マイケル・ラドフォード監督「イル・ポスティーノ」(仏・伊)1994年
1950年代のイタリアのある島を舞台に、ひとりの素朴な青年郵便配達人の成長を暖かく描いた秀作です。もうひとりの重要な登場人物である詩人パブロ・ネルーダは,母国チリを追放され、ナポリの沖合の島に警察の監視のもとで滞在することになりました(ネルーダは,反体制派の詩人で,ノーベル文学賞を受賞した実在の人物です)。この島での,詩作を通じたパブロ・ネルーダと素朴な地元青年との交流を描いた作品、それがこの「イル・ポスティーノ」です。
時代は1950年代。舞台は,タンカーで月一回の給水があるくらいの水不足の地、水道が引かれる話しが出るたびに立ち消えとなり,水道問題が選挙の争点となるような島です。しかし,島を囲む海,空,山々,岩壁の景観は、大変な素晴らしさなのです。
無口な漁師の息子である青年マリオ・ルオッポロは,親の仕事を嫌っていました。ある日,青年はニュース映画で,詩人のパブロが島に入ったことを知ります。世界中からファン・レターが彼のもとに届くのですが,人手の足りないこの島の郵便局は,郵便配達人を募集していました。これにマリオが応募しました。彼の仕事は,自転車に乗って,ひとりパブロに郵便物を配達することだけでした。マリオは毎日のように配達を続けているうちに,詩と詩作に関心を持つようになっていきます。
マリオは,「隠喩」に興味をもち,その意味をドン・パブロに尋ねます。「隠喩」とは,「何かを話すとき,他のものに喩えることです。例えば「空が泣く」というように。パブロは,それが詩のリズムであると教えます。さらにドン・パブロは,詩は説明されるものではなく,詩が示す情感を体験することが大事だと,詩の本質をマリオに語るのでした。
そのマリオが,居酒屋の娘ベアトリーチェにひとめ惚れします。店のサッカー・ゲームで暇つぶししていた彼女に見とれていたマリオに、「女が珍しいの」と挑発するベアトリーチェ。無垢で素朴なマリオは,たちまち彼女に虜になってしまいました。
早速,パブロに相談を持ちかけ,ベアトリーチェに詩を作ってくれと頼むのですが,彼は逢ったこともない人間に献ずる詩なんか作れるか,と一喝します。青年とベアトリーチェがどのように関係になっていくかは、興味をひくところです。
パブロに電報が届きます。それはパブロの祖国チリで,彼の逮捕命令が取消しとなったという知らせでした。パブロはすぐに帰国の準備に入りますが,故国はいつ状況が変わるかもしれない不安定な政権。パブロは,島に荷物を残し,いつでも戻れるようにして,去りました。
パブロを尊敬するマリオは,島の美しいものをレコーダーに録音しました。パブロに,送ろうと考えたのです。「カラ・ディ・ソットの波」「大波」「岩壁の風」「茂みの風」「わが父の悲しい網」「聖母教会の嘆きの鐘と司祭の声」等々。この録音テープは、結局パブロに届きませんでした。マリオは,政治集会に参加し、この集会で弾圧の騒乱に巻き込まれ,テープを送る前に亡くなってしまったからです。
それからしばらくたち,パブロが島に立寄ります。マリオの妻となり、妊娠していたベアトリーチェはパブロと一緒に、マリオの遺作である録音を聞き,懐かしい過去を振り返るのでした。
満足度の高かった映画でした。
おしまい。おやすみなさい。