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旧ソ連憲法評注(連載第11回)

2014-08-28 | 〆旧ソ連憲法評注

第七章 ソ連市民の基本的な権利、自由および義務

 本章は、社会主義的人権カタログの中核を成す章である。ブルジョワ憲法と比較した場合の特徴は、労働の権利を筆頭とする社会権の規定が表現の自由を筆頭とする自由権の規定に先行することにある。これはまさに、社会主義憲法の特質である。このように社会権を先行させる基本権構成は必ずしも自由権を軽視する趣旨ではなかったが、共産党独裁下では自由権が抑圧されたことから、結果的に西側では評判の悪い構成であった。
 しかし、本来からすれば、生存と日々の暮らしに直結する基本権は社会権であり、その保障を最優先することが悪とは考えられない。その意味では、むしろ抽象的な自由権の形式的な保障に終始しがちなブルジョワ憲法が新生ロシア憲法を含め世界的に増加している現在、再発見すべきものを含んでいると言える。

第三十九条

1 ソ連市民は、ソ連憲法およびソヴィエトの法律が宣言し、保障するすべての社会、経済的、政治的および人格的な権利および自由をもつ。社会主義体制は、社会、経済的および文化的発展のプログラムの遂行にともなう市民の権利および自由の拡大ならびに市民の生活水準の不断の向上を保障する。

2 市民は、権利および自由の行使により、社会と国家の利益および他の市民の権利に損害をあたえてはならない

 基本権の総則条項である。第一項第一文では、社会・経済的な権利、政治的な権利、人格的な権利という基本権体系の順序が示されている。第二文では、社会権のプログラム規定性が明らかにされるとともに、社会権を通じた自由権の保障という社会主義的基本権保障の理念が明示されている。
 また第二項は、権利・自由の行使が公益・国益及び他者の権利によって制限されることを示すが、公益・国益による基本権の制限という定式は人権抑圧の根拠にも悪用されるあいまいな規定であった。

第四十条

1 ソ連市民は、労働の権利、すなわち労働の量と質におうじ、国家の定める最低額以上の支払いをともなう、確実な仕事をえる権利をもち、この権利は、適性、能力、職業訓練および教育にしたがい、社会的必要の考慮にもとづく職業、職種および仕事を選択する権利をふくむ。

2 この権利は、社会主義的経済制度、生産力の不断の増大、無料の職業訓練、技能の向上、新しい専門についての訓練ならびに職業指導および就職あっせんの制度の発展によって、保障される。

 具体的な基本権条項の筆頭には、日々の生活を支える労働の権利が置かれる。第一項では職業選択の自由の保障が注意的に定められているが、「社会的必要の考慮」という制限があるように、それは社会主義計画経済の限界内での選択権の保障であった。
 第二項は労働の権利が国家の用意する諸制度を通じてプログラム的に保障されるものであることを具体的に示している。ここに規定される職業訓練などの制度は、今日資本主義体制でも設けられているところである。

第四十一条

1 ソ連市民は、休息の権利をもつ。

2 この権利は、労働者および職員のために一週四十一時間以下労働の制定、若干の職業および職場についての一日の労働時間の短縮、深夜労働の時間短縮、年次有給休暇の供与、毎週の休日、文化的、教育的施設および健康増進施設の広範な設置、大衆的なスポーツ、体育および観光旅行の発展ならびに住宅地域における快適な休息設備および余暇の合理的利用のためのその他の条件の整備によって、保障される。

3 コルホーズ員の労働時間および休息の長さは、コルホーズが規制する。

 本条は、労働の権利に関する前条とセットで休息の権利を保障する。当時としては珍しかった休息の自由に関する詳細な規定であり、ブルジョワ憲法の中では比較的社会権保障に厚い日本国憲法でも、「・・就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」という簡単な法律委任条項(第二十七条第二項)しかないのとは対照的である。
 本条第二項には休息の自由を保障するための諸制度が詳細に定められており、娯楽まで国家が提供する社会主義体制の特質を示している。なお、第三項は、農業労働の特殊性を考慮し、コルホーズ員の労働時間等に関し、コルホーズの自律性を認めたものである。

第四十二条

1 ソ連市民は健康保護の権利をもつ。

2 この権利は、国家保健施設が行なう水準の高い無料医療、市民の治療および健康のための施設の広範な設置、安全技術および産業衛生の発展および改善、病気予防の広範な措置の実施、健康な環境をつくる措置、授業および労働教育との関連のない児童労働の禁止をふくむ成長期の世代の健康についての特別の配慮ならびに病気の予防、罹患率の低下および市民の高齢までの積極的生活の保障をめざす研究の発展によって、保障される。

 これも一般的な社会保障とは別途、健康権を保障する先進的な規定であり、労働‐休息の権利と並ぶ社会的基本権保障の一環である。第二項は医療の無償化をはじめとする健康権を保障する制度の詳細規定であるが、高齢社会の到来を見据え、健康長寿のための国家的研究も視野に収めていたことが窺える。


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