ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

旧ソ連憲法評注(連載第16回)

2014-09-27 | 〆ソヴィエト憲法評注

第五十九条

1 権利および自由の行使は、市民によるその義務の履行と不可分である。

2 ソ連市民は、ソ連憲法およびソヴィエトの法律を遵守し、社会主義的共同生活の規則を尊重し、ソ連市民という高貴な呼び名にふさわしい品位をたもつ義務をおう。

 本条から第六十九条までは、ソ連市民の各種義務に関する規定が続く。日本国憲法では国民の義務として、納税・教育・勤労の三つ―第十二条の権利濫用禁止を含めても四つ―に限定されていることと比較しても、義務規定が詳細なことがソ連憲法の特色となっている。
 義務規定の総則に当たる本条第一項にある権利・自由の行使を義務の履行と一体のものとする規定は自由主義に対立するブルジョワ保守主義の憲法思想にも相通ずる部分があり、第二項も「社会主義的共同生活の規則」などの社会主義的な用語を削除すれば、そのままブルジョワ保守憲法の条文として転用できそうである。

第六十条

自分の選んだ社会的有用活動の分野におけるまじめな労働および労働規律の遵守は、労働能力のあるすべてのソ連市民の義務であり、名誉である。社会的有用労働の忌避は、社会主義社会の諸原則と両立しない。

 義務規定の筆頭に労働義務が来るのは、搾取のない労働を基本として成り立つことを建前とする社会主義体制の特質を象徴している。一方、ブルジョワ憲法では最大の国民の義務となる納税の義務は、無税を原則とした手前、憲法上に規定されていない。

第六十一条

1 ソ連市民は、社会主義的財産を大切にし、強化する義務をおう。国有財産および社会的財産の不法領得および浪費とたたかい、人民の富を大切にとりあつかうことは、ソ連市民の責務である。

2 社会主義的財産を侵害する者は、法律により処罰される。

 生産手段の共有を建前とする社会主義体制では、社会主義的共有財産の維持・強化は労働に次ぐ義務と位置づけられていた。第一項第二文で国有財産・社会的財産の不法領得・浪費との闘争を宣言し、第二項で社会主義的財産横領の処罰をわざわざ明記しているのは、それだけそうした経済犯罪や浪費が蔓延していたことの証左である。

第六十二条

1 ソ連市民は、ソヴィエト国家の利益を守り、その力と権威の強化を促進する義務をおう。

2 社会主義祖国の防衛は、すべてのソ連市民の神聖な責務である。

3 祖国にたいする反逆は、人民にたいするもっとも重大な犯罪である。

 本条は、国家に対する忠誠義務を定めたもので、義務規定中最も問題含みの規定である。特に第一項の国益保持・強化義務は、自由な思想・表現活動を同義務違反として抑圧する可能性を含む危険を持ち、実際、そうした政治的抑圧はソ連全土で常態化していた。
 第二項の祖国防衛義務は、第五章で一章を割いて定めていた「全人民の事業」としての国防を、義務の観点から再度具体化したもので、「神聖な責務」という修辞的表現からもソ連体制が国防をいかに重視していたかが窺える。

第六十三条

ソ連軍の軍務に服することは、ソヴィエト市民の名誉ある義務である。

 前条第二項の祖国防衛義務の具体化としての兵役の義務である。良心的兵役拒否の権利を伴わない絶対的義務である。

第六十四条

他の市民の民族的尊厳を尊重し、ソヴィエト多民族国家の民族および小民族の友好を強化することは、すべてのソ連市民の責務である。

 多民族国家ソ連で諸民族が共存するうえで、民族性の尊重は次条の個人の尊重より優先する義務とされた。しかし、このように民族籍優先の発想は、結局のところ民族融和にはつながらず、ソ連解体後に噴出する民族紛争の遠因ともなったであろう。

第六十五条

ソ連市民は、他人の権利および適法な利益を尊重し、反社会的行為にたいして妥協せず、公共の秩序の維持に全面的に協力する義務をおう。

 個人の尊重規定であるが、同時に公共秩序維持への協力義務も定められており、むしろ比重は個々人の尊重より警察的な公共秩序維持にあるように読める。ソ連の管理社会的な一面を窺わせる。

第六十六条

ソ連市民は、子の養育について配慮し、社会的有用労働につけるよう子を教育し、子を社会主義社会の立派な構成員に育てる義務をおう。子は親について配慮し、親を援助する義務をおう。

 本条は第一文で子の教育義務を規定しつつ、第二文では親の扶養義務を課すという親子間での相互扶助的な義務条項である。このような規定にはロシアを中心に、中央アジアも含んだソ連圏の家族扶助的な慣習が反映されているようで、ここでもブルジョワ保守主義と共振する。
 子の教育の義務に関しては、学校教育を受けさせる義務にとどまらず、就労や社会の構成員として育成する義務まで課している点は賛否あろうが、これも家庭教育と社会的適応を重視する保守的教育思想と通ずるものがある。

第六十七条

ソ連市民は、自然を大切にし、その富をまもる義務をおう。

 自然保護の義務を市民にも課するものである。しかし宣言的な規定であり、肝心な政府レベルの自然環境保護は十分と言えず、ソ連時代の環境破壊は今日まで後遺症を残す。

第六十八条

歴史的記念物その他の文化財の保存について配慮することは、ソ連市民の責務であり、義務である。

 本条も前条と同様に、市民に文化財保存の義務を課す宣言的な条項にすぎない。

第六十九条

他国の人民との友好および協力の発展ならびに世界平和の維持および強化を促進することは、ソ連市民の国際主義的責務である。

 義務規定かつ第七章基本権カタログの最後を飾る本条が定めるのは、国際友好協力の責務である。これは冷戦時代、東側陣営盟主であったソ連の平和主義的な対外宣伝にも沿う規定であるが、実際のところは、米国を盟主とする西側陣営と熾烈な諜報戦や代理戦争を展開していたことは、よく知られている史実である。


コメント    この記事についてブログを書く
« 旧ソ連憲法評注(連載第15回) | トップ | 次の記事へ »

コメントを投稿