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  <title>kenroのミニコミ</title>
  <link>https://blog.goo.ne.jp/kenro5?fm=rss</link>
  <dc:creator>kenro5</dc:creator>
  <dc:date>2025-07-01T17:31:43+09:00</dc:date>
  <language>ja</language>
  <copyright>&#9400;NTT DOCOMO, INC. All Rights Reserved.</copyright>
  <description>kenroが見た、読んだ、聞いた、感じた美術、映画、書籍、舞台、旅行先のことなどもろもろを書きなぐり。</description>
  <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
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   <title>ブログをAmebaブログに引っ越しいたしました</title>
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   <description>
<![CDATA[
<p>これまで、お読みいただいた方には感謝とお礼を申し上げます。</p>
<p>この度、「kenroのミニコミ」は、Amebaの「kenro-miniのブログ」として</p>
<p>引っ越しいたしました。（<a href="https://profile.ameba.jp/me">https://profile.ameba.jp/me</a>）</p>
<p>今後は、Amebaでお会いできる日を楽しみにしております。</p>
<p>よろしくお願いいたします。</p>
<p>kenro5</p>
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   <category>Weblog</category>
   <dc:date>2025-07-01T17:28:17+09:00</dc:date>
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   <title>美術はやはり「リアル」から始まる　　「アート・オブ・ザ・リアル」鳥取県立美術館</title>
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<![CDATA[
<p>美術における「リアル」とは何か？　近代以前の宗教画が中心だった時代、目には見えない神の姿やとてつもなく過去であるイエスやマリアを画家は描いたが、それは彼らや見る者にとって「リアル」であった。近代に表現主義の時代が訪れると、具象と抽象という概念が席巻した。美術の中でこの具象・抽象を説明する最も簡単な分類として具体的な対象物の再現性にこだわるのが具象で、そうではない作者の構想の方が重視されるのが抽象と説明されることがある。大筋で合っていることもあるが、ことはそう単純ではない。</p>
<p>例えばルーマニア生まれの彫刻家コンスタンチン・ブランクーシ。抽象彫刻の代表作家とされるが、彼の主要モチーフである鳥のシリーズは、《雄鶏》《空間の鳥》といった具体的な作品名が付けられ、作家にとっては「具象」であるのが明らかである。しかし、それら作品をブランクーシについての知識なく見た者の多くは「抽象彫刻」と思うだろう。徹底的に削ぎ落とされた矩形の塊は幾何学的抽象の範疇に捉えるだろう。</p>
<p>では対象物をできるだけホンモノらしく描けば「リアル」なのであろうか。実は、西洋画が入ってきた開国以降の日本で、そのリアルと格闘したのが日本美術史でもあったのだ。本展はその歴史と、近世における日本画（この呼称も近代以降のものだが）の試みにも言及しながら、その発展性とその後を読み解く。</p>
<p>江戸時代末期油彩画の魅力にとらわれた高橋由一は、まだ日本人の多くが扱い慣れていなかった油彩でリアルを追求した。《鮭図》（19c後半）はいくつもの作例があるが、支持体の木目と見事に調和し、見る者を驚かせたに違いない。20世紀に入ると岸田劉生の筆力はまた日本での“リアルな”油彩画の発展に寄与したことであろう。それらと並行するように日本画もより写実力を増していく。しかし、画材が違うとはいえ、江戸時代から円山応挙ら写生の魅力に画期をなした画家らをはじめ、岩絵具など画材で油彩画の表現力と格闘した者も多い。日本における「西洋画」濫觴と言われる司馬江漢や秋田蘭画を想起すれば理解しやすいであろう。</p>
<p>本展では、近代美術を席巻したキュビズムやシュルレアリスムを「リアル」の追求形として俎上に載せる。つまりキュビズムは多角的視点で対象物を見、描くことにより、私たちがすでに知っている「現実」とは違う「現実」がありうることを見せつけた。さらに、「シュルレアリスム＝超・現実主義」は、「現実」を描いている（はずである）のに、違和感を催す一つの傾向がある。西洋画ではマグリットやキリコなどが想起されるが、日本のシュルレアリスムは、むしろその傾向が強い。古賀春江《海》（1929）は、実在の対象物ばかり描きながら、それらが併存している近未来のような不可思議さに溢れているし、三岸好太郎《海と射光》（1934）は、その一つの到達点と言えるかもしれない。</p>
