たんなるエスノグラファーの日記

エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために

『わたしのフォークロア』Vol.1.

2014年03月29日 08時44分22秒 | エスノグラフィー

目次

まえがき

1 町田、相模原のフォークロア
民俗学を語る集いの歩みーー集いの「これまで」と「これから」・・・杉嶋俊夫
相模原、アニミズム・シティーーー動物供養碑を考える・・・奥野克巳
身近な超越ーー淵野辺周辺で地霊たちと対話する・・・奥野克巳

2 日本のフォークロア
切り火 火打石の民俗・・・関根秀樹
仮面宗教劇「鬼来迎」の背後にあるもの・・・金子雅是
思いがけぬ不思議なご縁で進展した”道成寺”・・・野口祥子
和歌山県・新宮の御船祭りにおける女装者・アタガイウチの研究に向けて・・・保延佳世子
津波が残したものーー川島秀一先生のお話と自身の研究から・・・木村悟朗
あちらとこちらのあいだに立つもの・・・ナカムラユウコ

3 世界のフォークロア
サハ(ヤクート)の英雄叙事詩について・・・山下宗久
サハと日本ーー四ヶ月間の滞在経験をふりかえって・・・杉嶋俊夫
ネパールにおける動物供犠と食肉の販売について・・・勝田信明
アジアに「蓮」を追って・・・塩澤珠江

おすすめの本
あとがき
執筆者プロフィール

*明日(3月30日)、桜美林の淵野辺駅前キャンパスで合評会あります。
*冊子をご希望の方は、奥野克巳までお申し出ください。


ある2月のこと

2014年03月28日 17時46分52秒 | 大学

今年の2月は雪がよく降り、よく積りました。2月8日の大雪の日にゼミ論発表会やって、その次の週末に、卒論の打ち上げの飲み会だと思って町田に出かけて行ったら、そのこととは直接関連のない人たちも来ていて、打ち上げにはちがいないんでしょうが、誕生会も催されて、この上なく驚いたのですが、さきほど、Wくんが来て話していたら、そのことを思い出したので、たいへん遅くなってしまいましたが、一部の人が卒業してしまう前に、そうでない人もいるようですが、その時の写真をアップして、この場を借りて、みなさんに謝意を述べさせていただきます。有難うございました。


見目麗しいフンコロガシをめぐる神話異聞

2014年03月22日 22時41分16秒 | フィールドワーク

雨が降った後に歩くと「石鹸」のように足が滑るために、「石鹸山(bukit sabun)」と呼ばれている山がある。ある夜、石鹸山にあるアブラヤシ農園に、5人で狩猟に行った。大きなイノシシ一頭が仕留められて、山から担ぎ降ろされた。夜明け前に車が迎えに来てくれるのを待つ間、雨除けのビニールシートを張って、我々は地べたで仮眠をとった(写真)。夜が更けるとともに、森はしんしんと冷え込んで、私は、ジャンパーを取り出して羽織り、フードをかけて、土の上に直に眠り込んだ。どれくらい経ったのだろうか、耳の回りでシャカシャカシャカシャカ・・・と妙な音がして目を覚ました。懐中電灯を点けて照らしてみると、フードの外側には、体調長3センチほどの、夥しい大きな蟻が這い回っていた。胴は黄色、お尻の部分は真っ黒でパンパンに張っている。一瞬、恐怖でのけぞったが、次の瞬間、ヒッチコックの『鳥』のことが頭をよぎった。シャカシャカ・・・は、暗闇に大きな蟻が這い回る音だったのだ。数匹は、衣服の隙間から腹部へと達し、肉に噛み付いたようで、それから数日の間、痛みと痒みが残った。

前置きがずいぶん長くなったが、夜明けにまで長い時間があったので、起きているのか寝ているのかはっきりしないあわいのうちに、以前聞き取りをして覚えている動物譚に話を向けてみると、寝転がっていた男たちは、思い思いに彼らの知っている動物譚を話してくれた。そのことによって、これまで聞き知っていた動物譚が、一つづきの物語の一部であったことが、しだいに分かってきたのであるが、その全容に関しては、現在、鋭意整理中であるが、その流れの要点を以下に示そう。

