見もの・読みもの日記

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円山応挙筆『七難七福図巻』を見た!/書画と工芸(承天閣美術館)

2010-09-19 23:53:41 | 行ったもの(美術館・見仏)
承天閣美術館 館蔵の名品展『書画と工芸』(2010年7月3日~3月27日)

 承天閣美術館のサイトを見に行くと「現在の展示」として上記の情報が掲載されている。ところが、ちょっと潜っていくと、とんでもない情報に突き当たった。2010年9月18日~12月12日の日程で、「重要文化財 円山応挙筆『七難七福図巻』15メートルの絵巻3巻 全て一挙に大公開」の特別展示を行うというのだ。何!! この連休を、東京で過ごすか関西に行くか迷っていた私は、直ちに上洛を決めた。2日間の旅で、他にもいろいろ興味深いものを見てきたのだが、この一件は「特出し」で速報したいと思う。

 『七難七福図巻』の展示会場は第2室なので、行かれる方は、第1室を後にして、とりあえず第2室に直行することをお勧めする。「15メートルの絵巻3巻 全て一挙に大公開」ってホントかな?と半信半疑だったが、これは掛け値なし。福寿巻・人災巻・天災巻の3巻(紙本著色、完全公開)に加えて、それぞれの下絵(墨書)3巻も部分展示されている。その迫力は、言葉を失うくらい、すごい。応挙って、『藤花図屏風』みたいな耽美な作品をモノにするかと思えば、こんな血みどろの凄惨な絵も描けるのに、敢えて奇矯に走らず、「松に雪」とか「水辺の鶴」みたいな平々凡々とした作品を量産している。不思議なひとだ。以下、メモに基づき、各巻の構成を再現。

■福寿巻

・大家の門前で主人の帰りを待つ小者たち。祝宴のため、仕留めた雉が運びこまれる。
・門内。祝賀の使者が続々と到着し、門を潜る。
・庭先には満開の桜。玄関先に並べられた引出物(?)の山。烏帽子を直す公家の仕草がリアルだ。こういう何気ない日常的な所作って、古典的な絵巻には見られないので新鮮。
・婚礼の席。上席は舅と姑。次に控えるのが新郎か。新婦は分かりにくい。
・大僧正を迎えて花見の宴。奥座敷も宴席が続く。
・邸内の池で舟遊びする童子たち。
・忙しそうな厨房。食いもの多数。真剣に火を見つめる者、談笑に余念がない者など、働く人々の表情と性格を描き分けている。水桶を両手に提げた男はいかにも重たそう。
・年貢米を運び入れる百姓と検査役の役人。作柄がいいのか、牛の表情も明るい。

■人災巻(※残酷です)

・雪の日、商家に押し入った強盗団。主人と番頭は殺され、婦人は凌辱される。
・旅先で追い剝ぎにあった家族。文字どおり身ぐるみ剥がされる。
・心中(刺し違え)した男女遺体の検証
・水責めの拷問。寝かされ、縛られた罪人の口に柄杓で水を注ぎ入れる。
・切腹。まさに腹に刃を突き立てる直前、苦悶の表情。
・一家心中。松の枝には伸び切った首吊り遺体。
・火責め。やや幻想的で地獄の業火を見るよう。
・獄門。淡々と仕事を遂行する首切り役人。地面に転がる首なし死体からは大量の流血。
・磔刑。顔をそむけつつ、両脇から槍を突き刺す役人。ボタボタと流れ落ちる血。
・鋸引きの刑。肩から下は地中に埋められた罪人。執行役は、その両肩に当てたのこぎりを引く。流血。
・牛裂きの刑。柱に固定された罪人の足を2頭の牛に縛り付け、灸を据えて左右に疾走させる。一瞬にして三ツ裂きになる罪人の身体。

■天災巻

・地震。倒壊する家屋、こけつ転びつ逃げ惑う人々。丸々した応挙のイヌがコテッと転がっていて、思わず微笑(ほのぼのしちゃった)。
・大雨による洪水。最近の台風映像を思い出してしまった。
・火事。爆発するような炎の描きかたがすごい。
・大風(台風)。突然、視点を大きくズームアウトして、なぎ倒される家屋と人の姿を小さく描く。自然の猛威と人間の小ささが対照されているようだ。水上では、船首から波間に呑み込まれゆく船。
・雷。暗夜に走る雷光が、一転して幻想的。
・子どもが大鷹(?)にさらわれる図。
・人を襲う狼。人を見ていない目が却って怖い。
・人を襲う大蛇。ありえない巨大さ。

 以上のとおり、『七難七福図巻』というけれど、その内容は明確に「七つ」には数えられないものである。

■天災巻下絵(一部展示)

・台風。なぎ倒される家、沈む船を、完成版よりかなり大きく描いている。
・火事。左に猛火→燃え上がる家→逃げる人々→駆けつける火消し、という構成は完成版とほぼ同じ。すばやい描線で、人々の切迫した表情が、丁寧かつ生彩をもって描かれていることが、著色の完成版よりもよくわかる。

■人災巻下絵(一部展示)

・水責め。完成版では役人が柄杓で水をかけているが、下絵では垂れ流しの水道の下に罪人を置く。
・牛裂きの刑は、罪人の身体が柱に固定されていないので、2頭の牛によって真二つになる。完成版より大きめに描かれており、牛にもスピード感あり。
・獄門、磔刑、鋸引きの刑も少しずつ構図が異なる。いちばん大きい違いは、下絵のほうが、場面から次の場面への連続性を意識している点。完成版では、獄門以下は、孤立した1画面1画面を貼り継いだようにしか見えない。画家が嫌になったのか、表現を抑制せざるを得ない事情が起きたのか?