<p>多分展示の全体統括をした尾崎信一郎館長の特徴がでているのか、章ごとの説明文は少々難解である。尾崎館長は近・現代日本・西洋美術が専門であり、キュビズムやシュルレアリスに関する著作や図録監修も多い。館長の展示意図を全て咀嚼し、ここで屋上屋を重ねるような稚拙な解説は控えるが、リアルの追求の観点から西洋と日本を行き来し、また、その先に「境界を超えて」として「分断された現実を超えゆく力としての美術、未来に向けた一つの希望を展示する」と終章をしめる。作品にはジェンレレーションやトランス（ジェンダー）に触れたもの、まさに《ここに境界はない》（シルバ・グプタ　2005-2006）と曽爾とズバリと宣言した作品もある。</p>
<p>そして、鳥取県という郷土が誇る早逝の画家・前田寛治の作品がいくつも取り上げられていることに注目したい。前田は、東京美術学校卒業後、渡仏、帰国後里見勝蔵らと「1930年協会」を創立しこともあり、フォービズムの騎手と目されることも多いが、それはあくまで表現手法であって、前田が目指したものはやはりクールベばりの「リアル」であったのであろう。それがよくわかる展示であり、また、日本全国から集めた逸品も素晴らしい。そして話題になったアンディ・ウォホール《ブリロ・ボックス》（1968）ももちろんある。</p>
<p>日本で一番新しい公立美術館の今後に期待する。</p>
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   <category>美術</category>
   <dc:date>2025-06-15T17:31:13+09:00</dc:date>
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   <title>「沖縄は日本に入っているのですか？」は、そもそもの問い。　　「太陽（ティダ）の運命」</title>
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<![CDATA[
<p>「首相は「日本を取り戻す」とおっしゃいますが、その日本に沖縄は入っているのですか？」翁長雄志沖縄県知事が時の安倍晋三首相に問いかけた言葉だ。安倍首相は答えなかったという。</p>
<p>沖縄は日本なのか？そもそもの問いが発せられる背景は、沖縄が「別扱い」されてきたことによる。別扱いは特典ではない。差別である。1972年、日本に「復帰」した沖縄は、「核抜き本土並み」と約束したにも関わらず本土並みには程遠かった。県土の多くを占める米軍基地である。そして、土地を占有しているだけの意味ではない。地位協定という差別構造を国家が容認した制度のもと、沖縄の人民は被差別の立場を強制されてきた。米軍人の犯罪を告発し、日本の刑法制度のもとで審理できないのだ。1995年の少女暴行事件は、その不平等性に県民が怒り、米軍基地があるから、基地が集中しているから起こり得た許されざるべき犯罪と怒った。時の県知事は大田昌秀。</p>
<p>大田は1925年生まれ。戦時中「鉄血勤皇隊」動員の経験もある。研究者の道を歩んでいたが、90年に知事選に担がれた。任期中に起こったのが先の暴行事件であり、行政のトップとして謝罪した。しかし、駐留米軍の存在、しかも国内で74％もの基地が集中する実態は一人沖縄県知事の責任ではない。そして、在任中には軍用地の強制使用代理署名を拒否し、国から訴えられた。大田は言う。「憲法より地位協定が上位にある」。</p>
<p>大田知事を激しく攻撃したのが翁長雄志県議。その当時の翁長から見れば、政府との「交渉」をうまくこなせず、頑なな姿勢は沖縄の将来をきちんと考えていないと映ったのかもしれない。しかし、沖縄の将来をきちんと考えていないのは、いや現状を見ていないのは政府そのものと知ったのは翁長自身であった。</p>
大田の後、稲嶺惠一、仲井眞弘多と自民・保守系の知事が続いたが、転換点は仲井眞の辺野古の埋め立て承認であった（2013.12）。公約を反故にした仲井眞に県民の怒りは高まり、同じ自民党が出自の翁長が辺野古阻止で知事となった。大田にあれだけ厳しく接していた翁長が大田と同じ立場と苦悩、そして県民の多くの付託を背負う立場となる。
大田、稲嶺、仲井眞そして翁長。立場の違いはあれど沖縄県知事として向かい合った難問の大部分が日米地位協定、日本政府との交渉である。他の都道府県首長には考えられない。
<p>県外移設を公言した鳩山政権、そして再び自・公政権になり、地域協定は動いたであろうか？何も変わっていない。それどころか、マヨネーズ並みの地盤に途方も無い数の杭を打ち込むことで辺野古新基地に邁進する政権。さらには、中国の脅威との理由で、沖縄本島を含め南西諸島に大規模な自衛隊施設、要員を注ぎ込む。自衛隊が入り込めば地域振興になると倒錯した発想で受け入れる首長もいる中、沖縄の市民は再び戦争の最前線に立たされている。その既成事実、構造の前で「沖縄は日本に入っていない」。</p>