トリ(juit)とブタオザル(medok)の船漕ぎ競争があった。トリは川に落ちて羽が濡れてしまい、それ以上先に進むことができず、ブタオザルに負けてしまった。次に、ブタオザルに挑戦したフンコロガシ(kebaba)は、船から川に落ちたが、漂う木片にうまく乗って、ブタオザルよりも速くゴールに到達して勝利した。その後、フンコロガシは、今度は、コウモリ(kelit)と船漕ぎ競争をすることになった。コウモリは前に行く船をつかんで、自らが先にゴールした。その不正がばれて、罰として、、コウモリはそれ以降、洞窟で眠るときには、頭を下にして逆さまに眠る動物にされてしまったのである。そのときに船漕ぎ競争に勝ったフンコロガシはというと、その後、カミに対して、美しく麗しくしてほしいと望んで聞き届けられ、次に、叩かれても痛くないようにしほしいと願い出て、そのことも聞き入れられた。だが、最後に、フンコロガシは自分のことをカミのようにしてほしいと願い出たのだが、断られただけでなく、いつもいつも糞を転がしつづけるだけの生き物にされてしまったのである・・・

この一連の話は、コウモリやフンコロガシの動物起源譚であると解することも可能であろう。こうしたプナンの動物譚で興味深いのは、コウモリやフンコロガシの動物以前の身体性(ありさま)が、はっきりしない点である。動物たちは、昔は、人間だったと言うプナン人もいる。しかし、オハナシであるがゆえに、それは、どうもはっきりしないのである。あるいは、話を聞いた人たちの想像力に任されているとでも言おうか。フンコロガシは、いっとき、見目麗しかったのだと言う。いったい、どんなフンコロガシだったのだろうか。


プナンは動物になり、ベゾアール石はダイヤモンドより高価なり

2014年03月21日 23時41分57秒 | フィールドワーク

2014年春のサラワク調査行。

前半は、B川の上流のプナンの調査、後半は、R大のIさんといっしょに、プナンを含む、サラワクの先住民が捕るヤマアラシの胃のなかに時折見つかる胃石、いわゆるベゾアール石の一つの流通と消費の調査を行った。

前半には、動物との感情的・身体的な一体化と動物譚(神話)に関して、プナン人から聞き取り調査などを行った。
プナンは、野生動物に慣れ親しみ、動物の身体動作を身に着ける。あるいは、人間の条件を薄めて、動物に近づいたり、動物になったりする。
そのことが、結果的には、動物を仕留めるという、彼らの暮らしのど真ん中にある狩猟行動に大いに役に立っている。
動物と一体化することと、動物を殺すことは、けっして論理的に矛盾するのではなく、複・論理的なものとして作動している。
写真は、夜に狩猟に行ったときに捕れたジャコウネコの一種。
プナンは、色や模様によって、ジャコウネコを14種に分けているが、そのうちの一つ。
焼いて、塩をまぶして食べたが、脂が乗っていて、絶品だった。



後半は、サラワクでは、先住民の村、川沿いの町、沿岸部の都市、マレー半島では、二つの都市を移動しながら、マルティ・サイテッド・エスノグラファーになって、調査をした。
写真は、檻で捕まえたヤマアラシを餌付けして、胃石ができたころを見計らって、ヤマアラシから取り出された胃石。
ふつうは、サラワクの先住民の狩猟によってごく稀に胃のなかから取り出されたマアラシの胃石は、ミドルマンである華人商人の手を経て、その薬用消費地であるマレー半島へともたらされる。

価格は、流通段階で3~4倍に跳ね上がり、なんと、マレー半島では1グラムあたり80,000円ほどで売られている。
ヤマアラシの胃石は、ダイヤモンドよりも高価だと、あるミドルマンが言った。
そのおかげで、ヤマアラシの胃石を見つけたプナンのなかには、車を買った者もいる。
あたかも旧石器時代人のような暮しをしているプナンにとって、それは、「胃から飛び出た現代」のようなものである。