見もの・読みもの日記

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大衆と知識人/大学という病(竹内洋)

2006-02-23 23:01:00 | 読んだもの(書籍)
○竹内洋『大学という病:東大騒擾と教授群像』(中公叢書)中央公論新社 2001.9 

 私はかつて教員をしていたことがある。高校の教師を4年、小中学生相手の塾講師を2年。得たものがないとは言わないが、あまり楽しい経験ではなかった。そのトラウマだろうか。考えてみると、かなり博愛的に書籍を漁っている私であるが、これまで、学校・教育にかかわる本だけは避けてきた気がする。それ以外の人文社会科学分野は、哲学・歴史・政治・経済、なんでも面白いと思うのだが、”教育”と聞くと、体が拒否反応を起こしていた。

 しかし、とうとう、その禁断の領域に踏み込むことになってしまった。本書は、東大経済学部を舞台に、昭和3年の大森義太郎助教授の辞職から、昭和14年の「平賀粛学」まで、10年にわたる「東大紛擾」事件を描いたものである。

 昭和初期の東大経済学部には3つの派閥があった。土方成美らの反マルキストグループ。河合栄治郎、大河内一男らの自由主義・教養主義グループ(国家主義にもマルクス主義にも与せず。そのため左右両陣営から批判を浴びた面もある)。さらに大内兵衛、矢内原忠雄ら、マルキストを中心とした少数派グループ。教官人事をめぐる泥仕合がスキャンダルとなり、さらに急進右翼による帝大バッシングが追いうちをかける中、平賀譲総長が河合・土方両教授の休職処分を断行し、これに抗議して、経済学部教官13人が辞表を提出した。

 著者の「あとがき」によれば、この事件は「近代日本の大学史研究の中では必ずふれられる定番のテーマ」で、いわば「大学版忠臣蔵という趣きがある」そうだ。私は、昨年、立花隆の『天皇と東大』を読んで、初めてこの事件を知った(まんざら東大と無縁な生活をしているわけでもないのに)。したがって、事件の概要は既知のものであるのだが、おもしろいと思うのは、著者がこの事件を捉える視線である。

 何度も批判を繰り返すようだが、立花の本と比較してみたい。立花は、明治から昭和初期までを、天皇中心主義者(右翼的国粋主義者)の攻撃により、大学(西欧的=自由主義的=左翼的価値観)が敗退を重ねる歴史としてとらえている。その完成が「平賀粛学」であり、以後、翼賛的体質に変貌した東大は、戦時体制下で大繁栄を迎える。しかし、戦後日本の再出発を支えたのは、「平賀粛学」で放り出されたマルキスト経済学者、大内兵衛であり、有沢広巳であった。このように二項対立で物事を説明するのは、分かりやすいが、ある種、モダンな(=古くさい)結末のつけ方であると思う。

 本書の著者は、もう少し巧緻な大団円を用意している。「粛学」に続いて大学内を跋扈した右翼急進派の悪夢、それは昭和40年代の全共闘運動となってよみがえる。昭和43年、法学部研究室の封鎖に遭った丸山真男の脳裡には、かつての右翼急進派の暴挙がよみがえっていたにちがいない。河合派の大河内一男は、辞表を撤回することで、「粛学」から最大の利益を得たはずであったが、東大総長として、全共闘の学生に吊るし上げられる羽目に陥る。

 全共闘運動は、かつて大森義太郎が唱えた「大学の没落」論を継承していたと言える。しかし、さらに現実に目を向ければ、大学の解体を決定づけたのは、全共闘学生ではなく、学生運動の挫折の後に登場した「レジャーランド大学生」であるとも言える。

 このように、著者はいくつもの視点と、それを支える実証的なデータを用意している。そのため、読者は1つの事件について、さまざまな側面から重層的に考えることを要求される。右翼/左翼だけではなく、知識人/大衆、大学アカデミズム界/ジャーナリズム界など。おもしろい。特に、戦前の帝大における右翼急進運動と昭和40年代の全共闘学生運動の対比を縦軸に、知識人(エリート)/大衆(反エリート)を横軸に設定して、その交差点で丸山真男を論じるというのは、おもしろいんじゃないかと思う。というのは、私は既に、同じ著者の2冊目『丸山眞男の時代:大学・知識人・ジャーナリズム』を読み始めているわけだが。

■東京大学経済学部:研究科長挨拶
今なお、「平賀粛学」を過去のものとしていないのは偉い。
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/aisatu.htm

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