見もの・読みもの日記

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アメリカ人に教わる日本史/昭和(ジョン・W・ダワー)

2010-03-22 23:56:55 | 読んだもの(書籍)
○ジョン・W・ダワー著、明日川融監訳『昭和:戦争と平和の日本』 みすず書房 2010.2

 1作だけでその著者を、忘れられない作家(研究者)としてしまう本がある。ダワーの『敗北を抱きしめて』(岩波書店、2001)がそうだった。そのあと、もう1冊『人種偏見』(TBSブリタニカ、1987)を読んだ。評判の高い『吉田茂とその時代』は、絶版のため(意外と大学図書館の所蔵も少ない)、気になりながら今日まで未見のままだ。

 本書は(たぶん)『敗北を抱きしめて』から9年ぶりの日本語訳新刊である。嬉しい! しかし、標題紙の裏を見たら、原著『Japan in War and Peace』は1993年刊行とあり、「まえがき」によれば、収録されている論文は「ここ15年ほど」つまり、70年代末から90年代初めにかけて執筆されたもののようだ。ちょっと古いなあ。まあ、でもいいか、と思って読み始めた。

 全部で11に章立てされた論文は、おおよそ主題となる時代の順に配列されている。まずは、戦時中の日本映画、原爆研究、流言飛語等をめぐる論考。そして、占領下の日本、吉田茂の史的評価。さらに昭和の終焉――天皇の死を迎えての考察。

 冒頭の「役に立った戦争」は、敗戦を挟んだ「戦前・戦中」日本と「戦後」日本の連続性に論及したもの。同種の問題提起は、最近、日本人研究者もおこなっているが、特に著者が「明治時代の広範な改革と業績は、幕末の力学を理解しないことには説明できない」と前置きして、戦後の日本を明治時代に、「降伏前の15年間の力学」を幕末になぞらえている点が、興味深いと思った。そうなんだよなー。「新生日本」が旧い時代の廃墟から生まれたというのは一種の神話で、実際は「昭和初期の、軍国主義的だった年月はまた、途方もなく複雑で多様性に富み、そのことが戦後日本社会の性格や力学に正負両面で影響をあたえた」のである。この「正負両面」の影響を、自虐的にも、夜郎自大にもならず、日本人自身が正しく直視するには、まだまだ多くの議論が必要だと思う。

 だいたい、私たちは、あの戦争について知らなすぎる――続く数編の論考を読みながら、私はしみじみそう思った。「日本映画、戦争へ行く」は、戦時日本のプロパガンダ映画が、ハリウッドの映画監督たちを驚嘆させる出来栄え(大衆の共感をつかむという点で)であったことを伝える。「『ニ号研究』と『F研究』」は日本の戦時原爆研究(既に十分な日本語資料が公開されている)の悲劇性と喜劇性を、アメリカ人読者に向けて淡々と紹介したもの。科学者たちは、空腹をこらえ、ひたすらウラン原石を求めて鉱石調査を続けていた(そこから始まるのか!)。「造言飛語・不穏落書・特高警察の悪夢」では、『特高月報』に掲載されている作者不詳の落書の数々を紹介する。用語・形式から「熟練された左翼主義者」を思わせる落書が多いが、農民や一般民衆が、驚くほど赤裸々に怨嗟や不敬の念を吐露した言葉も拾われている。けっこう言いたいことを言う自由(?)があったのだなあ、ということに驚く。

 吉田茂について、アメリカの再軍備要求をかわし続け、戦後日本の経済的繁栄の基礎を築いたという評価は、定番どおり。しかし、そのことは「国家目標と国際イメージという途方もなく大きな代償を払ってなしとげられた」と著者は付け加える。このダメージ(重要な決定は全てアメリカに依存する)の解消は、今なお、戦後日本の宿題である。

 「日米関係における恐怖と偏見」は1980年代末に書かれたもので、両国における人種差別的思考を論じている。その主題はともかく、前提となっている両国の経済状況の分析――日本とアメリカは「異質な、そして、おそらく相容れない資本主義モデルを代表する」もので、日本は「アメリカ的な意味での市場経済でない」という指摘には、今読むと切ないものがある。そうだった。20年前までは、そうであったはずなのに…ね。

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1 コメント

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Unknown (izumineko)
2010-04-05 17:59:43
本記事でトラックバックさせて頂きました。
本の守備範囲が広く感心しております。ダワーの「吉田茂とその時代」は吉田を語る上で定番と聞いています。
手元に積読状態になっているので、今年中に読
むつもりです。

追伸:川越お住まいなのですか?ワタシは現在
札幌に在住ですが、川越より少し北に住んでおりまして、東上線を利用していました。
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