塵埃日記

つれづれなるままに、日々のよしなしごとなど。

三越閉店、郊外出店の失敗:名取店を例に

2008年10月09日 | 社会考
  
 先日、三越が大きな店舗縮小を発表しました。百貨店やスーパーの店舗閉鎖は、業界全体の業績不振によるもので、三越のほかイオンや西友なども発表しています。

 しかし、その中でも三越の武蔵村山店と名取店はそれまでの経営方針から大きく転換を図ったコンセプトの店舗であったことから注目を集めているようです。

 元来三越といえば、都市の中心にあってそのブランドを求める人々を集客してきましたが、百貨店業界全体が落ち込むなか、郊外型として新たに店舗展開してきたイオンなどに大きく水をあけられるようになっていました。そこで新社長の鳴り物で、仇敵であるイオンと提携し、武蔵村山と名取の2ヶ所に初の郊外型店舗として開店しました。

 ところが今回、その2店舗とも大赤字により閉鎖という事態に陥り、社長の責任も問われているということです。武蔵村山については土地柄も含めてよく知らないので何ともいえませんが、名取については仙台が地元ということもあり、ひとつ考察を加えてみようと思います。

 名取市は仙台市の南に隣接し、仙台都市圏のベッドタウンとして近年急速に宅地化、衛星都市化が進んでいる地域です。また、市内にある仙台空港へ東北本線からの支線が完成し、仙台市内とのアクセスも密になったため、都市区画整備も進められつつあるようです。

 三越名取店は、この仙台空港アクセス線の途中にあり、典型的なイオンの郊外型ショッピングモール「イオンモール名取エアリ」の中核店舗として2007年に開店しました。東北本線が走っているとはいえ、仙台都市圏では車による移動が必須であるため、また隣県からも多数集客しているためイオンモール自体はかなり盛況なようです。そんなモールの中で三越だけが撤退を余儀なくされた背景には、客が三越に求めるものの観念やもともと仙台市街に古くからある「仙台三越」との兼ね合いがあるように思います。

 仙台には日本有数のアーケード付歩行者天国商店街である一番町・大町商店街があり、仙台三越はその中核店舗として、古くから親しまれてきました。一番町・大町は駅前からはじまり、仙台三越は徒歩で20分ほどある商店街の最後のところにあります。客層は圧倒的に中高年層ですが、老若男女を問わず大抵の人はここまで来る間に一通り買い物が出来てしまいます。しかも仙台駅までは名取駅から電車で4駅十数分と近いため、本当に三越に用事があるのであれば、老舗で商品もサービスも安定している仙台三越に出向いても別に大した労ではないのです。ついでに一番町を散策すれば他のショッピングも楽しめますし、もともとそうした習慣が身についているので、名取にわざわざ新店舗をこしらえる意味がはっきりいって全く分かりません。

 よしんば名取店はショッピングモールですから、買い物ついでの客を狙っているのだとしても、モールに車で出かける客というのは大抵食料や日用品を安く大量に仕入れるのが目的でしょうから、ついでに三越の高級品を物色しようという食指が動く客はそうはいないのではないでしょうか。

 つまり、昔から仙台を知っている人間にとっては「仙台にあるのに何でわざわざ名取に?」というのが正直な感想であり、この直感は間違っていないように思います。現に仙台都市圏からは外れたところにある小売店舗「大河原店」は今回の撤退の対象に入っていません。

 一方で、仙台三越がこの地域の中核であることは周知であり、三越もようやく悟ったのか改めて認識したのか、名取閉店とともに仙台三越に主力を注ぐことを決定しました。仙台三越は、隣接するショッピングセンター「141」の大部分のテナントを一括賃貸し、本店舗とともに改装を進めて営業を拡大する予定です。

 結局、ブランド力と地域中枢での集客というもともとの強みに立ち返った格好となっています。もちろん、昔成功していた手法にしがみついていれば良いという時代ではありませんが、持っている強みを放棄してまで方向転換したところで、新しく成功できるほど簡単でもないでしょう。要は、もともと内在している長所を生かしつつ、いかに斬新な方法やアイデアを産み出せるかが問題なのだと思います。この点で、三越の将来はいまだ定まっていないようで、しばらくは苦しい経営が続きそうですね。