「アフウヘーベン」という言葉?

東京の小池知事は、自分の話の中で外国語をやたらに使いたがる人だ。こんなことが話題になっているのだが、彼女がデビューしたときから私もまた気になっていた。

レガシー、ワイズスペンディング、サスティナブル、リセット、アウフヘーベン、等など。
レガシーとかリセットなどは耳にする機会があったが、その他の語は実に意外だった。ワイズ…、サス…、などもすぐには理解できなかった。しかしアウフヘーベンという言葉は、若かりし頃、哲学の勉強をしていたときしばしば目にすることができた言葉だったので、すぐ理解できた。しかし、一人の知事が政治的なメッセージの中でこんな語をエラソーに使う神経が分からなかった。

このアウフヘーベンという語は日本語の訳でいえば、(今は知らないが)かつては「止揚」と訳されていた。ある種の対立があり、この対立が進んで一定の解決を見たとき、対立以前の様相とは異なる別の新しい事態が現出する、これを止揚という言葉で表現する、というような意味で理解してきた。

これを哲学上の語として一般化させたのはヘーゲルだったが、さらに歴史の「発展」を説明するときに適切に使用したのがマルクスだったのではないだろうか。「階級対立」が不可避の争いを経てこれまでとは全く別の社会を創り出す(封建的な身分制社会がこれまで被支配の立場にあった市民階級の闘いによって近代社会を生み出した)という歴史の発展を説明する際にこのアウフヘーベンが使われたのではないかと記憶している。

一般の人にはすぐには理解できないカタカナ語(漢語であっても)を披露する神経とセンスには疑問を思わざるを得ない。一般人をたぶらかそうとしているのではないか、と勘ぐりたくもなる。
かつて福沢諭吉は誰もが理解できる言葉を使うことを自分に課していたという。それがリーダーのセンス(常識)だと思うのだが…。
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