<p>大田や翁長が見せる苦悩は、県民全ての苦悩でもある。その苦悩を見ずして「寄り添う」と連発した首相もいた。その首相と沖縄以外の日本（人）も同じである。（太陽（ティダ）の運命　2024　監督：佐古忠彦）</p>
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   <category>映画</category>
   <dc:date>2025-05-17T22:07:57+09:00</dc:date>
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   <title>「世界最古の家父長制」が露にする欺瞞と糊塗と人間臭さ　「教皇選挙（コンクラーベ）」</title>
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<![CDATA[
<p>信者数１３億とも１４億とも言われるから、世界人口の５人に一人がキリスト教徒との計算になる。それほど巨大な「世界宗教」のトップの選考に注目が集まるのは当然である。しかしバチカン市国のトップでもある教皇はあくまで人であって神ではない。教皇は世界中の枢機卿から選ばれるのだから、その枢機卿の「人間臭さ」も当然教皇選出のファクターとなる。</p>
<p>バチカンという閉ざされた空間の、それも教皇選挙（コンクラーベ）の期間中を描いた画面はほとんど室内のみ、限られた人物をヒューチャーしているだけなのに、このスリリング、迫力はどうだ。いや、狭い場所と多くのシーンを首席枢密卿、コンクラーベのマネジメントを司るローレンスに焦点を当てているだけでかえってそれらが増すのだろう。傑作であると思う。</p>
<p>2000年の歴史と世界地図のほとんど全てを網羅するキリスト教である。世界史の縮図と言っていい。そこには当然改革派（リベラル）と保守派のヘゲモニー争いがある。監督のエドワード・ベルガーはカトリック教会を「世界最古の家父長制」と呼んでいる。カトリックが女性神父を認めていないことなどを指すが、ずらりと並ぶほとんど高齢の枢機卿は男性ばかり。下働きのシスターの女性たちの姿は見えるが、男性側からはそれは「見えない」存在となっている。しかし不可視の存在側からは「見ていない」わけではない。ローレンスを支えるシスター頭が重要な役割を演じる。</p>
<p>2025年4月現在病床にあるとされるフランシスコ教皇はアルゼンチン出身で、「改革派」とされる。婚姻は男女間のものとする一方、同性カップルにも「祝福」を認めると発言している。世界中から集まる枢機卿であるから、地元ではすでに同性婚が認められた国、イスラム教が多数派の国からも集まる。現実の世界でもヨハネ・パウロ２世はポーランド、ベネディクト１６世はドイツ、フランシスコとイタリア以外からが続いている。映画では、教皇はローマから出すべきだと地域（独占）主義を訴える者もおれば、イスラム教徒との「宗教戦争だ」と息巻く者もいる。しかし、ローレンスはじめ、改革派の路線を進めたい者たちとの抗争は激化。アフリカから初の教皇選出かと思われた者は過去の性スキャンダルが、それが明らかになるよう画策した保守派、さらにはイスラム世界、紛争の地カブールから赴いた若く清廉なベニテス枢機卿（メキシコ出身）がどんでん返しで教皇に選出されるが、そのベニテスこそ重大な秘密が。</p>
<p>候補者らの汚職、陰謀などを明かす重要な役割を演じるシスター・アグネスは「私たちシスターは目に見えぬ存在ですが神は目と耳をくださった」。家父長制が引き起こす醜い争い、愚行は家父長制のヒエラルキーから排除された者だからこそ、冷静かつ「神の正義」に基づいて観察しているということだろう。</p>
<p>折しも、トランプが牛耳るアメリカでは、DEI（Diversity、Equity、Inclusion　多様性、公正性、包摂性）を排除する動きが顕著である。反民主主義的価値観、動きが家父長制と親和性が高いことは明らかである。日本も例外ではない。（「教皇選挙」2024 アメリカ・イギリス）</p>
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   <category>映画</category>
   <dc:date>2025-04-11T10:41:45+09:00</dc:date>
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   <title>DIC川村記念美術館とお別れは本当に悲しい　ー　首都圏美術館訪問記　ー</title>
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   <description>
<![CDATA[
<p>2025年の３月末で千葉県佐倉市のDIC川村記念美術館が休館するので、足を伸ばしてきた。京成佐倉からバスに揺られ、あの素敵な空間へ。休館というが、この地で見えることができるのはこれが最後。実質閉館と言っていい。であるからかたくさんの人出だ。</p>
