
話す、語るべきことが多すぎると感じたのが一方、自分とは何の関係もない、だからもう話題にするのは止めてというのが一方。多くの人は消費される犯罪(報道)の一つとして。
しかし前者の語るべきものがある、多すぎて、どこから語っていいのか分からない、あるいは「分からない」を手がかりに解きほぐそうとする営みによって、現実を、逃れられない今を直視しようとする試み。『アキハバラ発 〈00年代〉への問い』は大澤真幸を編者として東浩紀など秋葉原の事件を何らかの形で語ろうとした、そこから派生する(と各々の表現者が感じた)問題を、それぞれの感性や専門分野の領域から誠実に対応しようとした証である。
東は言う。「異常性を備えた事件を通して社会全体を理解するという、社会的包摂の回路そのものが弱体化して」いると。東は事件の直後に新聞に「自爆テロ」と寄稿したが、容疑者の自暴自棄性が秋葉原というオタクのメッカ(でももはやないというのが東の現状認識)とされる場所で、歩行者天国で、罪なきフツウの人たちを殺めたという驚愕性の背景を読み解こうとする営みを「テロ」と名付けることによって、逆に問題提起しているようだ。そしてその背景には派遣労働があり、ネット(携帯)依存があり、モテナイという恋愛至上主義の世界での過剰な自己否定がある。
派遣労働など非正規雇用の不安定さからくる将来への絶望の萌芽は竹信三恵子さんの論考で読み解け(「「排除」のベルトコンベアとしての派遣労働」)、存在としての自己否定が収斂した形での暴発という見立ては、いくつかの論者の観点から読み解けるだろう。
けれど、本書の要諦はやはり大澤、平野啓一郎、本田由紀の対談「〈承認〉を渇望する時代の中で」で語られている希望(とあえて言うが)であると思う。
〈承認〉は時に居場所である。ホームレスなどの支援を続け、雇用から放擲された生活困窮者の問題を告発している湯浅誠さんは、人が社会から脱落しないセイフティネットを「溜め」と表現しているが、〈承認〉とは自意識としての「溜め」である。
雇用、人間関係、そして未来への渇望とすべての「溜め」を失ったと感じたK被疑者が今回の事件を起こした理由とするなら、「甘ったれるな」ではなく、社会こそ「辛すぎるな」である。
語ることの多さは、それが自覚される人が多いと、そして「忘れない」という被害者(遺族)が感じる痛みとは別のところで「痛み」に自覚的であろうとする試みのバランスによって事件としての消費を免れる。
アキハバラから発せられた現実の救いようのなさはアキハバラと関係のない者までもすでに浸食している。
しかし前者の語るべきものがある、多すぎて、どこから語っていいのか分からない、あるいは「分からない」を手がかりに解きほぐそうとする営みによって、現実を、逃れられない今を直視しようとする試み。『アキハバラ発 〈00年代〉への問い』は大澤真幸を編者として東浩紀など秋葉原の事件を何らかの形で語ろうとした、そこから派生する(と各々の表現者が感じた)問題を、それぞれの感性や専門分野の領域から誠実に対応しようとした証である。
東は言う。「異常性を備えた事件を通して社会全体を理解するという、社会的包摂の回路そのものが弱体化して」いると。東は事件の直後に新聞に「自爆テロ」と寄稿したが、容疑者の自暴自棄性が秋葉原というオタクのメッカ(でももはやないというのが東の現状認識)とされる場所で、歩行者天国で、罪なきフツウの人たちを殺めたという驚愕性の背景を読み解こうとする営みを「テロ」と名付けることによって、逆に問題提起しているようだ。そしてその背景には派遣労働があり、ネット(携帯)依存があり、モテナイという恋愛至上主義の世界での過剰な自己否定がある。
派遣労働など非正規雇用の不安定さからくる将来への絶望の萌芽は竹信三恵子さんの論考で読み解け(「「排除」のベルトコンベアとしての派遣労働」)、存在としての自己否定が収斂した形での暴発という見立ては、いくつかの論者の観点から読み解けるだろう。
けれど、本書の要諦はやはり大澤、平野啓一郎、本田由紀の対談「〈承認〉を渇望する時代の中で」で語られている希望(とあえて言うが)であると思う。
〈承認〉は時に居場所である。ホームレスなどの支援を続け、雇用から放擲された生活困窮者の問題を告発している湯浅誠さんは、人が社会から脱落しないセイフティネットを「溜め」と表現しているが、〈承認〉とは自意識としての「溜め」である。
雇用、人間関係、そして未来への渇望とすべての「溜め」を失ったと感じたK被疑者が今回の事件を起こした理由とするなら、「甘ったれるな」ではなく、社会こそ「辛すぎるな」である。
語ることの多さは、それが自覚される人が多いと、そして「忘れない」という被害者(遺族)が感じる痛みとは別のところで「痛み」に自覚的であろうとする試みのバランスによって事件としての消費を免れる。
アキハバラから発せられた現実の救いようのなさはアキハバラと関係のない者までもすでに浸食している。
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