goo blog サービス終了のお知らせ 

kenroのミニコミ

kenroが見た、読んだ、聞いた、感じた美術、映画、書籍、舞台、旅行先のことなどもろもろを書きなぐり。

あの切なさがとても愛しい  「ぼくのお日さま」

2024-09-21 | 映画

タクヤには吃音がある。人前で話す最初の言葉が出てこない。だからあまり話さない。そんな彼をクラスメートは誰もがやりたがらないアイスホッケーのキーパーを押し付ける。でも、コウセイはそんなタクヤに寄り添っているし、タクヤもコウセイの前なら言葉にあまり詰まらない。

さくらは母の期待を受けてフィギュアスケートのレッスンに励んでいる。タクヤより少し年上、身長もある、二人に教え、アイスダンスを勧めるのは選手を引退し、コーチを務めるのは恋人五十嵐の田舎に移り住んだ荒川。五十嵐の地元は雪深い北海道の小樽近辺。タクヤ、さくら、荒川。この3人の一冬の物語。

主な登場人物が少ない。だからか一人ひとりの描き方が丁寧。話さないタクヤの心象はよく分かる。氷上に舞うさくらは女神だ。そんなタクヤの気持ちを知ってか知らずか、さくらも荒川も接する。やがて、スケートがそれほどうまくはなかったタクヤもメキメキ上達する。手を繋ぎ、揃って駆けるリンクの二人は前からコンビを組んでいたよう。しかし、成長期にある微妙な心の揺らぎ。残酷にも3人の関係は突然終わる。

監督・脚本・撮影・編集の奥山大史は本作でカンヌ国際映画祭で「ある視点」部門に正式出品された。「ある視点」部門とは、コンペティション部門とは別に主に若手(年齢というより作品数)作家の意欲的作品を取り上げるセクションで、過去には黒沢清が「岸辺の旅」で監督賞を受賞している。

本作でははっきりと描かれていない部分も含めて、どこかそれぞれ翳りを抱えている。タクヤは吃音であるし、父親もそうだ。さくらは母子家庭のよう。荒川と五十嵐はゲイカップル。そして深い雪景色が生活の音、喧騒を全て飲み込む。タクヤもさくらも思春期特有の照れと言葉の表現力に慣れていないせいか思いを表すことにはにかむ。荒川もなぜ選手をやめたのか描かれず、恋人のいる寂しい街に車で積める荷物だけで越してきている。

はっきりとしたハッピーエンドや結末がない分、いつまでも続くかのような物語。けれど思春期は短く、彼らを取り巻く環境、そして彼ら自身の変化もある。例えばタクヤのさくらに対する淡い気持ちは、北海道特有の粉雪のように春になると全く降らなかったかのように消えてゆく。タクヤは中学生になると道でばったり高校生になったさくらと出会う。ぎごちないが嬉しい。

なんと切ない物語だろう。3人が離れてしまったのは誰のせいでもない。誰かがそう仕向けたり、無理やり壊したわけでもない。けれど人間は別れるものだ。離れるものだ。特にまだ10代のタクヤとさくらには限りない将来がある。あの切ないひとときは、きっと成長の糧だったのだ。タクヤにとって輝いて見えたさくらが「ぼくのお日さま」であることは間違いないが、おそらくさくらにとってもタクヤと息のあったレッスンの時間が「お日さま」で、どこかパッションをぶつける先のない元スター選手の荒川にしても二人の子どもとレッスうが「お日さま」であったろう。

あの切なさがとてもとても愛しい作品だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

銃後の民はグラデーションであるのにそれを許さない戦争とは「ぼくの家族と祖国の戦争」

2024-08-24 | 映画

不条理、不合理、残酷。戦争の実相を端的に伝える言葉はいくらでもある。しかし、それは戦闘や兵士がたくさん出てくるシーンとは限らない。むしろ直接戦闘と関係のない銃後や占領された地域も過酷な戦争の現在地でもある。

1945年4月。ドイツ本土への連合軍の空爆は苛烈を極めていた。デンマーク、フュン島のリュスリンゲ大学にドイツからの難民を受け入れるよう学長ヤコブは命じられる。200名と伝えられていたが到着したのは500名超。体育館に詰め込まれた難民らに瞬く間に感染症が広がる。しかもドイツ兵は一人残らず姿を消す。ヤコブの妻リスは飢える難民の子らにミルクを配布しようとするがヤコブは反対する。それが、難民の死者の子どもが圧倒的に多いと知り、今度はヤコブが難民に手助けしようとする。今度はリスが反対する。ドイツ人を助けることは「売国奴」と非難される。その一部始終を見ていたのがヤコブとリスの子セアン。映画はセアンの眼を通して終始描かれる。