<p>人の波を抜けてロスコ・ルームに至る。静謐な空間とはこの部屋のためにある表現である。ロスコの作品を前にすると自身が吸い込まれていくような感覚になる。赤茶けた四角の画面が７点からなる〈シーグラム壁画〉は、世界で３カ所かしか臨めないという。７点の「赤茶けた」は同じではない。そこにリズムもある。さらに吸い込まれるのは自分の時間もだ。一体、このペインティングにしか見えない画面になぜそのような力があるのか。ロスコは作品展示の仕方にとてもこだわり、いったん契約したこれらを飾る予定であったレストランとの契約を解除した。空間そのものを手に入れたいとしたロスコらしい。今、その眼福に与れるのは至福の極みだ。２階にはフランク・ステラが贅沢な距離で観る者を囲み、順路の最後に位置するホールは昔モーリス・ルイスの１点のみがあった。今回は、残念ながら展示されていなかったが、窓の外に広がる木々はマグリットの絵のようだ。この空間に二度と身を置けないのかと思うと自然に涙が出てくる。さようなら、川村美術館。</p>
<p>都内に出て、東京国立近代美術館へ。企画展はスウェーデンが生んだ抽象絵画の先駆者ヒルマ・アフ・クリント。若い頃にキリスト教神秘主義に触れ、以後キリスト教の世界とスピリチュアルを混合、融合した作品を編み出した。２０世紀抽象芸術を代表するカンディンスキーやモンドリアンも一時神智主義に傾倒していた。クリントの図案もカンディンスキーを彷彿させると見ていたら、クリントの時代が先である。彼らより「先駆けた」意味が納得できた。</p>
<p>東京近美はコレクションが素晴らしい。今期（2025.2.11-6.15）でも、美術書で会ったことのある名品が居並ぶ。いや、美術史を学ぶために必須のラインアップと言えるだろう。美術史や作者・作品の背景を知るだけなら、書籍やネットに頼ればよい。しかし、美術館に来る意味は、知識として得ていたものが実作と相対することによって、言うならば理論と実際が合体する、できるということである。そして、これら作品群に触れることにより、美術史が腑に落ちる。それは、日本と海外の作品が綿密に考えられた上に配置され、その連関性が推し測ることができるからだ。開国、明治以降怒涛のように持たらされた西洋文化（美術）は、それを受容、模倣するのに躍起だった時代①を経て、明治中期には東京美術学校油画科の設立など、自前の洋画を確立②、２０世紀に入ると留学する者も増え、また西洋の前衛にどんどん触れた③。大正期には、日本自らで前衛を模索、構築する。同時に日本的な西洋画を追求する者も出た④。しかし、昭和期には自由な表現活動はどんどん圧殺され、やがて実績、腕のある画家ほど「彩管報国」に加担し、従軍画家も数多く出た⑤。そして戦後。占領期、アメリカ一辺倒の時代、さらにヨーロッパの息吹を得て、独自の前衛を生み出していった。そして現在に至る。展示に沿って言えば、①は浅井忠《山村風景》（1887）、②は原田直次郎《騎龍観音》（1890）、③は恩地孝四郎《抒情『あかるい時』》（1915）、④は飯田操《風景》（1935）や靉光《眼のある風景》（1938）、⑤は藤田嗣治《血戦ガダルカナル》（1944）などにその一端を見ることができるだろう。これらを補強する時代時代の西洋の作家、エルンストやロベール・ドローネー、ジャン・アルプなども展覧される。</p>
<p>東京近美のコレクションは美術史のコレクションである。</p>
<p>アーティゾン美術館の「ゾフィー・トイバー＝アルプとジャン・アルプ」展を帰阪前に見た。アルプといえば多分ジャンだけが想起されてきたように、妻ゾフィー・トイバーの名は置き去りにされてきた。確かにゾフィーは1943年不幸な事故で早逝したため、その画業に注目されてこなかったのは事実であろう。しかし、ゾフィーはジャンの付属物でも、その芸術的功績はジャンの模倣やトレースでもない。ジャンと出会う以前からスイスで自己の地歩を固めていたゾフィーは、早くから構成主義的デザインに才をなし、その発想はマレーヴィチなどより早くに実現していた。それは絵画にとどまらず、建築やポスターデザインなど驚くほど多岐にわたる。リンダ・ノックリンの『なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか？』を引くまでもなく、芸術家イコール男性というウルトラ・ジェンダー・バイアスの元に女性芸術家に光が当てられず、言及もなかった。それが変わりつつある。</p>
<p>首都圏への遠出は色々負担も多い。しかし、川村美術館、東京近美に行って本当に良かった。川村美術館は、六本木に国際文化会館の別館として再出発するという。だが、コレクションの４分の３は売却する。</p>
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   <category>美術</category>
   <dc:date>2025-03-19T20:44:58+09:00</dc:date>
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   <title>痛い、苦しい、でも直視すべき子どもの世界　　Playground/校庭</title>
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<![CDATA[
