見もの・読みもの日記

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古代路、街道、高速道路/道路の日本史(武部健一)

2023-01-07 23:35:56 | 読んだもの(書籍)

〇武部健一『道路の日本史:古代駅路から高速道路へ』(中公新書) 中央公論新社 2015.5

 少し古い本だが、たまたま目に留まって、読んでみたら面白かった。工学部出身で建設省・日本道路公団で高速道路の計画・建設に従事した著者が、古代から今日までの日本列島の道路の歴史を具体的に描き出したものである。

 はじめに世界の道路の歴史に少しだけ触れる。ほぼ2000年前、中心から樹状に伸びる道路交通網が、イタリア半島(ローマ帝国)と東アジア(秦帝国)で同時に出現した。東西の道路が、それぞれトンネル技術を伴っていたことも興味深い。ナポリ郊外にはポリシポ・トンネルがあり、中国は褒斜道(!)に石門というトンネルがつくられた。

 さて日本である。『魏志倭人伝』には魏使が見た日本(対馬)の「道路」についての感想が記されている。『日本書紀』応神紀には「厩道」をつくったという記載がある。さらに仁徳紀によれば、高津宮から多比邑(たじひむら)に至る直線道路がつくられた。そして大化の改新を経て律令制国家が誕生すると、全国的に駅制(駅道・駅馬・駅家のシステム)が整備されるようになった。

 本書には、著者が実地に踏査したという平安時代の「七道駅路全図」も掲載されている。九州地方は非常に密で、ハシゴ状に迂回路を設けているのに対して、本州は、京都を中心に放射状に駅路が伸びているが、迂回路は考えられていないように見えるなど、興味深い。奈良時代の道路は、私の想像よりずっと広くて幅12メートルの遺構が見つかっているが、平安時代には9~6メートルに縮小されたという。

 面白いことに、現代の高速道路は古代路と同じ場所を通ることがしばしばあるという。両者とも「遠くの目的地に狙いを定めて、計画的に結んでいく」という思想が共通するためだ。それゆえ、高速道路の計画ルートは古代遺跡とぶつかってしまうことが多いのだという。一方、中世~江戸期の街道とそれを踏襲した近現代の国道は、地域の細かい集落を結んでいくので、古代路(および現代の高速道路)とは別ルートになる。

 経路の変遷の実例として、長野県の伊那谷を通る中央自動車道が古代の東山道と一致するのに対して、江戸期の街道および国道20号が木曽谷を通ることなどが挙げられている。私は車の運転をしないので、高速道路網には全く不案内なのだが、とても面白かった。東名高速の「日本坂」も古代路で、まだ国字の「峠」が使われる前なので「坂」と呼ばれた、というのも初めて知った。

 鎌倉時代、源頼朝や北条泰時による道路整備のエピソードも興味深いものばかりだが省略する(朝比奈切通、ちゃんと歩いてみたいな)。著者によれば、中世後半期には、道路や交通に対する施策はほとんど見るべきものがないという。

 近世に入ると、徳川家康は江戸を中心とする五街道を定め、宿駅制度を布いた。各宿場は、幕府御用のために人馬を提供する見返りとして、一般客のために宿場を経営する権利を得たが、負担の方が大きく、抜本的な対策のないままに幕末を迎えた。「宿駅制度が幕府崩壊の一因でもある」という説もあるのだな。地域限定だが、静岡県の井川刎橋(はねばし)と代官・近山六左衛門のエピソードや、日光街道の杉並木と松平正綱のエピソードも感慨深かった。

 明治政府の交通政策は鉄道に傾斜していたため、明治は道路にとっては冬の時代だったという。道路整備が人々の関心事となるのは大正時代。折しも関東大震災を契機として道路・橋梁技術が発展し、昭和に入ると、ドイツのアウトバーンの刺激を受けて、自動車専用の国道建設の議論が始まる。しかし戦争の激化によって計画は中止されてしまう。

 そして戦後、二人の田中(田中精一、田中角栄)の先導によって、全国的な高速道路網の整備が開始される。技術的に大きな貢献を果たしたのは、ドイツ人技師のクサヘル・ドルシェだった。実際に指導を受けた著者は、明治のお雇い外国人を引き合いにして「道路の世界もようやくお雇い外国人の恩恵に浴した」と述べている。

 今後のあるべき日本の道路について、災害の多い我が国では、リダンダンシー(冗長性)を備えた道路網の整備・維持が必要であるという主張には同意できる。その一方、高速道路や古代路のような「直達性」を備えた道路網の需要は徐々に減って、中世~近世的な、近隣の集落を結ぶ「街道」のほうが復権していくのではないか、ということもぼんやり考えた。


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