戦争で一番被害を受けるのは子ども。現在では何度も叫ばれる「反戦」の一スローガンだが、子どもは同時に「残酷」でもある。「売国奴」の両親を持つセアンは同級生からナチス役を強いられ、酷いいじめ、辱めを受ける。日本でも少しでも懐疑心を持つ大人に比して、「小国民」世代はより戦意高揚に邁進した。セアンを助けたのは難民の少女ギセラだった。ドイツ人を助ける両親とくにヤコブに反発していたセアンは、両親をドイツ軍に殺されたパルチザン支援者のヤコブの学校の音楽教師ビルクに懐いて、手助けするようになっていたが、自分を助けたギセラが瀕死にあることを知り、思い切った行動に出る。

銃後や占領地の非戦闘市民はすぐに殺されるかどうかの瀬戸際に立たされていない分、その行動はよりグラデーションだ。パルチザンに身を挺し、徹底的に占領軍に抵抗する者からナチスの下僕になる者まで。ヤコブも当初は難民には一切関わろうとしなかったのに、それが変わっていたのはドイツを助けるのではなく、目の前で瀕死の子どもらを助けようと思ったからにすぎない。ドイツ人に手を差し伸べるのではなく、人間に手を差し伸べるのだと。

ここに宗教的観念や背景を読み解くのは容易であろう。けれど「人道」は信仰とは必ずしも関係がない。もちろん、人種や階級、階層、職業、普段の生き方とも関係がない。

ヤコブを人道主義に目覚めた素晴らしい人と称するものも簡単だが、反対に石を投げつけ、挙句には暴力を振るう者を「愛国者」と論じるのも簡単だ。同時に誰もがパルチザンたれ、あるいは、その時々でうまく立ち回れとは言えない。敵を見たら撃てるようにと訓練された兵士とは違うのだ。

ドイツの占領が終わり、瀕死のギセラを病院に連れて行くため、セアンと父ヤコブは大きな賭けに出て、ギセラは助かるが、もう一家はその地にはいられなくなった。時々の選択によって愛国者になったり、売国奴になったり。そういう一市民の営みは揺れて、また移動するのに、二種類に分け、互いを憎悪と迫害、排除の対象とする。戦争の最大の機能と言えるだろう。

イスラエルのガザ攻撃を非難したら「反ユダヤ」とレッテル貼りをされるアメリカやドイツをはじめとする西側諸国。ネタニヤフ政権の蛮行は紛れもなくパレスチナ人に対するジェノサイドであるのにどちらかを問う「蛮行」。戦争は間違いなく揺れさえも破壊する。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

HistoryではなくHerstoryが描く、忘れてはならない歴史の暗部「流麻溝十五号」

2024-08-09 | 映画

民主化する前の台湾の「白色テロ」時代を描いた映画はまず「非情城市」(1989)が思い浮かび、恥ずかしながらそれ以外は知らない。正確には「非情城市」が描いた2・28事件(1947)より後の蒋介石(と息子蒋経国)による国民党政府による弾圧が「白色テロ」時代なのだが、まさにその時代、故なき反共(反政府)・弾圧政策の犠牲が「流麻溝十五号」であった。

台湾南東岸に位置する小さな島・緑島。この島に30年以上もの間、政治犯収容の監獄が設置されていた。「火焼島」の名もある島内の「新生訓導処」(収容所)中、女性が収容されていた場所の住所が「流麻溝十五号」である。「政治犯収容」と言っても、厳密には「政治犯」はほとんどいない。今で言う自由や民主主義に触れたり、勉強会に参加、あるいはそういった運動のそばで「巻き込まれて」捉えられた人たちが多かった。「政治(的確信)犯」など一人もいないのである。

しかし、一旦収容所に送り込まれればなんとしても艱難辛苦に耐え、生き抜いていかねばならなかった。ダンサーの陳萍(チェン・ピン)は妹を守るために、年長で皆に頼りにされる看護師の嚴水霞(イェン・シュェイシア)はクリスチャンであり、強い。二人に憧れるまだ高校生の余杏惠(ユー・シンホェイ)はスケッチを欠かさず心身を保つ。嚴水霞が外の情報源として新聞を読み回したことで収容者の政治的反乱謀議を疑い、首謀者として嚴水霞が、重罪犯として余杏惠も囚われる。余杏惠は独房監禁でやがて放たれるが、嚴水霞は軍法会議にかけられ、死刑に。人の生死をたった一人蒋介石が軽くサインすることで振り分けられていたのだ。陳萍や余杏惠はやがて解放されるが、もう囚われる前に描いていた希望の時間は得られない。

