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近代の人材育成を担う/大学の誕生(下)(天野郁夫)

2009-07-25 21:45:00 | 読んだもの(書籍)
○天野郁夫『大学の誕生(下)大学への挑戦』(中公文書) 中央公論新社 2009.6

 唯一無二の「帝国大学」vs 多様な専門学校群というのが、本書上巻で論じられた明治30年代までの状況だった。下巻では、「帝国大学」による学術の独占体制に対して、さまざまな挑戦者が現れる。

 第一は、明治30年(1897)に創設された京都帝国大学。しかし、研究者の供給機関が東京帝大しかない状態で、教員集団の形成は困難を極める(なるほどね)。それでも、京都帝大は、東京帝大とは異なる教育システム(科目制)を導入し、官僚志向の強い東京帝大に対して、「民」セクターに多くの卒業生を送り込んでいく。現在に至る両大学の学風の違いが見て取れて興味深い。

 さらに、官公立の専門学校の間に「大学昇格運動」の機運が高まり、大学の「名称」を獲得するところが現れる。具体的には、札幌農学校、東京高等商業学校、大阪府立大阪医学校などである。同様に、私立セクターの雄であった慶応も大学部を発足させ、東京専門学校も早稲田大学に改称、「事実としての大学」の体制を整えていく。けれども、これらの動きは、「大学令」の公布に、はるかに先立つものだ。上巻の明治前期もそうだったが、明治後期に至っても、日本の教育システムは、社会の需要に応じた既成事実が先行し、制度がよたよたとそれを追いかけているようなところがある。まあ、官僚主導の社会より、こっちのほうが健全なのかもしれない。

 明治36年(1903)、「専門学校令」の発令により、各種の専門学校に法的根拠が与えられた。同時に、専門学校として設置認可を受けるための厳しい条件が示されたため、私立セクターには、廃校に追い込まれるもの(済生舎)や、各種学校に留まるもの(東京物理学校)もあった。しかし、この淘汰を乗り越えた私立セクターは、高等教育機関として整備が図られ、興盛の時代を迎える。

 著者は、近代化にかかわった高等教育機関の役割を、まず「官」セクター(行政官僚)の人材育成を帝国大学が担い、次いで「公」的な性格の強い専門職(医師・法曹・教育・産業技術)を主に官公立の専門学校+補完するかたちで私立専門学校がつとめ、さらにその外側に展開する多様な「私」的人材需要を私学が担った、とまとめている。これは非常に分かりやすい。ただし、当初は、近代化を達成するための合理的な棲み分けだったものが、やがて、システムの硬直化・序列化を招いたことも否めないだろう。

 大正7年(1918)、「大学令」が公布され、ようやく近代日本に単科大学や私立大学の存在が認められることになった。しかし、迂闊な私は初めて気づいたのだが、「大学令」は、帝国大学以外の「大学」の設置根拠なのだ。帝国大学は、大学令の適用を受けながらも、「大学」は別の、特権的地位を保持し続けた。世界的な学問の高度化に伍していく高等教育機関が必要と認められたからである。

 この「帝国大学」の問題は、現代にも通じると思った。国内では「ひとり勝ち」と揶揄される東京大学ではあるが、世界水準では、まだまだ予算も人材も足りないらしい。資本を集中投下して、高度なエリート大学を1校だけ育てるか、広く薄く予算を撒いて、平均値の底上げを図るべきか、どっちなんだろう。

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