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待っていた好著  『この国(近代日本)の芸術 〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』

2024-06-05 | 書籍

「明治期以降、徐々にその輪郭と内実が形成されてきた日本の帝国主義・植民地主義が産み落とした鬼子として現代に残る歴史否定・人種差別・異性愛規範・健常者中心主義等々が未だにこの国(近代日本)で支配的であることを改めてはっきり認識した。」「本書は、「美術」というフィールドを足場に、そうした帝国主義・植民地主義の残滓を払拭することに挑戦している」(山本浩貴「おわりに」812頁)。

本書の目的は上記のように明らかだ。しかし、それをどう論考で説得づけるか、切り口はいずれか。浩瀚な参照文献と、同時代アーティストへのインタビューでそれは成功していると言えるだろう。では編者(小田原のどか 山本浩貴)を突き動かしたプロジェクトの発端、危機意識はどこから出現したものか。それは「飯山作品の検閲」(2022年、飯山の映像作品を『In-Mates』が東京都人権プラザにより上映中止となった)であるという。

本書には、飯山由貴自身のインタビューも収められているが、関東大震災での朝鮮人虐殺を描いた動画に対し、その事実を認めたくない小池百合子都知事に都が忖度したことは明らかであった。しかし、芸術作品の検閲や出展中止、開催禁止は飯山の件だけではない。2019年のあいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」をめぐる一連の動きがエポックメーキングとされるが、むしろそれまでに内在、顕在していた「現代に残る歴史否定・人種差別・異性愛規範・健常者中心主義等々」が「その後」展によってさまざまな事象が集成されたと言えるだろう。既知の通り、「その後」展では爆破予告が、「その後」大阪展でも不審物の郵送があった。

「その後」展は、この国(近代日本)にすでにある不可触なスティグマを分かりやすく展示したに過ぎない。「従軍慰安婦」を表す「平和の少女像」、昭和天皇の写真を燃やすシーンが映り込む動画、沖縄における米軍の駐留、横暴(に結託する日本政府)に対する揶揄などである。これらはすべて「近代日本」に端を発することだ。つまり日本に「美術」がもたらされたのは近代になってからであり、美術以前(近世の絵画芸術や手仕事を思い浮かべると良いだろう)にはあり得なかった、すなわち「帝国」の出現以降のことだからである。そこには絶対主義天皇制を基盤とするヒエラルキー、当然下位の者が存在する、に絡め取られた差別構造、「外国人」たるエスニシティ、ジェンダー、台湾・朝鮮半島・満州などの植民地支配の必然的帰結であるコロニアルの問題等々がある。しかし「美術」はそれを避けていた。少なくとも問題提起にはひどく無関心で、逆に「その後」展のように剥き出しのレイシズムが噴出した。

本書をかいつまんで紹介する任は筆者の能力を超えるが、沖縄、アイヌといったマージナルな領域の描き方、描かれ方、それに伴うヤマト=「日本」といった虚構の論考。「慰安婦像」をめぐる表象とジェンダー規範、あるいは天皇と戦争画の関係、さらには被爆地広島出身でシベリア抑留の経験もある地元の画家四國五郎の再評価、大杉栄にゆかりの美術家を取り上げた小論、ブラック・ライブズ・マター運動とアートとの関係、そしてこれらに挟まれるアクティビスト、作家のインタビューや論考も読ませる。美術関連書と言えるのだろうが、図版の少ない800頁を超える大著にして夢中になれる。これらの視点と行動力を知らなかった美術「好き」が恥ずかしいくらいだ。

個人的には、筆者も何度も見(まみ)えた彫刻家舟越保武の《ダミアン神父》の作品名変更の経緯がとても興味深かった。先ごろ、世界最多の有権者を擁した選挙と言われるインド総選挙が報じられた。インドは「世界最大の民主主義国」を自称するが、もちろんモディ強権政権にそれを信じる者は少ない。それに抗い、抵抗してきた作家、文筆家にアルンダティ・ロイがいる。ロイは反グローバリズムの立場から「帝国」を論じるが(『帝国を壊すために』2003 岩波新書)、日本も天皇制軍国主義下と戦後もその流れを断ち切れなったと言う意味において間違いなく「帝国」であり、だから人に見せ、考えてもらう契機としての「芸術」を扱う「日本美術史」も「脱帝国主義化」の必要性があるのである。(『この国(近代日本)の芸術 〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』2023 月曜社)

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1 コメント

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帝国主義の変容 (文明論研究家)
2024-09-20 04:29:33
日本史を見るだけでは「帝国主義」の原型は見えない。そもそも大日本帝国の出発点となった明治維新はアメリカの黒船によって起こったようなことになっているが、それ以前のイギリスによるアヘン戦争の衝撃がおおきかった。この当時、大航海時代からはじまったヨーロッパの植民地収奪主義は産業革命の成功によりイギリスがその完成形を示していた。そう帝国主義の語源は大英帝国主義が原型なのである。戦前の大日本帝国も列強と足並みをそろえるべく植民地をもったが収奪システムではなく地域開発型を目指していたし、大東亜共栄圏も白人至上主義へのアンチテーゼとして掲げていた。グローバルにながめて戦後レジームからの脱却は急務であると思われる。
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