本作は実話に基づいた創作という。「新生訓導処」は、1970年に閉鎖されるまでおよそ20年もの間、「政治犯」が送り込まれた。そして戒厳令が解除され、「白色テロ」が終わる1987年までの間およそ4,500人が処刑されたとされる。しかし「新生訓導処」での女性たちの聲は、無視されていたのだ。しかし彼女らの囁き、慟哭、叫びは確かにあった。たとえ創作であったとしても本作は確実にそれを伝えている。

同性婚や性的マイノリティに寛容な国として今や東アジアで最も民主的とされる台湾。しかし、その民主化の足取りは30年あまりに過ぎない。しかし、それ以前の独裁政権の暗部、それは自国の隠したい恥部でもある、を直視し描き始めている。同じ、軍事政権から民主化した韓国でも、戦後間もない頃の済州島4・3事件や光州事件への総括、断罪が進む。これらは自ら招いた汚い部分、許すべきでない歴史を葬り去らずに、後世の希望に繋げる強固な意思でもある。翻って、東アジアでいち早く「民主化」したことになっている日本では、戦前の国策の過ちや陰謀、それに伴い無辜の民が頚切られた歴史、その一つ大逆事件の真相究明や首謀者(とその体制)への断罪さえが行われていない。未だ「民主化」していいないのではないか。

本作の英語原題はUntold Herstory。男の語りだけで描かれるHisutoryでは明らかにならないものがある。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歴史は常に傷ついている 「アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家」

2024-06-29 | 映画

アンゼルム・キーファーは、ナチス式の敬礼を自らなし、あちこちで撮った作品に批判が上がったという。表現方法自体がドイツでは禁止されているからだ。

実はこの「ナチス式敬礼」については筆者自身とても苦い思い出がある。中学生の時野球部に入っていた。県大会の市の開会式だったか、行進する際に誰かが、「指揮台の前を通る時、みんなで右手をあげたらカッコいいんやん」と言い出し、それに従ってしまったのだ。もちろん誰もそれがナチス式敬礼だとは知らなかったのだろう。引率の教員も。日本だから許されたようなものだが、「知らない」ことは罪ではないのか。

「知らない」ことと「知っている」のに触れないこととは違う。それがナチスドイツの蛮行を経験した戦後ドイツの姿だった。それをあからさまにしたのがキーファー。ナチスの首謀者は処刑などで罰せられた。国際手配されている者もいるが、もうその復活を企図する者はいないし、ドイツ国民もあの時代を悔いている。ナチスに加担した下々全てを罰するのは現実的ではないし、それでは国が復興することの妨げにもなる。だから、記憶を喚起する、見たくないものを再び芸術表現だからといって顕にすることに対する拒否感は大きかった。

しかし1945年生まれ、ナチスの時代を経験していないキーファーに遠慮はなかった。と言うべきか、隠されたものが隠されたままで良いのかを問いたかったのだろう。ナチス式敬礼だけではない、キーファーが取り上げたナチス時代の表象は、アウシュヴィッツ・ビルケナウの絶滅収容所への途を想起させる線路、雪原に無数に並ぶ名もなき墓標、さらには肉体のないのに膨らみのある白い衣服。そこには記憶と記録を呼び起こす仕掛けがある。キーファーが美術作品を発表し出した60年代はまだナチス時代を生きた世代が中心。そこに忘れたふり、なかったふりでいいのかと突きつけたのだ。

だが、おそらくクリスチャン・ボルタンスキー(※)のようにユダヤ人の出自ではないキーファーにとって戦争は、被害者の視線ではない。加害者の視点とともに傍観者の視点をも許されなかったのではないか。だからあえて物議を醸す表現を選択したのだ。

ドイツにいた頃から、大作を手がけるキーファーであったが、より広い制作環境、もうそれはアトリエというより巨大な工場と倉庫である、を求めてフランスの地方に拠点を移してますます巨大化していく。そして扱う画材!も金属やシダ類、それを燃やしたり、焦がしたり。しかし出来上がった画面は意外と重くには見えない。一昔前の絵画を評する際に使用する用語、マチエールの巧みさということになるのだろうか。スチールといった本来人工的・無機質な材料は、芸術家にとってミニマルアートやランドアートの時代、歴史とは無縁に表現を拡張するためのマテリアル(マチエールである)の一種で済んでいた。しかし、そういった無機質なオブジェクトに歴史を封入する試みは、見る者にその連関性を深く想像させる効果を持つ。もちろんハナから現代アート・マテリアルを強調した作品に興味を持てない人にとってはそうでもないだろう。しかし、先ごろ日本で個展が開催されたゲルハルト・リヒターが絶滅収容所での隠し撮りに拘ったように、何らかの歴史上の蹉跌に向き合おうとするドイツ出身の芸術家はある意味、作り出す表象の向こう側にその総括しきれない困難を込めようとしていることを考えても良いかもしれない。

