〇根津美術館 企画展『夏と秋の美学-鈴木其一と伊年印の優品とともに』(2024年9月14日~10月20日)
江戸琳派の異才・鈴木其一と、琳派の祖である俵屋宗達に始まる工房の優品を中心に据え、美術作品によって初夏から晩秋まで移ろう季節の情趣を楽しみながら、そこにうかがわれる美意識の諸相に迫る。
展示室に入ると「夏の訪れ」→「真夏の情趣」→「夏から秋へ」→「涼秋の候」と、季節の移ろいを意識して作品が並べられていることが分かる。しかし連日の猛暑に苦しめられたこの夏を思うと、冷泉為恭が『時鳥図』や『納涼図』に描いたように、衣をしどけなく着崩したり、釣殿で水面を渡る風に吹かれたりする程度で、夏がしのげた時代は、もはや別世界に思われる。
本展の見どころの1つとなっているのは鈴木其一筆『夏秋渓流図屏風』。江戸絵画らしからぬ、迷いのない明確な濃彩の作品で、白いヤマユリの一群が印象に残る。今回の展示、草花図がいくつか出ているのだが、あちこちにユリの姿があった。尾形光琳筆『夏草図屏風』は、金地の背景に晩春から夏にかけての草花を描いたもの。紅白のタチアオイが中心だが、左隻の白のタチアオイの後ろに白いユリが描かれている。また、伊年印『夏秋草図屏風』は、墨を多用し、色数を抑えて静謐な雰囲気を醸し出しているが、夏景にはたくさんの白ユリ(山百合と鉄砲百合?)が咲き乱れている。この時代、博物学の流行とも相まって、夏の草花への関心が高まったのではないかという解説が添えてあった。
そうかー。百合は古事記や万葉集にも登場する古い植物だが、絵画の題材としては再発見があったのかしら。なお、万葉集に詠まれた百合の種類を特定することは難しいようだ(参考:万葉の植物 ゆりを詠んだ歌)
本展で初めて認識して好きになった作品は松村景文筆『花鳥図襖』で、展示の4面のうち2面に合歓の木とスズメ、そして白いユリが描かれている。金砂子の霞の中に描かれた草花の嫋やかで上品なこと。松村景文は、本展にもう1件『栗小禽図』が出ていたが、その解説に「絶大な人気を誇った」といいうのが分かる気がした。こうして、ひたすら百合の花を愛でる展示だったわけだが、冒頭に野々村仁清の『銹絵染付百合形向付』が並んでいたことも記録しておきたい。
展示室2は、「武蔵野は月の入るべき山もなし」と詠まれた歌枕・武蔵野をモチーフにした屏風や工芸品が出ていた。仁清の『色絵武蔵野図茶碗』はよいなあ。左隻のみ展示という『武蔵野図屏風』(江戸時代)は、解説に「月が描かれた左隻」とあるのに、画面は草むらばかりで月の姿がないので戸惑ったが、全体に金色に輝く空が月の存在を示している、と思うことにした。
展示室5は「やきものにみる白の彩り」。中国、朝鮮半島、日本の白いやきものを特集する。冒頭にあった『白釉突起文碗』(中国・北斉時代、個人蔵)は、西域のうつわの形態を真似たものと考えられるが、やきものと思えない繊細な細工に驚いた。
展示室6は「名残の茶」。全体を通して、超級ビッグネームの作品が出ているわけではないが、今の日本人が理解・共感できる「伝統」美学をゆっくり吸収することができ、活力のもとになる展覧会だった。