見もの・読みもの日記

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書物に淫する/斯道文庫書誌学展・記念講演とシンポジウム

2010-12-04 23:48:15 | 行ったもの2(講演・公演)
慶応大学附属研究所斯道文庫 開設50年記念『書誌学展』(2010年11月29日~12月4日)、記念講演とシンポジウム『古典籍の探求-書誌学の世界-』(2010年12月4日)

 和漢古典籍の専門図書館として名高い慶応大学の斯道文庫が創立50周年を記念して開いた資料展示会。しかし、月曜から土曜までの6日間って、それはないだろうという日程である。勤め人としては、今日のこの日、仕事や別の予定がかぶらないことを祈りながら待っていた。

 午前中は歯医者で遅れてしまったが、とりあえず講演会開始前に到着。30分だけ展覧会を覗いて、残り少なくなっていた図録を素早くゲット。さて、講演会会場に向かう。

 最初の基調講演は、塩村耕氏の「岩瀬文庫に教わったこと」。愛知県西尾市の岩瀬文庫の悉皆調査から得られた知見を紹介しつつ、書誌学について語っていただいた。書誌学とは比較の学問である。世の中に書物の数はあまりにも多い。複製(印刷)によって生み出された書物であっても、必ず微妙な差異がある。さらに、書物はしばしば移動し、散らばって存在する。そこで学者は、本と本の間に関係づけを与えてやる。そうすることで、本は落ち着きどころを得、新しい何かが見えてくる。書誌学の敵は写真(画像)である。写真に頼りすぎる態度は、「記述(言葉による)」と「実地調査」を痩せさせる。もうひとつの敵は衒学である。書誌学は、ひとりで知識を誇るためにあるのではなく、互いに知識を共有し、本をめぐる関係の輪を広げていくためのものである。

 講師の考える書誌学の実践として、最近公開されたばかりの「西尾市岩瀬文庫古典籍書誌データベース(試運転)」を紹介していただいた(岩瀬文庫TOPよりリンク)。一般の図書館の蔵書データベースと違って、「成立」「内容」などの記述がものすごく詳細で面白い。また、記述スタイルを無理に揃えようとはしていない様子だが、いまどきの検索技術なら、これで十分なのである。このデータベースを使って、たとえば「渋江抽斎」で検索すれば、『開巻得宝編』という「誰も開いてみようとは思わない題名」(講師)の書物に、渋江抽斎と森立之の印があり、さらに森立之の識語があることが分かる。ああ、研究者に役立つ古典籍データベースとは、こういうのをいうんだなあ、としみじみ感じた。

 続いて、井上進氏(中国学術史)、大木康氏(中国文学)、真柳誠氏(中国医学史)が登壇し、それぞれの専門分野と書物の関係を語った。一致していたのは、書物は現物を見なければ駄目だという態度。井上先生が、美しい本を見て「美しい」と感じない人は書誌学に向かない、とおっしゃったのが印象的だった。かくて、学者は、本を見るために、日本全国はもとより、世界中の文庫・図書館・古本屋へ出かけていく。肉体も精神も消耗する仕事だが、本を見に行くのはデートに出かけるように楽しい、と大木先生がおっしゃると、他のシンポジストも笑顔でうなずく。

 真柳誠氏の医学書の伝本研究(葛根湯の出典である『金匱要略』だったかな?)の話も面白かった。最後は司会の高橋智先生がまとめようとして、うまくまとまらなかったけど、三者とも書物を愛して(というか、書物に淫して)いらっしゃることはよく分かった。

 実は、この前日にも図書館関係者の別のシンポジウムがあって、仕事で出席した。それはそれで、図書館の今日的課題を真剣に考えるいいシンポジウムだったと思うのだが、地球の裏側に来たかと思うくらい、隔絶した雰囲気の差異は何なんだろう、と考えた。片方に、何があっても「モノとしての書物」に絶対の敬意と信頼を置き、ほとんどそれに「淫した」先生方がいて、もう一方に「書物に淫する」なんて、およそ訳わからないであろう図書館関係者たちがいる構図。まあ金をもらう仕事だから、あまり耽溺しないほうがいいのかも知れないが。それとも、彼らもホントは書物に淫しているけど、表に出さないだけなのだろうか…。

 シンポジウムのあとは、50周年記念式典が行われたようだが、私は展示会場に戻った。展示資料は計100点。私は、斯道文庫というと漢籍のイメージが強かったので、奈良絵本とか平家物語とか、近代秀歌とか新撰莬玖波集とか、和書が多いのが意外だった。

 閉館間近だったため、友人が若い後輩に「さきに宋版とか元版を見ないと!」と声をかけていたのが聞こえた。そのとおりなのだが、私は文句なしのお宝の宋元版よりも、ちょっと変わったものに目がとまってしまう。天文学者の西川如見が編纂した『怪異編纂』に国学者・黒川真頼の蔵書印が押してあったり。室町時代末の図体も字もデカい『平家物語』は松浦静山旧蔵本だったり。古活字本の『秋の夜長物語』(僧侶と稚児の男色物語)とか。弘前藩が津軽で出版した木活字本の『日本書記』とか。ベトナム刊の漢籍も初めて見た。朝鮮本って、紙質に特徴があるなあ(繊維が荒い)とか。見どころはたくさんあった。

 久しぶりに会う知人も多くて、つい話し込んでしまった。また、ひそかに建物の建築意匠も楽しめた。初めて入った建物なのに、階段踊り場のステンドグラスに見覚えがあるような気がしたのは何故なんだろう。展示会場の壁にかかっていた肖像画は福澤先生かな?

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2 コメント

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Unknown (jouyo)
2010-12-05 06:14:46
はじめまして、いつもブログを拝見させていただいています。
ぼくも講演会に行っていました。それにしても満員御礼でしたね。
また講師の先生方がとても楽しそうにお話しているのが印象的でした。
ただ配布資料がなかったのが残念です。
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jouyo様 (jchz)
2010-12-06 00:52:42
はじめまして。コメントありがとうございます。
ほんとに盛況でしたね。講師も楽しそうでしたが、会場も「分かる分かる」という思いを共有していて、アットホームに感じられました。
講演会が終わって展覧会会場に戻ったときは図録が売り切れていて、購入できなかった友人は、ずいぶん悔しがっていました。
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