映画は、終始かすかに聞こえる囁きや、ある意味壮麗な音楽に包まれている。キーファーは、ギリシアをはじめとするヨーロッパでのキリスト教以前の価値観、神話も題材にするという。人類が文明を持って、たかだか数千年。纏いきれない囁きはずっと流れていたのに気づかなっただけだ。(ヴィム・ベンダース監督「アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家」2023 ドイツ 公開中)※参考「圧倒的な生の不存在 クリスチャン・ボルタンスキー展」 https://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/62a13d12d634f777521410f82a0488c2

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無関心で居られる「怖さ」ほど「怖い」ものはない 「関心領域」

2024-05-27 | 映画

映画に怖い作品は数多あるが、ホラーや残酷ものは見ないので、よく見る怖いものというとナチス・ドイツ(の蛮行もの)だろう。しかし、「シンドラーのリスト」のように実際の殺戮、迫害シーンが続くのも「怖い」が、一見穏やかな生活を描いていて、暴力シーンが全くないのに「怖さ」を感じることは十分できるものもある。

「関心領域」とは、アウシュヴィッツ強制収容所群を取り巻く40平方キロメートルの地域。ナチス親衛隊の用語である。反民主主義国家やその指向を隠さない政権は時に婉曲表現を多用する。オーウェルの『1984年』に出てきたニュースピークしかり、安倍晋三政権の「防衛装備移転」(武器輸出のこと)、プーチンの「特別軍事作戦」しかり。ナチスが「関心」を持っているのは、そこが大量殺戮工場の現場であり、その周辺にはそれを暴こうとする反対勢力(連合国側や報道)その他が入り込んではならない「領域」であるからである。しかし、「工場」の周辺には施設従事者以外も住まう。ルドルフ・ヘス収容所長の家族である。

子どもを川遊びに連れて行き、妻ヘートヴィヒと旅行の思い出話をするヘスは、よき父、よき夫である。しかし同時に、自宅に焼却炉の設計技術者を招き入れ、新しい機械がいかに「効率的に」焼却できるかの説明を聞き、「早急に」と指示する。焼却するのはもちろん収容所の死体である。

家族、友人とプール付きの広い庭でパーティーを開き、子どもたちは走り回る。なんと牧歌的、穏やかな日常か。しかし遠くから絶え間なく聞こえる叫び声、それは看守の怒鳴り声と痛みつけられ殺される被収容者の断末魔であり、銃声には誰も気づかない。聞こえていない。

それらの音が聞こえ、遠景の煙突から絶え間なく吐き出される黒煙と臭気に耐えられない者がいた。遊びに来たヘートヴィヒの母親である。母親は突然逃げるように帰ってしまう。怒り狂うヘートヴィヒは、ヘスの性欲の吐口と暗示される下働きの女性に言い放つ。「あんたなど燃やして灰にできる」と。同じ頃、ヘスに出世が約束された転属の話が出て、妻に告げるが「こんなに恵まれた場所はない。子どもたちも健康に育っている。私は行かない」。天塩にかけて綺麗に整備した庭(もちろんユダヤ人やポーランド人の庭師らが)を手放したくないし、被収容者の持ち物であったすばらしい毛皮のコートなどが手に入る生活を手放したくないからだ。

映画の合間、合間に印象的なシーンが流れる。地元民と思しき少女が夜陰に紛れて、収容所の畑にりんごを撒きに行くのだ。そのシーンだけ暗視カメラで映されるが、実際、被収容者を援助しようとした地元民はいたらしい。また、ラスト近く、現代の世界遺産「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」の日常が突然現れる。夥しい数の遺棄された靴や持ち物。その展示スペースを淡々と掃除するスタッフ。彼らの「関心」事は部屋の清掃そのものであるが、その姿は私たちに突きつける。現在続いているウクライナ、ガザ、スーダンやミャンマーなどの殺戮はあなたの「関心領域」であるのかと。

「怖い」は何も物理的、直接的暴力を見聞することではない。いや、それ自体が「怖い」のではない。その実態に無関心でいられるその心性が「怖い」のだ。そして、それに慣れ続けることがもっと、もっと「怖い」のだ。(「関心領域」2023 アメリカ・イギリス・ポーランド映画)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

警察、検察は証拠をつくる  「正義の行方」

2024-05-26 | 映画

警察、検察は証拠をつくる。その人を真犯人とするために。いや、逮捕、勾留した人物が本当の犯人かもしれない。しかし、裁判で有罪とするためには証拠を積み重ねて裁判官(所)を納得させればいいだけのことだ。しかし、そもそも証拠が作られたものであったとしたら。

