たんなるエスノグラファーの日記
エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために
 



空から見るとただただ茶褐色をした砂の大地(ゴビ砂漠)が線を引かれたように急に草の原となりやがてその彼方に建物の林とでもいうべきう別の自然が現れたかのようだった(ウランバートル)。チンギスハーンと名づけられた日本のどこかの地方都市の空港のようなその国の首都の空港を降りると日差しが強く夏であることが感じられたが空気が乾いているために暑さにぐったりすることもなく夜は9時ころにようやく日が暮れるととともに急に冷え込み夜空を見上げると数えきれないほどの数の星がいっせいに輝いていた。ゲル(遊動の為に建てられる家)のキャンプではストーブに火が焚かれ翌朝は5時には太陽が照り始めアイラグ(馬乳酒)を呑んで朝食を食べると牧民から購入された一頭のヒツジが連れてこられた。男たちが押さえつけて胸を切り開いて頸動脈を切って血をほとんど滴らせることなく屠畜し丁寧に皮をはぎゆっくりとしたリズムでしかも篤実に解体作業を行い血は最後に凝固した形で取り出されたのだがその見事な手さばきに私は飼育動物たちとともに生きる牧民の魂を感じた。血を滴らせない解体作業は水が希少な資源である草原の牧民たるモンゴルの人びとの工夫ではないかともふと私は思った。澄み渡った空と草原の風を感じながら馬に乗ってときに駆け足でときにゆっくりとトール川の岸にたどり着く。川沿いの地で羊肉の石焼を食べビールを呑み馬頭琴の演奏を聞き喉から笛のような音をひねり出す人間楽器のようなホーミーの奇特な生演奏に触れシャーマンによる火の祭りを見た(写真)。その男性シャーマンはシャーマニズムを信じていなかったが大病を経験しそれを克服するなかでシャーマンになったと語り過去・現在・未来を見ることができるアイヌのムックリのような道具や動物の素材から作られた太鼓や衣装などを見せてくれた。青い服を羽織りシーヤーたる目のついた帽子をかぶり火は我々に恵みを与えてくれる太陽のことであり火の祭りとは秋になって火に対して感謝をささげるための儀礼であると説明した後に太鼓を力強く叩いて火の回りを踊り始めたシャーマンにはやがてたくさんの精霊がやってきて彼の助手たる妻はまだ若い彼のことを「おじいさん」と呼びかけたという。国の人口の約半分の120万を抱える大都会ウランバートルは車でごった返し法規があるのかないのか無謀な車の運転で何度となくヒヤっとさせられた。シャーマニズムに対するモンゴル人たちの豊かなかつ論争的な語り口にはそれに対する人びとの深い関心が感じられた。とりわけニセ・シャーマンをめぐる話には唯物論的現代世界における非唯物論的なシャーマニズムの逆利用が読みとれた。モンゴル人たちの関心はやがて<魂>と<身体>という人の存在の構成要素をめぐる議論のなかで沸騰した。<身体>と<魂>と<言葉>というのがモンゴル人の考える人間の三要素だという。男だけでなく女もまた話に長けているのは言葉が身体と魂の組み合わせそのものを確実なものとし人格を形作るものとして捉えられているからではないか。言葉そのものが考え感じていることを他の存在に伝える力であり人そのものを構成する重要な素と考えているのではないだろうか。国会議事堂の横にある歴史民族博物館では別の直観を得た。草原のなかには古くから石碑の類が散在しそれらの一部が博物館に展示されている。それらは近代以降の日本における獣魂碑などの石碑に形が似ておりその起源なのではないかあるいはそれにインスピレーションを与えたのではないかという仮説的直観が閃いたがこちらに至っては私のたんなる想像にすぎない。度数39度のウォッカ。漂うアイラグ(馬乳酒)の匂い。羊肉。牛肉。肉また肉。モンゴリアン・ビューティー。何が書いてあるのかまったく分からないロシア文字。また遠くない将来訪れたい。メメント・モンゴリーア。



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凄まじい勢いで、荒波に呑み込まれるがごとく、怒涛の春学期は、ようやく先週28日に、授業がすべて終わり、その後、この一週間あまりで、試験やレポートの採点、諸アンケート回答、授業成績の評価報告だけでなく、秋学期のシラバスの新規登録や、諸々の相談、書類書きなどの諸雑務や調整、原稿の校正、ハッタリ、お誕生会もどき、卒業生との食事や飲み会、委員会、諸々の打ち合わせの類、理事会との団体交渉参加、頼まれごとの引き受け、手におえない仕事のお断りと他の人への譲与、残された課題の先送りなどなど・・・を終えて、2011年度の春学期は、ようやく終着地点へとたどり着いた。先週から今週にかけて、ゼミの秋合宿のしおりが完成した(左:3年生、『セックスの人類学』、谷中安規ふう、右:4年生、「もしドラ」ふう)!うう、進化している。



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