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旧ソ連憲法評注(連載第15回)

2014-09-26 | 〆ソヴィエト憲法評注

第五十三条

1 家族は、国家の保護を受ける。

2 結婚は、婦人と男子との自発的な合意に基礎をおく。夫婦は家族関係において完全に同権である。

3 国家は、育児施設の広範な設置および発達、生活サービスおよび公共給食の組織および改善、出産手当の支給、子の多い家族への手当および特典の供与ならびに家族にたいするその他の種類の手当および援助により、家族について配慮する。

 本条は、家族の保護と自由婚、夫婦同権原則を定めた規定である。前後に自由権に関する規定が列挙されている中へ唐突に挿入される社会権条項であり、位置関係上は謎が残る。
 本条が第一項と第二項だけなら、社会権を保障する現代的なブルジョワ憲法にもしばしば見られるものだが―日本国憲法では第二十四条に相当―、第三項で育児施設の設置をはじめとする各種の家族福祉サービスの内容を憲法上具体的に定めているのは、特に女性の社会参加を促進するソ連型社会主義体制の目玉であった。
 なお、第二項は結婚を異性間のものに限定する趣旨とも読めるが、憲法制定当時は同性婚について起草者の念頭になく、むしろ婚姻当事者の「自発的な合意」という自由意志の尊重に力点があったのであろう。この点、同種の規定を持つ日本国憲法についても同様に解釈できる。

第五十四条

ソ連市民は、人身の不可侵を保障される。いかなる者も、裁判所の決定または検事の許可がなければ勾留されない。

 本条から第五十六条までは、人身の自由及びプライバシーに関する規定が続く。日本国憲法で言えば、第三十一条から第四十条までに相当するが、ソ連邦憲法の規定は素っ気ないほど簡素であり、人身の自由の保障に弱さがあったことを示唆する。
 本条は人身の自由の保障の筆頭条項として、身柄拘束の憲法的な条件を定めているが、裁判所の決定によらず、検事の許可だけで勾留できる余地を認めるのは、身柄拘束に対する事前の司法審査が万全に行なわれない危険な規定であった。

第五十五条

ソ連市民は、住居の不可侵を保障される。いかなる者も、適法な根拠なしに居住者の意思に反して、住居に立ち入る権利をもたない。

 本条は前条の人身の不可侵に続き、住居の不可侵を定めている。前条が警察・検察等による身柄拘束を想定した規定であるのに対し、本条は家宅捜索を想定した規定である。それにしても、「適法な根拠なしに」という規定はあいまいであり、少なくとも憲法上は家宅捜索に対する司法審査が義務的でないことは、問題である。

第五十六条

市民のプライバシーならびに信書、電話による通話および電信の秘密は、法律によって保護される。

 通信行為を含む広い意味でのプライバシーに関する規定であるが、保護内容は法律に一任してしまっている。その結果、実際には旧ソ連全土に張り巡らされた秘密政治警察網による盗聴や行動監視が常態的に行なわれていたことは、公然の秘密であった。

第五十七条

1 個人の尊重ならびに市民の権利および自由の保護は、すべての国家機関、社会団体および公務員の義務である。

2 ソ連市民は、名誉および尊厳、生命、健康、人身の自由ならびに財産にたいする侵害にたいし、裁判所の保護をうける権利をもつ。

 本条と次条は、受益権に関する規定である。人権擁護を国家機関等に義務づけるとともに、権利を侵害された市民が裁判を受ける権利を保障するものである。

第五十八条

1 ソ連市民は公務員、国家機関および社会的機関の行為を訴願する権利をもつ。訴願は、法律の定める手続きにより、その定める期間に審理される。

2 市民の権利の侵害をもたらす公務員の違法行為または権限をこえる行為は、法律の定める手続きにより、これを裁判所に提訴することができる。

3 ソ連市民は、国家的組織、社会団体および公務員のその職務執行のときの違法行為がもたらした損害の賠償をうける権利をもつ。

 本条は前条の人権擁護義務を前提とし、市民の訴願権と公務員に対する提訴権、国家賠償請求権を定めた規定であるが、独裁的な一党支配国家にあってこれら諸権利がどこまで実効的に確保されていたかは疑問である。


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