一昨年大きな話題を呼んだテレビドラマ「エルピス〜希望、あるいは災い〜」は明らかに飯塚事件をベースにしたものだった。被害者の遺体が見つかった八頭尾山は、飯塚事件の八丁峠。不正確なDNA鑑定、目撃証言の信憑性など。しかし、飯塚事件では被疑者の久間三千年さんは一貫して否認していたのに死刑に。そして確定後わずか2年で執行された。

映画は、ある意味、極めて公平である。福岡県警の捜査員らの言い分、弁護側の見方、そして事件を報道した西日本新聞の記者たち。捜査員は絶対久間が犯人で間違いないと揺れることなく言い切り、弁護側は先述の証拠を訝り、報道は難航していた事件解決のスクープを打った。しかし、西日本新聞の編集キャップに当時の担当記者が一から洗い直そうと、担当していなかった記者らに命じ、長編の調査報道が掲載され、NHKドキュメンタリー、そして本作に繋がった。

この原稿執筆時点で、袴田事件の再審公判が結審し、9月には無罪判決が予想されている。この間、さまざまな再審無罪案件があるが、死刑囚の再審事案であり、その重要度は言うまでもない。袴田巌さんは、執行の恐怖のもとでの長期勾留で精神に障害をきたしている。しかし飯塚事件は執行されているのだ。もし無辜の民を国家がくびきっていたとしたら、取り返しがつかないどころの話ではないのだ。そして飯塚事件はその可能性が大である。足利事件でDNA鑑定の新方式で再審無罪が出る直前に、古い鑑定方式で有罪となった久間さんの死刑を急いだのではとの疑念が拭えないからだ。確定から2年での死刑執行は異例中の異例である。オウム真理教事件でも7年の期間がある。さらに、再審却下の理由はDNA鑑定の証拠能力を無視しても「総合的に判断して」久間さんが真犯人と推定できるとする。確定判決の依拠するところはDNA鑑定だけであったはずなのにである。

映画を見ていて感じるのは、捜査側の人たちが退職してずいぶん経ち、取材を断ってもいいのに、皆誠実に対応していることに驚いたことと、揺るぎない久間=犯人への強固な確信だ。多分、迷いを一ミリでも入れれば自己を保てないという整合性への自己納得(暗示)なのではないか。一方、スクープを打った西日本新聞の記者は逡巡そのものの体である。あの久間=犯人報道は正しかったのか、警察に沿った報道で良かったのか。だから検証がなされたのだ。

実は、虚実不明であるが、安倍政権下で政権からの圧力、最大限政権に忖度したNHKをはじめとするメディアが圧を感じず、以前と比べると報道の自由さを取り戻したという。それが今般の正義の行方NHK版に繋がったとも。ならば、次は司法の誤りにも真実追求の刃を向けるべきである。袴田事件再審公判と並行して、日弁連をはじめとして刑事再審法改正の機運が高まっているところでもある。

狭山事件では鴨居の上にペンが、袴田事件では味噌タンクから衣類が。郵便不正・厚労省元局長事件ではフロッピーディスクの日付書き換えが。大川原化工機事件では報告書改竄が。

警察、検察は証拠をつくるのだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あなたは何をしているのか? 何ができるのか?「マリウポリの20日間」「人間の境界」

2024-05-17 | 映画

ガザではすでに死者3万5000人と、まだ瓦礫の下に残されている1万人と報道されている。ガザ報道が中心になり、ウクライナのことは忘れられたのだろうか。スーダンは、ミャンマーは。

「マリウポリの20日間」は、2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻し、ロシアが掌握しようとした最大の激戦地の開戦後のわずかな期間を写すものだ。しかしそのわずかな期間にこの戦争の全てが語られていると感じるほどの濃密な映像だ。破壊される街、次々と受傷者が運び込まれる病院、道路には遺体が横たわる。爆撃された産科病院でカメラは瀕死の妊婦を映し出す。しかしあろうことかロシア側は「アクターだ」と言い放つ。ならば戦場に残ったAP記者らはなんとか映像を域外に持ち出さなくてはならない。電気も通信もほとんど通じない中で、もし記者らが拘束されれば、ロシア軍の前で「動画はフェイクだ」と言わされるからだ。しかし、記者が逃げ出すということは、その後も続く市民の被害、虐殺を伝える術がなく、見殺しにすることになるのだ。

