見もの・読みもの日記

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「普通」の聞き書き/善き書店員(木村俊介)

2014-04-16 00:03:44 | 読んだもの(書籍)
○木村俊介『善き書店員』 ミシマ社 2013.11

 六人の書店員のインタビューを通して、この時代において「善く」働くとはなにかを考える本。登場する書店員は、ジュンク堂書店仙台ロフト店の佐藤純子さん、東京堂書店神田神保町店の小山貴之さん、京都・恵文堂一乗寺店の堀部篤史さん、広島・廣文館金座街本店の藤森真琴さん、熊本・長崎書店の長崎健一さん、丸善丸の内本店の高頭佐和子さん。佐藤純子さんにだけは、二回インタビューしている。

 彼らはこの業界では、それぞれ知られた実績があり、敬意を払われている書店員である。だから、必ずしも「普通の人」とは言えないかもしれない。しかし、著者の意図は、地に足のついた市井の日本人の話を丁寧に聞き取り、彼らが具体的に体を動かしながら大事にするようになった「善さ」を記録することだ。そして、本書はかなり成功していると思う。

 本書を読んで、よく分かったことだが、書店員というのは肉体労働が基本になっている。毎朝届く本を荷解きして、検品し、書棚に並べ、返品を処理するのも、全て手作業。体裁のいいプレゼン資料をつくって、口先三寸だけで終わる作業はないのだ(ただし口先三寸が必要な場面もあることは本書に出てくる)。同時に、もともと本が好きな人たちだから、言語表現に関する感覚も鋭い。そこで、自分たちが肉体労働を通じて学んだ「善い働き方」を、訥々と言葉を選んで語ってくれている。その誠実さが、読んでいて、というより彼らの肉声を聞いていて、とても気持ちよかった。

 私も長年「普通の日本人」として働いてきたつもりだったが、自分の勤め先が突然なくなる不安を感じたことは一度もなかった。それに比べると、多くの場合、中小企業である書店で、しかも正規雇用でない不安定な身分で働いている皆さんの話を聞くと、「普通」って何だろうなあ、と感慨深い。本書に登場する6人は、私より10~15歳くらい下の世代だが、世代差なのか業界の差なのか。

 みんな若いのにしっかりしていて、絵空事の「夢」ばかり語っているような馬鹿者はひとりもいない。傾いた家業の書店を受け継いで、立て直しに奔走した長崎健一さんの話は、とても面白かった。何かを新しく始めるには何かを切らなければいけないなんて、当然のことなのに、ふだん決断を棚上げして、欲しい欲しいだけ言っている自分には耳の痛い話で、そこが面白くて為になった。

 高頭佐和子さんは、ときわ書房の聖蹟桜ヶ丘店と新宿ルミネの青山ブックセンターで、二度の「閉店」を経験したという。青山ブックセンターの「営業停止」は私もよく覚えている。閉店日に新宿ルミネ店を覗きに行って、これからどうなるんだろうと思っていたら、すぐ入れ替わりに「ブックファースト」が開店したので、なんだか拍子抜けした。後片付けをしながら、仲間と離れることがつらくて、「こんなにいい仲間と働ける機会はもうこないだろう」と話し合ったというのはいい話だな。そんなふうに言える職場が、いまこの日本にどのくらいあるんだろう。

 小山貴之さんも、若い頃、店をスタッフ全員の「居場所」と考える店長に出会ったことを印象深く語っている。うつ病気味だった小山さんを心配して、本気で声掛けしてくれた店長に学び、お金を稼ぐ場だけではなく、いい体験をして次に役立てられる場としての職場を、自分もつくっていきたいと考えているという。こういう連携・継承こそ、もっと大事にされなければならない(ならなかった)のに…。

 佐藤純子さんの二度目のインタビューで、「がんばろう東北」という盛り上がりは、続けすぎると疲れる、というのもよく分かる気がした。だいたい書店員は、盛り上がりに向かない人種なのだ(偏見かな)。「忘れない」というけれど、忘れてもいいんじゃないのかな。普通に日々が過ごせたら、それがいちばんいいんじゃないかな、といういがらしみきおさんの言葉に「共感した」と語っているけど、私も同感である。

 最後に、インタビューアーの著者が「普通の人に、『長く』話を聞いて記録するということ」について語った章がついている。「書く人」でなく「聞く人」でありたいという自己分析が示唆的である。

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