は資本主義国家でも備えていることが多いが、ソ連の特徴は、普通教育と職業教育が同等に保障されていることと、狭義の教育にとどまらない養育・青少年教育までカバーされていることである。これも教育面での国家丸抱えと言え、共産党支配体制に適合する勤労者・党員の育成が狙われていた。

第二十六条

社会の必要にしたがい、国家は科学の計画的発展および研究者の養成を保障し、国民経済およびその他の生活領域への研究の成果の導入を組織する。

 科学的社会主義を謳っていたソ連では、科学政策は重点政策の一つであり、それは本条後半にあるように、研究成果の社会還元の組織化にも及び、科学の社会化に配慮されていたが、周知の通り、ソ連の科学は民政利用よりも核兵器製造や宇宙開発など軍事利用に傾斜していた。

第二十七条

1 国家は、ソヴィエト人の倫理的および美学的教育のため、ならびにかれらの文化水準の向上のため、文化財の保護、増加およびその広範な利用について配慮する。

2 ソ連においては、職業的芸術家による芸術および人民の芸術的創造の発展が、全面的に奨励される。

 本条は文化・芸術政策の指針であるが、曲者は芸術活動を「奨励」する第二項である。ここでは芸術活動の自由が認められているように見えるが、「奨励」されているのは共産党支配体制に適合する芸術活動にほかならないから、反体制的芸術活動は監視・取締の対象となり、反ソ的とみなされた芸術家は公演禁止などの迫害を受けた。

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旧ソ連憲法評注(連載第7回)

2014-07-18 | 〆ソヴィエト憲法評注

第三章 社会的発展および文化

 本章では、ソ連の政治経済システムの概要を示した前二章を踏まえ、労働政策や農村政策まで包括する広義の社会政策及び文教政策の基本原則が列挙されている。

第十九条

1 ソ連の社会的基礎は、労働者、農民およびインテリゲンチャのゆるぎなき同盟である。

2 国家は、社会の社会的同質性の強化、すなわち階級的差異、都市と農村および精神的労働と肉体的労働のあいだの本質的な差異の解消ならびにソ連のすべての民族および小民族の全面的な発展および接近を促進する。

 第一項は「発達した社会主義社会」における社会政策の基礎となる階級協調的な社会編成を示している。ここでは、労・農・知の階級差はいまだ解消されていないことを前提に、階級が完全に消滅する将来の最終目標である共産主義社会の建設に向けて、国家は階級・民族格差(多民族国家のソ連では民族格差も課題であった)の解消に努力するというのが、第二項の趣旨である。

第二十条

「各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件である」という共産主義の理想にしたがい、国家は、市民によるその創造力、能力および天分の発揮ならびに個人の全面的発展のための現実的な条件の拡大を、自分の目的とする。

 冒頭の一節はマルクス‐エンゲルスの『共産党宣言』にある有名な共産主義的自由の定式を引用したものである。しかし、共産主義には国家という枠組みは存在しない。まして、共産党独裁国家はあり得ない。結局のところ、本条の規定も、共産党支配体制の下では共産党の発展に適合する個人の育成を根拠づける規定にすりかわった。国家丸抱えでの優秀な五輪選手の育成(ステートアマチュア)は、その象徴と言えただろう。

第二十一条

国家は、労働条件の改善、労働の保護および労働の科学的組織について配慮し、国民経済の全部門における生産過程の総合的機械化および自動化にもとづく肉体的重労働の減少および将来におけるその完全な廃止について配慮する。

 労働政策の柱に、労働条件の法的保障にとどまらず、労働の科学的組織化と全自動化による肉体的重労働の廃止という野心的な目標を設定しているところに本条の特色がある。現実には、硬直した行政主導の計画経済ゆえ、生産財の技術革新や機械設備の更新遅滞が常態化しており、末期のソ連ではとりわけ工場設備の陳腐化・老朽化が進行していた。

第二十二条

ソ連においては、農業労働を工業労働の変種にかえ、農村に国民教育および公益事業の諸施設を広範に設置し、村落を整備された町に改造するプログラムが、順次実施される。

 農業労働を集団農場での工業労働の変種に転換することは、農業集団化政策の集大成であった。皮肉なことに、資本主義の下で一部実現されつつある植物工場の試みは、まさに農業労働を工業労働そのものに転換する契機となるかもしれない。

