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旧ソ連憲法評注(連載第7回)

2014-07-18 | 〆ソヴィエト憲法評注

第三章 社会的発展および文化

 本章では、ソ連の政治経済システムの概要を示した前二章を踏まえ、労働政策や農村政策まで包括する広義の社会政策及び文教政策の基本原則が列挙されている。

第十九条

1 ソ連の社会的基礎は、労働者、農民およびインテリゲンチャのゆるぎなき同盟である。

2 国家は、社会の社会的同質性の強化、すなわち階級的差異、都市と農村および精神的労働と肉体的労働のあいだの本質的な差異の解消ならびにソ連のすべての民族および小民族の全面的な発展および接近を促進する。

 第一項は「発達した社会主義社会」における社会政策の基礎となる階級協調的な社会編成を示している。ここでは、労・農・知の階級差はいまだ解消されていないことを前提に、階級が完全に消滅する将来の最終目標である共産主義社会の建設に向けて、国家は階級・民族格差(多民族国家のソ連では民族格差も課題であった)の解消に努力するというのが、第二項の趣旨である。

第二十条

「各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件である」という共産主義の理想にしたがい、国家は、市民によるその創造力、能力および天分の発揮ならびに個人の全面的発展のための現実的な条件の拡大を、自分の目的とする。

 冒頭の一節はマルクス‐エンゲルスの『共産党宣言』にある有名な共産主義的自由の定式を引用したものである。しかし、共産主義には国家という枠組みは存在しない。まして、共産党独裁国家はあり得ない。結局のところ、本条の規定も、共産党支配体制の下では共産党の発展に適合する個人の育成を根拠づける規定にすりかわった。国家丸抱えでの優秀な五輪選手の育成(ステートアマチュア)は、その象徴と言えただろう。

第二十一条

国家は、労働条件の改善、労働の保護および労働の科学的組織について配慮し、国民経済の全部門における生産過程の総合的機械化および自動化にもとづく肉体的重労働の減少および将来におけるその完全な廃止について配慮する。

 労働政策の柱に、労働条件の法的保障にとどまらず、労働の科学的組織化と全自動化による肉体的重労働の廃止という野心的な目標を設定しているところに本条の特色がある。現実には、硬直した行政主導の計画経済ゆえ、生産財の技術革新や機械設備の更新遅滞が常態化しており、末期のソ連ではとりわけ工場設備の陳腐化・老朽化が進行していた。

第二十二条

ソ連においては、農業労働を工業労働の変種にかえ、農村に国民教育および公益事業の諸施設を広範に設置し、村落を整備された町に改造するプログラムが、順次実施される。

 農業労働を集団農場での工業労働の変種に転換することは、農業集団化政策の集大成であった。皮肉なことに、資本主義の下で一部実現されつつある植物工場の試みは、まさに農業労働を工業労働そのものに転換する契機となるかもしれない。

第二十三条

1 国家は、労働生産性の向上にもとづき、勤労者の労働報酬の水準および実質所得の向上の政策を、確固として実行する。

2 ソヴィエト人の需要をより完全にみたすために、社会的消費フォンドが設けられる。国家は、社会団体および労働集団の広範な参加のもとに、このフォンドの増大およびその公正な配分を保障する。

 社会主義的福祉国家の基本原則を示す規定である。ソ連の所得政策が勤労者の労働報酬をベースとする点は資本主義と大差ないが、第二項にある社会的消費フォンドは社会主義特有の概念である。ただ、これも資本主義的福祉国家における官民拠出の社会保障財源と同視すれば、大差ない。
 このような合一化は、本来の原理からいけば、個人の生活はあげて労働報酬その他各人の所得のみでまかなうはずの資本主義の側が、社会主義的な消費フォンドの仕組みを限定的に借用している結果とも言える。


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