2022年5月に「陥落」したマリウポリはロシア支配下となり、ロシアが破壊した街を「復興」の象徴として宣伝しようとしている。既成事実化だ。そこに住まう人は今どうしているのだろうか。(「マリウポリの20日間」公式サイト https://synca.jp/20daysmariupol/

 

ウクライナからポーランドへ避難民が押し寄せる前の2021年、ポーランドへはベラルーシ経由でシリア、やアフリカ、アフガニスタンなどからの難民が押し寄せていた。ベラルーシ・ルカシェンコ政権が、EUの足並みを乱そうと自国に難民を引き寄せて、国境を接するポーランドに大量に送り込む「人間兵器」を展開していたからだ。しかし、ポーランド側も人道的とは程遠い政策を展開していた。送り込まれた難民をベラルーシ側に送り返すのだ。「ボールのように蹴り合われた」難民は疲弊し、命を落とす者も。国境地帯は氷点下近い藪、沼地帯で「死の森」なのだ。ポーランド政府は「立入禁止地帯」を設定し、難民を助けようと入った人は「密入国を助ける人身売買業者」として拘留、罰せられるようにした。映画はフィクションだが、難民出身の俳優も出演し、難民を助ける人道グループや地域からの綿密なリサーチにより迫真に迫る者となっている。名作(「いいユダヤ人ばかりではないから助ける ソハの地下水道」https://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/18ec0a26d957afef2caf6bf887b5dfd0)のアグニエシュカ・ホランド監督は、自国の暗部を何の憚りなく描いた。この点でもポーランドではまだ民主主義が根付いているという証だろう。作品は、難民、援助者、近所に住んでいたため援助者となる、一人暮らしの女性、そして人間を虫けらの如く扱う国境警備隊の若き青年それぞれの視点で描かれる。その群像的映像が秀逸だ。

沼で命を落とすシリア難民の少年とその家族、少年を救えなかったと自責するが自身も重傷を負ったアフガン女性は退院するとすぐに警察に連れ去られ安否不明となる。過大なストレスのため精神を病む国境警備隊の青年。それぞれが一所懸命に生を全うしよとする中で、国家、グローバル世界が個を押し潰す。難民危機の後、ウクライナから200万人の難民を受け入れたポーランドは優等生扱いされるが、その1年前にはこのような国だったのだ。そこには同じ白人のウクライナ人とは違う扱いの人種差別が明確にある。(「人間の境界」公式サイト https://transformer.co.jp/m/ningennokyoukai/

 

ナチス・ドイツの蛮行を描く映画を多く見てきた。「シンドラーのリスト」をはじめ、再視に絶えないキツイ作品もあるが、どこか過去のこととして、冷めた姿勢で観ることができた。しかし、実写のドキュメンタリーとフィクションの違いはあるが、この2作品は現在起こっていることだ。あなたは何をしているのか? 何ができるかのか? と問われているようでとても苦しい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

民主主主義とは永遠の革命  「○月○日、区長になる女。」

2024-02-16 | 映画

日本では国政選挙で50%を超えるくらい、地方選挙は30%を割ることもあるという。これで民意の反映と言えるだろうか。投票率の話だ。東京特別区の杉並区は人口57万、有権者は47万人、地方では大規模な市になるスケールだ。区長選挙では、3期12年つとめた現職に、2ヶ月前に日本に帰国した女性が挑む。その選挙運動と候補者に密着したのが本作だ。

杉並区は緑が多く、古く安価な賃貸住宅も富裕層が好みそうな区域もあるいろいろな人が住みやすいと感じる人気の区だそうだ。しかし、区が進める駅前再開発、道路計画などに異議を唱える住民らが区長選を見据えて団体を立ち上げる。道路ができれば立ち退かざるを得ない地域の住民や、児童館の廃止によって子どもの行き場をなくす保護者らがいるからだ。しかし、肝心の区長候補が決まらない。立ち退き対象の地域に住むペヤンヌマキ監督が市民団体を訪れカメラを回し始める。そして区長選2ヶ月前にやっと決まったのが岸本聡子。ヨーロッパに20年近く在住していた公共政策の専門家である。岸本にはオランダで民営化した水道を公営に戻した著作もある。だが、杉並区と縁があったわけではない。果たして「落下傘候補」が固い地盤の保守系現職に勝てるのか。

岸本が訴えるのは「ミニュシパリズム」。地域主権(者)主義とでも訳すそうだが、馴染みもないし、分かりにくい。それを岸本は自分の名前の漢字、「耳へんに、公共の公、ハムの下に心、と書いて聡子」「みんなの心を聞く」という意味ですと翻訳する。でもみんなの心を聞くとは具体的にどうすればいいのか、どうであればそういう現実に繋がるのか。

