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見もの・読みもの日記

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家族・学校・地域/日本人のしつけは衰退したか(広田照幸)

2022-02-25 18:08:56 | 読んだもの(書籍)

〇広田照幸『日本人のしつけは衰退したか:「教育する家族」のゆくえ』(講談社現代新書) 講談社 1999.4

 少し古い本だが、SNSで「これは名著」というお薦めを見たので読んでみた。刊行は1999年。1997年の酒鬼薔薇事件など青少年による凶悪事件が相次ぎ、「家庭の教育力が低下している」という見方が常識となっていた時期だ。しかしこのイメージは本当に正しいのか? 本書は、戦前から今日までの、学校、家庭(家族)、地域の役割の変容とともに、検証していく。

 明治~昭和初年の農漁村や庶民の家庭では、家業=生産に直結した「労働のしつけ」は厳しかったが、「基本的生活習慣」や「行儀作法」は厳しくしつけられていなかった。学校教育と「村のしつけ」は全く別物で、両者はさまざまな軋轢を生んだ。ともかく子供が学校へ通う慣行が定着すると、親たちは子供を学校に預けっぱなしにして、学校教育の内容にはあまり関心を払わなかった。

 大正期(1910年代)になると都市部に新中間層が出現する。彼らは核家族が多く、地域との関わりは薄く、子供の教育は母親が担った。また彼らは学校が子供の将来に決定的に重要であることを自覚し、学校の教育方針に沿って家庭教育を行おうとした。新中間層の教育意識の特徴として挙げられているのが、童心主義・厳格主義・学歴主義で、彼らはこの矛盾する三者をすべて達成しようとして、パーフェクト・マザーを目指した。

 戦後も、しばらくは戦前の家族のあり方が存続していたが、1950年代後半から高度経済成長が始まると、経済構造の急激な変動が、旧来の家族を根底からこわしていく。特に農村においては、青少年の都市流出・農家の兼業化・離農によって地域共同体が崩壊し、「家族」という単位がサバイバルしていくには、子供の教育がかつてないほど重要になった。この章段には、各種統計とともに、北海道の開拓農家に育った後藤竜二(児童文学者)の自伝小説『故郷』が紹介されていて、興味深い。

 そして高度成長期の終わり頃(70年代初頭)には、ほとんどの子供たちが、卒業後、組織に雇用されて働くようになった。高度成長期には、農村を含め、あらゆる社会層が学歴競争に巻き込まれたが、学校は子供の将来の進路を具体的に保証してくれる装置でもあった。著者はここに「学校の黄金期」という小見出しをつけている。

 1970年代に入る頃から新たな動きが表面化する。家族と学校の力関係において、家庭のほうが優勢になってきたのだ。多くの親が、自分たちこそ子供の教育の最終責任者であるという意識を持ち、学校に批判の眼差しを向けるようになる。その象徴が、1972年から数年間にわたって朝日新聞に連載された「いま学校で」だという。私はまさに当時の小学生から中学生で、あまり問題のない学校に通っていたので、世の中にはこんな学校もあるのかあと思って読んでいたことを覚えている。

 著者はいう。明治から戦後の高度成長期まで、学校は「遅れた」地域社会を文化的に向上させるための「進歩と啓蒙の装置」だった。ところが、未曾有の経済成長によって、誰でも最低限の生活が満たされるようになると、学校の生活指導や集団訓練は、時代から半歩遅れた存在になっていく。学歴競争は誰かが勝てば誰かが負けるゼロサムゲームになり、学校は恒常的に一定量の「敗者」を作り出す装置になってしまった。一方、子供の教育に強い関心を持つ親たち(父親を含めたパーフェクト・ペアレンツ)は、多様で矛盾した要求を学校に突きつけ、学校と争うようになった。学校不信の時代の到来である。

 家族のみが子供の教育の最終責任を持つようになったことで、二種類の問題が起きていると著者は指摘する。一つは、貧困や病気、家族の離別などで「教育する家族」の責任を負い切れない家族の問題だ。もう一つは「家族としての機能の過剰」が、虐待や家庭内暴力を生む問題である。振り返って思うと、本書の書かれた90年代末は、後者の問題のほうが大きかったのではないか。現在は、前者の問題が深刻化しているが、同時に、古い地域共同体にも学校にも拠らない、新しい処方箋も少しずつ試みられているように思う。

 最後に、子供のしつけには、はっきり世代差・階層差・個人差があるのに、「社会全体のモラルの低下」に短絡するには誤りであるという指摘も納得できた。本書の刊行から20年、相変わらず「日本人のしつけは衰退した」と言いたがる論者は多いが、そもそも前提が間違っているので、「家庭の教育力を高めることが、さまざまな問題の解決手段になる」という主張は無視してよいことがよく分かった。


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