<p>2024年の日本の小中高生の自殺は527人で過去最多という。子どもの数がどんどん減っていて、全体の自殺者は減っているのにこの数値だ。G7の中で10〜19歳の死因で自殺が1位なのも日本のみだという。自殺の原因は「学校関係」とあり、当然いじめが想定される。1994年に起きた愛知県西尾市の中学生自殺事件は、同級生からによる壮絶な暴力と恐喝が原因であったことが、少年の遺書から判明している。苦しくなる。</p>
<p>小学校に入学したばかりの７歳のノラ。友だちもできず、３つ上の兄が頼りだ。でも、お弁当の時間は勝手に移動して兄アベルの元に行ってはいけないし、その兄がトイレの便器に突っ込まれるなどいじめられているのを目撃してしまう。アベルに誰にも言うなと口止めされるが、お父さんに伝えてしまう。するとアベルの予想通りにいじめはひどくなるのだ。友だちもできつつあり、今度は見て見ぬふりをして、過ごそうとするノラ。一応、いじめる側の保護者と和解し、アベルへのいじめは止んだが。今度は、アベルが体格のより小さな子をいじめている現場に出くわす。ノラのとった行動は。</p>
<p>目線と視界がすばらしい。カメラはノラの目の高さだ。そして、被写界深度の浅い視界で、すぐ近くにしか焦点が合っていない。そう、子どもの視界は大人よりずっと狭いのだ。それは子どもの社会自体が狭いことの現れだ。そう、子ども、ノラにとっては「校庭」が世界のすべてなのだ。しかし、社会が狭いことと、意識や思索の範囲、可能性といった大人にとっては当たり前の抽象的観念が狭いことと同一ではない。それを論理的、説得的に表現する語彙、伝え方を持たないだけで、表せない、的確に訴えられないことも考えていないことと同義ではない。</p>
<p>これほどまでに子どもの視点に立った演出、カメラワークに驚嘆する。余計なBGMもない。子どもをめぐる問題は、大人が介入して解決しようとするが、そもそも大人は気づいていない。それが痛いほどよく分かる。そしてまだ小さく、非力なノラに何ができるのか。何をしなくてはならないのか。もどかしいが、子どもをめぐる真実でもある。この痛みを誰に、どのようにして、なぜ伝えればいいのか。伝えれば、自分もアベルも楽になるのだろうか。見ていてとても、とても痛い。</p>
<p>愛知県西尾市の事件当時より現在では不登校という選択はしやすくなった（ただし、同事件ではいじめる同級生が被害者を毎朝家まで迎えに来ていたという。）。だから大人は、社会は、学に行けないなら行かなくていいよとのコースを提示はする。しかし、基本的に学校は行くものと大人も子どももその規範を内面化していて、不登校の子どももその状態ゆえに自分を責め、時に自ら命を断つ子もいる。不登校が必ずしも安心できるアジールにはならないのだ。</p>
<p>舞台のベルギーでは、学校には肌の色の違いなどいろいろな子もいるようだ。だが、いじめの背景は人種や障がいなどを理由にする差別と原因がはっきりするものばかりでない。むしろ、人種や障がいなどによる差別は大人社会の反映であって、子どもの間に起こるのは体格の違いや、「いじめやすい」からといった、まさに「視界の狭い」理由によるものも多いだろう。こう書く私自身、子どもの頃、体が小さく、気が弱く泣き虫で「男らしくない」ことでよくいじめられた。苦しかった。</p>
<p>カメラワークといい、進行、アンチエンディングの手法は、ベルギー映画で子どもの世界を描いたら随一のダルデンヌ兄弟の作風と酷似している。脚本も書いた新鋭のローラ・ワンデル監督はダルデンヌ兄弟から多くのことを学んだと語っている。納得した。（Playground/校庭（英題）　2021ベルギー映画）</p>
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   <category>映画</category>
   <dc:date>2025-03-18T15:23:50+09:00</dc:date>
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   <title>建築はブルータルに、そのほかはそうではなく。アメリカの夢　ー　ブルータリスト</title>
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<![CDATA[
<p>「美は細部に宿る」としたのは、バウハウスの最後の校長で渡米後、近代建築の３巨匠とまで言われたミース・ファン・デル・ローエである。デザインにおいて近代合理主義精神を体現したバウハウスの教員、学んだ者らがナチス政権下で追われ、アメリカなどに逃れた例は多い。ローエのほか、本作のモデルの一要素となったであろうモホリ＝ナジ・ラースローはバウハウスで写真や舞台芸術など幅広い分野で教鞭をとった。ハンガリー出身のモホリ＝ナジは、ナチスが政権を取った際オランダに逃れたが、やがてアメリカに亡命している。</p>
<p>「ブルータリスト」の主人公ラースロー・トートは架空の人物であるが、デッサウのバウハウスに学び、収容所に囚われたが生き延び、戦後なんとかアメリカに渡ることができる。愛する妻エルジェベートと姪ジョーフィアを残して。二人の生死は定かでなかったが、やがて富豪のハリソン・ヴァン・ビューレンに見出され、大きな礼拝堂建築を任される。そして二人をアメリカに呼び寄せることもできた。酒とドラッグに頼りながらも仕事をこなすが、戦時中の栄養不足で車椅子生活となったエルジェベートとの関係もギクシャクし、ハリソンとも対立する。トートはアメリカでの成功物語の主役となれたであろうか。</p>
