kenroのミニコミ

kenroが見た、読んだ、聞いた、感じた美術、映画、書籍、舞台、旅行先のことなどもろもろを書きなぐり。

なんと心地よい!  フラガール

2006-10-22 | 映画
すばらしい。久しぶりに泣いて笑って気持ちよくなる映画らしい映画に出会った気がした。斜陽産業の地で仕事のなくなる、ない者たちが興味を持てる何かを見つけ、それに邁進する中で自信を持ち、仲間との友情を育んでいくドラマといえばイギリス映画のお手のものでまず「フル・モンティ」(97年)があげられる。「フル…」は実話だが、フラガールと同じ炭坑が舞台の「ブラス!」も人気が高い。あとちょっと違うが「リトル・ダンサー」なんてのもある。どれも感動ものだけれども、「フラガール」はこれらと匹敵、いや上回る出来だと思う。
昭和40年。高度経済成長のまっただ中で石油消費はどんどん増えるが、石炭需要は下がるばかり。本州最大の常磐炭坑も人員削減、解雇される人々の行く先も見えず、街の士気は下がる一方。炭坑会社が打ち出した新たな事業展開は何と北国での「ハワイアンセンター」。フラダンスを教えに来た元SKDレビューのダンサーはやる気全くなし。炭坑の娘たちはダンスを習って未来につなげたいものの親は炭坑一家で激しい反対に遭う。解雇された者は夕張に仕事を求め、フラダンスを真っ先に始めた娘も引っ越しを余儀なくされる。しかし、陰鬱な雰囲気を打ち破ることこそ明日が見えるとばかりにレッスンに励む娘たち。やる気のなかった都落ちの先生もだんだんいい先生に。なんとも簡単。先も読みやすい。でも泣けた、泣けた。
実は主演の松雪泰子さんというのを名前くらいしか知らなかった。3ヶ月の猛特訓で魅せたダンスはすばらしく、つんけんした嫌な東京もんがだんだん優しく、いい表情になっていくのはやはり女優さん。常磐炭礦の実話をもとにしたお話だが、実在のカレイナニ早川さんという人は別に飲んだくれではなく70歳を超えるまで振り付け指導をしたという。驚きなのは40年前に福島の炭坑しかないところにハワイアンリゾートを持ってくるというその大胆な発想だ。プロジェクトXではないけれど、やはりあの頃は何かしら夢を実現する力にあふれていたのだろうか。
炭坑のまちは一山一家。よそ者は排除の雰囲気もあるし、娘に裸のダンスをさせるなど(誤解だが)もってのほか。それでも閉山が近く、なんとかしたいという思いは経営者のみならず働く者、その家族も同じだろう。成功したハワイアンセンターだが一時は人気も低迷、だが、スパリゾートとして現在も繁栄を保っているという。そして、常磐ハワイアンセンターからフラダンス人口は増え、誰も中央の舞台に引き抜かれることなく代を重ねていったそうな。美談だが、苦しいときも当然あったはずでそれを吹き飛ばしたのが笑顔絶やさないフラダンスの真骨頂なのだろう。
イギリス映画はとても好きだが、これほどの心地よさはないように思う。そのあたり、ちょっと慇懃無礼な、いや、シャイな英国の魅力でもあるのだが。とまれ日本映画らしいつくりも当たって、今期の超オススメである。そして「日本映画」と書いたが、監督・脚本は在日3世の李相日、そして製作は「パッチギ」の李鳳宇。まだまだ楽しみな実力者たちである。
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後味の清々しさ    母たちの村