地方選挙、特に市町村など小さな自治体の議員の多くは「地域の声を聞きます」と訴え、時に市政などに反映させている人もいるだろう。でも、都市開発、道路拡張、福祉やコミュニティ施設の統廃合は、本当に住民の意思を反映しているのだろうか。そこに住民自身が立ち上がる契機がある。

地方自治は民主主義の学校と言われる。憲法にも「地方自治」の項がきちん設けられている。ともすると住民自治が置き去りにされる中にあって、杉並には古くから住民運動に携わる元気な(主に)女性たちがいた。岸本陣営を支えたのがこれらの人たちで、ノウハウとネットワークを活かして運動を広げていく。そう、東京都でも西部は昔からその素地があったのだ。そして岸本も「みんなの心を聞く」を実践する。街で自転車を押して駆け回る岸本に話しかけてくる女性。岸本を応援するからこそ、時に厳しい注文もつける。でも、どこかのおじさん候補のように笑顔で握手を繰り返すのではなく、岸本は聞くのだ。

岸本も支援者もこの選挙では勝てると思っていなかったらしく、次の4年後を考えていたという。しかし開けてみれば岸本が当選。わずか187票差だった。岸本の選挙戦は、「区政を変えよう」と集まった人たちが本当に手弁当で、個々の役割を担ったからの勝利だった。そして、有権者もそれを見ていた。すぐに金をばら撒くどこぞの人たちとは全く違うのだ。ミニュシパリズムが芽吹いたのだ。

岸本の区長就任の翌春、支えた住民らが区議選に立ち、見事当選。新人15人が全員当選、現職12名が落選した。杉並区議会は、女性比率が50%を超え、議長にも女性が就任。パリテを実践した素晴らしい構成となったが、その成果はこれからだ。

折しも、群馬県前橋市長選では自公推薦の現職に野党系女性新人が圧勝、京都市長選でも共産党系新人が肉薄した。地殻は自ら変動しなければならない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ホロコーストの記憶を永く 「メンゲレと私」『沈黙の勇者たち ユダヤ人を救ったドイツ市民の戦い』

2024-02-08 | 映画

「メンゲレと私」は、「ホロコースト証言シリーズ」の制作を続けるクリスティアン・クレーネ監督とフロリアン・ヴァイゲンザマー監督の3作目である。1作目の「ゲッベルスと私」(「「あなたがポムゼルの立場ならどうしていましたか?」 ゲッベルスと私」https://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/f0d385cd52dac4df57216f08e3169402)のポムゼルのようにナチスの宣伝相ゲッベルス側近のポムゼルのように、アウシュヴィッツの悪魔の医者ヨーゼフ・メンゲレの一挙手一投足を垣間見たわけではない。ダニエル・ハノッホは当時少年で、労働力にならない老人、女性、子どもは到着後すぐにガス室送りになったのに、その容姿をメンゲレに好まれ生き延びたからだ。アウシュヴィッツを生き延びたからといってすぐに解放されたわけではない。彼は、アウシュヴィッツで遺体を運ぶ仕事に従事させられ、戦争末期にはマウトハウゼン強制収容所やグンスキルヒェン強制収容所も経験している。そこではカニバリズム目撃も。「過酷」と一言では言い表せないほどの体験を生き延びた12、3歳の彼の支えは何であったか。リトアニア出身のハノッホは、ドイツ国内以上のユダヤ人差別を目の当たりにし、アウシュヴィッツでは己を無感情にして過ごした。「アウシュヴィッツは(よき)学校だった」とも。それはいつかユダヤ人の希望の地、パレスチナに辿り着けると思ったからという。そのパレスチナの地を奪ったイスラエルがガザを始め、アラブ人世界に何をなしているか、現在の状況は語るまでもない。

『沈黙の勇者たち ユダヤ人を救ったドイツ市民の戦い』(岡典子 2023新潮選書)は、表題の通り、ナチス政権が倒れるまでベルリンをはじめドイツ全土で潜伏し、生き延びたユダヤ人およそ5千人を助けたドイツ人との物語である。もちろん入手できる範囲の史資料を渉猟した史実だ。

ある者はユダヤ人の潜伏ネットワークを駆使して、ある者はナチス高官、ゲシュタポの警察官など政権のユダヤ人滅殺を遂行する立場の手助けさえあった。中でも、大きな力となったのがキリスト教関係者である。ユダヤ人だからといってキリスト教と敵対的であるとは限らない。そもそも両宗教は同根だ。もちろん教会の牧師一人が援助できるわけではない。その教会を支える多くの地元ドイツ人たちが役割を担ったから起こし得た救助ネットワークであったのだ。あの時代、ユダヤ人を匿ったりすれば自身も大きく罪に問われる。そのような危険な立場になぜ置けたのか。それは、困っている人を助けたいという純粋に「手を差し伸べる」認識で「できる範囲で」手伝った者が多かったからであろう。そして潜伏していたユダヤ人をはじめ、ドイツ人の中にもこのようなひどい時代はいつか終わる、と信じていたからと思える。

