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常識のウソ/昭和史の決定的瞬間

2004-12-21 15:53:48 | 読んだもの(書籍)
○坂野潤治『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)筑摩書房 2004.2

 1936年(昭和11年)の二・二六事件(およびこの背景となる数年間)から、1937年(昭和12年)7月7日の盧溝橋事件によって日中戦争が勃発するまでの時代を扱ったものである。

 私は高校で日本史を選択しなかったので、諸勢力の利害関係が複雑に絡み合う近代史には、正直なところ、疎い。冒頭に語られている相沢事件(二・二六事件の半年ほど前、陸軍省軍務局長永田鉄山が、皇道派の青年将校、相沢三郎に惨殺された事件)さえ、本書で初めて知ったくらいである。日中戦争前夜について、私が漠然と抱いているイメージは、次第に軍ファシズムが力を増し、一般大衆は言論の自由を奪われ、政府の情報操作に踊らされて、戦争に押し流されていった、という次第である。まあ、現在の日本人にほぼ共通の了解だろう。

 ところが、本書によれば、このイメージは半分しか正しくない。実は二・二六事件の直前、1936年(昭和11年)2月20日の第19回衆議院選挙では右派陣営が激減、左派陣営の民政党、社会大衆党が躍進している。日中戦争の発端となった盧溝橋事件に先立つ、1937(昭和12年) 4月30日の第20回衆議院選挙でも、社会大衆党はさらに議席を増やした。このあと、戸坂潤は「自由主義ないしデモクラシーが今日の日本国民の政治常識であるという事実を、まげることは出来ぬ。選挙演説などの有様を見ると、この事実は疑う余地なく実証される」と書いて公表している。

 つまり、「戦争はファシズムが勝利したときに起こる」というのは戦後史学の思い込みなのだ、と著者は指摘する。実際には、戦前日本の民主主義の1つの頂点において日中戦争が起こり、最終的には「戦争」という巨大なエネルギーが「民主主義」を放逐したのである。

 これはよーく考えると怖いことだ。いま、我々は、とりあえず日本が民主国家である限りは、自衛隊の派遣とか有事立法があっても、まさか再び戦争にまでは至らないだろうと思っている。しかし、日中戦争前夜だって、実は当時の議事録や論壇雑誌を読んでみると、言論はかなり自由だったし、選挙によって議会に民意を反映する方策も持っていた。だから、今日が安全だなんて、本当は誰も言えないのである。

 重要なことは、著者が苦渋を込めて語っているように「平和」と「改革」は、しばしば両立しないという点かもしれない。私はむかし、自民党の政治家は「金権=ハト派」「クリーン=タカ派」という伝統がある、というのを読んで、首をひねった記憶がある。うまく説明できないけど、どうもアメリカなどを見ていても、輸出依存の資本家が支持基盤→国際協調、平和重視、という論理があるようだ。そうすると反対勢力は、反・市場原理、福祉重視→戦争容認?になってしまうのか...

 でも「戦争」は、結局、全てのよきものを駆逐してしまうのだ。そのことは何度でも想起して、肝に銘じておかなくてはならないと思う。

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1 コメント

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相沢事件 (thessalonike)
2004-12-22 18:09:02
こんにちは、いつも楽しく拝見させていただいています。



当時の日活映画で『戦争と人間』というのがありましたが(山本薩夫監督)、その中で相沢事件のシーンがありました。記憶では確か第二部で、高橋秀樹と浅丘ルリ子が熱演していたと思います。



坂野潤治...。



戦後史学の解体脱構築の一環ですか。皆さん一生懸命ですね。
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