2006-10-21 | 映画
FGM(女性性器切除)が広く知られるようになったのは、やはり国連世界女性北京会議(95年)以降のことではないだろうか。北京会議ではマイノリティやエスニックピープルの女性の解放が討議されたように思うし、アリス・ウォーカーの「カラーパープル」が映画化されてちょうど10年の歳月が流れた(奇しくも日本では旧「男女雇用均等法」施行年でもある)タイミングであったからのようにも思える。しかし、今FGMの映画がアフリカの監督の手によってやっと映画化されたことに解放の遠い道のりも感じる。が、これをアフリカやイスラム社会の後進性、前近代性、野蛮性に求めるのは間違っている。もちろんFGMの因習はイスラムと何の関係もない。
そして「遅れた地域」における女性の地位が性的搾取によっても構成されているとするオリエンタリズム(批判)は、FGMを語る上でも有効だろう。問題は北京会議で知られるようになってから10年の歳月が流れているにもかかわらず、いまだアフリカやアラビア半島などの地域で毎年1億5千万人もの女性がFGMの脅威にさらされ被害を受けているということ。映画は自己のFGMによって二人の子どもを死産し、帝王切開で産まれた子どもにはFGMを受けさせなかった地主の第2夫人コレのもとにFGMから逃げて来た女の子4名を保護するところからはじまる。
FGMや一夫多妻性をアフリカあるいはイスラム社会の未開性や野蛮性に求めるなら、9.11以降狂信的に愛国主義をふりかざし、イラクで10万の無辜の民を殺したアメリカも十分野蛮である。さらに言うなら、10年たってもFGMを撲滅、改善することができなかったアフリカではルワンダ虐殺(94年~)、ソマリア内戦(91年~、暫定政府は2000年~)、ブルンジ内戦(暫定政権2001年~)などFGMまで手が届かなかったとの言い訳になりかねない国連が有効な停戦の手だてを打てなかったことも大きいのではないか。そして、非合理的なアフリカ社会の知恵  その典型が4人の女の子を匿うのに「モーラーデ(保護)」をコレがはじめ、それを第1夫人や第2夫人も支援するという構図  は、近代社会では見られなくなった最後の扶助、たとえFGM術師も手を出せない崇高なタブーである。モーラーデは結界や駆け込み寺を想像すると分かりやすいのかもしれないが、家長のメンツでコレを鞭打つ夫もコレの決意に負け、また、フランス帰りの村長の息子もテレビやラジオから得る世界情勢やその他情報獲得の有用性から女たちのFGM反対を支持する。
因習と科学の衝突時には血が流されるのも歴史であり、女性らに「言い寄り」、コレの鞭打ちを制止した村の商人「兵隊さん」は、村人たちに殺され、コレにもとに逃げてきた一番小さな少女はFGMを無理矢理受けさせられ命を落とす。
しかし、アメリカの学校では銃が乱射される報道を聞くにつけ、飛び道具が発達していない社会ではその殺戮も止められるのではないかとさえ思えてくる。楽観的にすぎるかもしれないが。
モーラーデを通したコレを同じ痛みを持つ女性らが支持する、「私たちはもう切らせない」と。
現在日本ではジェンダー(バイアス)バッシングともいえるバックラッシュが喧しい。女性を自己決定のできない地位に貶めることなどもうできないのに、家父長制への懐古は遠い国の問題ではない。
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黒木和雄の遺作    紙屋悦子の青春

2006-10-15 | 映画
黒木和雄の作品は、「戦争三部作」のうち「TOMORROW/明日」や「父と暮らせば」もそうであったが、モノロークやダイアローグの連続で舞台臭い典型だ。しかし眠たくなるわけではない。それほど一人一人の語り、数名の対話には力があり、嘘くささが感じられない。そのうえ引き込まれるのは原作あるいは脚本の力であると思う。「父と暮らせば」では演技の伸長著しい宮沢りえが魅せたモノローグは説明的すぎるが、映像もなかった戦時期とその後の思いを伝える手段として一番ふさわしいとも思える。
今回のヒロインは原田知世。最初、原田知世の若い頃に似ている女優さんが出ているなあとノー天気に思っていたら、いつまでも若い原田その人であった。脇の俳優人も固い、というか、鹿児島弁はよくわからないけれどあの全体を通して描かれる滑稽さと併せて真剣かつくすっと笑ってしまう当時の庶民の日常がよく描かれていると思うのだ。
「庶民の日常」と書いたが、まさしく銃後だ。それも鹿児島は知覧特攻基地の近く、そして45年3月といえば沖縄へは米軍が上陸、もう最後の捨て石沖縄が陥落すれば本土決戦となる時期、地勢である。でも、庶民の日常は銃前(?)のため、勤労動員、奉仕に明け暮れる毎日とB29が飛んでくる日以外は穏やかな日々。その穏やかな日々が兄の熊本への勤労動員、悦子が仄かに思いを抱いていた学徒動員で鹿児島の地まで出征していた京大出の士官が、おそらくは特攻隊として沖縄への片道切符、訣別を告げにに来たその日を見てもおよそ「穏やか」ではない。けれど、イスラエルに毎日のように空爆されるレバノン、銃撃の止まないガザの現在(いま)ではないにしても、「本土決戦」を経験しなかった日本では、空襲で街を破壊されなかった鹿児島の田舎では「穏やか」と「戦時」の距離が微妙であったのだろう。そしてその微妙さをユーモアを含んで描いたのが本作である。
ヒロインもあの兄も家族みんな皇国日本が戦争に負けるはずない、あるいは負けたらなんて口に出せない雰囲気の中で押さえながら思いを伝え(というか絶対出さない術を彼らは、戦中期の一市民は持っていたのか?
専守防衛は古くさいと、集団的自衛権も可能という安倍政権の今日こそ見なければならない映画であると思う。銃を持つ人の描き方より、銃後の悲しみ、怒り、切なさ、そして弱さこそあの戦争を止められなかった理由であると訴える黒木監督の慟哭に応えなければ、私たちはあの作品を見る資格さえもない。
そう思える作品だ。
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