見もの・読みもの日記

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最終話に刮目せよ/明治断頭台(山田風太郎)

2012-07-22 23:05:12 | 読んだもの(書籍)
○山田風太郎『明治断頭台』(角川文庫:山田風太郎ベストコレクション) 2012.6

 伝奇時代小説の名手・山田風太郎に、幕末・明治を舞台とした本格ミステリーのシリーズがあることは、むかしから、なんとなく知っていた。若い頃の私は、日本史の知識も関心も乏しくて、敢えて読んでみようという気にならなかったのだが、今回、たまたま書店で本書を見て、あまりにもあり得ない設定(※という判断くらいは、できるようになった)に、読んでみたくなった。

 時は明治2年秋。著者に言わせると「空白の時代」である。大革命がひとまず終わって、敗者はもとより勝者も、何から手をつければいいのか昏迷におちいり、新しい法令・思想・風俗が洪水のように流れ込むと同時に、旧時代よりさらに古怪なものが亡霊のように復活していた…。

 主人公・香月経四郎(かづき けいしろう)は、フランス帰りの弾正台大巡察。「旧幕の頃でいえば同心にあたる」という作中の説明が分かりやすい。時代錯誤な水干姿で、市中を闊歩している。佐賀藩邸の長屋住まいの彼のもとには、エスメラルダという金髪のフランス人美女が、恋人気取りで身を寄せている。彼女は、パリの死刑執行人サンソン一家の末裔で、経四郎が日本に断頭台を輸入するにあたり、ついてきたのだという。

 香月のリヴァル(ライバル)、弾正台の同僚として登場するのが、薩摩人の川路利良(かわじ としよし)。のちに「日本警察の父」とうたわれる実在人物だ。

 明治初年の東京で、次々に起きる陰惨な難事件を、正義感に燃える大巡察の経四郎と川路が解決する。ただし、その種明かしが一風変わっていて、巫女姿のエスメラルダが口寄せで死者の霊を呼び出し、カタコトの日本語で、真相を語らせる趣向。まあ合理的に解釈したければ、あらかじめ経四郎がフランス語で彼女と打ち合わせ、彼の推理を語らせていると考えて差し支えない。

 本書には8話の短編が収められている。いずれも、トリック自体はそれほど珍しいものでないと思うが、新旧入り混じった風俗や文物の用い方に、この時代ならではの「趣向」が感じられる。人力車とか蒸気船とか双眼鏡とか…。一方で、旧幕時代の恩讐やら社会変化やら何やらを反映した複雑な人間関係も、事件の背景や直接の引き金になっている。

 また、物語世界を行き交う歴史上の有名人たち(あるいは後の有名人たち)も読みどころ。第1話に登場する福沢諭吉は、実にそれらしく活写されていて、笑ってしまった。あるいは「はせがわ たつのすけ」と聞いて、瞬時に二葉亭四迷だ!と脳内変換して、にやりとする楽しみもある。そもそも主人公の香月経四郎からして、実在人物の香月経五郎(佐賀の乱の首謀者の一人)の兄という設定だし、エスメラルダの荒唐無稽な設定も、いちおう事実らしきものを背負っている。

 しかし、何と言っても本書を「傑作」にしているのは、最終話に待っているドンデン返しである。これはネタバレになるので詳しく言えないが、空白と昏迷の時代を生きた人々の切ない夢と熱情が、あり得ないけどあり得たかもしれないラストシーンに昇華している。最終話がなかったら、単に明治の風俗を巧みに採り入れたミステリーだけで終わっていただろう。

 初出は、雑誌「オール読物」に1978~79年に連載。79年に単行本化され、文春文庫、ちくま文庫を経て、三度目の文庫化。読みつがれるだけの魅力ある作品である証だと思う。

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