■七難七福図下絵(一部展示)

・早い時期の下絵か。初期の構想では「七難七福」を数え挙げようとしていたことが分かる。
・「一 地震」「二 洪水」「三 大火」は完成版の構図に近い。
・「第五(?)盗賊」はまだ全体の構図が決まらないのか、2~3人ずつの部分デッサンを多数並べている。
・「七福」は各場面の初めに番号のみ。( )内に仮に場面名を付記した。「一(門前)」「二(庭)」「三(宴)」「四(礼物)」「五(厨房)」。

 蛇足ながら『七難七福図巻』は、三井寺の円満院住職の依頼により、四年の歳月をかけて描いたもの。「応挙36才。渾身の超大作」というのも嘘ではない。会場の解説パネルに、応挙はこれらのシーンを全て実際に見た上で描いたのではないか、とあった。いや、大蛇はないだろう、と思うのだけど、拷問とか処刑は取材しているかもしれないなあ。怖い画家である。

 なお、同作品は、萬野(まんの)美術館の旧蔵品である。2004年に萬野美術館が閉館するに当たり、承天閣美術館に寄贈されたそうだ。このところ、若冲一本で売ってきた感のある承天閣美術館だが、こんなすごい作品も持っていたのね。これからも時々見せてほしい。

 私のいる間に、小学生くらいの女の子と、もっと小さな男の子を含む家族連れが展示室に入ってきたので、ええ~この作品って、少なくともR-15指定じゃないか?と思って慌てたが、よく見たら、狂言の和泉宗家の皆さんだった(和泉節子さんを含む)。まあ、伝統芸能にかかわるご家族ならいいか、と思ったが、小さな男の子は「人災の巻」を本気で怖がっていた。そりゃあそうだな。子ども連れの観覧はお勧めしない。あと、順路を示す「→」が左から右になっているのは、何か意味があるのだろうか。ふつう、絵巻は「←」でしょう…。

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5 コメント

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ありがとうございます (よんよん)
2013-11-23 15:02:19
先日、承天閣美術館で開催中の「円山応挙展」を観てきました。
そこで見た巻物の「七難七福」を調べていて、こちらにお邪魔しました。
詳しいレポートで復習になりました。
ありがとうございます。
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違う方向でありがとうございます (andian)
2010-11-22 17:05:29
来月の奈良行きにこれを組むのに四苦八苦していましたが、ここで内容を見てパスすることにしました。
美術館も有名な画家ということで展示するのだろうけど、しょせん当時の絵巻需要層のエログロ趣味で、今まで出さなかったのもそれなりの姿勢を持っていたからではないかと。今や、残虐な事件の微細を家庭内にたれながすニュースや殺人ドラマの盛行でそういう遠慮もなくなったと、考えますね。
ほんとに有意義な情報ありがとうございました。これで心おきなく奈良で、美しいものだけを見てきます。
返信する
御礼(その1) (鴨脚)
2010-10-24 22:57:45
「七難七福図巻」を拝観してきました。
お蔭様で、一挙に作品全体を観る事ができたことを大変感謝しております。
情報とレポートありがとうございました。

この画巻は、確かに凄惨な場面も多く、眼を背けたくなりますが、それでも惹かれてしまう凄さがありますね。
また、絵空事とは言いがたい迫真性を感じました。
下絵も散逸することなく伝わったので、江戸期の作品でも稀なことですね。
それにしても、元所蔵の門跡寺院は、寺宝を廃仏毀釈や戦後の混乱期を乗り越えて伝えてきたにもかかわらず、昭和62年以降ほとんど院外に流失させてしまい残念なことです。

あと、相国寺境内では、浴室(宣明)内部や開山堂で桂宮家の当主の木像が印象に残りました。
廊下側から3代穏仁(やすひと)親王、8代公仁(きんひと)親王、7代家仁(やかひと)親王、6代文仁(あやひと)親王
桂宮家の当主は、若くして薨去された方々が多いのですが、最も長命な家仁親王(65歳薨去)が童顔で表現されていたのが実に不思議でした。
相国寺慈照院が桂宮家の菩提寺であったことを、帰宅してから気が付いた次第でした。
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鴨脚様 (jchz)
2010-09-26 22:55:25
いつもびっくりするようなコメントをありがとうございます。『七難七福図巻』、ぜひ見にいらしてください。
それにしても、あまり話題になっている様子がないので、承天閣美術館はこの絵巻を持っていることを世間に広めたくないので、こっそり公開しているのかしら…と勘ぐってしまいます。

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情報ありがとうございました (鴨脚)
2010-09-20 22:31:07
いつも楽しく拝読しております。
先月、思文閣美術館に行ったときに承天閣美術館のポスターを見たはずなのに、全く気が付かず、これを読んで仰天しました。
何とか都合をつけて見に行きたいと思います。
情報をありがとうございました。

30年ほど前、この絵巻の石版複製(モノクロだったと思う)が神田一誠堂に出たのですが、軸先は欠けてるわ扱いが酷くて巻子がぐちゃぐちゃだったので買わずに帰ったことがあります。
でも箱裏に「常宮御殿」と印が捺してあったので、気になって調べたら、明治天皇の第六皇女昌子内親王旧蔵本だったのですね。
それにしても姫宮さんが、このような恐ろしげな絵を本当にご覧になられたのか知りたいところですね。
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