見もの・読みもの日記

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江戸っ子の愛した水滸伝/国芳ヒーローズ(太田記念美術館)

2016-09-06 04:49:55 | 行ったもの(美術館・見仏)
太田記念美術館 『国芳ヒーローズ~水滸伝豪傑勢揃』(2016年9月3日~10月30日)

 『通俗水滸伝』シリーズのほぼ全点に加え、歌川国芳(1797-1861)が手がけた「水滸伝」に関連する多彩な作品を展示する。うわーたまりませんね! 「奇想」「ユーモア」「役者絵」「美女」など、国芳の魅力は数々あれど、やっぱり武者絵のカッコよさにとどめを刺すと思う。

 文政10年(1827)に刊行を開始した『通俗水滸伝豪傑百八人之一個(ひとり)』は、国芳を人気絵師の一人に押し上げた出世作。図録解説によると「108人を残らず出版した」と言われているが、74点しか確認されていない。しかも同じ人物を何回も描いたり、1枚に複数の人物を描いたものもあるので、108人のうち絵画化されたのは75人である。本展(前後期展示替あり)では、その「ほぼ全て」を見ることができるが、『神行太保戴宗』だけ出品が叶わなかったそうだ(図録に図版は掲載)。う~残念。

 よく知られている作品は、大木をたたき割る『花和尚魯知深』、倶利伽羅紋々の裸身で刀を咥えた『浪裡白跳張順』、黒馬で白雪を蹴散らす『急先鋒索超』などか。一方、天球儀みたいな器具を横に置いて夜空を眺める『智多星呉用』、剣を捧げて天に祈る『神機軍師朱武』などは、あまり記憶になかった。たぶん「武者絵」としてはインパクトが弱いから、あまり取り上げられないのだろう。しかし、文と武、静と動のさまざまなバリエーションを楽しめるのが、このシリーズの魅力である。だいたい赤と青の強いコントラストが目を引くが、『入雲龍公孫勝』みたいに黄色と緑とオレンジを基調にしたものもあって面白い。

 着物や彫り物の図柄をよーく見ていくと本当に面白い。『旱地忽律朱貴』の彫り物は九尾の狐。『菜園子張青』の彫り物は孫悟空。そして腰に巻いた着物の柄もサルに見える。『豹子頭林冲』の衣の前には手長足長?みたいのがいるし、『玉麒麟蘆俊義』の腹にいる変な動物は白澤? 衣の柄は河童だろうか?

 『通俗水滸伝』には、彫り物をしたヒーローが多数描かれる。原文『水滸伝』でも花和尚魯知深や九紋龍史進は、彫り物をしていたことになっているが、国芳はその数をうんと増やしている。しかし中国に彫り物文化があったというのは忘れがちだ。「身体髪膚…あえて毀傷せざるは孝の始めなり」という儒教のお国柄だから、彫り物を入れるって、ものすごくアウトローだったんじゃないかと思う。また、国芳は水中で活躍するヒーローを好んで描いているような気がする。これ、『水滸伝』以前の中国の小説にはなかったタイプのヒーローで、必然的に単独行動になる点でも、近世的で、魅力的だ。

 国芳の門人・河鍋暁斎は、国芳が「宋人李龍眠の描きし水滸伝百八人の像」を見て参考にしたと述べているそうだ。李龍眠の水滸伝! そんなものがあったの? 李龍眠筆と思われていた中国絵画という意味だろうか。しかし、国芳の描く豪傑たちは、いかにも中国テイストのものもあれば、そうでないものもある。まあ細かいことはどうでもいいのだ、カッコよければ。この感じは、中国の武侠物といわれるテレビドラマに少し似ている。国芳の絵を見ているうち、まだ見ていない中国ドラマの『水滸伝』が見たくなってきた。

 さて国芳は『水滸伝』の「見立て」や「パロディ」も手掛けている。『狂画水滸伝豪傑一百八人』は19枚の続きもので、豪傑たちがざまざまに滑稽な姿で登場。九天玄女にデレる宋江とか、虎を手なずけて振り分け荷物をかつがせる武松とか、思わず吹き出してしまう。描き添えられた犬猫もかわいい。

 そして、武者絵の傑作『本朝水滸伝豪傑百八人之一個』も、一種のパロディなのだな。『犬塚毛野』の着物が(応挙風の)仔犬柄でかわいい。このシリーズは、巨大な動物と戦っている図が多いなあ。版本『風俗女水滸伝』は「当世の美女たちを水滸伝の豪傑たちに見立てた」と解説にいうけれど、私はむしろ「水滸伝の豪傑たちを美女に見立てた」んじゃないかと思う。現代人が三国志の英雄を美少女キャラ化する感覚と同じなんじゃないかと。『当盛水滸伝』は「108人の淫乱な男女が放たれる」という艶本だそうで、この発想には笑った。さすが日本人、クールだわ。残念ながら、危ない場面は展示されていなかったけど。

 江戸時代の日本人が、ほんとに水滸伝を愛していたことはよく分かる。でも今の日本人は、たぶん水滸伝より三国志だろう。反体制の豪傑より忠義の英雄。この変化は、いつ頃、どうして起きたのかは、とても気になっている。中国人の好みは三国志より水滸伝だと言われてきたけど、今でもそうなのかな。そして、この国芳描く水滸伝のヒーローたちを、ぜひ中国人に見せて感想を聞きたい。

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