わたしは、プナン社会で、一度だけ、「獣姦」の噂を耳にしたことがある。
http://blog.goo.ne.jp/katsumiokuno/e/4286dcf34725b8821ff11c95b44122e1
ある日、ティー(50代男性;仮名)と未婚のシパット(10代男性;仮名)が二人で狩猟に出かけた。ティーがメスのイノシシをしとめて、それを担いで山道を下っていたところ、シパットに出会った。シパットはティーが疲れていたので、彼に代わって、そのイノシシを担ぐことを申し出た。一休みしているティーを残して、シパットは急いで山道を降りた。ティーがシパットに追いつくと、シパットはティーに気づかすに、担いできたメスのイノシシ(の死体)とセックスをしていた(kunyi mere mabui)という。ティーは、知らんふりをして、家に戻った。彼は、その後、そのイノシシ肉を食べることができなかったという。この話は、動物とのセックスが、密かに行われることがあることを示唆している。
プナン社会には、男女の生殖器以外の交接のかたちはない。しいて言えば、ペニス・ピンをもちいた快楽の追求が、プナン社会のセックスに特徴を与えている。マスターベーション、オーラル・セックス、ホモセクシュアリティーなどが行われているという証拠は、わたしが調べたかぎり、なかった。そのことから推すと、「獣姦」は、性的欲望の処理として、突発的に行なわれることがあるというくらいのことかもしれないと、わたしは思っている。
その話を語り聞かせてくれた男の脇にいた彼の妻は、それをシパットの前では絶対にその話をしてはならないと、わたしに釘を刺した。理由は、その当時未婚だったシパットは、その後「結婚」し、子どもが10人もいるからだと言った。「獣姦」は、その意味で、強い負の社会的意味を帯びている。
この点に関して、わたしがずっと気になっていることがある。それは、「獣姦」が、「動物と戯れてはいけない、動物をさいなんではならない」という、プナン社会にある強いタブーに触れるとは、まったく考えられていないということである。わたしは、この話を聞いたとき、それ(「獣姦」)によって、「動物と戯れた」ことで、さぞ雷神が怒った(balei Gau melaset)だろうと言ったが(動物と戯れたり、さいなんだりすると、雷神は怒って、雷雨や洪水を引き起こす)、わたしの言葉は、その場にいた人たちの大きな笑いを誘っただけだった。「獣姦」は、どうやら、「動物と戯れてはいけない、動物をさいなんではならない」というタブーの侵犯とは考えられていないようなのである。
これはいったいどうしたことか?「獣姦」が、タブーの範疇にしまいこまれることがないほど稀な行為であるということなのだろうか。あるいは、タブーの範疇をくまなく観察すると、そこには、かなり恣意的な原理が働いているということなのだろうか。第一の点は、わたしには分からないが、第二の点は、ひょっとしたらありえると思っている。
(特大のイノシシをかつぐプナンのハンター)
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