見もの・読みもの日記

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花なき里の花/山水画の名品と禅林の墨蹟(根津美術館)

2010-03-16 23:12:24 | 行ったもの(美術館・見仏)
根津美術館 新創記念特別展 第4部『胸中の山水・魂の書 山水画の名品と禅林の墨蹟』(2010年3月13日~4月18日)

 「新創記念特別展」シリーズも、ようやく人の波が引いたようだ。第4部「山水画の名品と禅林の墨蹟」は、落ち着いて見たい作品が多いので、ほっとする。冒頭には、牧谿筆『瀟湘八景図巻』の模本。なーんだ、模本かと思うなかれ。原本は足利義満によって切断され(掛け物にするため)、諸家に伝わったが、享保14年(1729)徳川吉宗がそれを一堂に集めさせ、狩野古信(ひさのぶ)に写させたことが「徳川実記」に見える。

 展示されているのは3ヶ所(紙を継いで画巻に仕立てている)だが、1枚目の隅には、裏書(たぶん)で「遠浦帰帆 牧谿筆 原本栄川院絵本出所(かな?)不審」とあるのが読み取れる。2枚目には「遠寺晩鐘 紀州様御所蔵」、3枚目には「漁村夕照 松平左京太夫殿所持」とある。この「紀州様」「松平左京太夫殿」が誰?というのを調べてみるだけで、とても面白いのだが、先を急ぐと、この冒頭の画巻の2つ先に掛けてあるのが、牧谿筆『漁村夕照図』(南宋時代、国宝)。そう、先ほどの狩野古信模写の原本なのである。古信模写も、悪くないと思ったけど、やっぱり原本はしっとり感が違うなあ。画面を覆う夕霧の濃淡が、模本では、はっきりした白黒のストライプみたいになっているのに対して、原本では、もっと曖昧なぼやけかたをしている。左下の岩のまだら(光と影か)にもつややかな質感が感じられる。

【個人的なメモ】
 牧谿筆『瀟湘八景図巻』の現在の所蔵状況は以下のとおり(参考:中国絵画史ノート 宋時代 瀟湘八景について)。徳川美術館と承天閣美術館の所蔵品は、見つけた!と思ったら、他(大軸)よりわずかに寸法が小さい別もの(小軸、模写?)だそうだ。

・瀟湘夜雨図=(所在不明)
・煙寺晩鐘図=畠山記念館
・山市晴嵐図=(所在不明)
・漁村夕照図=根津美術館
・遠浦帰帆図=京都国立博物館
・洞庭秋月図=(所在不明)[徳川美術館]
・平沙落雁図=出光美術館
・江天暮雪図=(所在不明)[承天閣美術館]

 根津美術館に戻ろう。鈕貞筆『山水図』(清・康煕時代)もいい。縦長の大きな画面に、視線を上へ上へと誘導するような山水。先だって、静嘉堂文庫の展覧会で覚えた「金箋」という独特の料紙を使用しており、暗がりの中で、内側からぼうっと発光するような効果をあげている。素敵だ! 表具の美しさ(漁村夕照図→緑、鈕貞の山水図→紺)もため息もの。

 等揚(雪舟)筆『破墨山水図』は、どこが山やら、どこが水やら、目と頭を抽象画モードに切り替えないと理解できない。『楼閣山水図』屏風は、雪村筆として記憶に留めていたが、「雪村の筆法をさらに誇張化したような形式化」が見て取れ、雪村周辺の画家の作品であろう、と解説されていた。でも、アラビアンナイトで魔法のランプから湧き出てきたような、伸縮自在を感じさせる山水(笑)、好きだなあ。テキトーに描き入れたような人物も愛らしすぎる。と思えば、谷文晁の絹本墨画淡彩『山水図』は、ハッと目の覚める清々しい美しさ。色も構図も、近代の水彩画を思わせる。

 展示室2は「禅林の墨蹟」。半数以上が中国・元時代の墨蹟という、圧巻のコレクション。でも、私がいちばん気に入ったのは、日本人にはおなじみ、一山一寧の草書だった(→Wiki。ああ、このひと、補陀落山観音寺の住職だったんだ)。中国絵画マニア的に見逃せないのは、挿絵入りの墨蹟『布袋蔣摩訶問答図(ほていしょうまかもんどうず)』。柳の木(?)の下で、つぎの当たった大きな袋に両腕を載せてくつろぐ布袋。笑顔の布袋さんとは対照的に、緊張した面持ちで少し身を屈め、拱手して問答を挑もうとしているのが蔣摩訶である。解説は楚石凡(そせきぼんき) の書法についてしか語っていないけれど、これも有名な、そして私の大好きな因陀羅筆『禅機図断簡』と呼ばれるシリーズの1枚である。

【個人的なメモ】
 因陀羅筆『禅機図断簡』の所蔵状況は以下の通り。全て国宝(→国指定文化財等データベース/文化庁※データは不十分)。

・寒山拾得図(楚石梵賛)=東京国立博物館
・丹霞焼仏図(楚石梵賛)=石橋美術館(福岡県久留米市)
・智常禅師図(楚石梵題詩)=静嘉堂文庫美術館
・布袋蒋摩訶問答図(楚石梵賛)=根津美術館
・智常・李渤図(楚石梵賛)=畠山記念館

 満足しながら3階へ。展示室6(茶室・青山荘)のしつらえは「花見の茶」をテーマにしていた。これが面白い。釜も水指も茶入も、全て丸いのだ。瓢形(ひょうたん形)の青磁の花生も丸重ねだし、全体に風船が散っているような、なごみ感がある。ただし、床の間の掛け軸(尾形切・伝公任筆)の表具は縦のストライプで、この取り合わせが絶妙。「花見の茶」と言いながら、どこにも明らかな「花」の姿はない。けれども、粉引茶碗(銘・花の白河)は、白い地にポツポツと散った灰色の斑点を花に見立てたものと思われる。なんて奥ゆかしい。また、さりげなく畳に置かれた解説を見たら、床の間の古筆は「あだなりと なにこそたてれ さくらばな」で終わっていた(業平集かな)。一首の途中で切れているのが、かえって趣き深い。えーと、この続きは「としにまれなる 人もまちけり」だった。ああ、こんなしつらえで迎えられたら、幸せだろうなあ。

 展示室5は「香合百選」。私は全く茶の湯を知らないので、展示室で覚えた新知識をメモ。漆器の香合は初夏から晩秋まで、風炉の季節に使われ、香木を用いる。陶磁器の香合は晩秋から春まで、炉の季節に使われ、練香を用いる。確か新春の展示にも出ていた(ような気がする)仁清の『色絵ぶりぶり香合』が、フタを開けて展示されており、意外にも、内側に美しい青釉が塗られているのに驚いた(ぶりぶりは正月の玩具)。

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