<p>215分、間に休憩が入る長尺の大作でトートを演じたエイドリアン・ブロディは二度目のオスカーを獲得した。迫害されたユダヤ人ら移民がアメリカンドリームを成し遂げる直裁的な作品に見えるが、同時にユダヤ人差別もあり、さらにはハリソン自身が名前からオランダ系と思われる。成功した者とそうでない者の陰翳、決して多くはない登場人物の格差が微妙に描かれ、２０世紀のアメリカを象徴する物語となっている。トートと長い付き合いがある友人は黒人のシングルファザー、渡米後すぐのトートの面倒をみたいとこはユダヤ人だがプロテスタントに改宗している。生き抜くために、いや、生き抜かなければならないために皆「アメリカ」に適応しようともがく様がリアルに響く物語、歴史大作なのである。</p>
<p>ところで「ブルータリスト」は日本語にはなかなか訳しくい。英語のbrutalは荒々しい、粗野などの意味であるが、ブルータリズム、ブルータリストは５０〜７０年代のアメリカ、そして日本や世界に広まったコンクリート打ちっぱなしの建築様式を指す。現在第一線で活躍する安藤忠雄の建築を想起すればいいかもしれない。もちろん、安藤は流行からだいぶ後の時代なのでより洗練されていると評さる。あの装飾性を拒否するかのようなブルータルな出立は、５０年代の美術動向であるミニマリズムや、６０年代の日本の「もの派」の流れが建築の世界でも実践されていたのだ。</p>
<p>建築に限らず流行には当然栄枯盛衰があるが、ブルータリスト（リズム）は、コンクリートに装飾を施さない分、普遍的とも言える。しかし、装飾に頼らないということは建物そのものだけが勝負ということだ。建ち上がった際、人工的な光源に頼らない灯りの取り込み、その自然光の入り方など設計段階の準備はその点について、より複雑、緻密になる。それを成し遂げた感動は大きいに違いない。安藤忠雄の光の教会などの人気を見ればそれがよく分かるだろう。</p>
<p>教会建築の最高峰と言われるゴシックの大聖堂は全て西向きで、聖堂の最奥部にして最重要部の祭壇のあるアプスに東から陽光が指す構造となっている。ユダヤ教徒であったトートは未知のキリスト教会の構造、建築に格闘した。コンクリートの隙間から光がさし、祭壇にクロスを映し出す。彼のデザインは宗教的神秘さとともにアメリカの成功をも映し出したのかもしれない。（ブルータリスト。2024/アメリカ、イギリス、ハンガリー）</p>
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   <category>映画</category>
   <dc:date>2025-03-06T22:14:01+09:00</dc:date>
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   <title>パレスチナ人とユダヤ人の「友情」で描いたドキュメンタリーの傑作　「ノー・アザー・ランド」</title>
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<p>ちょうどジェニン難民キャンプで支援活動を続ける写真家の高橋美香さんからの窮状を訴える声に呼応して、友人が日本でカンパ活動を始めた。筆者も高橋さんの報告を読むなどして僅かばかりの支援をした。パレスチナ・ガザや西岸の状況に陰鬱な思いを抱えていたし、私たちの支援金ほどではどれくらい現地の改善につながるのか心許ないが、自己満足も含めてのことだ。</p>
<p>イスラエルによるガザ攻撃の説明記事では、よくパレスチナ自治区の（支配）地域が映し出される。南西のガザ地区と北東のヨルダン川西岸地区である。しかし、この地図の示し方は誤解を招くと本作のパンフレットに寄稿する高橋和夫放送大学名誉教授は指摘する。イスラエルにより80〜90％も破壊されたというガザ地区で、地元住民が確保できる区域は地図よりとてつもなく小さい、狭いのは明らかだが、西岸はそれよりかなり広く、十分に居住地域が保障されているではないかと見てしまいがちだからだ。しかし、高橋教授は西岸地区で、パレスチナ人が行政も治安維持も担っているのは半分ほどである事実をイスラエル側による入植地を示すことによって明らかにする。本当に虫喰い状態で、パレスチナ人が互いに行き来することを困難にするよう企図しているからだ。</p>
<p>「入植」とは実は字面ほど穏やかな実態ではない。バーセル・アドラーは西岸のマサーフェル・ヤッタ出身のパレスチナ人ジャーナリスト、活動家。ユヴァル・アブラハームはイスラエル出身の調査ジャーナリストである。この２人に加え４人組で本作の監督・制作・編集をこなす。画面に登場するのはほとんどがアドラーとアブラハームで、目の前でアドラーの故郷がどんどんイスラエル軍の重機で押し潰されていく。住民を銃で追い立て、時に抵抗する者を撃つ。軍と一体化した入植者は違法建築で裁判所の執行命令もあるとする。しかし、そもそもパレスチナ人の土地に暴力的に「入植」し、治安維持を名目にパレスチナ人を追い出しているのはイスラエルの方なのだ。これは、紛れもない侵略・占領と侵略者による「平定」である。しかし、住む場所を破壊された一家は洞窟に一時避難するが、「一時」ではないのが明らかだ。そして、イスラエル軍が破壊するのは住居にとどまらない、学校も公共の建物も。</p>