オスカー・シンドラーや杉原千畝のように後世に名の残る、何らかの決定権を持った人たちではない、市民が一人ひとり隣人を支えたのだ。ただ、潜伏を始めたユダヤ人はおよそ1万から1万2000人。半数は生き延びられなかったという。それでも10数年にも及んだナチス政権を生き延びた人がこれほどいたことに驚きを覚える。

アウシュヴィッツを生き延びたハノッホは、自身をささえる糧に希望を語った。シベリア抑留を生き延びた小熊英二さんの父親も「希望」を胸に生き延びたという。「希望」がない、語れない国は滅びる。少子化がどんどん進み、次世代を生まず、育てないのは希望がないからという小熊英二さんの言葉を噛み締める。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スリリングさは現実の証し 「ビヨンド・ユートピア 脱北」

2024-01-29 | 映画

世界には内情が不明な国も多い。例えばアフリカの多くの国で報道も少なく、国としての発信もあまりない。そもそもソマリアなど中央政府が機能していないとされる国もある。中央政府が強固に機能していて日本とも広い国境を接しているのにその内情、特に一般の市民生活の様子が不明なのが朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)だ。

本作は「脱北者」が中国、ベトナム、ラオスを抜けて強制送還しない安全なタイにまで逃れる行程を追うドキュメンタリーだ。作り物か思えるほどとてもスリリングに事態は動いていく。その困難の大きな理由は脱北者が80代の祖母、幼児を含む5人という一家だからだ。タイにたどり着くまで絶対に存在を知られてはならない。そのスタートが、中国との国境の川を渡り、韓国でずっと脱北者の支援をしているキム・ソンウン牧師。キム牧師自身、支援の過程で首の骨を折る大怪我をし、ボルトが入ったままの体で無理をするべきではない。しかも、キム牧師の活動を快く思わない国からは入国も拒否されている。だから、タイを目指すロー一家、中国からタイまで同行する親戚のウ・ヒョクチャン、そしてキム牧師も同行する地域では密入国なのだ。国境を越えるにはさまざまなブローカーの手を借りねばならない。高額な手数料はもちろん、騙されることもある。越える場所は、ジャングルであったり、落ちると助からない川など。ロー一家を追う映像とともに、自身脱北者で、何年も会えていない息子の脱北支援に奔走、その報告に心痛めるリ・ソヨンやかつての脱北者やその支援、北朝鮮の内情を知るジャーナリストらのインタビューが映される。

ソヨンは、収監されたことがあり、地獄のような刑務所生活から生還し、親子で脱北を試みたが息子は果たせなかったのだ。ところが、息子を脱北させようとすすめていたところ、ブローカーの裏切りで息子が強制送還されたというのだ。捕まった脱北者は過酷な強制収容所に収監され、時に命を落とすことも。

新型コロナ・ウィルス感染症予防のため、国境を封鎖した中国へ入るルートは限られる。そして北朝鮮国内は海外への通信回線は遮られ、国境付近もとても安定したものではない。もし見つかれば厳罰対象だ。それでも一縷の望みをかけてブローカーに連絡をとり、送金するソヨン。厳しい現実がさらされる。

時折挟まれる資料映像は、多くは北朝鮮国内の撮影実績のあるアジアプレス(石丸次郎)が提供したものだ。そこには、ガリガリに痩せた国民や処刑のシーンも含まれる。しかし、前述の中国の国境封鎖で近年の撮影はできていないという。ただ、現況が極端に改善しているということはないだろう。ミサイルにお金はかけても、国民の飢餓解消やより自由の保障には無関心と思える国だからだ。

だが、十分な食を欲し、外の世界へ出でようとする試みを抑えることはできない。それが、対外的には差別がない平等な世界の共産主義国家であったとしても。日本でも著名なドキュメンタリー監督で、先ほど関東大震災における一般人による虐殺事件「福田村事件」の劇映画を撮った森達也。森は北朝鮮への渡航の思い出を語りながら言う。「言語や民族や信仰が違っていても人の内面は変わらない。」

そして外の世界を知ることを禁止し、全国民を挙げてたった一人の人間(その時は「神」)に命を捧げる一致団結を誓った前歴は日本にこそあるのだ。かつて日本の領土(植民地)であった彼の国で、その「伝統」が強固に息づき続けているのが皮肉だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする