見もの・読みもの日記

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ゲリラ戦トーク/日本の文脈(内田樹、中沢新一)

2012-06-17 19:48:00 | 読んだもの(書籍)
○内田樹、中沢新一『日本の文脈』 角川書店 2012.1

 2009年4月から2011年5月まで、計7回の対談を収録したもの。最初の対談は、大阪の相愛大学で、釈徹宗さんの司会のもとに行われ、2回目は内田樹さんの勤務校(当時)の神戸女学院大学祭で行われている。平川克美さんが加わっている回もある。公開イベント形式のものと、そうでないものが混じっており、よく読むと、会話の空気に多少の違い(聴衆を意識してサービスしているか否か)があるように思った。

 内田さん、相変わらず対話が巧いなあ。そして、こういう人文科学者が私は大好きだ。内容は、愕然とするほど新しいことを言っているわけではないので、お二人の関係についての紹介を続ける。

 お二人は70年東大入学の同期にもかかわらず、この対談企画が初対面だという。そうとは思えないくらい、対話が噛み合って、楽しそうだった。本書の前見返しと後ろ見返しに、それぞれの近影写真が使われているが、中沢さん、いい顔のおじさんになったなあ、と思った。80年代、『チベットのモーツァルト』でデビューし、若手アカデミシャンの旗手ともてはやされていた頃は、理由のない反感から、読んでみようとしなかったのだが。

 本書は「内向き」「非効率」「国際的でない」など、さかんに批判される「日本的なもの」(その反対が「効率性第一」「アングロサクソン型グローバル資本主義」)こそが、広く深い人類的な視点から見れば「王道」であるということを、手を替え品を替えながら、飽きずに語り続けることがテーマとなっている。

 たとえば、武道や能楽の身体性。交換の始原にある贈与。プリコラージュ(使いまわし)の知恵。高度な文明をもった未開人。正解よりも成熟を目指す学び。もっとくだけた表現では、二人とも自分たちのことを「男でおばさん」と規定する。男性ジェンダーと女性ジェンダーの中間にいたい。あっちもこっちも捨てがたい。そのふらふらした振る舞いが、日本人の本性ではないかという。

 別の箇所で、いまの日本は「女のおばさん」が減っている、という対話もあった。アカデミズムの世界は、特にそうなんだろうなあ。「おじさん」は自分自身が語る言語のローカリティを自覚しない。これに対して、世界なんか相手にせず、ローカルから始めるのが「おばさん」。この点で、フェミニズムは徹底的に「おじさん」的言説である、というのも分かる気がする。

 おばさんの戦いはゲリラ戦である。中沢さんは、恩師の宗教学者・柳川啓一から、宗教学者はゲリラ戦だ、どこへでも首を突っ込むが、ちゃんとした学問の正規軍が来たら引き揚げろ、と教わったという。これも面白かった。宗教学というより、現代の人文科学の役割って、そういうことかもしれない、と思った。

 なので、内田さんが「あとがき」に、中沢新一さんを見ていると、二人で落ち武者スタイルでとぼとぼと夕暮れの田舎道を歩きながら「また負けちゃったね」「でも、まあまた次があるよ」とぼそぼそしゃべっている光景が浮かぶというのに、涙が出るほど笑ってしまった。

 なんだかんだ言われつつも、大学というところには面白いセンセイがいる。文科省は、最近のトピックスを見ていても、世界を牽引するリーダーの養成を目指し、大学教育改革を推進しようと、躍起になっているみたいだけど、私は、文科省の目論見が挫折するよう、お二人みたいなゲリラ部隊に頑張ってほしいと思う。

 最後に気になった箇所のメモを取っておこう。教育とは、教えたいことのある人が「俺の話を聞け」と荒野で呼ばわることから始まった筈だ、というイメージは素敵だと思った。お二人が影響を受けたユダヤ的知性、レヴィナス、レヴィ=ストロースについての素描も興味深かった。どうでもいいような余談だが、毛沢東は『三国志』を読みすぎている、というのは簡潔にして明快。共産党の長征は、わざと苦難の道を選んで地獄めぐりをしている。十億の民を束ねるには、シンプルで雄渾な物語しかありえないからだという。

 それから日本の天皇について、先代(昭和天皇)もすごかったけど、当代もいいですよね、と意見が一致するところ。対談の最後の1回は、東日本大震災以後に行われたもので、内田さんがしみじみと、陛下はきっと宮中で原発事故以来ずっと呪鎮儀礼をしていると思いますよ、と述べている。建前上、近代文明のルールで動いている官僚機構もマスコミも、そんな「野生の思考」はないことにしている状態で、おばさんだけが、天皇の苦労をねぎらい得るのだと思った。

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