<p>パレスチナの苦境を描く映画はさまざまに制作されてきた。移動を妨げる「分離壁」をめぐる苦難と友との葛藤、そして命を賭した反抗を描く「オマールの壁」<a href="https://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/a8a94075cb3d609f57aa59cc991273d8">https://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/a8a94075cb3d609f57aa59cc991273d8</a>）など優れた作品も多い。しかしそれらは劇映画で、本作がドキュメンタリーであることの意味は大きい。ブルドーザーがついさっきまでパレスチナ人が住んでいた建物を押し潰し、撃たれる。全て生身の映像なのだ。カメラを向けるアブラハームらを軍が銃で威嚇し、追い払おうとする。逃げ惑い、揺れる映像もそのままだ。映されたくない、広められたくない悪行を自白しているようなものだ。ところが、入植者＝イスラエルの狙いは確実に奏功している。故郷に戻ることを諦め、都市に出ていくマサーフェル・ヤッタ住民も少ないからだ。しかし、だからこそ、アドラーらは撮り続ける。</p>
<p>本作は2024年度のアカデミー賞ドキュメンタリー部門で作品賞を受賞した。ベルリン国際映画祭に続く快挙ではある。パレスチナに対するイスラエルの暴虐を絶対認めないドイツとアメリカでの受賞。現地で映像で、抵抗は続き、また支援を止めるわけにはいかない。（「ノー・アザー・ランド　故郷は他にない」2024ノルウェー・パレスチナ）</p>
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   <category>映画</category>
   <dc:date>2025-03-04T14:54:57+09:00</dc:date>
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   <title>家父長制に絡め取られるのは国家も　　「聖なるイチジクの種」</title>
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<p>巷では「昭和１００年」と浮かれている向きもあるが、100年前の1925年は、日本法政史上最も悪法の一つ「治安維持法」が制定された年である。当初「反共」、無産主義者を処罰の対象としていたのが、幾度かの改定によって自由主義者やキリスト者なども弾圧されたのは周知のことである。</p>
<p>「聖なるイチジクの種」は、厳格なイスラム法解釈のもと、女性にヒジャブの着用ほか様々な制限を課すイランの実状と、そういった性差別を一家庭内でも貫徹せんとして壊れていく「家族」の姿を描いた問題作である。監督・製作・脚本のモハマド・ラスロフは、政府による拘束を逃れ、秘密裏に出国。出国中に本国で「鞭打ち、私財没収、禁固刑８年」の判決が出されたことを聞かされ、公の場への登場があやぶまれたが、カンヌ映画祭会場に現れたのだった。カンヌでは審査員特別賞を受賞する。</p>
<p>裁判所に務めるイマンは、念願の調査官に昇進。仕事は、検察が請求するままに被告に死刑を含む重罰の許可証を発布すること。護身用のためと、上司から拳銃を渡される。ある日、その拳銃が寝室の引き出しから消えた。学生らの民主化運動に共鳴し、学内で重傷を負った友人を匿うなど「反体制的」な娘らと、何事にも夫に従順な妻ナジメ。一体、拳銃はどこへ、誰が盗んだのか。</p>
<p>イラン社会を描く本作のテーマは、「家父長制」と「監視社会」であると思う。イスラム国家、それも1979年の新米パフラヴィー政権の崩壊後、2005年から2013年まで大統領を務めたアフマディーネジャード政権下では、その家父長制的政策、強権主義が強まったという。イマン・ナジメ一家でもその姿はよく描かれる。娘二人は父親の庇護の元自由を謳歌できないばかりか、母ナジメは全て父親に従いなさいと言うばかり。自分の意見を持つことはない。</p>
<p>イマンの口癖は「神がお赦しになる／ならない」、「神の思し召しのとおり／でない」。そこでは一公僕たる自身の地位や職務もそこに帰することによって、疑ったり、深く考えたり、自立・自律に入り込もうとはしない。国家そのものが家父長制なのだ。</p>
<p>一方の「監視社会」は言うまでもないだろう。本作の着想の一つが2022年9月にヒジャブを適切に着用していないとし、道徳警察に拘束されたマフサ・アミニさん（22）の急死に端を発したヒジャブ（非着用）・デモである。イランにおいてもSNSの発展により、デモは瞬く間に全国に広がるとともに、そのSNSの傍受や取締りを政権側は強行した。映画でも娘らはスマホを巧みに操り、親が知らない情報を得るシーンが何度もあった。</p>
<p>ネット上に「殺人者」として氏名、住所などを晒され、家族を疑ったイマンは、田舎の旧家にナジメと上の娘を監禁して口を割らせようとする。辛くも逃げたナジメと娘らを追うイマンは完全に常軌を逸していて、下の娘に拳銃を向ける。</p>
