見もの・読みもの日記

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隋唐の緩さと柔らかさ/絢爛たる世界帝国(氣賀澤保規)

2019-09-20 22:27:58 | 読んだもの(書籍)

〇氣賀澤保規『絢爛たる世界帝国:隋唐時代』(中国の歴史) 講談社 2005.6

 ずいぶん書店を回ったが見つけることができず、ついに諦めて図書館で借りて読んだ。このシリーズは非常に評判がよくて、中国語版が発売されたことも聞いている。Wikiによれば、中国では発売された2014年だけで10万セットを突破する人気だったとか(近代史の2巻は未刊行)。それなのに原本が、もう日本で入手不能なのは少し残念である(Amazonで中古品を探せばよかったかな)。

 ドラマ『長安十二時辰』視聴以来、唐代に興味が湧いて関連書を読んでいるのだが、本書は「隋唐」を一つながりの歴史展開として辿る。隋には南北朝時代の最後を締めくくる一面と、唐の先駆けとしての一面があるという。後者について見ると、隋文帝は三省六部制を実施し、新律令(開皇律令)を定め、地方行政の人事権を中央に回収し、科挙を試みた。次の煬帝は、文帝の「関中本位」路線を改め、さまざまな改革を一気に行おうとして大きな反発を招いた(しかし著者は煬帝の積極政策にわりと好意的)。その後、唐を興した李淵は煬帝を全否定し、隋文帝の「開皇の旧制」に戻ることを宣言する。しかし太宗によって新律令と国家体制が整えられると、かなり煬帝の路線に似たものになっていく。この関係、とても面白い。

 本書はまず時代を追って隋唐の歴史を概観したあと、「人々の暮らし」「女性」「軍事と兵制」など、多様な側面からこの時代を記述する。前半では、安史の乱後の記述があらためて面白かった。唐は乱後の財政逼迫を江南からの上供米と塩税でしのぎ、徳宗は租庸調制に代わる両税法(人でなく土地に税金をかける)を施行する。これによって、9世紀初めの憲宗の治世には、唐盛期の天宝期に比べて租税戸が半分以下に減少しているのに国家収入は60~70パーセントを確保し、徳宗初期より2.7倍に回復しているという。まさしく財政は国家の要。しかし、そんな中興の英主・憲宗もやがて政治に飽きて不老不死の仙薬に手を出し、狂暴になって宦官に暗殺されたと聞くと、唐皇家ってダメだなあと溜め息が出る。

 本書は実にさまざまな側面から、この時代の社会・政治・文化を記述しており、写真や図版の多さも、たいへん参考になった。洛陽城や長安城の坊城図、都護府や辺境節度使の所在図など、地図は見ていて飽きない。ラサに残る「唐蕃会盟碑」の写真もあった。カラーで紹介されていた西安碑林博物館所蔵の断臂菩薩像(トルソー)の美しさよ!これ、生きているうちに一度は見たい!

 隋唐王朝を取り巻く異国人の世界にも詳しく、ソグド人をはじめとする西域人だけでなく、広州に根を下ろしていた海のシルクロードの人々、朝鮮三国など東アジア諸国の動向にも言及する。円仁の『入唐求法巡礼行記』に依って、山東半島の新羅人社会について詳述しているのも興味深い。円仁ゆかりの赤山禅院に久しぶりに行ってみたくなった。

 著者は隋唐時代の印象を「緩やかさ、ルーズさ、やわらかさ」という言葉で説明し、この時代を覆う貴族性(制)と関係づける。魏晋南北朝の貴族制に対し、隋唐国家は律令制(官僚制)に立脚した強固な体制を築いたように考えられてきたが、やはり社会や文化の各所には貴族制的な特質がうかがえる。それは、権力の不徹底、弱さにつながるように見えて、唐が300年近い命脈を保つ柔構造をつくっていたのではないか、という。なるほど、名君・英主のように見えて続かない皇帝たちのふるまいも、貴族的な「ルーズさ」のゆえかもしれない。


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