見もの・読みもの日記

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忘れてはならないこと/九月、東京の路上で(加藤直樹)

2017-08-30 23:56:16 | 読んだもの(書籍)
〇加藤直樹『九月、東京の路上で:1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』 ころから 2014.3

 数年前から時々話題になる本なので存在は知っていたが、進んで読もうとは思わなかった。読んだらきっと鬱になるだろうと思って、むしろ遠ざけていた。それが、やっぱり読んでおこうという気になったのは、先日、小池百合子都知事が、関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付を断ったというニュース(HUFFPOST 2017/8/24)に直面したためである。都は「毎年9月1日に都慰霊協会の主催で関東大震災の犠牲者全体を追悼する行事があり、知事が追悼の辞を寄せている。個々の追悼行事への対応はやめることにした」と説明しているが、自然災害の犠牲者と人的な暴力の犠牲者を同列に追悼するのはおかしい、という批判もある。私は批判のほうに共感する。

 本書の主要部分は、1923(大正12)年9月1日(土)午前11時58分、マグニチュード7.9の大地震の発生を起点として「ジェノサイド」が広がっていく様子を、さまざまな証言と記録から再構成したものである。そのあとに「あの9月を生きた人々」のまとまった証言を取り上げ、著者の考察が付記されている。最も衝撃的なのは、やはり出来事を時系列に再構成した部分である。地震の翌日9月2日の未明から、都内の各地で騒ぎが始まる。品川、四ツ木、神楽坂下、亀戸、千歳烏山…。どの証言も凄まじい。屠られる命の軽さは、ふつうの生活者の街の話とは思われず、いきなり戦場が出現したかのようだ。

 私がいま住んでいる永代橋付近でも事件は起きた。洲崎から「不逞鮮人」を連行中、永代橋が焼け落ちて不通だったため、渡船を待っている間、朝鮮人が逃亡を企てたので、約30名が「避難民及警官」によって殺された。ただし記録には不審な点があり、実際は墨田川岸まで連行して射殺し、遺体は川に流したのだろうと著者は考えている。永代橋の東側だから、本当にうちのすぐ近くだ。週末はぶらぶら散歩に行くあたりである。本書は、虐殺の記録や証言の残っている場所について、詳しい地図と現在の写真を載せている。写真は、追悼碑のある風景のほうが受け入れやすく、賑やかな商店街やきれいな公園などは、記事とのギャップがかえって禍々しい。

 私は、小学生の頃に愛読していた「歴史マンガ」で、関東大震災のときに殺された人々がいたことを学んだ。ただしそれは、子供向けに抽象的に描かれていた。「薪の山のように」死体が重なるほど多数の人間が、日本刀や鳶口などで無残に殺されたことを知ったのは、大人になってからである。しかしまあ知っていることなので、本書にも耐えられるかと思っていた。

 驚いたのは、9月4日、5日、6日と、流言は汽車に乗って関東一帯に広がり、寄居、熊谷、宇都宮や小山でも多くの朝鮮人が暴行されたり殺されたりしていたことだ。東京育ちの私は、かえってこの事実を知らなかった。萩原朔太郎が「朝鮮人あまた殺され/その血百里の間に連なれり/われ怒りて視る、何の惨虐ぞ」と詠んだのは群馬である。あと、横浜がひどい状況だったということも初めて認識した。建物の倒壊や火災もひどかったし、朝鮮人暴動という流言の「もっとも大きな発生源」であったらしい。記録からは、朝鮮人だけでなく中国人も被害にあったことが分かる。中華街のある土地なのに、つらい。

 一方、朝鮮人を守った人々もいた。さらりと書いてあるだけだが、青山学院の寄宿舎が70~80人の朝鮮人をかくまったという話には、少し明るい気持ちになった。ヘンな誉め方だが、さすがキリスト教の学び舎である。寄居町ではアメ売りの朝鮮人が留置場に保護されていたが、群衆に引きずり出されて殺された。遺体を引き取り、墓を建てたのは、日本人のあんま師だったという。路上の商売人どうしの交流があったのではないかと著者は想像する。

 本書は後半で、2005年8月、ハリケーンが直撃したニューオリンズで起きたヘイトクライムを紹介する。白人たちの「自警団」によって殺されたマイノリティの人々。反省を表明しない警官と行政官。なぜなら彼らの考える「治安」には、マイノリティや移民の生命は最初から入っていないのだ。90年前の東京・関東と、さまざまな点が一致しており、関東大震災と朝鮮人虐殺が、忘れていい過去の出来事ではないと、あらためて感じた。ニューオリンズの事件を検証したレベッカ・ソルニットの『災害ユートピア』は、災害時の公権力の無力化に対して、これを自分たちの支配の正統性への挑戦と考える行政エリートが起こす恐慌を「エリート・パニック」と呼んでいる。この概念、災害以外の局面にも適用できる気がした。

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