<p>ラスロフ監督の描くイランはおそらく誇張なく、そのままで、そのような社会に危機を覚えているのは明らかだ。そしてなんとか「民主化」に繋げたいと。しかし、現状では監督はもう祖国には帰れまい。</p>
<p>映画の中でイマンや職場の同僚だったか、「外国が全てイランを悪者にしている。」との発言があった。現政権を支持する（せざるを得ない）層からは、そのように強権主義の合理化や納得できる説明が必要なのだろう。同時に不明朗な政権運営、警察国家体制にきちんと異議申し立てする若者らの姿もある。</p>
<p>イランよりはるかに「民主的」で強権国家ではない日本でも「家父長制」のくびきは強い。そして治安維持法がなくなったと言って安心できるだろうか。安倍政権下では「秘密保護法」「共謀罪」などの市民監視体制が進み、現在の経済安全保障体制下ではますますその重圧は厳しくなっている。軍事費増大の理由とともに政権が口にする「我が国をめぐる領海など周辺、いつになく厳しい国際情勢」。イラン政権支持者の「他国が自国を悪者にする」と相似形である。</p>
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   <category>映画</category>
   <dc:date>2025-02-19T16:13:02+09:00</dc:date>
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   <title>作られた神話の数々　『家父長制の起源』</title>
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<p>「誰に食わせてもらっていると思うんだ！」。本書でも紹介され、解説の上野千鶴子さんが取り上げる近代日本での典型的な言い回しだ。これは、ずいぶん前に亡くなった私の父が、私の母である妻に浴びせていた言葉でもある。しかし、その言辞が「家父長制」の悪しき発現であると知ったのはずっと後のことだ。</p>
<p>強固に残る性別役割分業、選択的夫婦別姓が進まない「家制度」の残滓、政治でもビジネスでも女性が指導的立場に立てないなどなど。「家父長制」が原因、遠因と思われる現代社会の性差別は弱まってきたとの見方も、全く改善していないとの見方もできる。ではその「家父長制」はいつから、どこで始まり、長らえてきたのか。あるいは衰退しているのか。</p>
<p>本書は、人類の誕生から古生代の集団生活から紐解き、キリスト教など宗教との関係、産業革命後の近代まで時代に応じて「家父長制」は浸透し、その拡張したり、弱まったりの歴史を克明に記す。「家父長制」は字の如く父系社会が基本だが、母系社会ではもちろん見られない。だから、父系社会に見られる男子のみが相続するといった慣習はない。しかし、母系社会は、ステレオタイプな平和主義や協調主義ではない。このステレオタイプも家父長制が圧倒的に強い歴史の作為かもしれない。女性も戦士になるし、争いも起こる。当たり前である。</p>
<p>要はその時代、地域社会にとって「家父長制」を維持、温存、拡大する必要性があったのだ。日本でなら、明治以降男系男子しか認めない天皇制と、その神権天皇の赤子である国民全てが家長たるたった一人の男性に支配された「家制度」を想起すると分かりやすいのではないか。夫が妻の元に通った婚姻形態や、女性でも天皇になった前近代でそれは明らかだ。日本の例はさておき、興味深いのは、イスラム社会での女性の地位や、女性だけを蹂躙する制度や風習を女性自身が守ろうとすることがあるという歴史的変遷だ。イランではホメイニ師のイスラム革命前には女性の地位は高かったし、これはアメリカと結びついたパフラヴィー政権が資本主義の発展のためにそれを企図したこと。あるいは、革命後４０年経ち、ヒジャブを強制されるものの男性を養う女性たちの存在。また、後者ではFGM（女性性器切除）を支持する女性たちの存在など。</p>
<p>根本的な問題は「家父長制」を支える言説が、「男の方が強くて賢い」「支配者に向いている」「女は出産・育児するから働く（戦う）のに向かない」など、根拠もない陳腐なものばかり、それも現代に言われることばかりということだ。例えば、戦争で女性が奴隷にされたり、略奪されるのは次代を産むからである。その構造を支配しようとする欲望こそ「家父長制」と考えるとストンと落ちる。</p>
<p>選択的夫婦別姓法制化に頑迷に反対する層は、安倍政権を後ろ押しした統一教会などの宗教右派と、安倍亡き後その意志を注ぐと鮮明にしている高市早苗議員などである。彼らは、戦前の日本のカタチ、それも大和政権から日本史を数えるとほんの半世紀ほどのことであるが、を最良・最上の政治体制とする価値観にまみれている。しかし、冒頭に指摘したような性差別が横たわるこの国の根本に巣食う「家父長制」をこそ破壊されなければならない。（『家父長制の起源』アンジェラ・サイニー　集英社　2024）</p>
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   <category>書籍</category>
   <dc:date>2025-02-03T17:37:38+09:00</dc:date>
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