塵埃日記

つれづれなるままに、日々のよしなしごとなど。

ウクライナ情勢の個人的解釈

2014年03月04日 | 政治
  
 いよいよ今年も3月に突入してしまいました。2月中は、大きな話題といえばソチ五輪と大雪の2つに絞られてしまい、何か書こうかと逡巡しているうちに時間が経ってしまいました。そのようななか、東欧ウクライナで親欧米派の野党議員らによる政変が起こり、親ロシア派のヤヌコヴィッチ大統領がロシアへ亡命する事態となっています。

 私が学生時代に西欧史を専攻していたこともあってか、周囲からはしばしば漠然と「どういうことなのか」と訊ねられます。とはいえ、私も東欧については専門外ですので、ヨーロッパの大国との関連で多少知っているという程度に過ぎません。それでも、日本の一般の方々よりはアドバンテージがあるだろうということで、簡単ながら現下のウクライナ情勢について、メディア報道に付け加える形で解釈と解説をしたいと思います。

 そもそも、ウクライナは面積も人口規模も比較的大きい国ですが、日本との関係はほとんど希薄といってもいいでしょう。ウクライナの位置や首都について尋ねても、すらすらと答えられる人はそう多くないのではないでしょうか。それは、ウクライナには残念ながら世界に誇れるほどの産業も天然資源もなく、世界の主要な通商ルートとも外れているというあたりに起因しているものと思われます。ですが、これはアジアや西欧からの見方であり、ロシアの視点に立つと、ウクライナの重要性が一気に増します。

 ウクライナは旧ソビエト連邦の構成国ですが、ソ連崩壊後は、ロシアを除いた旧ソ連独立国のなかではもっとも有力な国家の1つとなっています。さらに、ロシアと旧西側ヨーロッパ地域との間にあってロシアと境を接しています。同様のポジションにあるウクライナの北のベラルーシと並んで、ロシアにとっては重要な欧米勢力圏との間の緩衝国家となっています。ベラルーシのルカシェンコ大統領も、ヤヌコヴィッチ(元)大統領と並ぶかそれ以上に強権的な人物といえ、従順とはいえないまでも一貫して親ロシアの姿勢をとっています。

 これに対して、ウクライナの親欧米派はEU(欧州連合)への参加を希望していますが、西欧諸国やアメリカの側がロシアに喧嘩を吹っかけてまでウクライナをEU圏に引き込みたいかというと、おそらくそこまでの重要性は感じていないものと思われます。西欧諸国はウクライナ新政権への資金援助には前向きですが、NATO軍の派遣などの直接的な行動については否定的であると伝えられています。

 他方ロシアは、早くから軍による介入の可能性について言及しており、実際にクリミア半島での軍事活動が開始されているとみられています。ロシアは直接ウクライナと国境を接しているにもかかわらず、なぜ海峡を1つ隔てたクリミア半島で軍事介入の口火を切ったのか。ここに、ロシアの焦燥感と本気度が現れているといえます。

 クリミア半島は、黒海に突き出た口蓋垂(いわゆる「のどちんこ」)のような恰好をしています。黒海は、広大な面積に比して使える海が極端に少ないロシアにとって、外洋へ通じる数少ない内海です。そのうえ、黒海へのアクセスも満足とはいえず、それこそソチを南東隅とした、ロシアの外郭線からみればわずかな距離しか海に面していません。黒海における自前の軍港は、ノヴォロシスクほぼ1港のみです。

 ここで、クリミア半島の南西隅付近にセヴァストーポリという港町があります。ここには、近世ロシア帝国時代から海軍の要塞が築かれており、現在もウクライナから租借する形でロシアの海軍基地が置かれています。地図を開いていただければ分かると思いますが、ここを押さえられてしまうと、ロシアは黒海から外洋への自由なアクセスを失ってしまうことになります。クリミアを制する者は黒海を制す…とまで言うかは分かりませんが、事実19世紀半ばのクリミア戦争(露vs. 英仏土)や第二次世界大戦では、セヴァストーポリで有数の激戦が繰り広げられました。

 すなわち、クリミア半島の喪失はロシアにとって海防上の死活問題であり、ロシアがウクライナ本土よりもこの半島の確保を第一に動いたという事実は、ロシアが進行中の政変にいかに危機感を覚え、ウクライナの親欧米化を畏れているかを示しているといえます。今回の政変にともなうロシアと欧米の対立を「新冷戦」と呼ぶ風潮も出始めていますが、ロシアにいわせれば、第二次大戦後の冷戦黎明期とは逆で、西側の方がロシアの勢力圏に手を突っ込んできたといった印象なのではないかと思います。

 現在のところ、(表向きは)直接ロシア軍を投入してウクライナ国内の拠点を制圧するという挙にまでは出ていませんが、介入を表明しての軍事行動に至るのは時間の問題ではないかと考えています。

 ではロシアが露骨な軍事介入に出たら、欧米側も直接的な対抗措置を採るかというと、その可能性は極めて低いと思われます。地勢的に、対抗して介入したところでロシアを完全に抑え込むことは不可能でしょうし、冷戦のような深刻なイデオロギー対立があるわけでもないので、正当性にも欠けています。限定的な経済制裁というあたりが関の山でしょう。

 どの国にも地理的な制約というのはついてまわるものです。ウクライナの場合はロシアに接していてクリミア半島を有しているという点で、地勢的にロシアの影響から脱するのは困難という現実があります。ウクライナがEUやNATOの勢力圏へ傾倒しようとすればするほど、ロシアの締め付けや介入は強く露骨になっていくことは必定です。ウクライナが分裂するにせよ統合を維持するにせよ、また部分的にロシアに吸収されるにせよ、この地勢的な現実を理解し、両勢力圏の間を上手に立ち回っていく以外に、この国が発展していく道はないのではないかと改めて感じています。

  



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