見もの・読みもの日記

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最初の20年間/洋服・散髪・脱刀(刑部芳則)

2010-06-27 23:56:32 | 読んだもの(書籍)
○刑部芳則『洋服・散髪・脱刀:服制の明治維新』(講談社選書メチエ) 講談社 2010.4

 1年ほど前からgooブログを「アドバンス」に変えるとともに、Amazonアソシエイトを利用している。本書は、私の閲覧履歴をもとにAmazonブックストアが「おすすめ」してくれたもの。ふむ、なかなか乙な選書である!と真面目に感心した。下手な書店員や図書館員より使えるかもしれない。

 本書は、明治新政府の成立から、明治22年の大日本帝国憲法発布記念式典までの国家の服制の変遷について述べたもの。わずか20年余りとは思えないほど、その内実は多事多端である。「王制復古」の大号令で始まった新政府であったが、公家と武家の伝統と慣習には大きな相違があった。そのため、明治元年、天皇の東幸(江戸城入城)に従った人々は、「錦絵に描かれているような整然とした服装とは程遠く」衣冠・狩衣・直垂が混淆し、諸藩の軍服もばらばらだったという。

 明治3年には、文官の「非常並旅行服」と陸海軍の軍服、4年には洋式大礼服、5~6年には、郵便・鉄道・税関など各種制服が定められ、政府官員は散髪・洋服が自明となった。旧制に固執する老華族らはこれに抵抗し、多くの地方官も(経済的な負担と、そもそも洋服店が地方に少なかったことを理由に)大礼服の調製を無視しようとした。また、明治9年の帯刀禁止令は士族に衝撃を与えた。それでも維新官僚たちは、明治天皇の散髪・洋服を断行し、反対派を粘り強く説得・懐柔して、「文明開化の服制」の浸透に努めていく。次第に、官員=散髪・洋服が定着すると、西南戦争における西郷軍、政治参加を要求する民権運動家、農民騒擾など「官と対立するもの」は、和装でイメージされるようになる。

 というのが前半の10年間だが、この間にあっても、後半の明治10年代になっても、さまざまな混乱があって面白い。メディア未発達の当時、西洋諸国の服制を移植するのは、実は、抽象的な哲学や法制度を輸入する以上の難事業だったんじゃないかと思う。礼服は調製したものの、その着用方法が分からず、内側にシャツを着ていなかったり、白シャツに黒ボタンを用いていたり、驚愕の光景も見られたようだ。あと、ズボンのボタンの扱いに慣れず、便所に飛び込んで、ボタンを捩じ切る者もいたとか…。ジッパーが登場するのはいつからなんだろう。

 はじめ、日本の大礼服は、官等に応じてズボンの色を分けていたが、岩倉使節団はドイツで宰相ビスマルクから、欧州では通常黒色のズボンを穿き、白色のズボンは特別な儀礼に限られる、と教えられたという。明治ニッポンは、こんなことまでビスマルクに教わったのかと思うと、微笑ましいというか、なんというか…。また、官員の中には大礼服を私的な冠婚葬祭に着用するものがいた。宮内省からこの是非について問い合わせを受けた法制局長官の伊藤博文は、即答に困って、お雇い外国人ボアソナードに意見を求めた。ボアソナードは、フランスには私的な場で大礼服の着用を禁止する法令はないが、仮に着用したら、人々から「嘲笑」を受けるだろうと答えている。服制の移植とは、こういう、文献資料に明文化されていない文化コードの理解があってはじめて成立するのだから厄介である。

 同時に、当然のことながら、実際に洋服をつくる「技術」も移植しなければならない。化学・医学・土木工学などの専門技術が、政府主導のお雇い外国人によってもたらされたのに対して、衣食住などの生活に密着した技術は、民間ベースで伝達され、普及したと思われる。本書にさりげなく登場する「足袋職人の沢野辰五郎は、文久年間に横浜のブラウン夫人からミシンでの婦人服の裁縫技術を習い、慶応年間に横浜本町通りに洋服店を開業」という記述にも、いろいろなドラマが想像された。

 「鹿鳴館時代」とよばれる女子の華やかな洋装については、外国通の原敬が、英米の婦人服を手本にしているようだが、仕立てが悪いので下女の服にしか見えないとか、束髪とやらは西洋ではもう流行遅れで、下等の婦女だけに残る姿であるとか、辛辣な批判をしているのが面白かった。また、西徳二郎は、婦女の洋服・宝飾品を海外から大量に購入することが正貨の流出を招き、我が国の経済疲弊をもたらすと警告している。婦女の服制は国家の一大事であったのだ。

 収録された豊富なデザイン画(官報や法令全書から)と肖像写真が楽しい本。なお、明治初年の服制調査には、お雇い外国人のジ・ブスケが活躍している。いつか、コメントをくれたジ・ブスケの曾孫さん、本書はチェックされているかしら。

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