無花果(イチジク)の果実は鳥や動物に食べられ、糞とともに地上に排出され、発芽して、そこに立ってる木の幹を伝って根を伸ばしていく。根がやがて分枝し、宿主の木の幹を網状に覆うようになると、宿主の木は枯れてしまい、幹は中空となる。日本語で「締め殺し無花果」と呼ばれるFicus sp.は、無花果のうち着生型のものである。地表に落とされた無花果の種子の、意識や思考の原初形態のような、成長するための意志、志向性。不可思議な、フラットに言えば、特徴的な無花果の生態。
プナンは吹矢や槍や銃などの道具を用いてもっぱら一瞬のうちに獲物を殺害するため、「絞め殺す」作法を取ることはない。それは、人間が用いることがない自然のもつ「力」なのである。イチジクの枝は、時間をかけて元の木をじわじわと締めつけるようにして枯らせてしまう。それは髪の長い美しい女のカミ(baley)のなせる業である。シャーマン(dayung)には、その女神の姿が見えるのだといもいう。中空の幹は穿たれた孔の奥の神秘であり、森を歩く男たちにとっては神々しい女的な存在であると感じられる。プナンは、締め殺し無花果、女神、人間の女の身構えの類似性を感知している。アニミズムと呼ぶ以前にすでに。
2017年春、フィールドに入る直前の覚書として。