出張の合間を見て、前々から聞いていた京大医学部の実験動物供養之碑を見に行ってきた(写真)。
医学部構内には実験動物センターがあり、その裏手当りにあるのかと思って探してみたが見当たらず、構内を歩き回って、医学部棟の裏手に木々が並び、その奥に囲いがあって、異形の大木の前には祠があり、何体かの地蔵さまが祀られている手前に、その碑はあった。
碑の裏には、いまから39年前、昭和47年8月吉日医学部一同とあった。その前には花が供えられていたし、向かって左側には、それより小ぶりの石碑があり、裏には、実験馬宮海号之墓 昭和7年6月6日病没という文字が刻まれていた。
その碑と碑の間には、地蔵さんや小さな石碑があり、それらの石の前にはお酒が供えられていた。前掛けを着せられて、新しく彩色されたのではないかと思われる顔のある地蔵さんの裏には、動物之碑と書かれていた。
勝手に類推すれば、実験動物に対する弔いの念から建てられた碑や地蔵さんが集積する場所に、新たに、実験動物供養之碑が建立されたのではないだろうか。
つい先日であるが、研究会で、アラスカ先住民の動物観に関する論文を読んだ。そこでは、動物を、ウサギ人、ヘラジカ人というふうに、人格を持つものとして捉えていて、それらを食糧として消費するのだけれども、人と動物の距離が非常に近いものだということを学んだ。日本における人と動物の距離感は、それとは幾分違うし、さらには、アニマルライツを唱える西洋発信の動物観とも違う。
医学研究において、人間の生命をめぐる研究に寄与してくれた動物たちに対して、慰霊祭を行い、さらには、石碑を建てて弔うという、日本人の動物観と実践の独自のあり方は、医学者たちの意識が、医学的・科学的な実践の次元のみで完結しているのではなく、実験動物に対する憐みや感謝という心情という別の次元へと開かれているという点で、きわめて興味深い。