このブログで映画ではなくテレビドラマを取り上げるのは本当に珍しい。それくらい取り上げるに値する優れた作品だと思うからだ。
長澤まさみさん主演の「エルピス ―希望、あるいは災いー」(関西テレビ系)は、冤罪事件に関心のある者なら、物語のベースに飯塚事件や足利事件の要素があることにすぐ気づくだろう。現にプロデューサーの佐野亜裕美さんは、さまざまな冤罪事件を参考にしたことを明らかにしているし、同時に伊藤詩織さんの性被害もみ消し事件にもヒントを得ていると明かしている。なるほど、飯塚事件や足利事件はいずれも女児の殺害事件である。そして、飯塚事件で犯人とされた久間三千年さんが、確定後わずか2年で死刑が執行されたのは、ちょうど確度の高い新しいDNA鑑定により足利事件で服役していた菅谷利和さんの無実が明らかになる直前だったことから、久間の死刑を急いだのではと大きな疑惑がある。エルピスでは被害者が中学生に置き換えられてはいるが、飯塚事件のように連続犯、真犯人のDNA鑑定によって、無辜の死刑囚の雪冤につながるという点も同じだ。さらに、物語の前半が冤罪事件を追う展開が中心であるのが、後半は、真犯人を匿い、無関係の被疑者をでっち上げる権力犯罪の様相が大きくなる。そして、終始それを追い、描く報道の側の問題、視聴率重視や横並び、権力への忖度、自己保身といったテレビ業界の膿を自ら仔細に描いているところが凄みだ。
真犯人の父親が自己の地盤の有力支援者であり、その醜聞をなきことにするため、警察に圧力をかけ、無実の人を死刑にまで落とし込む政権与党の大門雄二副総理は、麻生太郎現副総理がモデルとのもっぱら話題となっている。そして麻生副総理といえば、安倍晋三政権を支えた功労者であり、伊藤詩織さんを性暴行した件で山口敬之元TBS記者に逮捕状まで出ていたのに、執行直前に取り消しになったのは菅義偉官房長官に近い中村格警察庁刑事部長が指示したことも明らかになっている。紛れもない権力犯罪(もみ消し)である。
ドラマでは、現実にはあり得ないと思いたい、大門副総理が自分に近い議員の性犯罪をもみ消すために、それを明らかにした娘婿まで「始末」する様が描かれる。もちろん自殺に見せかけて(もっとも、ロッキード事件での田中角栄秘書の「自殺」や、あの森友事件でも自殺者が出ている)。この議員による性暴行と娘婿の疑惑死をニュースでぶち上げようとする長澤まさみさん演じる浅川恵那キャスターに、現場責任者は放送させまいと必死で止めるが、聞かない浅川のもとに現れるのは元恋人で、テレビ局の政治部官邸キャップから大門の引きで議員出馬を目指し、現在はフリージャーナリストの斎藤正一(鈴木亮平)。斎藤は、浅川に今それを明かせば、日本の政治、外交、経済等に大きな影響が及び、不幸になる国民が夥しく生まれることを想像できるか、責任が取れるのかと問う。そして自分が国会に出た暁にはけじめをつけるとも。このシーンには若干違和感があった。と言うのは、権力が本当に権力たり得て怖いのは、一メディアの暴露により権力構造そのものが崩れることは考えにくいからである。たとえ政権与党が変わっても。「文春砲」を後追いする現在の野党に皮肉を効かせているのかもしれないが。むしろ、志を持ち、清廉な政治をと目指した一議員も権力に近づけば、近づくほど当初の志から遠ざかってしまう(だろう)という現実を暗に示しているのかもしれない。
「カーネーション」をはじめ、数々の傑作を送り出してきた脚本の渡辺あやさんと、この企画を数年がかりで、放送局を移ってまで実現させた佐野プロデューサーとのコンビで面白くないはずがない。ドラマでは死刑囚には解放された平和の日々が、マスコミに追い回される大門副総理の姿が描かれる。飯塚事件の久間さんの雪冤も是非と思うが、よりハードルが高いだろう。
中村格氏は論功で警察庁長官まで上り詰めたが、安倍氏銃撃事件の警護ミスの責任を取り、辞職した(退職金は8000万なそう)。歴史の皮肉とうやむや感はどこにもあるが、せめてドラマでは正義を通して欲しいし、それを考えさせるドラマであったと思う。