第二十三条

1 国家は、労働生産性の向上にもとづき、勤労者の労働報酬の水準および実質所得の向上の政策を、確固として実行する。

2 ソヴィエト人の需要をより完全にみたすために、社会的消費フォンドが設けられる。国家は、社会団体および労働集団の広範な参加のもとに、このフォンドの増大およびその公正な配分を保障する。

 社会主義的福祉国家の基本原則を示す規定である。ソ連の所得政策が勤労者の労働報酬をベースとする点は資本主義と大差ないが、第二項にある社会的消費フォンドは社会主義特有の概念である。ただ、これも資本主義的福祉国家における官民拠出の社会保障財源と同視すれば、大差ない。
 このような合一化は、本来の原理からいけば、個人の生活はあげて労働報酬その他各人の所得のみでまかなうはずの資本主義の側が、社会主義的な消費フォンドの仕組みを限定的に借用している結果とも言える。

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旧ソ連憲法評注(連載第6回)

2014-07-04 | 〆ソヴィエト憲法評注

第十五条

1 社会主義における社会的生産の最高の目的は、人びとの増大する物質的および精神的欲求をもっとも完全にみたすことである。

2 国家は、勤労者の創造的積極性、社会主義競争および科学技術の進歩の成果にもとづき、経済の指導の形態および方法を改善することにより、労働生産性の向上、生産の効率および仕事の質の向上ならびに国民経済の動的および計画的で釣合いのある発展を保障する。

 ソ連式社会主義経済における生産活動の一般的な指針を示す条文である。第一項では物質的な欲求とともに精神的な欲求の充足がうたわれていることは、専ら物質的な欲求の充足に傾く資本主義生産活動との相違点と言えるが、ソ連式社会主義生産活動にあっても、その比重は物質的欲求充足に置かれており、この点では相対的な差異にすぎなかった。
 第二項で、国家が経済指導において主導的な役割を果たすとされるのも、特にアメリカ型の自由主義経済との相違点であるが、この点でも、高度成長期の日本のような国家の行政指導に裏打ちされた資本主義経済―指導された資本主義―との差異は相対的である。

第十六条

1 ソ連経済は、国の領土における社会的生産、分配および交換のすべての要素をふくむ国民経済の統一的な複合体である。

2 経済の指導は、経済的および社会的発展国家計画にもとづき、部門別および地域別の原則を考慮し、中央集権的管理と企業、企業統合体およびその他の組織の経営上の自主性及びイニシアチブとを結合させて行われる。そのさい経済計算制、利潤、原価ならびにその他の経済的な梃子および刺激が、積極的に利用される。

 本条は、ソ連式社会主義経済の代名詞でもあった中央計画経済の根拠となる規定である。第一項にあるように、ソ連経済は生産、分配、交換に至る全経済行為を包括する一つの複合体と把握され、それが第二項に規定される経済計画に基づいてシステマティックに運営されていくはずのものであった。
 ただ、第二項で、企業の自主性やイニシアチブ、利潤指標の活用がうたわれているように、ソ連末期には中央計画経済が機能不全に陥っており、対策として市場経済的な梃入れ、刺激策の導入が図られていた。しかし、同時期以降の中国ほどには市場経済要素の積極導入に踏み切れなかった。

第十七条

ソ連においては、市民およびその家族員の自らの労働だけにもとづく、手工業、農業および住民にたいする生活サービスの分野における個人的勤労活動ならびにその他の種類の活動が、法律により認められる。国家は個人的勤労活動を規制し、社会の利益のためにその利用を保障する。

 社会主義憲法特有の回りくどい表現であるが、要するに手工業、農業、福祉などの分野で、計画経済の外にある自営業の自由を定める規定である。しかし、第二文で公益に基づく国家的規制の歯止めがかけられており、自営業は国家が認める範囲内に制限されていた。
 従って、計画経済をかいくぐる闇市のような営業は当然違法であるが、消費財の不足から現実には社会主義財産横領と結びついた闇市が蔓延し、地下経済を形成していた。

第十八条

現在および将来の世代にために、ソ連においては、土地、地下資源、水資源、動植物界の保護、これらの科学的に根拠のある合理的な利用、大気および水の清浄さの維持、天然の富の再生産の保障ならびに人間環境の改善のために必要な措置がとられる。

 環境保護に関する規定である。第十一条で天然資源は国家の専有物とされていたから、ソ連においては環境保護が徹底して然るべきであったが、実際のところ、人びとの物質的欲求を充足させるための経済発展に重点を置いた計画経済において環境要因は軽視されており、資源の浪費による公害・環境破壊は資本主義諸国を上回るほどに深刻なレベルに達していたのだった。

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